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仕事は忘れた頃にやってくる①

「ぁああああああああー!!!」

「やばいやばい、時間がないいいいいいい」

小さな家の二階から切羽詰まった叫び声が聞こえてくる。

今日も平和な我が家だ。


桜木家では三月には長女の栞が大学を卒業する。

栞は大学を卒業と同時にアトラスへ行くことが決まっている為、後は学位記授与式を待つのみのこの時期、さぞ準備でルンルンかと思いきや、いえいえまだまだ最大のビッグイベントの締切りに追われまくっているようだ。

そう、大学を卒業するのに必要な卒業論文の提出がまだのようなのだ。

まったく、どうして早めにしておかないのよと言っても仕方ない、「ガンバレ」としか言えない。


私は久々の我が家でゴロゴロ主婦を満喫の予定だったのだが、最近、栞が卒論の追い込み作業中のようで、頻繁にわけのわからないことをああでもないこうでもない、表の色はどっちにしたら見栄えが言いか? などいろいろ一日中聞かれて、正直うんざりしつつ相手をしていたのだが、ようやく二日前に救世主が現れて久々にのんびりとコタツでまったりお茶をすすることができるようになってきた。


久しぶりに作ったクッキーとイチゴジュースを入れて、おやつの差し入れに二階にあがった。部屋の中はいろんな資料や本が散乱していて足の踏み場が見当たらないありさま


「すごい部屋ねえ、エンリー帰ってきて早々ごめんなさいね。まったく栞ったら」


「もう! 今マジで焦ってるんだからママは黙ってて、明日中には先生に見てもらう予定のとこまで完成しないとだめなんだから。後少しなんだから。ねえエンリー、ここも先生から指摘されたんだけど、他の箇所のバランス的に見やすいように表を入れたいんだけど、どこかにいい感じのなかったかな、確かどこかにあったと思ったんだけど」

パソコンを睨みつけながら、エンリーに話しかける栞


「ああ、そこなら確かこの本の資料の表なんかいいんじゃないかな、文章にもあってると思うけど」

そう言いながら、積みあがっている本の中から一冊を手に取ると、パラパラとお目当てのページを広げながら栞に的確に資料をみせている。


「ああ~ホントだあ、この資料の方がいい感じになりそうだね。まったくママに聞いてもいいんじゃないばっかりで何にも役に立たなんだもん」

栞は本をみながらパソコンに表を作成し始めた。


「はいはい、お役にたてないあほな母で悪うございましたね。役立たずは退散するとしますか。エンリー、あまり甘やかしちゃだめよ」


そういう私にエンリーは苦笑いするだけだ。


ホントにいい子だ。エンリーは卒論はとっくに終わらせてしばらく京都に滞在していたがこっちに二日前に戻ってきてすぐに栞に捕まり、徹夜でこの部屋に監禁状態だ。本当にヤバイ状態のようだ。


栞の卒業論文に関係のある大量の本や資料も速読で一気に全部読み終えてしまっていたようだ。

栞の研究課題をこの二日で栞より理解しているようで、行き詰っている箇所を大学のゼミの教授以上に的確に指摘してアドバイスを送っているようだ。

天才はすごいもんだ。本当に救世主だ。


「まあ、ガンバレ」

私は手をヒラヒラさせて一階へおりて行った。


今日も平和だ。この様子だとまだまだかかりそうだ。締切りまでには何とかなりそうでホッとした。間に合わなかったら卒業できないもんな


「まったく誰に似たのやら」

そうブツブツいいながら階段をおり始めると二階から栞の声が聞こえてきた。


「ママに似たのよ~ママ後でチョコも持ってきてぇ~」

聞いていたようだ。


「はいはい」


一階におりると、栄治さんはお気に入りのアニメを朝からもう何回目? とツッコミを入れたくなるぐらい延々と同じ回の話をテレビで繰り返し観ている。まあ本人が楽しいのならたまの休み、何をしようと自由だ。私がみたい録画が観れないのは残念だが致し方ない。


そして、もう一人、コタツから離れないコタツ虫がいる。休日は朝からずっと栄治同様コタツから出ようとしない暇人大学生の優だ。

バイトもせずに朝からぐうたらしている。


まあその調子ででもきちん単位はとれてなお成績優秀なら何も言うことはない。たまに小遣い稼ぎに大学での求人募集に登録してアルバイトをこなしているようだし、本人がそれでいいなら問題ない。就職先は決まっているし、結婚相手もいるし、日本での大学生活本人のしたいようにすればいい。

私もそうしているし


我が家は細かいことはいわない、ただ、たまに家事をしてくれるといいんだけど、特に家に私がいる時でも、我が家の娘達は私が家にいると全家事を何もやらない。なんで、男で隣に下宿しているエンリーが頻繁に我が家の食事を率先して作ろうかと言ってくれているのに、自分がすると言わないのか不思議だ。まあそんな欠点も含めて好きでいてくれる婚約者候補たちには本当に感謝しかない。


「優、あなたまたゲームしているの? そんなに暇だったら夕食作ってよ」


「私今忙しいから無理~。ママは今仕事お休みしていて暇なんでしょ。私昨日巻き寿司作ったじゃん、今日はママの番だよ」


「昨日のあれだってママが下ごしらえしたじゃない。将来料理上手な奥さんの方がさらに未来の旦那さんに好かれるわよ」


「ママ、ライフさん、私が作る料理ならなんでもおいしいって、それに将来ライフさんなら家政婦さん雇ってくれそうだから、無理して料理習わなくてもいい気がするんだよね。向こうにいったら、日本食なんて材料揃えるの大変そうだし、向こうにいってから必要になったら習うから」


「はいそうですか。せいぜい嫌われないようになさい。そんなだらけた格好のあんたをみたらライフの恋も一気にさめるんじゃないの?」


朝からラフな室内着兼用のパジャマ姿でビーズクッションの体を埋めている優に忠告してあげた。


「大丈夫、昨日もこの姿で通話したけど可愛いいって」


「さようですか、恋は盲目ってか、本当に不思議よね、あんなイケメンがなんでかしらね。ライフといいエンリーといい眼科に行った方がいいんじゃないかしら?」

そうブツブツいう私に優がとどめを刺す


「まったくよね、今度ライフさんに聞いてみる」


ケラケラ笑いながらも視線はスマホから離れていない優


だめだ、まったく堪えてないや

はああ~めんどくさい


「エンリーも栞に捕まって代わりに料理してくれそうにないし、冷凍庫に何かあったかなあ」


今日はなんだろう、何もやる気が起きない。

冷蔵庫をあさるが中身はガラガラで何もない。


「仕方ない豚の生姜焼きでいいか、明日買い出しに行かなきゃだめだな」


私が冷蔵庫をあさっていると


“ピンポ~ン”

と玄関のチャイムがなる音が聞こえてきた。


「は~いどちら様ですか? ゲッ」


勢いよく開けた玄関の引き戸を慌てて閉じようとしたその引き戸にさっときれいに磨かれた革靴が滑り込んできた。


「ぐぐぐっ、おっ押し売りは間に合ってますから」

靴を押し出そうとするがびくともしない。


「ちょっと誰が押し売りなのよ! 忙しい私がわざわざきてあげたんだから、福の神でしょ、そんなことより早くここを開けなさいよ、雪が降ってるの見えないの」


すごい腕力だ、徐々に引き戸の玄関が開かれようとしている。

駄目だ、かくなる上は逃げのいったくだ。


手に込めていた力をパッと手放すと、反射的に体制が崩れたテマソンの脇をするりとぬけ出して外に飛び出そうとした私の首根っこをがっつりと掴まれた。


「離して~、私これからちょっと買い物がぁ~」

バタバタもがくが一向に前に進めない。


「ママ何をしてるの? お客さんじゃなかったの?」

リビングにいた優が玄関まで近づいてきた。


「優いい所にぃ~塩、塩持ってきてぇ~」

「ええ? 塩ってどこかにナメクジいるの?」

優は開けっ放しになっている玄関から顔をだして笑顔で聞き返してくる。


「ちょっと優ちゃん、冗談言ってないで、この駄目母親一緒に家に引き戻すの手伝ってちょうだいな」


目の前で高そうな毛皮のコートを着たテマソンの横をすり抜け、バタバタしている母親の腕に自分の腕を絡めてきた。


「ちょっと優、母親を裏切るの?」


「大げさねママ、今日、みなさんが来ることママも知っていたでしょ、そんなに嫌ならせめて秀伯父さん家に行っとけばよかったのに」


「・・・」

何も反論をしない碧華にテマソン以外の来客たちからクスリと笑う声が聞こえる。

「碧ちゃんらしいわね、その顔は私達がくること忘れていたって顔ね」


横でクスクス笑うシャリーが開いているもう片方の腕に自分の両手をからませる。


「シャリー、あなたも来るなんて言ってたかしら?」


もう抵抗をあきらめた顔の碧華にシャリーは満面の笑顔で言い返した。


「もともとエンリーの卒業式の直前にこっちにくるつもりだったんだけど、暇だから早めにきて日本観光でもしようと思って一緒にきちゃった。テマソンたちは仕事が終わったら年明け早々にはアトラスに戻るらしいけど、私は三月末まで日本にいるつもり、あっホテルはちゃんと長期予約してきてるから心配しないで」


「碧ちゃん、わたくしは一月末ぐらいまで日本にいるつもりですわ。時間があったらご一緒に観光しましょうよ。もちろん旅費はわたくしが出しますわよ」


タクシーから降ろされた大きなキャリーケースを持ちながらカリーナが近づいてきた。なんとキャリー専用タクシーが後からもう一台狭い我が家の玄関前に到着していた。


くそ~金持ちはいいなあ。早めってまだ十二月じゃん!

アトラスはもう年末休暇突入したんだったな、仕事なんかくそくらえじゃあ~、私は引き受けてないんだから、ぜったいやりたくない~年内はダラダラしたい~!


あぁあっ、すっかり忘れてたよ~! 碧華の心の叫び声と抵抗むなしく家の中に連行されて行くのであった。


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