グラニエ城祭⑥【舞踏会:脱出組の息抜き】
碧華はいやがるフレッドをなだめながら人ごみをかき分け、シャリーを探し当て声をかけた。
「シャリー、フレッドを連れてきたわよ」
碧華の声で振り返ったシャリーは笑顔で碧華に近づいた。
「あら、ありがとう碧ちゃん、さすがだわ。紹介するわね、私の母親のサーシャママよ。ママこちらが以前から話している碧ちゃんよ」
「はじめまして、わたくし栞の母の碧華ともうします。お孫様のエンリーくんにはいつもお世話になっております」
そう言って椅子に座っている老婦人に向かってドレスの裾をもち一礼をした。
「おばあ様ご無沙汰しております。ご機嫌はいかがですか?」
碧華の後からフレッドもサーシャに近づき手の甲にキスをすると笑顔を祖母に向けた。
「まあ、あなたが碧華さんね、あらあら、私にはめったに会いにきてくれない孫まで連れてきてくださったのね。さすがはシャリーが夢中になるだけのことはある人ね。抱きしめてもいいかしら?」
サーシャはそういうと両手を広げて笑顔で言った。
「ええ喜んで」
碧華はそういうとサーシャに近づくと彼女を抱きしめた。そして頬にキスをした。
その後でフレッドもサーシャの頬にキスをした。
「まあ今夜はなんていい夜なんだろうね。ヴィクトリアからご招待状が来た時はこようか迷っていたけれどきてよかったわ。私、栞ちゃんにもあいたかったのよ。あの堅物のエンリーを夢中にした女性がどんな方かずっと知りたかったのよ」
「至らないところばかりの娘ですので、いつもエンリーくんには頼ってばかりなんですのよ」
「あらそこがいいんじゃないかしら、男って頼られるって嫌いじゃないはずよ。好きな相手からわね。そうでしょエンリー」
突然言われたエンリーは頭をかきながら頷いた。どうやらエンリーもサーシャおばあ様は苦手なようだ。苦手というよりきっと大好きなんだろうな。
シャリーと話しているような気になってくる。
今夜話した貴婦人の中ではいなかったタイプだった。
碧華はサーシャとひとしきり会話を楽しむと、フレッドを伴って去っていった。去り際、栞に耳打ちした。
「栞、きちんとおもてなしするのよ、私は少し休憩してくるから、テマソンに聞かれたら、優とチャーリー叔母様と一緒にトイレにこもってるとでも言っといて、終わるころには戻るからって」
「ええ~優も行っちゃうの?」
「あなたにはエンリーもシャリーもいるから大丈夫でしょ。頑張りなさいな」
碧華は栞の肩に手を置いて笑顔でいうと、フレッドを伴ってその場を離れて行ってしまった。
「栞ちゃん、あの二人どこに行くって言っていたの?今夜は碧ちゃん、チャーリー叔母様と二人で招待客の挨拶周りをしているんでしょ」
「なんかもう終わったみたいで、これからトイレにこもるらしいですよ」
「トイレ?どうしてトイレなんかに?お腹でも壊したのかしら?」
真剣に心配しだしたシャリーにその話しを聞いていたエンリーが、シャリーの耳元で周りに聞こえないように言った。
「トイレというのは建前で、どこかに雲隠れするという意味ではないんですか?碧華ママはこういう場所は苦手のようですし、そろそろ限界なのではありませんか?舞踏会はまだまだ続きますし、どこかへ息抜きをしに行ったのでしょう」
「ええ~それなら私も誘ってくれたらよかったのに」
「母さんはおばあ様のお相手をしないといけないでしょ。おばあ様は今到着したばかりですし」
「ええ~あ~行っちゃうわ」
シャリーは去っていく碧華の後ろ姿を目で追いながら呟いた。
「何何?何か面白いこと?」
「ママ、碧ちゃんたらフレッドだけを誘って舞踏会を抜け出そうとしているんですって」
「あらおもしろそうね。私舞踏会はあまり好きじゃないのよね。ねえ後をつけましょうよ。私はまだ走れるわよ。ほら早くしないと扉を出ちゃうと探せなくなっちゃうわよ」
そういうと、サーシャは急に立ち上がると先にドレスの裾を持つと小走りに走りだした。
「ママ待って、舞踏会はどうするの?ヴィクトリアおば様へのご挨拶は?」
シャリーがそう言ったが、既に先をいくサーシャには聞こえていない様子だった。
シャリーも転ばないようにドレスの裾を持つとサーシャを追いかけ始めた。
呆然としてるエンリーの腕を掴むと栞が言った。
「私達も行きましょうよ、なんだかあっちの方がおもしろそうだし。おばあ様が行っちゃったんだもの、私達も追いかけないと」
「やれやれ、厄介なことにならなきゃいいんだけど」
エンリーは大きくため息をついて走りだした。
二時間後、舞踏会会場ではようやく終盤に差し掛かっていた。
時計を気にしながら、リリーは使用人たちに目配せをし帰りの見送りの準備をさせ始めた。
そして、視界に入ったママンとテマソンを呼び止めた。
「ママン、そろそろ終わりの時間よ」
「あらもうそんな時間、じゃあ最後の挨拶の準備をしなきゃ」
「ビルと栄治さんには声をかけたわ。後はチャーリー叔母様と碧ちゃんね。どこへ行ったのかしら、さっきから全然見かけなんだけど」
リリーがそう言うと、テマソンがすかさず言った。
「あらそう言えばそうね、最初の一時間ぐらいはみかけていたんだけど、どこにいるのかしら」
テマソンは周囲をキョロキョロしながら碧華を探し始めた。
「ママ、優ちゃんもさっきからいない気がするんだけど、電話してるけど電話にも出ないし」
リリーと行動を共にしていたライフも優とフレッドがいないことに少し前から気付いていた様子だった。
「あらそうね、そういえば栞ちゃんやエンリーもみかけないわね」
そういいながらテマソンはスーツの内ポケットから携帯電話を取り出した。
「へんねえ・・・出ないわね。そうだわ、エンリーなら携帯に出てくれるかもしれないわね」
しばらくコール音が鳴ったかと思うと、エンリーが電話口にでた。
「はい」
「あっエンリー、あなた今どこにいるの?」
「僕ですか?えっと、その・・・外の空気を吸いにきているのですが、何か急用ですか?」
「そう、栞ちゃんも一緒よね。もうすぐ終了の時間だからあなたも一応戻ってきてくれるかしら。それからどこかで碧華見かけなかったかしら、電話にもでないのよね。見かけたら戻るように言ってくれないかしら」
「了解しました。すぐに戻ります」
エンリーは電話を切るなりトランプに夢中になっている碧華に向かって言った。
「テマソンさんから電話で、もうすぐ終了の時間だそうです」
「ええ~もうそんな時間?大変おば様私達は早く戻らなきゃ」
「あらそうね、大変だわ」
「栞、優戻るわよ」
そういうと碧華は急いで立ち上がりヒールを履いてはしごの階段をおり始めた。
「でもママ、ここの片づけはどうすの?」
「終わってから片づけましょう。遅れるとヤバイわ」
「あら碧ちゃん、ここは私とフレッドで片づけておくわ。絨毯はそこの扉の中に片づけておけばいいんでしょ。バスケットとゴミは厨房に戻しておくわ」
「シャリー助かるわ。あっサーシャ様、今夜は楽しかったですわ。ありがとうございました」
「あらこちらこそ」
碧華はそう言うと先にはしごを下におり、その場にいた一同も慌てて下におり会場へとかけて行ってしまった。後に残ったフレッドとシャリーとサーシャの三人は楽しんだ残骸を片づけ始めた。
「ねえシャリー」
サーシャはトランプを集めながらシャリーに話しかけた。
「なあにママ」
「碧華さんって素敵な人ね。私大ファンになっちゃったわ」
「でしょう。ママならわかってくれると思っていたのよ」