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メル友

エンリーには気にかかっていることが一つあった。それは新たにできた文通友達のことだった。彼女と出逢ったのは日本だった。


留学中、他のクラスメイト数名とメールを交換したが、すぐに返事をしなくなった。書いてくる内容がほとんど同じようなつまらない内容だったからだ。


だが彼女の手紙は違っていた。ほぼ週に一度のペースで送られてくる手紙には、恋愛や好きなアイドルの話やどこに遊びに行ったなどの内容は一つも書いていなかった。


彼女が書いてくるのは家族との会話ばかりだった。けれど、エンリーにはそれが逆に新鮮だった。

いつも想像もしなかった内容の栞の愚痴が書かれていた。そして多い時は返事を出すよりも早く立て続けに手紙が届くこともあった。


他の人が読めばつまらない内容だったかもしれないが、エンリーは毎回手紙がくるのを楽しみに待つほどだった。



〈エンリー様

こんにちは、私の学校は今テスト発表中です。

英語と数学がわけがわからなさ過ぎて逆に笑ってしまいます。


エンリーくんはテスト前でも焦って一夜漬けなんてしないんだろうな。


只今、悪あがきをすべくテスト範囲の内容を頭に詰め込んでいる真っ最中です。

そんな中、私がリビングでテスト勉強をいると、家のママは毎回『ガンバレ~』とだけいって先に横の和室で十時には寝ちゃうんだけど、目の前で気持ちよさそうに寝られるとちょっとムカついちゃうんです。


でも、うちのママのすごい所は、私がリビングで夜中勉強していると隣の和室で爆睡してるはずのママが突然、夜中十二時を超えた当たりから、ほぼきっちり一時間ごとに『起きてる?』っていう声をだすんですよ。

夜中の静まり返った中でのその声はドキッとするからやめてほしいけど、

私、時々座りながら寝ちゃうことあるから、いつも何も言い返せないんだ。


この手紙がエンリーくんに届く頃には私のストレス度も最高潮に達しているでしょうね。栞より〉



エンリーは幼い頃から、家族と楽しく会話をした記憶がなかった。

いつも食事以外は顔をあわさない家族で、食事中も会話らしい会話などした記憶がない。家族のぬくもりを知らずに育ったエンリーにとって、栞から届くなにげない家族の話題を読むのがすごく新鮮だった。

だから決まって書くかき出しは



〈君は幸せだね栞ちゃん

隣で誰かの寝息を感じながら勉強できるなんて、君がうらやましいよ。

僕はそういう経験がないんだ。それぞれに部屋があって、家は広いけれど、いるのかいないのかさえ分からなかったからね。


僕の生活は変わり映えのしない生活なんだ。寮生活でもそれは同じです。

君は寮に入っている僕をうらやましいというけど、僕は君の生活の方がうらやましいな。仲のいいご家族と共に生活ができるのだから〉



エンリーの手紙はいつも短い文章だけだったが、時折、ライフという幼馴染の友人の話を書いてくる時があった。エンリーとは正反対の社交的で破天荒な彼のことを文句を言いながらも気が合うのかよく遊ぶようだった。


栞からは自分には幼馴染の友人がいないからエンリーくんがうらやましいと書かれていた。

エンリーにとって栞からの手紙はつまらない毎日の潤いのようなものになっていた。


メールのようにすぐに返事を書かなければいけないものでもない。だけどメールのようにすぐに返事がこないもどかしさ、エンリーは栞と手紙のやり取りを始めては数回のやり取りがすぎようとしていた。


アトラス国の学生の長期休暇は一年間で三回あり春休暇は三月一日からの一ケ月、夏休暇八月一日からの一ケ月、冬休暇は十二月一日から一ケ月あり、多国に比べて夏休暇もさほど長くはなかった。


その代わりに、その他の月にもまとまった連休は比較的多く存在した。寮から学校に通っている学生などはこの長期休暇中は寮から退去しなければならないので皆それぞれ休暇を家族や友人達と旅行など行くものも多かった。


エンリーは夏休暇が始まる前に手紙のやり取りもしつつ、栞に夏休暇中は寮が閉鎖されることを知らせつつ、その間はメールでやり取りしたいと、手紙に自分のメールアドレスを書いた手紙をだした。


それは夏休暇が始まると休暇中に届いた手紙が実家に転送されてくるからだが、家に届く手紙はすべて先に父親がみることになっていたため、手紙を父親に知られたくなかったからだ。

すると栞からはさっそく快諾のメールが送られてきた。



〈エンリーくんへ

私もエンリーくんとメールでやり取りできるのはうれしいです。     

もうすぐ夏休みなんだね。我が高校も八月一日からです。

それに私の夏休みは宿題の山とテスト対策で終わって行きそうです。

だけどたまにスマホを触っているとママが『勉強しないと知らないよ~』

っていうオーラ全開の視線を送ってきていつも同じ言葉をいうんだよ『通知表楽しみ~』って、すごい笑顔で嫌味のようにいうんだよ。


何も反論できない自分が情けないです。

というわけで、メールもすぐに返信できないかもしれないけれど、ママが寝た夜にこっそり送るね。


パパも『結果が全てだ!』っていって私にプレッシャーをかけるんだよ。自分は仕事から帰って寝るまで私の目の前でスマホゲームしてるのにさっ,ずるいと思わない。怒の栞より〉



栞からの返事はいつも目の前にその風景が浮かんでくるようで、自然と笑っている自分がいた。

エンリーはいつしか、栞の存在が大きなものになっていくのを感じていた。


エンリーが栞と文通を初めて一か月が過ぎた頃、ライフから急に家にこいという連絡がきた。

まさか、三ケ月後彼の叔父が本当に日本の栞の家に行くとはさすがのエンリーも予想していなかった。

だから、本当に『テマソンさんが日本に来た』と栞ちゃんから写真が添付されたメールを受け取った時は心臓が飛び出すほど驚いたものだ。


ライフの叔父に住所を教えてほしいと言われた時はあせったが、メールで碧華さんに事情を説明すると、快諾の返事のメールがきた時は本当にほっと胸をなでおろした。他人に住所を知られるのは嫌だという内容の返事がくるかもしれないと内心心配していたからだ。だが見事予想は外れた。


それからなんとなく栞の母である碧華とも栞を介さずメールをやり取りするようになっていた。



〈いつも、栞とメールをしてくれてありがとうございます。

すごく楽しそうにメールを打っている娘を見るは楽しいものです。

栞から聞いたのですが、テマソンさんという方は、私に才能があるかもしれないなどと、何か誤解をなさっているようですけれど、お仕事で日本にこられるついでに立ち寄られるだけでしたら、私は別にお会いしてもかまいませんよ。会ってショックを受けて逆に怒られないか心配ですけれど(笑)〉


〈そうそう、お礼がまだでした。私のペンケースやトートバッグを使ってくれているのですね。ありがとうございます。また日本にこられる機会がありましたら、我が家にも立ち寄ってくださいね。あなたなら大歓迎です。       栞の母 碧華より〉



エンリーは栞がうらやましかった。

メールの文面からもやさしい母親なんだとわかる。

自分があじわったことのない母のぬくもりのようなものさえ感じられた。


エンリーは栞とのメールのやり取りとは別のメールアドレスに時折独り言を送るようになっていた。

それは、栞とは別のメールアドレスだった栞の母碧華宛だった。


エンリーは時折無性に死にたくなる時がある。生きているのが嫌になるのだ。


それは週末、実家の執事からかかってくる帰宅してくださいという伝言が伝えられる瞬間に沸き起こってくるのだ。考えたらおかしい感情である。


家に帰れと言われたら死にたくなるのだから。だが、自分でもどうしようもない感情なのだ。


〈ああ・・・僕は何のために生きているんだろう。もうやめたくなってきた。生きるのを〉


エンリーはふと気が付けば無意識にスマホから碧華宛に送信してしまっていた。あわてて訂正メールを送ったが碧華からは意外な返信が帰ってきた。



〈エンリーくん、おばさんの独り言を書きます。

おばさんは毎日、何もない平凡な一日を過ごしていますが、明日はいい事が起こるかもしれないでしょ。だから私はまだあの世には行きたくないなって思って生きてます。


だってせっかく人間に生まれてこれたんだよ。もったいないよ死んじゃうのは。

せっかく人間に生まれてきたんだから、人生楽しまなきゃ損だよ。


時には逃げ出す勇気もあっていいと思うよ。

人間なんだもん、それでいいと思うよ。適当でいいじゃん、心が疲れちゃったら休めばいい。


『バカヤロー』ってお風呂場で叫べばいいよ。腹が立つ奴にはね。そいつが後ろを向いた瞬間、舌を思いっきり出してアカンベェをすると少しはスッキリするのよ。人生には息抜きも必要よ。

ごめんなさい。おばさんは何を書いているんだか。忘れてください。栞に叱られそうです。(汗)〉



『アカンベェってなんだろう?

舌をおもいっきりだしてあかんべっていえばいいのかな?

碧華さんは不思議な人だ。僕の父なら逃げろなんて絶対にいわない。

僕も碧華さんの子供に生まれたかったな。そしたら、人生をもっと楽しめたのかな』


エンリーは時折呟く独り言を予想外の言葉で励ましてくれる碧華の存在もまた、大きな存在になっていた。





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