夏本番、アトラス滞在記⑤
「音也、くれぐれもこれ乱暴に扱わないでね。きちんと碧ちゃん本人に手渡してね」
蘭はぬいぐるみを納めた箱を入れた小さなキャリーバッグを手でさすりながら言った。
八月十日の朝の七時、速い時間にも関わらず、蘭は空港まで一緒に車で来ていた。
「あっそれからこれは絶対畿内に忘れちゃ駄目よ。それから、手土産はきちんとライフさんのおばあ様にお渡しするのよ」
「母さん、もう昨日から何度も聞いてるから大丈夫だよ。ここまでついてくることないじゃないか」
蘭が心配そうな顔をしながら言うのを音也が大きなため息をついて言い返した。
「だって心配なんだもの。荷物が…」
「なんだよ。俺の心配じゃないのか?」
「あら、もちろん心配よ。だけどあなた時々傘とか電車に忘れたっていうじゃない。これ途中で忘れたとかになったら大変じゃない」
「忘れなかっただろ。もういいから帰れよ」
「嫌よ、飛行機に無事乗り込むまで見届けるわよ。これ本当に碧ちゃんに渡してよね」
何度も念を押す蘭にエンリー達も小さく笑いだした。
「お母様ご安心ください。僕は畿内への持ち込み物はボデイーバッグ一つですから、これは僕がお預かりして責任をもって僕が碧華ママに直接手渡しますのでご安心ください」
そういうとエンリーは音也から小さい方のキャリーバッグを奪い取った。
「なんだよエンリー、子どもじゃないんだから、俺がきちんと碧華先生に渡すよ」
そう言ってエンリーから再び荷物を奪い取った。
「まあ、エンリーくんが持って行ってくださるなら安心だわ」
そういうなり蘭は音也からキャリーバッグを奪い取りキャリーバッグをエンリーに渡した。
「なんだよ母さんまで、それならボデーバッグ持っていけたじゃないか、こっちのキャリーバッグにも智也への荷物でパンパンでほとんど僕の荷物入ってないし」
「あら何よ、着替えなら二枚で十分だっていって後は向うで買うからって、ママから滞在費以外にもたくさんお小遣いせびったくせに」
「それとこれとは別だろ」
「だから向こうでバッグを買いなさいってお小遣い多めに渡したでしょ」
二人の言い合いはそれからもしばらく続いたがフライトの時間が迫り、蘭はもう一度エンリーに頭を下げた。
「エンリーくん、この子と荷物お願いしますね」
「はい、きちんとこの荷物は碧華ママに、音也くんは雅也さんにきちんと引き渡しますのでご安心ください。引き渡し後は写真付きでメール報告しますので」
「おい、俺は荷物じゃないぞ」
「おだまり!ああ~これで安心だわ。碧ちゃんによろしくね」
「はい確かに」
エンリーは蘭に丁寧に頭を下げて飛行機に乗る込むために出発ゲートに向かった。栞と優も蘭に頭を下げるとその後に続いた。音也も蘭に行ってくるとぶっきら棒にいいながら三人の後に続いた。
「はあ、よかった。これで安心ね」
蘭はしばらくして飛び立っていく飛行機を見送りながら碧華にラインを送信した。
〈碧ちゃん、今無事荷物が飛び立ちました〉
するとすぐに碧華から返信がきた。
〈ありがとう蘭ちゃん、約束の詩集本三冊の三セット分は今日のお昼に出荷してもらったから遅くても一週間後には届くと思うから楽しみにしていてね。日本に戻ったら、また京都行くからおしゃべりしようね〉
蘭は嬉しそうにもう一度読み返すと、あくびをしながら家路に向かった。
四人を乗せた飛行機は無事アトラスに到着したのがアトラスはまだ昼間の2時過ぎだった。四人の荷物も無事手元に戻り、到着ゲートをでると、そこには碧華とテマソンとランスとグラニエ城の運転手が一人立っていた。
碧華は四人の姿を見つけるなり大きく手を振って四人に駆け寄った。
「みんなお疲れ様!疲れたでしょう。とりあえず空港内の喫茶店で休憩してから城に向かうことにしましょう」
「あっあの…その声は碧華先生ですよね」
音也は驚いたような顔で碧華の顔をまじまじと見つめた。碧華は今日はコンタクトをし、長いウエーブのかかった鬘を被り、化粧も完璧にして、高級そうな水色のスーツだった。
「そうよ、何?音也くんなんだか鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているわよ」
「今日の碧ちゃん顔が厚化粧過ぎたんじゃないの?」
碧華の後ろからひょっこり顔を出したのはライフだった。碧華はライフの頭を軽く小突くと音也に向かって笑顔で言った。
「音也くんようこそアトラスへ」
「驚きました。女性は化粧で化けるっていうのは本当なんですね」
「音也くんまで、ちょっとテマソン、そんなに今日は厚化粧したの?」
「あら、あなたが今日はグラニエ城にいくから気合をいれてっていうから気合を入れて化粧してあげたんじゃない」
「ママ、鏡みてないの?」
「あなたたちを迎えにくる為に朝五時から仕事してたから、顔なんかみる余裕なかったのよ。テマソンったらこっちにきてからまだ一度も休みくれずに仕事ばかりさせるのよ」
テマソンの顔を見上げながらいう碧華にテマソンは笑顔をむけながら言い返した。
「碧華、お言葉を返すようで悪いけど、私知っているのよ、昼間編集部に行くとか言って、編集部の仮眠室で昼寝してるじゃない」
「昼休憩ぐらいいいじゃない、夜遅くまで働かされてるんだから」
「まあまあ、じゃれ合いはそのぐらいにして、早く何か食べようよ」
二人の間に割って入ったライフが言うと二人も言い合いを止めた。そしてテマソンは初対面になる。音也の前に歩み出ると、手を差し出した。
「あなたが音也くんねお噂は聞いているわ。ようこそ。ライフの叔父のテマソン・レバントよ、よろしくね」
「はっ初めまして、エンリーくんから伺ってます。お会いできて光栄です」
音也は嬉しそうにテマソンと握手した。その間にエンリーは碧華に蘭から預かった小さなキャリーバッグを碧華に手渡した。そして、エンリーは碧華と音也の二人と荷物をスマホで写真を撮ると、蘭にメールを送信した。
その小さなキャリーバッグを受け取ると、碧華は不思議そうに音也にたずねた。
「ねえ音也くん、この中に蘭ちゃんからの荷物が入っているの?」
「あっそれ全部ですよ。僕が持っているこっちのトートバッグはお城への手土産だから」
「えっ?全部?でも小さいぬいぐるみだけのはずよ」
「いえ、それ全部を渡すように言われてきました。中に手紙を入れてるっていってましたよ、そのキャリーバッグは使い古しでいらないから、碧ちゃんの方で処分してくれって、結局僕は荷物の運び屋の気分だよ。アトラスまで来たのに、こっちのキャリーバッグの中身もいとこの智也に渡す荷物がほとんどだし、僕の荷物と言えば着替え二着分だけだからね。ボデイーバッグも持っていきたかったのにどうしてもはいらなくてあきらめたんだよ。おかげでポケットがパンパンだよ、パスポートもださく首からかけてるし」
音也はブツブツいいながら首の方をコリコリさせた。
「あら可哀そうに…そうだわ。今ちょうど車の中にボデイーバッグがあるからあげましょうか?ちょうどフレッドの注文の品の好みをエンリーにもアドバイスを聞こうと思って積んできたの。試作で作った私の手作りだから、あまり上手に縫えていないんだけど」
「えっ、いいんですか?俺、欲しいです。前からエンリーが持っている碧華先生の手作りバッグ気になっていたんですよね。デザインが最高だから」
「あら~褒め上手ねえ・・・聞いたテマソン」
「ええ、確かにあなたのデザインは最高よ。でもね、フレッド用はもう私が縫って完成してるでしょ」
「そうだけど、やっぱり若者の意見も聞いたほうがいいとと思うのよね」
「もしダメ出しされたらどうするつもりなのよ」
「作り直すに決まってるでしょ」
二人は小声で言い合いを始めた。
「はいはい痴話げんかはそこまで、早く行かないと、栞ちゃんも優ちゃんも疲れてるよ。ねえ」
にらみ合いを始めた碧華とテマソンの間に割り込んだライフが二人をなだめながら言った。
「そうね、じゃあ先に喫茶店に行ってて、荷物を先に車に積み込んでおいてあげるわ」
碧華はそういうと、テマソンと後ろに控えていた運転手も手伝って四人の荷物を受け取ると先に駐車場へと戻って行った。
碧華は車につくと、優のキャリーバッグだけをテマソンの車の後ろに積み込んだ。
そして小さなキャリーバッグは助手席に運んだ。
「碧華何してるの?そんなの後でいいでしょ」
「でも中身気になるじゃない。結局、蘭ちゃん出来上がった写真送ってくれなかったし」
そういいながらキャリーバッグのファスナーを開いた。
そこには、横三十センチ縦二十センチの白い箱が一つと十センチ四方の箱が三つと手紙らしいものが入っていた。
碧華は先にその大きい箱を開けて悲鳴に近い歓声の声を駐車場内に響かせた。
「キャ~! テマソン見てよこれ、可愛い~!」
その中に入っていたのは二十センチ未満の深緑色の着物に
羽織りを着た白色と深い紺色の模様のペンギンと、
淡いピンク色を基調とし体に、赤色の花柄の振袖を着た梟の二体が入っていたのだ。
すごくかわいくもあり、よく見ると、
生地にはそれぞれのペンギンと梟の刺繍が可愛くされてゴージャス感さえ漂ってていた。
「あら、すごく素敵ねこれ、でも思ったより大きくないかしら?」
「あっ待って手紙があるわ」
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[碧華様
ご注文の品をお送りします。小さい箱に入っているのがご注文の品です。一応私の独断で、趣味で人形の着物を制作している妹に縫ってもらった着物を着せてみました。お気にめさなければ脱がすこともできますからお好きなように使用してください。それから小さいほうにはペンギンが二体入っていますが一つは碧ちゃん用です。大きいのはもしよかったら、展示会の隅にでも飾ってもらえたらなと思って作ってみました。ペンギンの方は背中にリュックを背負えるように腕は回げたり広げられるようにトイスケルトンを入れてますので、もしミニチュアのバッグとか制作があれば背負わせてあげてください。梟には振袖を通してある羽の先の内部に磁石を入れてるので、持ち手に磁力のあるものをつければそこにバッグを持たせることができると思います。このようなものしかできませんでしたがお役に立てれば幸いです。写楽蘭 ]
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「すごいわねテマソン、今夜さっそくこの子達用のミニバッグ作りましょうよ」
碧華は小さいほうの箱も開けながら言った。
「そうね、これはぜひメインにして展示しないといけないわね。でも先に非売品って大きく明示しておかないと問い合わせが殺到しそうね」
「そうよね。断然私も欲しいくなったもの。この着物もすごく素敵だわ」
「これだけの物を作ってくれたお礼しなきゃだめね。そうね。本だけじゃ足りないわね」
「そうだわ。じゃあ、新作色違いを蘭さんと妹さんにプレゼントするっていうのはどうかしら?もう何点か制作に取り掛かっているから」
「あらいいの? すごく高いんでしょ」
「あら、この着物の生地とかも最高級品を使っているみたいじゃない。バッグのイメージにぴったりよ。きっとこれを入れるとグッとカバンの印象が上がるはずよ」
「そうよね。早くはめてみたくなっちゃったわね。そうだわ。明日のお昼まで会社を休むつもりだったけど、今夜は晩餐会が終わったら私たちだけ会社に戻りましょうよ」
「あらいいの? 明日の午前中までのんびりするために休みなしで仕事したんでしょ」
「いいわよ。新作発表会と本の出版が終わったら休暇をもらうから」
「そう、じゃあそうしましょ。私も早くケースに入れて最終確認してみたくなったから」
その後二人は急いで子どもたちが待つ喫茶店に引き返して行った。




