夏本番、アトラス滞在記②
碧華は二か月前のことを思い出していた。
「ねえシャリー、テマソンからあなたがカリーナのパーティーには参加しないって聞いたけど本当?」
碧華は日本時間の午後二時になると、いつもシャリーとテレビ電話をするのが日課になっていた。
「そうなの、パーティーは二人一組って書いてたから、ジャンニに聞いたら、その日は仕事なんですって、
ほらパーティーの翌日に栄治さんたちと旅行予定でしょ」
「そうだったんだ。なんかごめんね。栄治さんの休みにあわせてもらって」
「仕方ないわ、ジャンニったらおかしいのよ。毎晩のようにテレビ電話でビルさんと休暇をどこに行くかで口論してるのよ。まるで子供みたいに目をキラキラ輝かせてるの」
「あら、家でもそうよ。時々ビルさんからテレビ電話かかってくるわよ。見てたらビルさんお昼なんでしょうねパンを食べながら話してるわよ。忙しい人なのに、毎日欠かさずかかってきているみたいよ」
「ふふ、亭主がご機嫌なのはいいことね。最近はジャンニはエンリーのことあれこれ聞かなくなったのよ。もう好きにすればいいってね、あれだけ成績のこととか鑑賞してたのにね」
「あら生きがいを見つけたのよ、いいことじゃない、そのおかげで私たちは好き勝手させてもらえてるだから、どうか喧嘩しないようにっていつも栄治さんにいってるのよ」
「本当よね」
「あっそういえばカリーナから電話がきた時に聞いたんだけど、フレッドも招待してるって言ってたけど、断られたって、あの子も仕事なの?」
「いいえ、あの子は週末は仕事しない主義よ。だから私フレッドに頼んだのよ、なのにあの子ったら、パーティーは嫌いだからって母親のお願いを断るのよ。碧ちゃんは参加するんでしょ?」
「そうなのよ、私も断ったんだけど、どうしてもって直接お願いの電話がかかって来ちゃって、日本の着物を着てきて欲しいって変なお願いされちゃって大変よう~。ほら、彼女にはフランスで借りがあるし断れなくて」
「そう・・・私も行きたかったわ。ねえ、テマソンを辞めて、私と行きましょうよ」
「私もそうしたいんだけど、テマソンがごねちゃうでしょ。すねると化粧とかしてもらえなくなると困るし、詩集も二度と手伝わないなんてひどいこというのよ。まったくたかがパーティーなのにね」
「酷いわね、今度懲らしめておいてあげるわ。はあ~残念ね。フレッドさえいいっていえばいけるのに~あの子今住んでいる家カリーナさんのパーティー会場の近くなのよ。あの子ったら頑固なんだから」
「そうなの・・・シャリー後でかけ直すわ。じゃあまたね」
碧華はそう言うなりテレビ電話の電源を切った。
そして別の場所へ電話をかけた。
ちょうど向うは夜だから家にいるはずだ。
かけた相手はフレッドだった。
「ハロー碧ちゃん、あなたから電話がくるなんて珍しいですね」
「夜の忙しい時間にごめんなさいね」
「あなたからでしたら何時でもウエルカムですよ。で何か御用ですか?」
「単刀直入にいうわね。八月十二日の土曜日の夜、あなた何か予定入っている?予定ないなら私にあなたの時間をくれないかしら」
「ちょっとまってください。え~っと、そうですね。別段予定は入っていませんけど、何かあるのですか?」
「あらそう、実はね、私と一緒にカリーナのパーティーに参加しない?」
「パーティーに参加ですか?それは、碧ちゃんの頼みでも無理ですね。僕はああいうたぐいのパーティーには参加しないって決めているので」
「あら~残念ね、エンリーもね栞たちと一緒に浴衣を着て参加するって言っていたから、シャリーも誘ったんだけど、ジャンニさん仕事があるから無理だっていうのよ。あなたも浴衣、絶対に似合うと思ったんだけどな」
「浴衣?」
「そうよ、今回のパーティーは民族衣装か仮装でパーティーに参加が条件なのよ。だから夏だし、お祭りに着る浴衣を着て参加することにしたの。今度男用の浴衣を買いに行くんだけど、あなたも参加してくれたらあなたに似合いそうな浴衣を買ってきてあげようかと思ったんだけど、嫌なら仕方ないわね。シャリーにも浴衣着せてあげたかったんだけどしかたない諦めるか」
碧華はそう言って電源を切ろうとしたその瞬間、フレッドが慌てた様子で碧華を引き留めた。
「母さんも浴衣を着るのですか?」
「ええ、あなたが参加してくれたらね。シャリー言ってなかった?あなたに断られたってすごく落ち込んでいたわよ」
「…しかたありませんね」
「じゃあ交換条件で手を打ちますよ」
「ええ~条件があるならもういいわ。さよなら」
「話ぐらいは聞いてからでもいいんじゃないですか?」
「だって、めんどくさいの嫌いだし~」
「まったくあなたは…ではこちらも譲歩しましょう。あなたが私の条件を飲んでくれれば、パーティーに参加する前に着替えとかをする部屋と会場までの車の手配が必要でしょう。僕の所持している車と家を貸し出しますよ。タクシーで行けばいいでしょうが、僕の車を使えば、僕と運転手の運転で二台で無料でいけますよ。大型車の方が最大十人乗りですから。僕は急用があるかもしれませんから自分の運転でいきますけど」
「あら、すごい魅力的な話ね。実はカリーナがパーティー参加者には近くのホテルの部屋を用意してくれているっていうんだけどすっごい高級ホテルなのよね。あんなホテルから浴衣で着替えて出かけるっていうのはちょっと気がひけてどうしようかって思っていたのよ。普通の着物だったらいいんだけど、夏だしね。お祭り気分の民族衣装でってことだし、う~んどうしようかしら」
「僕はどちらでもいいですよ」
「あああっ! あなたやっぱり天才ね。交渉上手だわ。天才相手だと疲れるわね。でも私あなたの浴衣姿みてみたいのよね」
フレッドは真剣に悩んでいる碧華のその様子をみて苦笑いを始めた
「…あなた相手では僕の方が分が悪いですね。参りました。僕の負けですよ」
「あら、じゃあ参加してくれるの?」
「はい、僕の家と車も提供しますよ」
「本当?ありがとう!やっぱりフレッドね。でっ条件ってなにかしら?」
「いいですよ。僕の浴衣を作ってくれるのならそれで充分ですよ」
「まあ聞き分けのいい子ね。テマソンと大違いね」
「おやテマソンさんは違うんですか?」
「ええ、子どもたちが浴衣を着るっていたら自分の分も用意しないと私の詩集の手伝いもパーティーにも参加させないっていうのよ。ひどくない」
「意外ですね」
「なにが?」
「いいえ」
「でもね、フレッド、子どもはわがままを言ってもいいのよ」
「碧ちゃん、僕はもう27歳ですよ」
「あら、シャリーの子供は私の子供同然よ。さあ、お母さんに言ってごらんなさい」
「フッ…じゃあ遠慮なく…実はこの間、エンリーが大学の学校に持って行くリュック型のバックを作ってもらったと僕に自慢してきましてね。僕もディオレス・ルイで買ってはいるんですけどね。あなたに僕だけのオリジナルバッグを作ってもらいたいなと思いましてね」
「あらエンリーったら、そんなことあなたに言ってきたの?恥ずかしいわ。ディオレス・ルイで買いなさいよっていったんだけど、欲しいのがないっていうもんだから、要望を聞いて作ってあげたのよ。まだ学生だからおばさんの手作りでもいいかなって思ってね。でもそうね…次期社長さんが持つものとなると大変ね。じゃあ・・・デザインは私が考えるから、縫製はテマソンにやらせるわ。それでもいいかしら?」
「ええ、かまいませんよ。僕が欲しいのは休日用ですから、本当ならあなたのオリジナルの方がいいんですけどね」
「あら、そうはいかないわよ。休日用ならボデイーバッグでいいのかしら?」
「そうですね。色は深いグレーが好きですよ」
「わかった。いくつかリストを作ってみるわ。じゃあパーティーの日、空けといてね」
碧華がフレッドとの会話を思い出していると、
ようやくテマソンがスケッチを終えてデスクに向かい、
パソコンに向って描いたスケッチをスキャンし、画像処理を始めた。
こうすると何を言ってもしばらくは集中するテマソンを知っていた碧華は何も言わずに社長室を出て行こうとした。
「碧華、今夜はシャリーも泊まるって言っていたから、夕飯は三人で食べに行きましょう。おごってあげるわ」
「あらそうなの? ありがとう。じゃ編集部に行ってるわね。定時まであっちに行っててもいいの?」
「ええいいわよ。この新作で許してあげるわ」
「あらどうも」
碧華はそういうといそいそと社長室を出て行ったが、すぐに戻ってきた。
「テマソン、今夜仕事早く終わりそう?」
「そうねえ、そんなに遅くはならないと思うわよ」
「そう、じゃあ、今夜は外食は止めて私が日本料理作ってあげるわ」
「あらめずらしいわね。あなた疲れてるでしょ。食事に行った方が楽じゃない」
「あのね、忘れるとこだったんだけど、あなたに仕事とは別にバッグを一つ縫ってほしいのよ」
「何?あなた自分で縫えばいいじゃない」
「だめよ、私ポケットとかうまく縫えないもん」
「じゃあ制作部に頼めばいいじゃない」
「だめよ仕事じゃないから」
「なに?あなたのいいたいことはよくわからないわね」
テマソンは作業を止めてパソコン画面から碧華に視線を向けた。
「あのね、フレッドにボデイーバッグを作ってくれって頼まれたのよ。だけどほら、大会社の副社長がもつバッグよ。私なんかの下手な縫製だと笑われちゃうじゃない。だから、デザインと裁断は私がしておくから、仕上げの縫製はあなたにしてもらいたいのよ」
「あら、もう一つ新しいデザインを考えてあるの?」
「ええ」
「見せてみなさいよ」
碧華はリュックからファイルを取り出すと、
その中に入れてあるデザイン画と型紙を机の上に広げて見せた。
するとテマソンはそのデザイン画をみるなり、
赤の鉛筆で碧華のデザイン画に修正を入れると同時に、
型紙もはさみで切り込みを加え修正を始めた。
そして五分後ようやく納得したように言った。
「これでいいんじゃない、さすが碧華。きっとフレッドに似合いそうね。これも新作にしたい所だけど、ダメなんでしょ?」
「うん、ダメ!これはフレッドのオリジナルだから。ねえ、縫製してくれる?」
「仕方ないわね。他ならぬフレッド用なら手伝ってあげるわ。生地はまだなんでしょ。制作部のチャイには連絡しておいてあげるから好きな生地を使っていいわよ。備品もね」
「本当?ありがとう。早速シャリーと生地選びに行ってくる!」
碧華は嬉しそうにいうと机に広げた型紙をファイルに片づけると、リュックの中にしまい、出ていってしまった。それを見送りながらテマソンは小さなため息をついた。
「まったくいい才能を持っているんだから真剣にバッグ作りしてくれればいいのに、本人はまったくその気がないんだから。まっ詩集の方があれだけ人気がでればあっちの方がおもしろくなるのはわかるんだけど。でも、新作はもうできているのかしら?発売日が半月後だっていうのにあの子何も言ってこないわね。絵も描けって言ってこないし、間に合うのかしら?」
テマソンはしばらく閉じられた扉を見つめていたが、またパソコン画面に集中し始めた。




