終わりと始まり
碧華がアーメルナを出版し日本に戻っていた12月も年末が押し迫っていた23日。明後日の夜東京でコンサートが開催される碧華の推しのアールメデのコンサートに参加する為に桜木家には休暇でテマソンとシャリーの二人が遊びにきていた。明日の朝一番の飛行機で東京に向かう予定なのだが、なぜか予定よりも一日はやく二人とも直接東京には行かず桜木家に来て昨日からくつろいでいた。娘達は出かけているし、栄治は28日まで仕事がある為朝にはス通に会社に出勤して行った。
「ちょっと、人の家で何高級寿司出前して勝手に食べてるのよ」
碧華はリビングの窓を拭き掃除をしながらコタツを前に二人で寿司を堪能している二人をらみつけた。
「あら、仕方ないでしょ。あなたが一人で東京行きの飛行機に乗るの嫌だっていうからわざわざこっちにきてあげたのに年末大掃除しなきゃ旅行いけないなんて言い出すんだもの。こっちはあなたの掃除が終わるのを待ってあげてるんじゃない。まったく関西を観光するつもりで一日早く仕事を終えてきてあげたっていうのにこっちこそ予定狂いまくりよ」
そういいながらおいしそうに高級寿司を口に運んでいるテマソンに対して人が掃除してるのに、目の前でおいしそうに食いやがってとテマソンの顔を睨みつけながら一応言い訳をする。
「だって仕方ないじゃない、主婦は忙しいのよ。それに出発の予定は明日よ、一日早く来たのはそっちでしょ。適当に空港の近くのホテルででもくつろいでいればいいでしょ」
「そうよね、ごめんなさい。私もそう言ったのよ。でもテマソンが・・・そうだ碧ちゃん、掃除なんて誰かにしてもらえばいいじゃない。日本にもそういうの仕事にしている人いるんでしょ。お金だしてあげようか?」
口に寿司を放りこみながらシャリーはさらりという。
「大丈夫よ、お金の問題じゃないのよ、知らない他人に家の中の掃除の為に入られるなんて怖いじゃない。でも今年の汚れは今年のうちにっていうしね。後ここ拭き終わったら終わりだから、明日には間に合うわよ。でもテマソン、あなたくるのは明日の朝って言っていたから今日は掃除してって予定立ててたんだからね。私は悪くないわよ」
まったく昨日は昨日で来る早々帰ってきた栄治さんや娘達を誘って車二台で普段行かない高い高級肉店に行って好きなだけごちそうするなんて言ったもんだから栄治さんも喜んじゃって結局我が家でくつろいでなんて栄治さんが言いだしちゃって自分は仕事に行くと言ってさっさと仕事言っちゃうんだもの、二人が朝から暇だなんていいだして私の掃除のじゃまばかりするからやりたいことの半分もできていない、二人を睨みつけていると、シャリーが立ち上がりマグロの握り寿司を私の口にほうりこんだ。
「もういいじゃない、そんなに汚れていないわよ。ゆっくりして、明日の準備したら? 食事の用意はして行かなくていいんでしょ。今夜も出前頼めばいいじゃない」
シャリーの笑顔につられて怒りが消えてしまう。
「うま!さすが大トロってああもういいか、今年はもう掃除はおしまいするわ。はあああ、でも・・・後何かし忘れているような」
テマソンが注文した寿司をもう一貫勝手に摘まみながら考え出した。
「ぁあああ!思い出した!」
碧華は急に立ち上がるとノートパソコンを取り出し開いて頭をかきむしりながら真剣にブツブツ独り言をいいながらパソコンで何か作業をしだした。
「どうしたっていうのよ急に、仕事なら今年はないわよ」
テマソンも驚いてパソコンの画面をのぞき込みながら碧華に言った。
「そうよ、何を忘れていたの?」
「仕事じゃないわよ」
そう言ったきりそれ以上は何も言い返さず、しきりにパソコンで何かを検索している様子の碧華の様子を二人は首を傾げながら見守った。碧華は三時間後ようやく両腕を上にあげて伸びをした。
「碧ちゃん、終わったの?何の仕事していたの?」
黙々と作業している横で、シャリーは桜木家にあった大量のDVDから邦画の映画をみてくつろいでいたシャリーが碧華に近づいて訪ねた。
碧華はプリンターの電源を入れながらはがきをセットしながら答えた。
「仕事じゃなくて年賀状を作っていたのよ」
「ねんがじやう? なあにそれ」
聞きなれない言葉に碧華の隣で自分もパソコンで何かをしていたテマソンも興味津々で聞き消してきた。
「年賀状よ。バタバタしていて作るのを忘れていたのよ。ヤバかったわ。明日から出かけるし、戻ってくるのは大晦日でしょ。元旦に間に合わないところだったわ」
そう説明しながらもパソコンの画面では年賀状を作成し始めた碧華のパソコンの画面を興味深げにのぞき込む二人だったが年賀状という言葉は初めて聞くらしかった。
「ねんがじょう?」
シャリーとテマソンは首をひねっている。
「ああ、アトラスにはない習慣よね。アトラスじゃあ新年だからって特別なこと何もしないものね。生活は普通だもんね。年賀状って、なんていえばいいんだろう。そうね・・・新年の挨拶状かな。新年あけましておめでとうございます。って親戚や会社の同僚や友達なんかに特別なはがきを送るのよ」
「へえ・・・それも素敵ね」
「でもね・・・最近じゃあほとんど印刷されたものばかりで手書きのメッセージも何もないってものが多いのよね」
「あら、それだと寂しいわね」
「そうでしょ。普段交流もないのに毎年ずっと印刷されただけの年賀状のやり取りしている相手に手書きのメッセージを書くのって何を書いていいのかわかんないし書くことなくて結局何も書かないで年賀状くるから適当なものを印刷して送るって感じね。だからそろそろ年賀状じまいしようかなって思っていたのに、すっかり忘れていたのよね、まあお母さんや兄弟とかには普通に家族の写真いりの年賀状を送るつもりだからそれを作るのに時間かかったのよね」
刷り上がった写真付きの年賀状の一枚と文章だけ書かれた年賀状の二種類みせながら碧華がいうと、テマソンがその文章だけの年賀状を読んで首を傾げた。
「年賀状じまいっていうことはもうださないってこと」
「そう、もらってもうれしくないし、面倒だって思っている段階で相手にも失礼でしょ」
「それもあなたの考え方ね」
「そう、私の考え方、というわけでとっとと印刷済ませちゃうわ」
碧華は年賀状印刷画面を作成を開始した。
そんな横でシャリーが次々とできあがっていく年賀状の横に置かれている今年届いた年賀状を珍しそうに眺めていた。
「ねえ年賀状って家族の写真を送りあうの?」
「そうね、子どもが小さい時は送っていたわね」
「ふ~ん楽しそうなのに、本当に止めちゃうの」
「そうね、元旦にコタツでミカンを食べながら年賀状を眺めるのは嫌いではないわよ。でも、普段交流のない人からの印刷だけの年賀状をもらってもうれしくなくなってきたのも事実なのよね」
「ふふふっ碧ちゃんらしいわね」
「よしこれで完了」
碧華は大量に印刷された年賀状をチェックしながら鞄に入れた。
「ねえ、碧華、人のつながりって大切なものよ、長い間繋がっていた繋がりをそうあっさり切ってもいいの?」
テマソンは印刷された今年の一月に届いたその年賀状の束を眺めながら言った。
「親戚関係はそのままよ、だけど、20年以上も会うことも電話することもなかった関係をこのまま年賀状だけ続けるよりも、きっぱり切った方がすっきりするもの。今更こんなおばさん姿で会いたいとも思わないのよね。今は新しい親友と相棒がいるしね」
「あら、まああなたがいいならいいけれどね」
「ねえ碧ちゃん、私が出したら返事くれる?」
「シャリー?」
「ねんがじょう?っていうの新年のご挨拶状よ。だってどれも可愛いイラストや写真が印刷されていて素敵なんだもの。私も出してみたいわ」
「そう? じゃあ私も写真を撮ってだすわよ来年は、そうだテマソンにも出してあげる」
「何よ、あなた年賀状面倒だから止めるんでしょ」
「あら、面倒だけど本音は欲しいわよ。でも交流がない人達とは止めようとしているだけよ。終活の一環かしらね人間関係の整理ってとこね、もうそういう歳になったってことかしらね」
「そうね、そろそろ人生の整理も必要な歳かも知れないわね。まあ私の場合は仕事関係以外は交流はほとんどないけどね」
「あらテマソン友達いないの?」
「なっ何よ、悪いかしら?私は仕事関係で手一杯なのよ」
「ふふふ、テマソン私が友達になってあげる」
シャリーがテマソンに向かっていうと、碧華もテマソンに向かって言った。
「私も私も」
碧華もそういうとテマソンは少し照れた感じで碧華に向かって言った。
「何言ってるのよ、あなたは姉になるんでしょ。友達は無理でしょ」
「あら、いいじゃない。あなたの姉で友達で相棒、何でも屋ってことで、あなたが一人でさみしい老後にならないようにたまに会いに行ってあげるわ。あなたのお金で」
「まあ友達にお金請求する気? でも…仕方ないわね、その分しっかり働いてもらうわよ。シャリーあなたも写真よろしくね。あなたの写真素敵だもの、今度あなたの写真集を出したいってビンスが言っていたわよ」
「えっ?編集長が?」
シャリーは嬉しそうに聞き返した。その後はパソコンでシャリーの写真画像で盛り上がり、翌日三人は子どもたちや栄治さんに見送られコンサートへと向かうべく関西空港へと向かい出かけて行った。
実はその日の夜、碧華は大量に桜木家のメンバーの写真付きの年賀状を新しく印刷し、夜中に手書きのメッセージと追加の不足分の切手をはり他の年賀状と一緒に郵便局に出していた。
年が明けてしばらくして、アトラスのファミリーやアトラスの知り合いや仕事仲間達の元には碧華からの年賀状が届いていた。そのことがきっかけとなり、次のお正月にはアトラスから大量に碧華の元にそれぞれのお気に入りの写真やイラストいりのメッセージカードが届いたのだった。
お正月、コタツにはいりながら大量に届いた年賀状には短いながらもみんな自分の字で日本語で温かいメッセージがそれぞれに書き込まれていた。それを読みながらほほ笑む碧華の姿があった。