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テマソンの日課

テマソンは最近ご機嫌だった。なぜなら毎日の日課となったテレビ電話がかかってくるからだ。

彼は自分にとって何のメリットもないはずの英会話だったが、なぜか面倒だと感じることはなかった。むしろ、毎日のその貴重な時間を確保するために、今まで以上に部下たちに的確な指示を出していた。


まず第一弾としてお昼の十二時に栞からテレビ電話がかかってきた。日本ではすでに夜になっている時間帯のせいか眠そうにしながらもぽつりぽつりと英語と日本語まじりを繰り返すような話し方だったが、一日のことを話してくれた。


そして夜の十時には日本時間の早朝にあたるのでこちらも眠そうに話しかけてくる優だが、こちらが簡単な英語で聞き返すと、つまりながらも英語で返事が返ってきた。


そしてわからない表現法は聞き返してきた。  

栞は時には、学校のテストどうしようなど泣き出しそうに聞いてきたりした。そのたびに、的確にアドバイスをしてあげるとうれしそうだった。それは時には数学の時もあった。


テマソンの仕事部屋である社長室は、透明な壁一面のガラスで仕切られていたが、普段はブラインドを上げて、他の社員たちの姿が見えるようにしていた。


だが、お昼休憩が始まる午後十二時は決まってブラインドを下までおろし、会議の予定が入ると、時間をずらして、いつも決まった時間に三十分だけだが社長室にこもった。その噂は社内でもちきりだった。


ついに社長にもいい人ができた。だとか、変な趣味にはまっていつも大画面のパソコンに向かって何かを言ったり笑いだしたりしているなど、テマソンは何も話していないので好き勝手うわさしあった。


ただ唯一、碧華のことは話してあったが、日本人という以外社内の人間は彼女の素性は謎のままだったため、彼女が本命ではないかなど、噂好きな女子社員の間でささやきあわれていたのだった。

テマソンもその噂は薄々気づいていたが、あえて何も訂正しようとはしなかった。



そんなテマソンにとって最近のお気に入りの時間がもう一つあった。

それは、仕事が終わり、社員たちも全員帰った社長室で一人絵を書くことだった。


それにはこんないきさつがあった。日本から帰国して以来、碧華には新作の試作品の布サンプルが届くと、配色の組み合わせをパソコン用に送り新作バッグのデザイン構成の配色を頼んでいた。

仕上がりはいつも一日か二日はかかったが、どれもテマソンの満足のいく内容だった。


一ケ月が過ぎた頃、テマソンは仕事の報酬を碧華に改めて明示したが、碧華は宣言通りまだ受け取れないといいきった。けれど、いらないはぎれがあれば欲しいとだけ言ってきた。


テマソンはさっそく、一年前の捨てる予定の見本サンプルの布を航空便で大量に送った。こんなもので喜ぶのかと半信半疑に思っていたが、碧華はテマソンの予想を裏切って、テレビ電話に姿をみせた彼女はものすごく感動してしきりにお礼を言ってきたのだ。


『まったく変わった人間だわ碧華は、あんなゴミを喜ぶなんて』


テマソンは自分の価値観では理解できない価値観を持ち合わしている碧華を信用に値する人間だと思い始めていた。それ以上に、碧華も碧華の娘達もふくめみんなそれぞれに話す会話が楽しいのだ。


テマソンは経理部には碧華用にデザイン料を支払うよう手続きを整えておくように伝えてあった。


いつかまとめて支払うつもりであった。そんな碧華とは仕事の内容以外で娘たちとのようにテレビ電話で長く話すということはなかったが、メールでの会話なら頻繁にやり取りしていた。友達に話すような気さくな会話のやり取りを続けていた。もちろん、碧華の旦那である栄治さん公認で、二人はその頃からさん付けで呼ぶのを止めていた。名前を呼び捨てで呼べる間柄が碧華もテマソンも新鮮だった。


そんな会話の中でテマソンは碧華からもらった詩集の批評を毎日一日一作品ずつ書き加えてくる時間帯があった。


それは日本時間の朝の八時過ぎの時間帯だった。ちょうど碧華にとってその時間帯はのんびりする時間帯であったために、テマソンの批評は楽しい会話ができるひと時だった。


テマソンにとっても同様で、深夜のこのひと時は仕事漬けの毎日の唯一の気晴らしだった。

どこかに行きたいとも思わないし、最近は買い物にも興味がなかった。最近気づいた自分の才能。


碧華の詩は自分の心の奥底に眠っている何かを揺さぶる詩が多かった。

その詩に自分なりのイメージを生かした絵を描くことが何よりの癒しになっていた。

テマソンはその絵を碧華に押し付けるつもりもなかった。


ただ、碧華の詩を見ながら思い浮かんだイメージを白い画用紙に描いていると、時には新作のバッグのデザインも浮かんできたりして、いいインスピレーションの刺激になっていた。



ある時、いつものように今日のお気に入りの詩として碧華にメールを送っていた後、珍しく碧華がデザインの配色に文章で説明するのが難しいというので、テレビ電話で話していた時、仕上がった絵を自分の後ろの棚の上で乾かして片づけ忘れていたのを碧華が会話の中で気づき、聞いてきたのだ。


「ねえテマソン、あなたの後ろの絵、誰が書いたの?すごく素敵な絵ね」

「あっあれはなんでもないわ。ただの暇つぶしで描いたものだから」


テマソンは慌てて画面の位置を変えてしまったが、碧華がしつこく見せてほしいと言ってきたのでしぶしぶ碧華の詩集に自分なりのイメージの絵を描いていることを白状した。すると意外な言葉が返ってきた。


「すご~いテマソン!あなたやっぱり天才ね。私こんな絵は描けないもん。いいなあ~、そんな絵が描けたら私の詩ももっといい本になるのになあ」


「そんなことないわよ。あなたの詩集の絵も素敵よ、この絵もあなたの絵をもとにイメージがわいてきたのを描いているだけですもの。これで十枚目かしら、あなたの詩はどれも好きだから、どんどん日によって描きたいものが違ってきて大変なのよ。嫌な意味じゃないわよ。時間がないのに描きたい衝動に駆られるってことよ」


「あなたいい人ね。テマソン、そんなこと今まで誰も言ってくれたことないわ。あなたの毎日の批評もすごく参考になってるし、感謝してます。そうだ。今度もう一つの詩集もよかったら読んで批評してもらえないかな。それに・・・あなたの描いた絵も全部みたいな・・・なんてだめかな。迷惑だよね。でもいいなあ。その絵完成したら私にコピーでいいからくれない?ああ、やっぱり駄目だよね。ごめん」


「そうねえ・・・でも」


テマソンは小さく笑った。碧華の長所で恐らく短所でもある自分の言動を異様なまでに気にする態度がテマソンは好きだった。他人のそんな部分をみたら冷たくあしらって馬鹿にするテマソンだったが、碧華だけは別だった。


不思議な感覚なのだ。自分の持ち合わしていない、どこかに置いてきてしまった感情に巡りあっているような感覚を味わうのだ。だから碧華のこんな言動も少しも気にはならなかった。それに最近は自分に本音をさらけ出してくれるようになり、それが可愛く思えてしまうのだ。だから、むしろ笑ってしまうのだった。そんな時は決まって碧華はすねてしまうのだ。


「どうせ私になんかみせても仕方がないって思っているんでしょ。いいわよ。いーだ!」


碧華はいつもそうだ。すねてしまうと「いーだ」といって変な顔をする。


「碧華、何自分の言動にスネてるのよ」

「別に! あなたが意地悪だからよ。私は別にすねていないわよ」

「何よそれ、もう・・・仕方ないわね。いいわ。見せてあげる」


そういうと、引き出しの中に丁寧にしまわれていたB六サイズの画用紙の束を机の上に出し一つ一つ机の上の大きなパソコン画面に向けながら説明した。


「本当はここの空白の部分にあなたの詩を日本語で書いて仕上げたいんだけど、私日本語を書くのはまだ苦手なのよね」


それを聞いた碧華が急に明るい口調になった。


「えっテマソン日本語うまく書けなかったの?」


「何よ悪い?なあに、あなた嬉しそうじゃない。私は書けないとは言ってないでしょ。私はアトラス人なのよ。漢字なんか書いたことないわよ」


「あっそうよね。私あなたってなんでもできる天才だって思っていたから、苦手なこともあるんだなと思って」


そう言って謝ったがどこか嬉しそうだった。そんな碧華の態度もどこか憎めないでいるテマソンだった。


テマソンはなんだか照れくさそうに、今まで自分で描いた絵を碧華に見せた。すると碧華はすごい感激の声を上げて褒めてくれた。


「私は絵の才能もあるのよ。こんな絵何でもないわ」


そういったものの、あまり自信が持てなかったのだ。


「すごいなあ・・・この絵に私の詩を書いたら素敵ね。額に飾りたくなるわ。いっそのこと、あなたの挿絵で本を作り変えたくなってきたわ。でもムリよね。私あなたの絵にお金を払う甲斐性ないし・・・あなた忙しいし」


「あらいい考えじゃない。だいたいあなたも私の仕事は無償でしてるじゃない。こんな落書きみたいな絵にお金なんか取らないわよ。それより、絵の挿絵もいいんだけど、私はあなたが言ったように額にいれて飾ろうかしらって思っているのよ。それにはこの空白部分にあなたの字体で詩を書き込んでもらいたいのよ。私とあなたの合作として会社に飾りたいのよ。詩の内容がとてもいいから。ひらがなと漢字ってまるで一つの絵みたいで素敵なのよね」


「私の字?それはちょっと・・・こんなすごい完成した絵に後から私の字を重ねて書くなんて失敗したら取り返しつかないし」


テマソンは大きくため息をつき、絵を机の横に置き、パソコンの向こうにいる碧華に向かって静かに言った。


「ねえ碧華、人生の成功者からアドバイスをしてあげる。人間はね、利用できるものは利用していいのよ。いつだって、『これだっ!』ってひらめいたら迷わず突き進むべきなのよ。あなたにはそれができる才能があるんだから。私は今、この絵をいやいや描いているわけじゃないの。そうだわ。私ね気に入っている詩があるのよ。えっと、これこれ、この絵の大きいのを制作しているのよ。これが完成したら原画を送るから失敗してもいいから私はあなたの字でこの詩を書きこんで欲しいの。依頼できるかしら。もちろん他のも小さいサイズにして印刷して送ってあげるから、あなたの詩と私の絵で最高にいい詩集作りましょうよ」


テマソンの言葉に碧華は涙がとめどなくあふれて手で涙をぬぐった。


「ちょっとどうしたのよ」


「なんでもない。ありがとうテマソン。私こんなにうれしいことない。私十代の頃からの夢だったんだ。自分の作品に素敵な絵をつけてみたいって。夢が実現しそうなんてすごい。私バチが当たらないかな」


「本当に心配症ねあなたは、大丈夫よ。あなたは普段からいい事貯金ためてるんでしょ」


「うーんたまっている気がしないけど、貯まっているといいけど・・・大好きだよテマソン、アッ変な意味じゃないからね。相棒としてだから」


碧華は慌てて訂正したがテマソンはそんな碧華に笑って答えた。


「当たり前じゃない。私、好みでいたら栄治さんの方が好きよ。あなたは相棒として私も一番よ。でも配色の仕事もちゃんとやってよね」


「わかった。でも、栄治さんは渡さないわ」

「あら残念ね」


二人は笑い合った。ひとしきり笑い終わると、碧華が真剣な顔になって言った。


「テマソン、あんまり根を積めてやりこんじゃうと肩がこって体調くずしちゃうわよ。百歳まで健康が目標なら、せめて数時間だけでも毎日寝なきゃ駄目だよ。人間は眠れなくて横になって体を休めてあげなきゃ」


「はいはい、わかりました」


「わかればいいわ。今度私のお気に入りの抱き枕送ってあげる。すごく触りごこちがよくてかわいいのよ」


「いらないわよそんなの、私ホントに寝なくても平気なのよ」


そっけなく言うテマソンに碧華は信じられないといいたげにじっと画面ごしのテマソンをのぞき込んで一言言った。


「テマソンかわいそう・・・」


碧華の言葉にテマソンも信じられないというように言い返した。


「なっ何がかわいそうなのよ。一日は二十四時間しかないのよ、あなたが寝すぎなのよ」

「そんなことないわよ。睡眠は人間にとってぜったい必要不可欠なんだよ」


笑顔で寝る事を力説する碧華にテマソンは何も言わず聞いていた。

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