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碧華の災難③

時計はすでに七時になろうとしていた。一度は全員定時には退社していたが翌日は土曜日ということもあり、碧華を心配した社員達が続々と戻ってきて、企画室に押し寄せていた。社長室にはテマソンの電話で集まったビルとリリーそれにライフ、ヴィクトリアもいた。そしてシャリーから連絡がいったジャンニまで駆けつけていた。全員、碧華がどこに姿を消したのかは見当がついていなかった。社内も含め、二十階のテマソンの家の寝室も捜しつくし、碧華の行方に心当たりは無くなっていた。


「ねえ、この際栞ちゃんか優ちゃんに電話がなかったか聞いてみたら?碧ちゃんの姿が見えなくなった時間帯なら日本時間でもまだ起きている時間でしょ?」


ライフの提案で、テマソンは早速日本の桜木家に電話を入れた。すると、電話口にでたのは栄治ではなく栞だった。


「栞ちゃん?ごめんなさいね、夜中に電話なんかしちゃって」


〈あっ大丈夫です。電話がかかってくるかもしれないなって思ってましたから〉

「あらどうして?」


〈実は数時間前、ママからエンリーに愚痴の電話が入ったみたいなんです。心配したエンリーが私に知らせてくれたんです。だからもしかしたらママの姿が見えなくてさわぎになっていないかなって気になってて起きていたんです〉


「あら・・・さすが栞ちゃんね。でも、碧華はなんて言ってきたの?日本に帰るとか言っていたの?」


〈いいえ、ただの愚痴だけみたいですよ。エンリーに愚痴ってスッキリしたから少し寝るっていってたみたいですから、きっとママ少し寝るつもりで今も熟睡してるんじゃないかな〉


「でもね、どこにもいないのよ。もしかしたら日本に帰るつもりで空港に行っているのかもしれないのよ」


テマソンが珍しく動揺している様子は電話越しの声からも安易に想像できた。栞はテマソンが気の毒になってきた。


〈テマソン先生、落ち着いてください。大丈夫ですよ、ママは会社を飛び出してもいないし、日本にも帰ってきていないと思いますよ〉


電話越しの栞は眠そうにあくびしながら言った。


「えっ?どうしてそう思うの?」


テマソンは母親が行方不明だというのにまったく慌てる様子もなく大きなあくびをしている声が聞こえる声に驚きを覚えながらもたずねた。

テマソンはスマホの音源をスピーカーにしていた為、その場にいた全員が聞いていた。社長室の外の企画室にも多くの社員が集まって心配していた。


〈だって、ママっていつも結構些細なことでもよく落ち込む性格でしょ。だから落ち込んだ時はいつも同じ行動をするんですよ。ママは嫌なことがあるときまって、私か優におもいっきり愚痴って後はお気に入りの場所で、大好きな音楽をスマホでかけて、イヤホンをしながらふて寝するんです。そしたら翌日はけろっとしてるんですよ。今回はエンリーに愚痴の電話をいれたみたいですけど〉


「でもね栞ちゃん、寝室にもいなかったのよ、何度も名前を呼んで家の中は全部探したわ。濡れた服を着替えた後はあるのに、玄関に靴もなかったのよ。キャリーバッグはあったけど、碧華がいつも持っているリュックサックはなかったわ」


〈心配しすぎだと思うけどな、全身が濡れたのなら靴もずぶ濡れになってるだろうし、そしたらママきっと靴はバスルームにでも立てかけているんだと思いますよ。リュックサックならママいつも昼寝する時も自分の頭の横に置いておく癖があるから寝ている場所に置いているのよきっと。そうだなあ・・・テマソン先生のお家でママのお気に入りのふて寝場所っていったらあそこしかないと思うんだけど〉


「えっ、栞ちゃん碧華の居場所がわかるの?」


〈確証はないけど、ママなら多分・・・〉


テマソンは栞の言葉を聞いてデスクの上に置いている鍵を掴むと社長室を飛び出した。

テマソンが最上階につき、玄関の鍵を開け大きな声でリビングの電気をつけて叫びながら全面ガラスになっている窓辺に駆け寄り、ソファーの後ろの死角になっている場所をのぞき込んだ。


「碧華!」


テマソンはその狭い空間に大量のペンギンのぬいぐるみを下に敷き詰めて、肌掛け布団まで持ち込んで、イヤホンまでして眠っている碧華の体を揺さぶった。


「あ~よく寝た!」


碧華は目を擦りながらだるそうに起き上がって伸びをした。


「どうしたの?そんなに息を切らして、もう朝なの?私頭痛くなってきたから少しだけ寝るってメール流したでしょ?」


そう言って、横にあったスマホを手に取るとその画面をのぞき込むと叫んだ。


「あ~、ごめんテマソン送信するの忘れてた」

「もう!ダメじゃないの!人がどれだけ心配したと思っているの!」


テマソンは急に力が抜けてソファーに座り込んだ。碧華は申し訳なさそうに頭をかきながらもなぜテマソンが慌てていたのか訳がわからないといった様子でその場でキョトンとしていた。後から駆け付けたみんなも驚きと安堵でリビングの入り口で安堵のため息をついていた。そんな中碧華の様子をみたライフがいきなり笑い出した。


「ぷっ、あっははははっ!さすが碧ちゃんだね。そんな所で寝ようなんて、僕でも思いつかなかったよ。でも確かにふて寝場所には最適の場所かもしれないね。外の景色も見れるし」


ライフの笑い声につられて、シャリーやリリーも笑い出した。ますますわけがわからない様子の碧華は、寝起きでふらつきながらも足をまたいでソファに座りなおしてから、玄関の外にも大勢人がいる状況に何か事件が起きたのか心配になってオロオロしだした。


「まったく、人騒がせな子ねあなたは。あなたが突然姿を消したもんだからみんな心配してずっと探してくれていたのよ」


「ええええええっ!どっどうして?あっもう七時半なの?私、ほんの少し寝るつもりだったのにまた寝すぎちゃった。え~と、だめだ、まだ頭がぼ~とする」


まだ状況を理解していない碧華の様子をみてテマソンは安堵のため息をつくと立ち上がって頭をさげた。


「みんな、こんなにさわぎを大きくしてしまってごめんなさい」


「頭を上げてくださいテマソン、碧華さんの身に何事もなくてよかったですよ」


一番前にいたビルがそういうと、一同は頷きあった。


「みんな今日は本当にありがとう。碧華も無事だったから安心して、気をつけて家に帰ってね」


テマソンは申し訳なさそうにしながら玄関の前にはいりきれないぐらい集まっている社員達に向かって言った。


「えっ社員の人たちも私を探してくれていたの?」


碧華は玄関に駆け出してすごい人数の人をみて言った。


「みなさん、なんかいまいち状況がよくわかんないけど、ごめんなさい。みなさん、お騒がせしました。ごめんなさい。あっえっと・・・英語でなんていうんだっけI am sorry to bother everyone.」


頭を下げていう碧華に社員達も安心した様子で互いの顔をみあった。そんな中、後の方にいたフロンが人垣をかき分けて一番前にでると玄関の入り口に土下座をした。


「I am sorry.碧華さん、今日はすっすみませんでした」


フロンは覚えたての日本語で床に頭をつけながら言った。そんなフロンに碧華は自分もしゃがみ込んで言った。


「Don’t worry .私は大丈夫よ、でもキチンと謝ってくれてうれしいわ。ありがとう」


碧華の日本語を横に立っていた社員の誰かが通訳した様子だった。


「すみません。すみません」


フロンはまだ頭に顔をつけてその言葉を繰り返した。その様子に碧華はそっと右手をフロンの肩に置いてもう一度言った。


「本当に私は気にしていないわ。私の方こそ、心配させてしまったみたいでごめんなさいね。月曜日からまた頑張りましょう」


碧華の言葉を通訳した社員もフロンの後ろから声をかけた。すると、後ろにいた社員たちからもかけ声がかかった。フロンは顔を上げると、涙をとめどなく流していた。そんなフロンに碧華は笑顔で言った。


「仲直りの握手をしましょ」


そういって差し出した右手をフロンは両手で握り返しながら何度も頭を下げた。いつの間にか碧華の後ろに来ていたテマソンが英語でフロンに言った。


「フロン、今回のことはあなたも反省しているようだし、その謝罪で許してあげるわ。但しペナルティーとして一週間、すべての男子トイレ掃除をしてもらいますからね。掃除部の子たちには月曜日に報告しておくから、きちんとするのよ」


「はい社長」


フロンは立ち上がると姿勢を正し、深々と頭を下げた。そして後ろにいる社員に向けても一礼した。碧華が拍手をすると、社員達も一斉にかけ声と共に拍手が巻き起こった。テマソンは碧華の肩に手を置くと、日本語で小さく言った。


「これでいいんでしょ碧華」

「ええ、ありがとうテマソン」


碧華は一滴の涙を流しそっとふき取った。悲しいわけではなかった。むしろ嬉しかったのだ。

数時間前までは絶望感で一杯だったからだ。


やがて社員達も安心してそれぞれの家路へと帰って行った。


翌週月曜日から一週間いつもは朝就業時間ギリギリにしか来ないフロンが一時間も早く出社して、男子トイレの掃除を率先してする姿がみられた。


そして、女子トイレは同じ時間帯に掃除をする碧華の姿があった。フロンは改めて碧華という人柄を知ることとなった。


そして彼女がどうしてお客様から絶大な人気があるのかも思い知るのだった。フロンが企画したバッグの図案はゴミ箱の中から碧華が探し出していて、月曜日の掃除が終わった後、フロンに渡し、翻訳機で才能あふれるフロンのいい所と悪い所を丁寧に解説した。

そこで、フロンは碧華にたずねてみた。

「どうして、こんな没作品にそこまでしてくだるのですか?」


「あら、フロンさんが生み出したこの作品の子達は既に魂が宿っているもの。せっかく生まれたこの子達を捨てちゃかわいそうでしょ」

笑顔でいう碧華の言葉にフロンはただ頭をさげることしかできなかった。

その数日後、フロンのデザインが初めて採用されたのは言うまでもなかった。



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