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碧華の災難①

「全く、碧華ったらどこにいったのかしら?」


テマソンは携帯電話を右手で持ちながら、会社の一階から順番に隅から隅までみてまわって社長室に戻ってきていた。時間はすでに六時半を過ぎていた。会社の定時はすでに三十分すぎていた。


「社長、碧華さんはどこにもいません」


企画室の十人が一堂に社長室に集まっていた。お昼休憩を早々に終えた碧華は休憩の間に四階の倉庫フロアのトイレ掃除をしに行くと言ってお昼から戻って社長室でくつろいでいたテマソンと別れてでていったのは一時少し前ごろだった。

途中、出版部に顔をだしたようだったが、それから姿を見た社員がいないのだ。いつもなら掃除に夢中になる碧華も三時のおやつ時には必ず戻ってきていた為、テマソンが碧華に何かあったのかと気になり、仕事の手を休めて碧華を見なかった企画室の人間に会社の各フロアの社員に聞いてくるように頼んだのだった。だが、戻ってきた答えは、出版部での目撃情報からぱったりとぎれていた。


「そう、受付の子も碧華が会社から出て行った姿を見ていないっていうし、またきっとどこかで寝てるんでしょ。もう少ししたらけろっとして起きてくるわね。みんな探してくれて御苦労さま、もう帰っていいわよ」


テマソンは碧華の所在が気になりながらも定時を過ぎてしまっている今、会社に社員達をとどめておくわけにもいかず、社員を全員退社させた。今日の出来事はすでに社員全員の耳に入っていた。社員達は心配しながらも家路についた。

テマソンは誰もいなくなった会社の社長室のデスクの椅子に腰をかけ、天井を見上げた。

テマソンは今日を振り返っていた。


〈そういえばあの子今朝から様子がおかしかったのよね。昨日城で何かあったのかしら?あの子は何もなかったって言っていたけど・・・〉


テマソンは急に胸騒ぎを覚えて、めったにかけないヴィクトリアの携帯に電話をかけた。


「ママン?今いいかしら?」


〈あらテマソンじゃない、あなたから電話がかかってくるなんてめずらしいわね〉


「昨日碧華城で何かあった?」


〈何よ突然、何もないわよ〉


「本当に何もなかったのね?」


〈あなたも疑り深いわね。あっそういえば、きてそうそう、雨が降っていたから、ずぶ濡れになっちゃったって言って笑って入ってきたけど、何、碧ちゃんがどうかしたの?〉


「いいえ、何もなかったのならいいのよ」


テマソンは何も言わずに電話を切った。ヴィクトリアに心配をかけたくなかったのだ。碧華が行方不明などと言えるはずもなかった。テマソンは一人になった社長室で碧華に電話やメールを頻繁にしていたが一向に返事が返ってこなかった。

警察に電話しようにもホントにどこかで寝ている可能性もあり、何か事件があった事実があれば別だが今のテマソンにはそれが全くわからなかった。

リリーやライフにもそれとなく聞いてみたが何も会う約束はしていないという返事が返ってきた。テマソンは天井を見上げながら心配でどうにかなりそうだった。嫌な予感が心の奥底から沸き起こってくるのだ。



その頃、ヴィクトリアも電話を切った後、大きなため息をついていた。昨日確かに何もなかったわけではなかったのだ。

昨日の昼過ぎだった。ヴィクトリアは完成したばかりの春から夏に着られるカーディガンをきれいな包みに包んでいる最中だった。


「ヴィクトリア様、大変です」

「どうしたの?」


執事が慌てた様子で開けっ放しのヴィクトリアの部屋に入ってきた。


「それがたった今、城に碧華さんが到着したのですが、ずぶ濡れなんです」

「なんですって!」


ヴィクトリアは驚いて碧華のいるホールにおりて行った。ヴィクトリアがおりていくと、碧華が大きなバスタオルで体を拭いている最中だった。


「あっ、ママンごめんなさい。私雨が降っていたのに、さっき車からおりようとしたら滑ってころんでしまったんです」


「まあ碧ちゃん大変!リリーの服でよかったら着替えなさいな」


ヴィクトリアは碧華に近づこうとした時、外からバケツをもった老婆が入ってきた。その様子をみたヴィク

トリアが状況を把握し、碧華に頭を下げた。


「チャーリー、今日は大人しく部屋にいなさいって言ったでしょ。どうしてこんなことをしたの?」


ヴィクトリアの言葉に一瞬ビクッと反応したチャーリーだったが、薄気味悪い笑みを浮かべて、フラフラと二人に近づいてきた。とっさに彼女を静止しようとした執事だったが、チャーリーはその手を振り払い、碧華に向かって睨みつけながら叫んだ。


「疫病神!とっととこの城からでていけ!私はあんたをお姉さまの娘なんて認めない!この疫病神!レヴァント家の血が一滴も流れていないお前なんかにこの城は渡さない!早くでていけ!」


チャーリーはヒステリックに叫んだ。

碧華は何も言い返さなかった。英語が聞き取れなかったわけじゃなかった。英語がわからなかったふりをしたのだ。碧華はただ首を横に振っただけだった。


「チャーリー、あなたがずっとこの城を欲しがっていることは知っているわ。でもね、はっきり言ってあげるわ。私が死んでも、この城はあなたの物にもあなたの子供や孫の物にはならないわ。この城はすでにリリーの物だからよ」


「うそだ!この城は私の城だよ。お前なんかに取られてたまるか!早くここからでていけ!」


ヴィクトリアの言葉が理解できているのかいないのかわからなかったが、その言葉に対してチャーリーが碧華を睨みつけ掴みかかろうとした。それを側にいた執事が静止しようとするのだが暴れて手が付けられなかった。さわぎを聞きつけた使用人数人が集まってきてチャーリを抑え込んだ。


「早くこの子を連れて行ってちょうだい。ごめんなさいね碧ちゃん、変なもを見せて、この子心が壊れかかっているのよ。許してあげてね」

「・・・」


「なにさ、地獄に落ちればいい。この城は渡さない!離せ!お前なんかとっとと日本に帰れ、お前が来てから私の作戦が壊れてばかりだ!くそー」


チャーリーは暴れながら叫び続けた。その騒ぎを聞きつけた白髪が混ざってはいたがまだ四十代ぐらいの男性がかけ付け、チャーリーの前に立ちはだかると言った。


「母さん、いい加減にしてくれ、碧華様に失礼だろう。何度言えばいいんだ。誰のおかげて俺らは生きていられていると思っているんだ。借金だっておば様が肩代わりしてくれたからだろ、その上こんな俺にも仕事をさせてもらえているんだ。本当だったら、この城だって住めないんだぞ!」


「なにを言ってるんだ。私は悪くないよ、この女が悪いんだ。この日本人が私から奪おうとしているんだ!ここは私の城だよ。誰にも渡すもんか!私はちょっとまが刺しただけなんだ、あんな男になんか引っかかりさえしなければ、私が、私が~ああああああっ」


チャーリーはそう叫ぶとその場にしゃがみこんでしまった。碧華は全ての言葉は聞き取れなかったが目の前の老婆の悲しみが伝わってきた。

碧華は静かにチャーリーに近づいた。


「碧ちゃん、お辞めなさい。この子は心が壊れているの。何も心には届かないわ」


チャーリーに近づこうとした碧華をヴィクトリアが静止した。


「いいえヴィクトリア様」

そう言うと、碧華はチャーリーに近づいて自分も床にしゃがみ込んだ。碧華には掴みかかることはしなかった。碧華はチャーリーに大きく頭を下げた。


「チャーリー様、私のほうこそ今までご挨拶もしないですみません。ヴィクトリア様に妹様がいらしたなんて知らなかったものですから、私はチャーリー様がうらやましいですわ。だってチャーリー様は私がほしくてたまらない宝物をすでに三つも持っていらっしゃるから」


碧華の言葉を側にいたヴィクトリアが英語で通訳しながらも、ヴィクトリアもチャーリーが持っていて、碧華がうらやましがる宝物の意味が判っていない様子だった。チャーリーも含め彼女の息子もわからないようだった。なぜなら、彼女は無一文で、今もなお姉の庇護を受けてここで暮らしているのだから。宝物はおろか彼女は宝石の一つも持ってはいなかったからだ。その言葉を聞いたチャーリーがよりいっそう吐き捨てるように碧華を睨みつけながら言った。


「ふん、何を言ってるんだい、私を馬鹿にしてるのかい、この疫病神が!」


チャーリーの言葉をヴィクトリアは日本語に訳さなかったが碧華はだいたいの言葉の意味は聞き取れた。碧華はチャーリーの言葉にたいして大きく首を横にふった。


「No,you have a treasure.」


「はあ?私のどこにそんな宝石があるっていうんだい、ぜーんぶお姉様の情けだよ、私のものなんて一つもありゃあしない」


そういうチャーリーの言葉に碧華はじっとチャーリーをみて片言の英語で話しだした。

碧華が英語で話すのは初めてだった。自分の発音が、英語の意味が自分の伝えたい言葉として相手に通じる自信は全くなかったが、自分の声で、日本語ではない英語で彼女の心に伝えたかったのだ。だから碧華は自分の知っている単語を並べながら言った。


「No you have.

First, you have a son.

Second ,have an older sister.

Third, you live in the castle now.

It is what I want.

However,envying people can not be helped.

Life is cut once.」


碧華はそれだけをいうと、立ち上がりチャーリーに深々と頭を下げた。


「チャーリー様、へたくそな英語で生意気なことを言ってごめんなさい。今日は突然来てしまって本当にすみませんでした。チャーリー様が心穏やかに過ごせますように祈っています」


碧華は精一杯の笑顔を見せ、もう一度頭をさげ、くるりと向きを変え歩き出した。


「碧ちゃん」


ヴィクトリアが声をかけようとした時、碧華がヴィクトリアに向き直り言った。


「ヴィクトリア様、ごめんなさい。今日は帰ります。せっかくご招待していただいたのに、このかっこうではただのおばさんみたいになっちゃったから」


碧華は必至で笑顔を作ってヴィクトリアに一礼した。そして、今来たばかりの玄関ホールを逆戻りした。碧華は必至で涙をこらえていた。


『疫病神かあ・・・ヴィクトリア様のご厚意に甘えて生意気にも娘気どりになってて、馬鹿ね私・・・私のようなただのおばさんが気軽に来れる場所じゃなかったのに。神様ごめんなさい』


碧華は心の中でそう囁いた。そして乗ってきたばかりの車がまだ玄関前にあったので運転手にテマソンの会社まで送り返してくれるように頼んだ。そして車が走りさる瞬間、もう一度振り返り頭を下げた。


『ごめんなさい』


何に謝っているのか自分でも分からなかった。ただ悲しかった。


『疫病神』


その言葉が碧華の耳の奥にこだまして消えてくれなかった。


『私はやっぱりこの国に来るべきじゃないのかな、もしかしたら神様はもう日本に帰れって言っているのかな・・・』


涙はずっと流れて止まってくれなかった。碧華は会社につくと人目がないことを確認すると、急いでエレベーターに乗り込んで最上階にあがった。

この時間はまだテマソンは会社の社長室にいることが分かっていたので、ためらわずに家の中に入ることができた。碧華は濡れた服を脱ぐと、濡れた髪を乾かし、客間の前の扉に一枚の張り紙をしてそのまま客間のベッドの中に潜り込んだ。


〈疲れているので朝まで起こさないでください〉と・・・



碧華がすぐに城を出てしまってからヴィクトリアは妹のそばに行った。


「チャーリー」

「ああああああっ」


チャリーはこの時初めて大きな声で涙を流して泣いたのだ。


「ごっごめんなさい。ごめんなさい。おっお姉様っひっくひっく、わっ私はまた失敗しちゃったわ。わっ私、あっあの人にひどいことを、わっ私、お姉様をとられるんじゃないかって心配だったんだもの・・・私にはもう何も残っていないから・・・ごっごめんなさい。嫌いにならないで。お願い、お姉様」


 チャーリーはヴィクトリアにしがみつきながら泣き続けた。そんな妹の背中を撫でながらヴィクトリアは優しくチャーリーに語りかけた。


「チャーリー・・・碧ちゃんって素敵な人でしょ。あなたのことをうらやましいんですって、私も忘れていたわ。私はあなたっていうすごい宝物を持っているのよね。今度一緒にピクニック行きましょうよ。気持ちがいいわよ。碧華ちゃんに教わったのよ、お弁当をたくさん作って、森に行って食べるお弁当はすごくおいしいのよ。碧ちゃんってね、楽しいことを見つける天才なのよ。そうだわ。明日一緒に行って謝ってあげるわ。きっと許してくれるわ。そうだわチャーリー、今から一緒に碧ちゃんの誕生日プレゼントを選ばない?」


「誕生日プレゼント?」


「そう、もうすぐ碧ちゃんのお誕生日なのよ、でも毎日碧ちゃん仕事で忙しいから、今日無理に言ってきてもらったの。でもまだ四月までいるみたいだから、明日にでもプレゼントとケーキを持って私たち二人で会いに行きましょう。ついでに碧ちゃんの新作バッグ買いましょうよ。あなたの誕生日は四月だったでしょ。私が買ってあげるわ。すごく素敵なのよ」


「誕生日?でも私何も持ってないわ」


「あらあなたジアの育てた花で作ったレカンフラワーがたくさんあるじゃない、あれすごくすてきよ」


「レカンフラワー・・・あれは私が作ったから私のだわ。でも・・・碧華さんは私なんかの作ったもの受け取ってくれるかしら?」


「もちろんよ。でもその前にごめんなさいが先よ」


「わかったわ。私謝るわ。ええちゃんと謝れるわ。だってお姉様の妹だから。お姉様も一緒に選んでくれる?碧華さんの誕生日プレゼント」


「ええいいわ、あなたの作品本当に素敵だもの、きっと喜んでくれるわ」


チャリーは嬉しそうに頷くと立ち上がった。そしてすぐ横で立ったままの息子に向かって怒鳴った。


「ジア、何いつまでそんな所で突っ立ってるんだい、さっさと仕事してきな。お姉様に借りている借金返さなきゃいけないんだからね」


「はいはい」


ジアはそう言うと、ヴィクトリアに一礼するとまた仕事場である庭に戻って行った。


「あなたの息子は本当に天才庭師ね。あの子がいてくれるおかげで、この城の庭は今も昔のままの姿を維持できているのだから」


「そうよ、私は幸せ者なのよ。私には立派な息子がいるんだから、私にはすごいお姉様もいるし。そうだよ、私は宝物を持っているんだから」


チャーリーは自分に言いきかせるように何度も同じ言葉を繰り返した。そんな妹の肩に手を当てながら「そうね」と何度も言いながら二人はチャーリーの部屋に入って行った。


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