運命の扉③
帰国したテマソンは、いつもの生活に戻ったが、大きく違ったのは、昼の十二時と夜の十時に可愛い日本の娘たちと話すテレビ電話を心待ちにしている自分がいた。
もちろんそれ以外にも碧華とはテレビ電話を通じて、仕事のデザインを指示したり、アイデアを話あったりと、アッと言う間に、テマソンの中で碧華の存在は大きなものになっていった。
けれどアトラスに戻ってからもまだ納得できないでいることがあった。
それは、日本滞在最終日、空港まで車で送ってくれた碧華が車の中でこう言ったのだ。
「テマソンさん。主人とも話たんですけれど、あなたが提示してくれた一つの商品に対してのアイデア提供料という報酬ですけれど、あれはいりません。社員になるのもしばらくは辞退いたします。いつか私があなたの仕事のパートナーとして役に立てきたってあなたご自身が思える日がきたなら、その時に私を雇ってください。それに娘たちの英会話のレッスンを無料でしてくださるっていっていただいてますからそれだけで十分です」
テマソンは自分の耳を疑った。こう言ってはなんだが、このアトラスでディオレス・ルイの社員になりたいというデザイナーはたくさんいる。なのに彼女はそれを断った。正確にはしばらくの間という条件付きのようだが、こういう人間は初めてだった。
そう、テマソンにとって碧華 桜木という日本人は今まで出会ってきたどのタイプの人とも違っていた。だからこそ、ド素人である彼女と仕事をしてみたいと直感した決断は間違いでない気がした。
もし、彼女に才能がなかったとしても、テマソンは初めてあった瞬間に何かを感じたのだ。だからといってその気持ちはなんだと聞かれてもうまく答えられる気がしない。ひとめぼれしたとかでもない、姉に対する気持ちや社員に対する気持ち、どれもあてはならない気がした。
自分でもうまく説明できなかった。
ただ、彼女とは長い付き合いになる。そんな確証はあった。
テマソンはまた一人思い出し笑いをした。
彼女はテマソンと別れぎわ、また念をおして聞いてきたのだ。
「テマソンさん、本当に本当に娘たちの英会話のレッスンを引き受けてくださるんですよね?娘たちはすっかりその気になってるみたいだけど、ご迷惑じゃないですか?もし迷惑だったら言ってくださいね」
不安そうな目で話してくる碧華にテマソンは小さくため息をついた。
「あなた、それ何回私に聞くのよ。本当に迷惑だったら、私から提案したりしないわ。私は会社の最上階に一人暮らしだから、通勤時間はかからないし、お昼休憩の三十分と夜の十時からの三十分ならまったく問題ないわ。無理な日は連絡させてもらうから。ご心配なく。それより、私の依頼の仕事、頼んだわよ」
「一応挑戦してみます。じゃあ本当に社交辞令とか冗談じゃなくお願いできるんですよね」
「あなたしつこいわね。本当にほんとよ」
何度も聞き返してくる碧華に少し怒り口調でテマソンがいうと、少し落ち込んだ様子で碧華は言った。
「だって社長さんってお仕事大変なんでしょう。英会話っていってもうちの娘、英語はまたくしゃべれないから、私もですけど・・・」
「あら、だから本場の英会話レッスンするんでしょ。あなたもこの際勉強したらどう?しゃべるだけならすぐにできるわよ。私なんか三ケ月で日本語をマスターしたわよ。たいしたことはないわ」
「三ケ月って・・・無茶苦茶だわ・・・テマソンさんは天才さんだったかあ・・・私はすごい人と知り合いになってしまったのかも。ああ・・・私、一生分の運を使っちゃったかな・・・宝くじもう当たらないなあーこりゃ」
碧華は独り言のように上を仰ぎ見ながら最後の辺りは小さな声で言った。その独り言をテマソンはきちんと聞いていた。そして小さく笑った。
「ぷっ!何よそれ、宝くじなんてあてにしていないで自分でお金を稼げばいいでしょ。あなたまだ五十歳になっていないんでしょ。人生百年、まだ半分じゃない」
「あら、テマソンさんも人生百歳が目標なんですか?」
「ええ、なるべくボケず、健康第一。生涯現役が目標」
「すごーい。私もそうなのよ。生涯現役ってとこは違うけど、でもそうなれたら最高よね。お互い頑張りましょう」
「何を?」
「めざせ百歳!」
碧華は右手を上につきあげてテマソンに向けて最高の笑顔で言った。
「プッ!あははは!あなたってホントにおもしろいわね。じゃ、お互いこれからの人生がよりよいものになるように。握手しましょ。私の強運をお裾分けしてあげる」
そう言ってテマソンは右手を差し出した。碧華は少し驚いた表情をしたがすぐに両手でテマソンの白くて大きな手を握りかえしながら大きく頭を下げた。
「本当に本当にありがとう。私今でも夢じゃないかって信じられないぐらい。本当に夢じゃないですよね。テマソンさん、これからよろしくお願いします」
碧華の満面の笑顔と過剰なまでの感激具合に少し驚いたテマソンだったが、嫌な感覚は全くしない自分にも驚いてつられて笑顔になった。
「こちらこそ。本当にすごい心配性ねあなたは。でも碧華桜木、マイナス思考はあなたの長所でもあるみたいね。私はきらいじゃないわその性格。じゃまたね」
テマソンはそう言ってアトラスに戻っていった。
テマソンはきっと気付かずに帰っていったのだろう。テマソンの何気なく言った最後の言葉がどれだけ碧華の傷ついていた心を癒したか。彼女もまた、見つけと思った。
彼が男性で、しかもすごくハンサムなのに、日本語はおねえ口調の変わった外国人。
結婚している碧華にとっては恋愛対象といったたぐいの感情ではない。
うまく言葉には表現できないが、碧華が長年願い続けてきた真実の友、生涯の友になりえる感情が芽生えたことを。
天使たちはこの聖球星に人として生を受ける前に
多くの仲間と別れ それぞれの人生を歩むために転生していく。
天使だった記憶は残していないが、より強い絆で結びついた天使同士は
歳も場所も離れていても必ず再び出会い、強い絆をまた結んで生きてゆく。
今ここにようやく二人の元天使たちが巡り合った。
前世とはまた違う出会い方で・・・
二人がこれからどういう人生を歩んでゆくかは二人次第