60:俺と勇者でひとつの身体
『王国第三聖女レムスタリア』の中に転生し、俺自身の身体が女性だった時の衝撃に比べれば何て事はなかった。
目線下方向への視野を狭める、男にとっての魅惑の二つの膨らみもなく、股間に有るものが有る安心感といったら表現のしようがない。例えるならば『猫耳にしっぽ』『胸に七つの傷』くらいの安心感。
(失って初めて分かる大切なものとは……多分、この事だったのだ!)
しかし、俺は今の現状に至った過程を振り返る。
『魔王ルクス』との戦闘……いや、戦闘と呼べるモノなどなかった。
『魔王ルクス』の膨大な魔力の前に瞬殺だった。そう、確かに死んだはずだが、何故こんなことに成っている?
「ふぅ……」
「ねぇ、君。何故こんなことに成ってるのさっ!」
本来のこの身体の持ち主……との表現も変だが、そうなのだからしょうがない。……が俺と全く同じことを考えていたようだ。
(いや、俺自身が知りたいよ)
「おっと、そうだった。まずは自己紹介といこう」
「まぁ、いいけど。君、こんな状況でよく落ち着いていられるよね」
この状況、完結に言えば俺は『四翼の勇者』の身体の中にいるらしい。何故『八翼世界』から『四翼世界』になっているのかは知らないが。事実は事実として受け入れないと判断を誤る可能性もある。職業病とでもいえばいいのかその点の適応力はある方だ。
でも、これはアレだ『俺と勇者でひとつの身体』状態だ。やはり俺的には『聖女』のほうがしっくり来る。
前にも経験済みとはいえ、鏡の前でのこの状況は人には見せられない姿、正に一人芝居。この勇者、肉付きが良い。筋肉ではない肉付きだ。どう見ても戦える体型ではない。そんな勇者の一人芝居は更に滑稽に映るだろう。
「まぁ、ベテランだからな。俺はファウ=バルド」
嫌なベテランだった。
「僕は勇者ファウ=ボルトだよ」
「…………」
「…………」
「ファウ=バルドだ」
「ファウ=ボルトだよ」
「…………」
「君?ふざけてる?」
「ふざけてねーよっ!」
「そ、そうかい?じゃ、バルド君で」
「なら俺は、ボルトって呼ぶぞ?」
「……で、バルド君、何かな?この状況。どうして君が僕の中に居るのさ?これ、どういった理屈?」
「……だよなぁ。どうせなら、あの『リセルナ』って娘の中にずっと居た方がいいよなぁ」
(近所に似た名前が居るからって間違って届いた郵便じゃあるまいし、何故レムスタリアではなくこいつの中に…………)
「リ、リセルナはダメだよっ!」
「ん?何?そういう関係?」
「べ、別にそういうのじゃ……」
「あー、はいはい。そういうことね。別に人の恋路を邪魔する気はないよ。俺は紳士だからな~」
『美女ばかりの世界で一人に決められないけど、夢なら食べちゃっても関係ないよねっ!』
「とか思ってたマスターの口から出る言葉とは思えませんね?」
「わっわっ、今度はなにさ!」
この声は……。
「ディア?」
「はい。マスターの永遠の恋人。ディアですよー」
「何?何?誰?」
「落ち着け、ボルト。これは俺のサポートスキルだ」
「サポートスキル?」
「便利だろ?会話できるサポートスキルだ」
何も本当のことを言う必要もない。実は『八翼の勇者』などと言っても厄介なことに成りかねない。
(ディア、お前……居たのなら俺が昨夜どれだけ悩んでいたか知っているな?)
(はい、皆さまの事を思い出そうと必死のマスターを、陰ながら応援しておりましたっ!)
(いや、そこは出て来いよ。お陰で俺は……。まぁ、それはもういい)
(お優しい、ですねっ)
(……で、この状況をどう思う?)
(現在の世界は『四翼世界』で間違いありません。そして『四翼の勇者』の身体に間借りしている状態です。尚、『四翼の勇者』は『呪い』受けています。『呪い』に引かれたのでしょうか?流石、マスターですねっ)
(人を呪いフェチみたいに言うな)
(こうなった原因は?)
(憶測でしかありませんが、『魔王ルクス』が行おうとしていたことの結果かと思われます。原因、目的は不明)
(行おうとしていた事とは?)
(マスターの死亡確定時における世界の観測と思われます)
(そう言えばディア、何故あの時……『魔王ルクス』との戦いで出てこなかった?)
(だって~。私が出たら魔王を倒してしまうじゃないですかぁ~そしたら本当に終わりです。それに、私も魔王ルクスがとした事に興味があったので……)
(…………)
(あと、マスター?一つだけ付け加えますが、本日正午の魔王の処刑ですが……阻止しないと大変なことに成りますよ?)
(大変なこと?)
(はい、魔王処刑と共にこの世界の本当の終わりです。『四翼世界』は消滅します)
嫌になるくらい簡単だな。世界の滅びとか……この世界は何処までも軽い。
(何故、魔王の処刑と共に世界が滅ぶ?)
(…………)
(だんまりか?)
(そんなつもりもないのですが)
(ディア、お前は秘密事が多すぎる)
(女性にはひとつやふたつの秘密事は必要ですよ)
(ひとつやふたつねぇ……まぁ、いいや)
何か次から次に厄介ごとに巻き込まれた『八翼世界』。
それはこの『四翼世界』でも変わらないようだった。取り合えず、まずやることは決まったようだ。




