59:四翼世界へ
「まさか、こんな結果になるとはのう」
魔王ルクスの発言に反応したのはアンニージェだった。
アンニージェ。この『八翼世界』の女神。
「滅んだ世界が全て元通りです。時間が巻き戻ったとかそんなことではありません。この世界では滅びなど元々なかったのですから」
「ふむ、まぁ、ただ一つを除いてだがのう?」
そう言いながらルクスが目をやったのは……。
「ファウ様ファウ様ファウ様ファウ様…………ファウ様が居ないファウ様が居ないファウ様が居ない…………私の中に居ない私の中に居ない私の中に居ない私の中に居ない…………」
(レムスタリア)
「それで、お兄ちゃんは?どうなったのっ!」
「リリスさん、落ち着いて。それを説明する前に、この世界に何が起こったのかを説明しなければなりません」
「その前にじゃ、皆、記憶は何処まであるのかの?」
ルクスが皆を見回した。
「第二聖女?」
第二聖女リテリ=ユイーシ=ルクルブ。だがその実、聖女とは相反する闇の『魔女』
「魔王ルクスに左腕をもぎ取られ、最後には殺されましたわ。その節はどうもっ」
「覚えておったか、しかし主にはわしも片角を折られておるからのう。お相子じゃ」
「命と角一本じゃ割に合いませんっ!」
「そんなことないよっ!歴代魔王から受け継いだ結晶だよ!私の代で折られるなんてっ!」
「魔王殿?」
「あっ?う、うむ。」
魔王ルクス。生まれて7年目の魔王。つまり7歳。お年寄り言葉は威厳を持たせるためのキャラ作り。つまりは、子供であった。
「葵はどうじゃ?」
葵=ルクルブ。神国の呪いの真巫女。
「私は、リテリ様が死んだことで私の中の何かが壊れたのだと思います。……神国に向かい……そして」
「もうよい。つまり、神国でのことは覚えているのだな?」
「……はい」
「レムリ……は無理か。スタア、主はどうじゃ?」
スタア。第三聖女レムスタリアの別人格。レムリとスタアと名前を分け、レムリと同一の肉体を用意することによって、レムリではない個として存在できるようになったもう一人のレムスタリア。
「魔王ルクスに灰にされましたわ。それは見事に成すすべなくっ!」
「そ、そうか、ではリリス。お主は?」
「リリスは、燃えてる女の人…………その人を止めなきゃって思って、そこから記憶がない」
(私の死後、クローリア姉さまが出たのね。そしてリリスはクローリア姉さまに…………)
「ところでディアレスを見たものはおるか?」
『勇者ディアレス』八翼世界の勇者。
一同、心当たりがないようだ。
「理解した。では、滅びたはずのこの世界が、今は何もなかったかのようになっているのかを説明しよう。実際、何もなかったのだがのう」
そうしてルクスが取り出したのは『虎猫屋の団子』だった。箱の中の団子を全て取り出し皿へ、空箱をテーブルの上へ置く。
「簡単に説明するぞ?まず、テーブルの上の空箱を『八翼世界』とする」
そして、一本の団子をその箱に置く。
「そしてこの団子がファウ=バルドじゃ。今まで確証が無かったが、今回ので確信した。こうしてファウ=バルドが『八翼世界』で死ぬことが確定すると」
そう言って団子を食べると串を箱の中に置いた。そして全く同じ箱に団子が入ったそれで、串だけの箱を押しのけ下に落とす。
「これで、ファウ=バルドの存在する世界の出来上がりじゃ」
「「「「「「はぁっ?」」」」」」
「今の説明だと、ファウ様の居る世界が居なくなった世界を蹴落として居座った……となりますが?」
「流石は魔女殿。その通りじゃ」
「魔女いうのやめてください。これでも聖女候補ですからバレると色々と面倒なことに……じゃなくて、世界は箱じゃないのですよ?住んでる人達はどうなるのです」
「テーブルクロス引きを知っているか?」
「ええ、まぁ。テーブルの上の料理やグラスを落とさずにテーブルクロスだけを引き抜くアレですわよね?」
「グラスや料理が人々じゃ。前の世界が蹴落とされ、新しくなったことに気づける者はそうそうおらんじゃろ」
「では死んだはずがこうして生き返っているのは?」
「正確には生き返ってはおらぬぞ?お主ら自身に死んだと思い込む記憶が存在しているだけだ。この世界では誰一人死んではおらぬ」
「そんなの子供の理屈じゃないですかっ」
「その通りじゃ、だが、子供の理屈を実際に行っている者がおるということじゃ」
アンニージェが言葉をはさむ。
「これまでは、ファウの死亡が確定する瞬間に世界が挿げ替えられていました。正確には……」
〇レムスタリアの解呪戦、グニスの呪いがホーリーシールドを突破してしまった瞬間。
〇リリスとの決闘。レムスタリアが初期の動きについて行けずに内臓破裂の瞬間。
〇葵を真巫女と気づかずに『鬼神・結界』に捕らわれた瞬間。
〇ソフィアに引き出された兄を助けようとしたリリスが『構築』した肉体創造に失敗した時。
〇リテリのエナジー・コンバージョンでエネルギー変換後にディアレスの登場が間に合わなかった時。
「これらは、その場で瞬時に挿げ替えられていた。だから違和感はあっても観測できませんでした」
皆、心当たりがあるのかもしれない。思い出そうとしているようだった。
「しかし、今回はファウの死亡後直ぐには挿げ替えが起こらなかった。ファウの死を刈り取るはずの挿げ替えは結局、魔王軍が世界を征服しこの世界の滅びを迎えるまで起こらなかった」
「本当、冷や冷や物だったのう。何も起こらなければどうしようかと思ったぞ」
「ルクス様は、それで計画だとおっしゃったのですか?」
「そうだよ葵お姉さん。でも、葵お姉さんの隠してる能力に興味があったのも確かかな。『勇者殺し』。今度見せてね?」
「あれは、勇者様にしか効果ありませんので……」
「そう?残念」
「魔王殿」
「う、うむ。話の腰を折って済まぬな」
「では、その記憶は何故あるのかしら?私やレムリはともかく、他のみんなはあの人が死んでからの出来事が記憶にあるのでしょう?起こっていないことならば記憶に残るはずがないですわっ」
「それは、蹴落とされた世界でのことが記録として残っているからじゃ。この世界では起こっていない出来事じゃが、夢や妄想とて記憶には残るだろう?見た夢が記憶にあるからと言って、現実だとは言わんじゃろう」
「理屈は分かりますわよ?でも……」
「スタアは納得は出来んか?」
「ええ」
「卵が先か鶏が先か、自分は蝶の夢をみているのか蝶が自分の夢をみているのか。どちらも正解でどちらも不正解。しかし真実は別のところに用意されているために、その質問自体がフェイクじゃ。テーブルに団子を置いた、しかしそれを誰も見ていない、実際に無い。なら嘘か真実かを決めるのは……」
「では、続けましょう。今回は、イレギュラーなことが起こりました。よほど慌てたのでしょうね。その者は……」
アンニージェはルクスを見る。ルクスは団子の入った箱を手にすると勢いよくテーブルに叩きつけた。すると、団子は箱を飛び出し床に落ちる。
「お兄ちゃんが飛び出したっ!」
「そう、いまリリスさんが言った通りのことが起こったのです」
「つまり?ファウは」
「八翼世界を飛び出して他世界に居ることとなります」
「そんな、別世界……なんて、絶望的じゃない……」
魔王ルクスが腰に手を当て立ち上がる。
「ところが、そうでもないんだよ。葵お姉さん。ファウお兄さんの行先はまず間違いないよ。そしてそこへは行けるっ!」
魔王ルクスによれば、あの時この世界には『四翼世界』の者達が来ていたのだという。そして、その者達が開けた空間の歪に落ちて『四翼世界』に居るだろうと。
何故そう言い切れるのか。挿げ替えが起こっていないからだ。ファウ=バルドがこの世界からこぼれ落ちて死亡したならそれは確実に起こる。起きていないのなら生きている確証になる。そしてこの世界に存在しない以上、『四翼世界』の入り口を通ってしまったとの結論だった。
「では、最後にどうしても聞いておかなければならないことがありますわ」
スタアは魔王ルクスを睨んだ。
「何かな?スタアお姉さん?」
「ファウを殺し、レムリをこんなにした切っ掛け……今更、それを口にしたからと言って『決まり事』だから排除……とは言いませんわよね?」
魔王ルクスは女神アンニージェをみる。女神アンニージェは「仕方ありませんね」とため息をついた。
「では『聖女の宝珠』のことを皆にも聞いてもらおう。これだけ大掛かりな事している者がおるのじゃ、こちらも対抗する為に情報の共有をしておこうかの」
そうして魔王ルクスは語りだす。
「遥か昔、この世界がまだひとつで「過去」「現在」「未来」の概念があった頃、時を行き来する方法が発見された。平和利用などとは謳ってはいたが、人種とはどうしてこうも自ら破滅へと寄り添おうとするのか、自らの欲のために過去改変を始めたのじゃ」
「かこかいへん?」
リリスが首を傾げる。
「例えば、団子を買いに行ったが売り切れで買えなかった。1分前に売れたという。なら2分前に戻って団子を買おう……みたいなことじゃよ。主らにはピンと来ぬであろうがな」
「えー、出来るわけないよ。そんなこと」
「そう、この世界ならそれが当然の反応じゃな、そして、欲望のままに過去改変が行われた結果…………世界は滅んだ」
アンニージェが引き継ぐ形となる。
「そこで神々は決めたのです。世界を八つに分けて時間の概念には神々ですら干渉出来ない『決まり事』としようと。そして、在り方に疑問を持つものを排除する為の役目を、それぞれの世界の『魔王』にお願いしました。同時に、世界の破滅となった技術を再び人種が発見しないように八つに分け、八つの世界にそれぞれ一つ、宝珠として封印したのです」
アンニージェは一呼吸置く。
「更に『八翼世界』では『過去』を記憶、記録の存在として『過去の世界』との概念を消し、『未来』を可能性の燃料として『未来の世界』の概念を消しました。念には念をですね」
「つまり、どういう事?リリスには難しすぎるかも?」
「簡単に言えば、『現在だけが存在する箱庭世界』と言う事じゃよ。だから『挿げ替え』などとバカげたことも可能になってしまう」
(女神の創った歪な世界じゃよ)
スタアは何か違和感を感じた。
(八つの世界にそれぞれ?なら、違う、この世界にはソレがふたつある。ディアレス様が持ってる物とレムリの中にある物……)
「裏を返せば、八個の宝珠を集めると、時間の概念を意のままにする技術を手に入れることが出来るのじゃ。ただ、集めただけではどうにもならん。勿論えぐいセキュリティーがある」
セキュリティーは『聖女』の身体の中にて『聖女の宝珠』から『時の宝珠』へと変わらねばならないこと。
……その為には、恐怖が必要であったこと。
……その為にレムスタリアが呪われたこと。
「でも、何故そのような面倒なことを?そのような危険な技術であれば封印ではなく、消滅させてしまえばよいのでは?神々ならそれも可能でしょうに?」
(リテリお姉さん、神を分かってないよ。神は人の命を悪気も無く弄ぶ者だよ?転生者なんてその典型だよ。特にお兄さんなんて二度目……可哀想すぎる。そんな面白そうなオモチャを神が手放すはずないじゃない)
「なにか?」
アンニージェと目が合ってしまった。
「何でもないぞっ」
ルクスは仕切り直す。
「そんな世界においてお兄さんは、核心に迫り過ぎたんだよね。『聖女の宝珠』が『時の宝珠』であることも知っていた。それが何かの一部と『解析』した。近い内に全ての真相に気づいたろうね。だから『決まり事』に従った排除と、兼ねてからの『挿げ替え』の確認も兼ねて……」
「灰にしたと……?」
沈黙が流れた。
((((そういえば、魔王だった))))
考え方も感性も人と比較して計れるはずもないのだ。
「レムリしっかりなさいっ!」
「ファウ様が消えたファウ様が消えたファウ様が消えたファウ様が消えた」
「リテリ様、私が代わります」
「ええ、お願い、スタア」
スタアはレムリの両手を包み込んで顔を近づける。
「レムリ、辛いわね。あったものが、今までいた者が突然居なくなる。でも、思い出して。貴女は一度その悲しさに打ち勝っているのよ?」
スタアは続ける。
「私か消えたとき、悲しみに暮れた貴女だったけど、それでも乗り越えて前を目指した。私との約束を守ろうとした。貴女が乗り越えてくれたから、私は私個人として今ここに存在するのっ!」
レムリの瞳に光が戻ってくる。
「スタア……ちゃん?」
「ええ、そうですわ」
「ファウ様がどこにも……居ないの」
「ええ、そうね」
「ファウ様の……声が……聞こえないの」
「ええ、そうね」
「どうしよう?わたしどうし……たら」
「あら、困った第三聖女様ね。そんなことも分からないの?」
「うん、わから…ない……よ」
「なら教えてあげる」
「うん」
スタアはレムリの手を引き立たせる。
すぅーと息を吸い込み。
「ファウを迎えに行くわ!」
レムリの目が見開かれた。それは記憶。悲しみを乗り越え前へ進もうとしたときに大好きな人がくれた言葉。
(スタアを迎えに行くぞ)
スタアちゃんと私の大好きな人が重なった。
だから私はこう尋ねる。
「出来るの?」
スタアちゃんは答える。
「ん?ああ、出来るよ」
「スタアちゃん……似てないよ」
「なっ」
「でも、ありがと」
「レムリ……」
「そうと決まれば落ち込んでいられません!!私とスタアちゃんでレムスタリアっ!」
「え?ええ」
「二人で必ず迎えに行くんだからーーーーーっ!!」
今度は、私達が!!
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