111:四翼世界の攻防前夜(魔神ボルト)
奴らがその姿を現してもファウ=ボルトは動けなかった。いや、あえて動こうとしなかった。
魔人ファウ=バルド戦によって『不戦勝』を封じられ、勇者ディアレスの『八翼天翔・千方陣』によって刻まれた死点より常に魔力が流出している現状。
指一本動かずにも苦痛が伴う。そして動けば動くほど流出は早まり……リセルナの負担が増す。
リセルナ……こんな男など早々に見限ればよいものを一途に尽くす女。見返りを求めるでもなく、旧世界を滅ぼした魔神と呼ばれた俺に尽くす女。いつか俺を元に戻してみせるのだと微笑む女。
この女は何処か壊れているのだと思った。そうでなければ大量虐殺の魔神に尽くせるはずが無い。そう、俺と同じく……『改変』で変えられた俺と同じく壊れているのだと。
だが、それならそれで良いと思うようになっていた。壊れた女と壊れた男。
『改変』前の俺がどんな人物であったかは記憶にない。ファウ=バルドの言うところのソレが正史だ。魔神は元々魔神でならなくては正史となり得ない。だから仮に魔神ではない俺が居たとしても興味はない。魔神になり得なかった俺の歴史があったとしても興味はない。
俺は魔神としてここに存在しているのだから魔神として行動する。それだけだ。
では、この行動は魔神として正解なのか?
バカげている、俺のとった行動には何の言い訳も理由も意味を成さない。
バカげている。それだけだ。
奴らが肉の塊を俺に投げた。俺はそれが何なのか理解していた。
ソレは首だ。人間の頭部だ。
美しかった虹色の髪は血で汚れ、光を放たない。
半開きの瞳は、もう俺を映してはいなかった。
俺の名前を呼んだ唇は、もう言葉を発しない。
そして、俺は。
唯一の者を奪われる悲しみを初めて知った。
ならば……。
立ち上がる。立たなくてはならない。
魔力の流出がそれだけで早まるのを感じた。
こんな男に尽くした女なのだ、一人で逝かせる訳にもいかないだろう。
「礼の一つも言えなかったな……リセルナ」
「やっぱり、生きていたのね?」
女の後ろには6人。逆光で顔は良く見えない。
(こいつらか?リセルナ?)
俺の腕の中のリセルナは、語り掛けても微笑まない。もうあの笑顔を見ることは無いのだと実感した。
「その子、その首が落ちる瞬間まで貴方の名前呼んでたわよ?早く逝ってあげたらぁ?」
ボルトに感情が生まれる。
「お前ら。生まれてきたことを後悔しろ」
それは初めて感じる人間的な怒りだった。




