100:種火
今日も学院は平和。
昨夜までの雨が嘘のような晴天。いいえ、雨が止んだから青空になったのよ。
「そんな事は、この際どうでも良い問題……ですわ」
思わず声に出てしまった。
廊下の窓から空を見上げる自分が珍しいのだろうか、会釈をして通り過ぎた後に首を傾げる。暇つぶしにしても、そんな生徒を数えるのも面倒になってきた。
沢山……そう、沢山の生徒達が、この行動を疑問に思いながらも確認しようとはしない。
「それはそうか」
『レムスタリア=アルバーノ=フェイゼノルン』が、意味もなく空を見上げているとは思わないだろう。そして、そこに存在するはずの意味を何とか理解しようとする。極端に言い切ってしまえば自分は憧れの的だ。レムスタリアの取る行動の一つ一つに意味を持たせようとするのが心理だ。
「でも……」
第三聖女候補ともなれば自分達とは違った行動の理由があるはずだ……と、確信しながらも理解できない。結果、疑問は疑問のまま残り……。
「無駄ですわ……ね」
この行動には特に何の意味もないのだと理解出来る訳がない。常に第三聖女候補として振る舞いとその姿を学院内で見てきた者からすれば無駄な行為が存在するはずが無った。
『ぼーっとしているだけ』
……との選択肢が無いのだから。
「レムスタリア?珍しいわね。貴女が呆けているなんて?」
ただ、分かる人には分かってしまうらしい。背後から声を掛けられたが、全く気配を感じなかった。
「リテリ姉様」
そこには『リテリ=ユイーシ=ルグルブ』その人。
『静の聖女』の異名を持つ現在の学院の一位、王国の聖女候補の二位。膝まである黒髪は、どうやって手入れしているのが今日も輝いていた。
これだけの長さなら枝毛の数本はあって当たり前だが、数えたことはないが断言できる。
(枝毛なんてない!有るはずが無い!)
そして、その漆黒の黒髪が意味するモノは魔力の本質である色。
どうして誰も疑問に思わなかったのだろう?本来この世界の魔力には色の概念がある。自身が持つ魔力の色が外見に反映されることが多いのだ。現に自分なら『蒼の聖女』との呼び名は外見に由来する比重が大きい。蒼の髪、蒼の瞳、そして魔力の残光の色。
クローリア姉様にしてもそうだ。熱と炎の第一聖女候補である『太陽の聖女』は、赤い髪と赤い瞳を持つ。
(では、リテリ姉さまは?)
漆黒の髪と黒い瞳。深い闇。『聖女』と『魔女』のふたつの顔を持つ。
(まぁ、だからと言ってリテリ姉様はリテリ姉様、王宮にバレないか心配なだけ……)
「世界の問題を解決する為に想いを巡らせてる……訳ではないのでしょう?」
リテリは微笑んでそのままレムスタリアの隣で空を見上げた。レムスタリアといえば、今度は身長が高めのリテリを見上げる形となった。
「世界の問題ですか……」
一つの問題は解決したけれど、八翼世界の問題は山積みだった。
確かに解決した問題が、過去の世界と未来の世界が存在するようになった……なんて凄い事だけれど、よくよく考えれば当たり前になっただけとも言える。
「別に、行き来できるようになったわけではないのだから実感が湧かないですわよね?」
「そうね。一連の事件が解決したかは、私達では確認のしようがないもの……」
過去と未来の概念が無い『八翼の世界』。厳密に言えば過去も未来も『世界』としては存在出来なかった……だ。それが色々あって元に戻りました……までがついこの前の事。
「でも……あの子達の存在が事実なのだと実感させてくれるわ」
リテリの言うところの『あの子達』とは、切り捨てられた過去と未来の『世界』から誕生した存在であり女神の行動によって生まれた双子。言うなれば女神の子供達。
一般常識などの教育のため初等科に編入されたが、能力的には飛びぬけているので将来の第一、第二候補となるのは間違いないだろう。
名前はファウ=バルドによって名付けられた。その際、「存在の確定」とか「この世界に人として留めておくには」とか難しい事を語っていたが理解できるはずが無い。
「でも解決済みと考えると……」
そこでリテリは言葉を止めた。
「どうされました?」
「そうね、貴女になら言っておいた方がいいわね」
リテリの真剣な表情に姿勢を正す。
「どのような事でしょう?」
「各国の動きとしては、以前に何らかの目的を持って学院に小細工を仕掛けて来ていたこともあったけれど、そちらは外交の問題。むしろ公にはしたくないことでしょうから水面下で解決出来るわ」
「そうなのですか?」
現状、リテリも学生に過ぎないが国家間の交渉に立ち会う立場だった。聖女候補とは貴族よりも権限を与えられているが故に動かなければならないことが多い。塔のクローリアや交渉に向かないレムリタリアの分もリテリが務めている。
「懸念があるのは、今回で解決したとされる事件の事よ」
「?」
「わたしはこう考えているの。嘘に嘘を重ねて目的を隠し通したファウ様だったけど、明らかに触れなかった謎が残っていると」
「ファウ……様が?」
「ええ、そうよ。そしてそれを考えた時に、こう思ってしまったの」
リテリは一瞬戸惑いを見せたが告げる。
「嘘の物語は、まだ続いているのではないか……と」
「!!」
「考え過ぎなら良いのだけれど……」
「……そ、それはファウ……様が、何かしらの目的を持って行動している過程だという事でしょうか?女神様との件も通過点だと?」
「断言出来ないのがもどかしいのだけれど、一連の流れを振り返って見れば、やっぱり大きな嘘が紛れていたとしか思えないの」
リテリが大きな嘘と言った。些細な事では無く、少しだけ気になるでもなく、ソレは土台を揺るがす事を意味している。
「それは……」
思考が可能性を探る。今まで得た情報、ファウの行動の意味、各自の発言などを思い出し一連の流れを描いた。
始まりの嘘は『呪い』。
強引だけど『解呪』の専門家であるファウが私の内に送り込まれる理由として、これ以上のモノは無いはす?
誰もが思う。終わりが近づいていたレムスタリアを救うにはそれしか手が無かったのだと……。それが、ファウ=バルドが女神によって二度目の転生を果たす目的なのだと。
けれどこれがそもそもの嘘。
理由付けとして『呪い』を仕込むことは、非人道的な気もする。でも、本来神様とはそういったものらしい。仮にそれによってレムスタリアが死のうが生きようがどちらでもいいのだ。実際、一度失敗して死んでいる。
「無かったことにしてあげたでしょ?」
と聞こえてきそうな気がした。つまりそういう事だ。無かったことに出来るのだから我慢してね程度の感覚だ。
だが、おかげでスタアと出会え、ファウと出会って皆が集まったのだがらと、レムリ自身は得したと思っている。
●『呪い』とは、私の中の宝珠を手に入れる為の手段であるとの嘘。
●ファウ=バルドが宝珠を狙って自作自演したとの嘘。
●そして、実は宝珠を欲しがっていたのは『魔王ルクス』だったとの嘘。
●続けて、『魔王ルクス』を操ったのは『勇者ディアレス』との嘘。
●揃った八つの『宝珠』をディアレスが使用するとの嘘。
●この一連の流れは『魔神ボルト』を誘い出すための芝居だったとの嘘。
ではその嘘を真実であると錯覚させるに至った根本は何だろう?
「!!」
ファウ=バルドが口にせず、リテリが疑問に思っている事。
(そう、『決まり事』……)
『決まり事』との絶対条件が無ければ、これらの嘘は成立しない。
『決まり事』……八つの世界での絶対的な真実。
例えば、剣で紙は切れないとの『決まり事』があるなら、物理法則を無視していてもそれは絶対的な真実となるのだ。そんな『決まり事』があったなら、防具類は全て紙製になっているだろう。火には弱そうではあるが。
つまり、『決まり事』とは法では無く、理の確定化。自然界の理を捻じ曲げても従わせる『力』なのだ。だから、『決まり事』だと言われたら、そうなのだと納得してしまう。
(そういえば……)
そこで思い至る。かつて『魔王ルクス』は『決まり事』破りしている者が居るといった。しかし、破れる『決まり事』とはそれ自体が偽りだ。そして「魔王が死ぬと世界は滅ぶ」との『決まり事』があると嘘をついた。
何故、そんな嘘をつく必要があったのか?
あの時、魔王ルクスは魔王ハジールの処刑会場に行く必要があった。一連の嘘の流れを完成させるには大前提が必要だ。そしてそれは、ファウ=バルドがそこに居ると知っているから取れる行動に他ならない。
でも、あれは必要な嘘だったのだろうか?皆を向かわせるために必要だったとされた「魔王が死ぬと世界は滅ぶ」との嘘。
ルクスなら、ディアレスの魔力を感じた。ファウもそこに居るはずだ……とでも言えば、会場へ向かう事を拒む者はいなかったはず。
明らかにあの嘘だけは、一連の流れから別の目的の為についた嘘だ。 結果、何が起こったか?
私達の中に、『決まり事』に対する不信感が生まれた。『決まり事』の中には、嘘も混じっているのでは?と思うようになった。
(そう、あの時リテリ姉様だけは『魔王ルクス』を信用していなかった)
それは本人がハッキリと言葉にしている。
(不信感を抱かせることが、ファウとルクスがしたかった事?いいえ、それだけのはずが無いですわ。だって、あのファウの考えだもの……)
レムスタリアは、確信に近い何かを感じていた。しかし、同時期にディアレスもまた、ファウ=バルドに対して同じ嘘をついていることをレムスタリアもリテリも知らない。それ故に、正解にたどり着けない。
あの嘘にファウ=バルドが関わっていない事実を知っていれば、『魔王ルクス』と『勇者ディアレス』が同時期に同じ嘘をついた意味を考える事ができたなら、あるいは……。
「貴女なら私の疑問に気づいているのでしょ?レムスタリア」
リテリの声に思考を中断する。そして朧げに浮かんだ自らの答えを口にした。
「『決まり事』……ですか?」
「そう、流石ね、レムスタリア」
「神が定めた『決まり事』が嘘?……違いますね。『決まり事』は確かに存在している。なら……」
そこで、リテリはレムスタリアを止めた。
「そこまでよ。貴女は言葉にしてはならないわ。仮にも第三聖女候補ですからね?」
「リテリ姉さまは第二聖女候補様ですが?」
リテリは顔をレムスタリアに近づけると小声で囁いた。
「あら、私は『魔女』だからいいのよ」
「それは……」
そこまで言いかけ言葉を止めた。リテリが後ろを過ぎようとした生徒に声を掛けた為だ。
「貴女、見ない顔ね?」
元々後ろを見ていなかったリテリが、見ない顔ねとわざわざ声を掛けた。この時点で緊急事態だ。
「私の事?」
振り向いた生徒の肌は異様に白かった。人種の問題かそれとも……。
「あら、本当に見ない顔ね」
「今日、転入してきました。クレシュ=カギナリです。よろしく、先輩……でいいのかな?」
「こちらこそ……と言いたいのだけれど、それはないわね。学院全ての情報に貴女は存在しないもの」
雰囲気が変わる。明らかな警戒が見て取れた。見た目は三つ編み眼鏡の平凡な真面目生徒。
「ふ~ん、貴女、誰ですか?」
そう言いながら右耳に手を当てる。
「リテリ=ユイーシ=ルグルブ」
名乗るリテリを見る目が敵意に変わった。表情に出やすいのか、隠そうとしていないのか?既に平凡な学生の反応では無かった。
「『静』の……まぁ、そりゃ、居るわよね……本丸だしね」
「少し、話を聞かせてもらえるかしら?」
「ん~、せっかくのお誘いですけど、また今度にしません?急ぎの用事があるので」
「尚更、その用事とやらに興味があるわ」
クレシュと名乗った少女の手は右耳に当てたままだ。
「うん……分かった」
リテリとレムスタリアに向き直ると丁寧なお辞儀をした。
「失礼しました。行き成りボスキャラに出くわすとは思わなかったんで。でも、まぁ、挨拶だけはしておけって」
「ぼ、ボスキャラ?」
レムスタリアはリテリを見る。
(リテリ姉様のことよね?)
「今日はこれで失礼しますわ。でも一言だけ」
『ダーク・ワールド』
リテリが何かを感じたのか、行き成り夜の世界が訪れた。学院内での発動。つまりはそこまでしなければならない相手と判断しての事。
「貴女の男『ファウ=バルド』は必ず殺すからっ!」
「「なっ!!」」
レムスタリアとリテリの声が重なる。
それと同時に窓から一匹の蝶が入り込み二人の視線の前を通り過ぎた。
「リテリ姉様!」
「黒揚羽ですか……夜にしたのは失策でしたね」
既にクレシュの気配はなかった。レムスタリアにもそれは分かる。二人共にクレシュから目を離したわけでは無い。だ、が蝶が通り過ぎた後にクレシュの姿は無かった。
「今のっ!ファウを殺すって!」
「……そ、そうね」
「……って、何で嬉しそうなんですか?」
リテリは真面目な顔を必死につくっている。
「そうね、一大事ねっ!」
そこで、レムスタリアは気づく。
「あーーーーーっ!『貴女の男』に反応してますね?ねぇ様?」
確かに学院に侵入されたばかりか、発見したにも関わらず逃亡を許すなどあってはならない事だった。しかも、ファウ=バルドを殺すとの宣言つきだ。
ニヤケている場合ではない。
「レムスタリア!ファウ様は今どちらへ?」
目的は分からないが学院に侵入され、ファウの命を狙うと宣言する者が現れた。早急に手を打たなければならない。予想では既に後手に回っている。
「クローリア姉様とお会いしているはずですわ」
「それは……」
別の意味で、ファウ=バルドが心配だった。




