第121話 姉弟
「ワシは察しはつくが詳しい内容は知らん。
今回は好条件だったのか?」
「……ちょっと厳しいかもッスけど……
半年ぶりッスからね。
どっちにしてもノアに会えるのは確定ですです!
後はタイミング次第ッス!」
ニーチェは嬉しそうに珈琲をユラユラと混ぜ、
一気に飲み干す。
ジャムもニーチェの笑顔に釣られて頬が緩む。
「ワシは退席しておこうか?
龍神様が悪魔教徒の話しに食い付いたのは
心底以外だったが、
時間を置いて気が変わる類では無い事は
ワシでも把握出来た。」
「……居てくださいさい。
あっしが余計な事言いそうなら注意して欲しいッス。」
神妙な面持ちで扉を見据えるニーチェ。
「お前は何処までが予定通りで
何処からが予定外なのかわからん。
下手に出しゃばると録でもないことにならんか?」
ニーチェは顎に手を置きしばし思案し
「…………それもそッスね!お疲れッス!
ジャムおじ!」
扉をあけ手を振りながらジャムを促す。
「……余り期待するなよ。
お前が一生懸命な事は理解している。
これ以上お前が悲しむ姿は老骨には毒だ。」
「…………はい……ッス。」
………………
………………………………
1時間後。勢い良く扉は開け放たれ紅い髪を揺らしながら満面の笑みでアサミが姿を現した。
「ニーチェちゃん!休暇貰えたよ!」
「……竜王様……怒ってました?」
「ううん。別に。はい!申請書!」
渡された洋紙を恐る恐る開くニーチェ。
薄めで中身を確認すると。
「…………本当に休み貰えてる……ッス。……条件……条件…………。ハァ……こっちと同じッスね。」
「……嬉しくないの?ニーチェちゃん。」
念願の休暇を得ても素直に喜ばないニーチェに
不安な様子で近付くアサミ。
ニーチェはその幼気な瞳をジッと見つめ。
「今の龍神様には……駆け引き……無し……ッス!」
ニーチェは椅子を退け
アサミの前で両膝を付き頭を下げ手を差し出す。
「あっしはどうしても行きたい場所があります!
でも今のあっしは龍神様の世話役……
龍神様の側を離れる訳には行きません!
ですので自分勝手なのですが……
龍神様にも……龍神様にも……」
「うん!一緒に行こ!
あたしの事は気にしなくて良いよ。」
アサミは手ニーチェの頭を上げさせ身体を抱き起こす。
ニーチェの瞳には薄っすらと涙が見え。
様々な感情が入り乱れている事が見て取れた。
「ありがとう御座います!ありがとう御座います!
……早速いいですか!?」
アサミが返事をするよりも早くニーチェは着換え始める。竜人族特有の漆黒ローブを身に纏い。
首からは認識票付きのネックレスを下げ。10秒で身支度を整える。
その素早さに呆気に取られたアサミ。
「……何処に行くの?遠く?」
「近いッス!城下街の外れですです!
久しぶりにノアに……弟に会いに行けるッス!
日差しが強いッスからから龍神様は……頭を守る物……フードをどうぞッス!」
…………
……………………
南の王国の城下町を抜けすぐに広がる
辺り1面の砂漠。
しかしニーチェは迷いなく進んでいくと。
ポツポツとその場に似つかわしくない建物が見え始め。
その内の1つの建物の前で足を止める。
入り口の前に居た二人の竜人族。
ニーチェを見るなり嘲笑が砂漠を包む。
ニーチェは脚を止め姿勢を正し、
「認識番号3564ニーチェ.ランカスターです。
ノア.ランカスターとの面会に来ました。
こちらが証明書です。」
「…………化物の間違いだろ?おい!確認。」
「はい!只今確認しま…………」
ニーチェから書面を受け取った竜人の手が止まる。
恐る恐る封を切り。慎重に読み進める。
竜人の一人が申請書を確認している間。
手持ち無沙汰のもう一人の竜人が
ニーチェに話しかける。
「ニーチェ何をしにきた?
もう化物とは十分会っただろう?
正直こっちとしても
アイツには早く死んで欲しいんだけどよ。」
「……弟は……まだ生きてるッス…………
生きてる限り……問題ない限り……殺さない約束ッス」
「あの状態で生きてるって……
殺されてねぇだけだよ!
監視させられる俺達の身にもなれよ!」
「……申し訳ありません……ッス。」
竜人の一人はやけにニーチェに突っかかる。
日頃のストレスを吐き出すように。
淡々と謝る事で受け流すニーチェ。
余計な苛立ちは後ろにいる人間の少女。
アサミにも飛び火した。
「まて……後ろのガキ……人間だろ?
……規約違反も度が過ぎてねぇか?
人間の力を借りるぐらいなら死を救いとする。
それが俺達竜人族の掟だろうが!
……お前のような出来損ないには無駄だったな……
……おい!その申請書捨てちまえ!」
「ですが……申請書の書き手は竜お」
「俺の言う事が聞けねぇのか!」
申請書を確認した竜人は手と歯を震わせ。
僅かに少女を盗み見る。その表情を垣間見る。
汗をかかない竜人族にも
発汗作用がある事を産まれて初めて知った。
「…………気分が悪い。」
アサミは横暴な竜人の目の前に立ち一言だけ告げた。
「龍神様……申し訳ありませんッス!」
「龍神様!誠に失礼しました!!」
「あ?龍神……様?………嘘…あ!申し訳ありま」
紅い髪の少女。先日の闘技大会で遠目から見ていた。
その後のお披露目で遠目から見ていた。
しかしこんな場所に来る筈が……来る意味が……ないと…
「もう喋らなくていいよ。次に喋ったら……殺す。
あたしが居なくても……太陽が絶対に観てるから。
死にたくなかったら
太陽が隠れてる夜に喋るといいよ。」
口を抑えコクコクと頷く竜人。
申請書をもった竜人は唇を噛み締め震えを止め。
「カ……確認……確認しました。
どうぞ。万が一がありますのでお気を付けて…………。」
ニーチェが先頭に立ち重い鉄の扉を開く。
片手には蝋燭を携えて。
奥には1本の通路。その奥には更に鉄の扉。
下へ下へと続く道。砂漠の地下で作られた部屋。
ニーチェは何度も深呼吸を繰り返し
所々錆び付いた鉄の扉を開くと当然のように
僅かな日の光すら差し込まない暗闇の一室。
「ノア!お姉ちゃんが会いに来たッスよ!」
『ガァァァ!!!』
顔は至る所が膨れ上がり、
眼球は飛び出しそうな程見開き、
口からは涎を絶え間なく溜らせ。
全身青黒く染め上げた怪物がニーチェに襲いかかる。
バァァン。
大きな物音を立てて怪物の一撃は阻まれた。
目に見えない壁。
よく見ると分厚い透明な板を敷かれている。
壁越しに怪物に向かってニーチェは笑顔で語りかける。
「フフ……ノアは暴れん坊さんッスね。
お姉ちゃんに会えたのがそんなに嬉しかったッスか?」
『グガガガァァァ!!』
壁を隔てた向かいには声とは取れない
憎悪の雄叫びを撒き散らす怪物。
その怪物を……ニーチェは涙声で弟と同じ名を呼んでいた。
アサミは前もって聞かされていた。
ーーーー
「弟は……言い辛いッスけどけど……怪物なんです。」




