第120話 休暇申請
腕を組んで一人唸るアサミをジャムは
不思議そうに見つめる。
つい昨日あった少女とは違う。
ジャムが少女の目を見て話せている事に
何より驚いているのは自分自身。
ならば踏み込める。この少女が相手なら
ジャムは二度深呼吸をして
「龍神様……失礼を承知で言わせてもらいますが、
時間旅行に興味がおありですか?」
…………答え次第ではジャムは死ぬ。
世界に対して興味を持たない龍神が
過去に興味をもつなどありえないからだ。
それでも……この少女を見る限り……
話し理解しようとする態度を見る限り。
「うん!あたしは過去に行きたい!
あたしに出来る事ないの?
ジャムおじちゃんの話しは難しいし、
ゴンちゃんもあんまり協力的じゃないから!」
「ゴンちゃん……とは?」
小首を傾げるジャム。
「多分龍神様の事ッスよ。
今目の前に居るのが人間の龍神様。
昨日居たのが本物の龍神様。
あっしは面倒なんで両方龍神様って呼んでますます。」
ジャムの疑問を解くように部屋から
お盆にカップを乗せたニーチェが現れる。
「はい龍神様。熱いんで気を付けてくださいッス。
こっちは……はいジャムおじ。
熱いんでビックリして死なないように。
…………なんスか?ジャムおじ?」
出されたカップにからは、ほの香な珈琲の薫りが奔る。
ジャムは手をつけずにニーチェを訝しんだ。
「お前の申請……取ってきてやったぞ……。
詳しくは後で話す。
龍神様の質問に答えるのが先だからな。」
「……休暇って言わない辺りでもう聞きたくないッスね。
どうぞどうぞ。
ジャムおじがあっしの話しを
ど忘れするぐらい質問攻めしてやって下さいさい。」
ニーチェは溜息を吐きつつアサミと、
ジャムの間の椅子に腰掛ける。
目に希望の光など無い。
易癖とした様子が見て取れた。
「二人とも……お休みってないの?」
その態度に少しばかりの疑問をアサミが投げる。
太陽の島で働く人は見てきたが、
休みが欲しいという人は見なかった。
……アサミの母親ぐらいだった。
もっとも、母親の働く姿は見たことがなかったが……。
「龍神様……そんな事はございません。
お心遣い痛みいります。ニーチェ!
お前のだらしない態度が龍神様を不安にさせておる!
恥を知れ!」
ジャムの激も何のその。といった感じで
「休みが欲しいって態度で何が悪いんスか!?
龍神様に恥を知られたくなきゃ
少しでいいから休みを下さいッス!
あっしは今年に入ってもう半年休んでないんスよ!」
「お前……今日は随分と強気だな?」
ジャムがニーチェを睨みつけるがニーチェは動じない。
ジャムは対面の少女をチラリと。見る。
そして再びニーチェに向き直ると
憎たらしい程のニヤケ面。
「今頃気付いたッスか?
あっしはすぐに気付きましたした。
二人いる龍神様ですがどちらも常識はあるッス。
龍の姿なら常識を外してたかも知れないッスけどけど!
今の可愛い龍神様ならきっと……あっしの……
常識の味方ッス!」
ニーチェは縮こまりながら
アサミを上目遣いで瞳を潤ませる。
ここが勝負どころ。泣き落としにかかったのだ。
「龍神様……あっし……
別に働きたくない訳じゃないッス。
ただ余りにも……休みが少なすぎるから……
こんなにやさグレちゃったンス。
友達も出来ない。離婚もしちゃうし…出会いも無い。
禁止されてるヴァイス王国のお酒を誰かと飲んだのも……龍神様が初めてッスよ。」
「……ニーチェちゃん。可哀想……。」
およよよよ………と、
泣き崩れるニーチェをアサミは優しく包み込む。
その景色を奥歯が砕けんばかりに歯噛みするジャム
「ニーチェ……貴様語るに落ちたな。ハッキリとお前の口から聞いたぞ!『ヴァイス王国の酒を飲んだと!』
この事を竜王様に知られたくなければ……
今は大人しくしていろ!
大体……離婚の件はお前が兵士になる前だろうが!
年中遊び呆けおって!」
昨日はヴァイス王国の酒を飲んだ事は
追求はしなかった。
だが目の前の少女が常識の味方ならば、
ジャ厶にも手の打ちようはある。
これ以上ニーチェをのさばらせてはならない。
「う……うあ……あ……う……う…………あぅあぅ……。
うっせーッス!うっせーッス!
ジャムおじは耳ざといッス!
年寄りなんスから聴こえないフリしてろッス!
その話しはもう終わったッスよ!
あとあと!離婚はビル君が死んだ後にしたから
正確には2ヶ月前ですですぅ〜。
別居してただけっス〜!
プププ〜ジャムおじ間違えてやんのッス。」
ジャムの口撃をその場しのぎで掻い潜り
息継ぎを数回。脳に酸素を送り
更なる口数を矢継ぎ早にブン回す。
「今はあっしの休みをどれだけ
もぎ取れるかの話しなんスから!
関係ない話しは遠慮願いますます。
龍神様ぁ〜。ジャムおじが脅してくるッス〜。
バツ1のあっしを虐めるッスよ〜
きっとあっしがバツ1だから
年に3ヶ月しかお休みをくれないんスよ〜〜。
それまではしっかり半年休めてたのに……差別ッス!」
アサミはニーチェの背中を優しく撫でる。
働いたことのないアサミにとって
3ヶ月がどれ程少ないのか
半年の休みとどう違うのかわからない。
…瞬間……
よく自分の背中を撫でてもらった事を思い出す。
優しくも厳しい。慈しみに満ち溢れた小さな手のひら。
「ジャムおじちゃん。
ニーチェちゃんになんとか休みをあげられないかな?
あたしがその分働くから!」
「……え!?」「……いや……それは……ヤバイですです!」
南の国の神である龍神が力を貸してくれる。
そう言われれば聞こえは良い。しかし。
「龍神様……気持ちは嬉しいンスけど……
それをやられるとあっしの立場が…………。」
しかし龍神が力を貸す対価としてニーチェに
休暇を与えると言う条件なら話しは別だ。
ニーチェが龍神を都合良く扱っている。
神を使う愚の骨頂。これから先、
一度でも龍神の機嫌を損ねれば……。
何よりその事が竜王フェイラーに知られたら……。
「1番偉い人は……竜王って人だよね!
あたし今から行ってくるから!
待っててね!ニーチェちゃん!」
「龍神様お待ちを…………。行ってしまったぞ?」
「……もいッスよ。
追っかけるより言い訳考えてた方が勝算高いッス。
無理ならあっしが先に逝きますからから。
ジャムおじ……あの世で待ってるッスよ!
あっしは寂しん坊だから
すぐに後を追って下さいさい!」
冷めかけた珈琲を啜り
親指をあげジャムに白い歯を見せるニーチェ。
そこには自分が消滅するなどとは
微塵も考えてはいない姿。
同時に隣の初老の男も彼女が死ぬとは思えなかった。
「……なんでお前は早死にしないのだろうな?
ワシの長年の疑問だ。ほれ。
申請書だ。今回は苦労したぞ……。」
ジャムは蝋で封をされた手紙をニーチェに手渡し
自身の前に置かれた湯気立つ珈琲を啜る。
ニーチェは心底嫌そうに手紙の封を無造作に開き
舌打ちを1つ。
「……ッチ!こんな事ならジャムおじには
ヒエヒエの珈琲を出せば良かったッスよ!
…………だいたいあっしは龍神様のお世話をする仕事があるのに……掛け持ちさせる気…………」
ニーチェの表情が一変した。
今までになく真面目な顔付き。
そして内容を心に留め。懐にしまい込む。
「ジャムおじ…………。」
先程とは打って変わって
しおらしい態度をとるニーチェ。
「なんだ?」
「大好きッス!大好きッス!……異性としてはあり得ないッスけどけど……大好きッス!」
ジャムに抱きつき硬い鱗の肌に頬ずりをする。




