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第二話第一章「家政婦の弟子」

キキさんがアルバイトに来てから一冬が過ぎ、その生活にも慣れてきました。

キキさんが作った「ルンバ」に、興味津々な魔導生物のクークラ。

ルンバの動きに疑問を持ち、イタズラ心も手伝って、ちょっとした実験を行います。

01.


 キキさんがアルバイトを始めてからしばらくが経った。


 キキさんが来たばかりの頃にはまだ薄く地面を覆う程度だった雪も、やがて降り積もって風景を白く染め上げ、そして今は冬将軍が去ると共に溶け始めている。

 最近では、日に日に暖かくなる日差しの攻勢に対して、残雪が抵抗を続けるばかりになった。

 冬も終わる。

 昨日、キキさんは雪を押しのけて蕾をつける雪割草の健気な姿を見つけ、そう感じた。


 砦跡の参謀本部の中は、しかしそんな気候の変化にはあまり影響されない。

 なにせ、砲撃にすら耐える頑強な二重壁のため、その強さと引き換えに窓を付けることができず、外界の変化に目をつむったままなのだ。戦争が終わり、その役目を終えた砦跡は、時の流れの中で静かに朽ち果てるのを待っているかのようだった。 


 とは言え、中に住まう者達はそう泰然とはしていられない。

 住居としては広すぎるこの建物の中は、常に人が動いて片付けていなければ、すぐに湿気がたまりカビが生え、埃が積もって本当に廃墟同然になってしまう。

 砦の主人であるハクにとっては、維持管理は国教会から課せられた義務でもある。


 しかし、キキさんが仕事をし始めた時、砦跡の内部はあまりいい状態とはいえなかった。


 責任者のハクはもともと掃除が得意でなければ好きでもなく、しかも多少散らかっていてもあまり気にならないという性格だった。

 さらに前述の通り建物の内部には採光する手段がなく、あまり使っていない部屋ではヒカリムシの照明も申し訳程度にしか灯されない。


 暗いおかげで汚れが目立たず、それがますます掃除の手抜きを助長させる。

 塵や埃が溜まっている部分は多かったし、何よりも混凝土コンクリートの大敵である湿気とカビ、壁の黒ずみなどに、建物はかなり侵食されていた。


 キキさんのアルバイトは、これらの目立たない、しかし深刻な部分の見直しとメンテナンスから始まった。

 そしてそれらは、キキさんの能力を持ってしてもなお、整備が終わるまでに一冬かかったのである。


 そんなバタバタとしていた冬が終わりに近づき、キキさんの存在も砦跡の中にしっくりと馴染み始め、生活のサイクルが安定してきた。


 今日は、三日間泊まり込みシフトの最終日である。

 手間のかかるカビの予防措置などは前日までに終わっており、後は各部屋の掃き取りや拭き掃除などを残すのみとなっていた。

 今。

 とある部屋の中で、キキさんは普段と変わらない真面目さで仕事をこなしている。


 そして、その隣の部屋。


 そこでは、キキさんの魔術の力によりひとりでに動いているモップやはたきなどを、クークラがじっと観察していた。





02.


 クークラは好奇心が旺盛である。


 何にでも取り憑けるという特殊な体質を持つクークラは、乗り移っているボディによって振る舞いや性格、そして能力を変化させるが、しかしその好奇心の強さだけはどんな状態であっても変わらなかった。

 お気に入りの少女人形を身体にしているクークラは、今、その好奇心を発揮させて、キキさんの魔法で動いている掃除用具達を観察している。


 よく動く。


 キキさんの指示はなくとも、ハタキは壁や棚の埃を落とし、箒と塵取りは一体となってゴミを掃き取る。

 そして円形の木板にモップ糸が付けられたキキさん手製の特殊なモップが、仕上げとばかりに床を拭き取っていくのである。


 無生物が勝手に動いている。

 その光景が、クークラにはとても面白く愛おしいものとして映り、目が離せない。


 例えば、進行方向に椅子などの障害物があると、円形のモップはその前で少し迷ったようにウロウロする。

 クークラがその障害を取り除くと、まるで喜んでいるみたいに勢いをつけてその場所を掃除し、そこが終わると礼でも言うかのようにクークラに近づき、つま先に軽くぶつかって方向転換。そしてまたぜんぜん別の所を掃除し始めたりする。


 そのような動きを、クークラはたまらなく愛らしく感じる。小さな可愛い動物のようだ。


 これらの動く掃除道具たちは、知性ではなく単純な判断によって動いているだけである、とキキさんは言っていた。そこに意思があるように感じてしまうのは、自分たちの感覚で見てしまっているためです、と。

 それは多分そうなのだろうが、しかしクークラはやはり掃除用具達に意思があるように感じてしまうのである。


 ただし確かに「知性」はないのであろう。

 盲目的に動いているように見える。

 もし知性があれば、おそらくは端から順に塗りつぶしていくように動くはずだ。それが一番効率が良いのだから。

 しかし円形のモップは、二度拭き三度拭きになるのも理解せずに、あたり構わず動いている感じなのだ。


 何も考えていない? それとも、不規則に動くことに何か意味があるのだろうか?

 クークラはふと思い立って、また子供らしいイタズラ心も手伝って、ちょっと試してみることにした。


 自分の部屋に戻り、以前キキさんに貰ったお絵かきセットの中から赤い絵の具を持って来ると、モップが浸かるための浅いバケツの中に少しだけ入れてみた。

 かき混ぜると、水は綺麗に赤く染まった。

 ついで、動いているモップを追いかけて抱え上げる。モップはイヤイヤするように震えて逃げたがったが、その動きもクークラは愛くるしく思う。

 クークラは、そのモップをバケツに浸した。赤い色水を吸ったモップは、しかし自分がそのような状態であるとは理解できず、また前のように掃除を始めた。


 その拭き跡は薄赤く色付き、モップの動きの軌跡となって残った。

「やった」

 クークラは、自分の思った通りの結果になって、小さく歓声を上げた。モップがどのように動いているかを見て解るようにすれば、あるいはモップの動きの法則性や理由などが見えてくるかもしれない。


 しばらく時間が過ぎて。

 クークラは一つの結論に達した。


「やっぱりこの子たちは、考えて動いているわけではないんだ。とにかく部屋を綺麗にするという命令を実行するのに精一杯で、効率にまでは考えが及ばないみたい?」

 部屋中に広がった色水の軌跡を見ながら、クークラはまずそう考え、思わず独り言を言った。

「とりあえず、次にボクが考えるのは、この、絵の具で汚しちゃった部屋を、さてどうするべきか。これだね」





03.


「それは難問ですね」

「うわぉ!!」


 イタズラの跡をどのように隠蔽するか、それを考えていたクークラの後ろに気配もなくキキさんが立っていた。驚いたはずみで身体をビクッとさせるのは、魔導生物であっても人間であっても同じである。


「キ……キキさん……いつからそこに」

「クークラさんが部屋に戻って、絵の具を持ちだしていたのを見ていた時から、変な予感はしていたのですが」

 キキさんの表情は変わらないが、やはり怒っているようだ。

「あははは……ご……ごめんなさい……」

「ここが終わっていれば、今回の掃除もおしまいだったのですけど」

「……すみません、自分で片付けます」

「そうしていただければ助かりますわ。……お手伝いはいたしませんので、そのおつもりで」

「はい」

 ピシャリと言われて、クークラはまず水を組み直して、普通の雑巾を手に赤い軌跡を拭き始めた。


 だが、その絵の具はなかなか頑固で、力を込めてゴシゴシしなければ綺麗に落ちてくれない。

 悪戦苦闘するクークラを部屋の入口付近でずっと見ながら、キキさんがふと口を開いた。

「クークラさん、仕事をしながら聞いてもらいたいのですが」

「はい?」

 怒られるのか、もっと手際よくやれないのかと文句を言われるのか、そんな予感が頭をよぎり、クークラは身を固くした。


「モップの動きが不規則な理由ですが、それは自分の位置を検知する精度に関係があります」

「え?」

「手は休めないで下さいね」

「あ、はい」

「確かに、端から順々にやらせていった方が効率は良いのですが、この場合、ちゃんと拭いた跡を見て、すこしづつ重ねながら拭き掃除をしていく必要があります。わたくしやクークラさんならば簡単なことですね。しかし、わたくし程度の魔術で動かしたモップでは、この拭き跡をきちんと判断することができません。目という物がありませんし、自分の位置と動きの認識だけでは、そこまで高い精度で拭き跡を確認できないんですね。結果として、端から順にやらせていくと、拭き跡と拭き跡の隙間が拭き残しになってしまうのです」

「ああ、なるほど」

「それであれば、四方八方に走らせておけば、たとえ効率が悪くとも最終的には拭き残しを少なく掃除を終わらせることが出来ます」

 そういうことだったのか、と、クークラは思った。しかし自分の行動、どの時点から読まれていたのだろう。

「今度から、疑問があったら聞くようにします」

「そうですね、それが手っ取り早いといえば手っ取り早いのですが……」


 珍しく、キキさんが語尾を濁した。


「?」

 不思議に思ったクークラが振り向くと、キキさんは少し迷いのある声で答えた。

「こう言ってはなんですが、今回のクークラさんのイタズラには、わたくし少し感心しております」





04.


「え?」

「好奇心を持ち、疑問に思ったことを調べるため、自分でやり方を考えて、こうしてモップの動きを可視化されて。わたくしも、このような方法でモップの軌跡を表現しようとは考えたことがありませんでした」

「え……えへへ?」

「だからと言って仕事の邪魔をしていい訳ではありません。手が止まってますよ」

「す……すみません」

「場合によりけりですが、わたくしとしては、クークラさんの好奇心と実証精神は悪いものだとは思っておりません。イタズラ心も、多少は仕方がないでしょう。これらは分かち難いものですから。今回のことに関しても、安易に答えを聞きに来るよりも良かったのかもしれませんね。自分でモップの動きを確かめたことで、より理解を深めたでしょう?」

「今、身に染みてます」

 床を拭きながら、クークラは答えた。

「クークラさんのその性格は、優れた魔術師の素質でもあります」

 唐突に思いもよらない言葉をかけられて、クークラは思わずキキさんを見た。

「ホント!?」

「魔術は……。ちょっと違うかもしれませんが、道具のようなものでもあります」

 キキさんは、少し考えて言った。

「例えば、料理を作る技術が無い人でも、包丁を使うことはできます」

「……でもそれだと、食材を切ることができるってだけで、料理は作れない?」

「それどころか、本来の用途を知らず、振り回して人を傷つけるために使うかもしれません。もっともそういう輩は大体、他人を傷付けた挙句に自らの身を滅ぼしますが」


 そしてキキさんは、かつて自分が魔術に失敗した時に、リーダーに諭された喩え話を例に挙げた。


「このような話があります。ある魔術師の弟子が水汲みをさせられていた時に、師の魔術を見よう見まねで使用して、箒にバケツを持たせて作業を代わらせました。本人は得意になってその場を離れ、本を読んでいました。しかし術の本質を理解していないその弟子は、瓶に水が貯まりきっても箒を止めることが出来ず、魔術師の家を水浸しにしてしまったという話です」

「うん……?」

「魔術師の資質の一つに、魔術の本質を理解する能力が挙げられます。この魔術師の弟子は、術のかけ方だけは知っていましたが、その本質を理解せずに魔術を使い、失敗しました」


 聞き入っているクークラを相手に、キキさんは続ける。


「ただ答えだけを安易に求めるのではなく、疑問を持ち、術の原理原則の理解を求める精神は魔術師にとって掛け替えのないものです。そしてただ術の掛け方を覚えただけで本質を知ろうとしない者は……」

「包丁を使って食材は切れても、料理を作れない事になる……。どころか、包丁で人を傷つけて他人も自分も滅ぼしてしまうかもしれない?」

「はい」

 キキさんは、今度はクークラの手が止まっていることを注意しなかった。

「クークラさんは、その本質を知ろうとする精神を持っていると、わたくしは思います。その上で魔術に対する興味もあるように見受けられました」

「うん! ある! 凄くある! キキさん、教えてくれるの!?」

 驚きと喜びが同居した表情のクークラを見て、キキさんは少し微笑んだ。

「しばらくここで働かせていただいて、なんとか馴染むことも出来ましたし、すぐに辞めさせられる事もなさそうです。先日、ハク様とも少し話をさせていただいたのですが、クークラさんの勉強になるのであれば、と、理解を示してくださいました」

 クークラは喜びが言葉にならないようで、キラキラとした目でキキさんを見た。

「空いた時間に限られますし、そもそもわたくしは魔術を本職とするものではありません。ただの家政婦です」

「うん、でも!」

「それに、魔術は教えたからと言ってすぐに何かが出来るようになるものでもありません」

「それでもいいよ。キキさん、すぐには無理でも、ボクもいつかはモップを動かせるようになる?」

「アニメートも、あれはあれでかなり高度な術ですからね。クークラさんの頑張り次第と言ったところでしょう」

「頑張る、ボク、頑張るよ!」

「では、今度来る時に、魔術について書かれた本を何冊か持ってきましょう。まずはそこからです」

 キキさんの言葉に、クークラは嬉しそうに頷く。


 それと同時に、ゴーン! と鉄を叩く音が階下から響いた。

 一階の正面入口のドアを、誰かがノックした音だった。鉄のドアと、それに取り付けられた金属製のノッカーは、重く響く音を砦跡の隅々まで反響させる。


「来客?」

 キキさんがここに来て初めて聞くノックの音だった。

「クークラさん、ここには予定のないお客様が訪れることもあるのですか?」

「ああ、あるよ、一人だけだけど。多分、ゲーエルーさんだと思う。ハクはまだまだ工房から出てこれないだろうから、ボク、ちょっと行ってくるよ……行ってきます」

 赤く染まった雑巾をバケツに戻し、クークラは駆け出していった。

「あ、ちょっと……」

 キキさんは、赤い軌跡が床中を走っている上に、水浸しにもなっている部屋を見て、表情を変えずにため息をつく。


 そして、バケツに残された水に向かって一言二言囁いた。

 その声に応えるように、水からは赤い色がスっと消え去る。キキさんは改めてモップをバケツに入れた。


 するとまたモップは自動的に動いてバケツから出て、床を拭き始めた。

「ここの掃除が終われば館に帰られたのですが、お客様とあってはそうもいきませんね」

 開けられていたヒカリムシ灯台にカバーを被せ、キキさんはクークラを追って部屋を出て行った。


 後には、ただひたすらに赤い絵の具の跡を拭き回るモップが残された。

引き続き、2019/05/17日投稿予定の「閑話休題 その3 クークラに関して」をお楽しみください。

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