◇ 番外編 往きて還りしルサの物語 その一 「第二の旅立ち」 ◇
キキさんの先輩でもある「ルサ」が、一人で旅だった際の物語。
本編だけでは分からない「下の大地」の世界観の解説でもあります。
彼女はとある森の中の沼に住んでいた。
そこは死産した赤子や、祝福されなかった子供が秘密裏に捨てられる沼で、過去には絶望した花嫁が身を投げた事もあった。嘆きの魂は沼の周りに満ち、やがて沼の水や水面に映る金色の月の影などと習合して、彼女は生まれた。
彼女は、沼地の水を思わせる褐色の肌に、月の光のような色の髪、そして金色の瞳を持っていた。
満月の夜に湖沼に近づく人間を魅了し、しばしば水の中に引き込み、それを喰らった。
森の周囲に住む人間たちはこれを畏れ、旅をしていたある冒険者にその退治を依頼した。
冒険者が湖沼に近づくと、彼女はそれを魅了し、操ろうとした。しかし冒険者の心は強く、彼女の魔力を弾き、逆に彼女にルサと名付け、支配してしまった。
冒険者は、自分をリーダーと呼ぶように命じ、今日からルサは冒険の仲間であると言った。
不本意だと思っていたルサだが、幾度もの冒険を経てリーダーを信頼するに至り、更に四人の後輩たちが出来た頃には、ここが自分の居場所だと考えるようになった。
彼女たち五人とリーダーは、色々なところへ行き、様々な冒険をした。
実力をつけ古代のダンジョンを攻略し、ついには竜を倒すに至った。
はるか昔から生き続ける、邪悪なダークリッチの封印もした。
それは充実した、辛いこともあったが楽しい時でもあった。
だが、やがて別れは来る。
リーダーは、新たな冒険を求めて異世界へ旅立つつもりだと、ルサと仲間たちに言った。
ルサには、居心地の良い場所が失われることを残念に思う気持ちと、支配から離れる事にせいせいする気持ちがあった。
何より、今ある居場所を捨てる寂しさ以上に、まっさらで自由な環境に立つという事への興奮が強かった。
ルサとは違い、今の居場所にこだわった仲間もいた。
三番目に仲間になったキキがそうだった。
ルサは、彼女の考えを否定はしなかったが、同時に苦言もした。
リーダーは、スクラップアンドビルドの人だ。そりゃいつかは帰ってくるだろうが、出来上がった世界にあいつは魅力を感じない。
帰ってきたらみんな散り散りになっていて、所在不明の仲間探しでもさせた方が、あいつはよっぽど喜ぶだろう。
それからな。
保守的で奥手。そのくせ意地っ張りで頑固な、可愛いカワイイ妹分の意志は尊重してやるが、あのアホが異世界に満足して帰ってくるのなんて、ずっとずっとずぅっと先のことになるだろう。
待つというなら、それは心しておけよ。
引き篭もるのが嫌になったら、リーダーの帰ってくる場所なんて、いつでも捨てていいんだから。
そう言い残して、ルサは最果ての森を出た。
時は終戦直後。
下の大地に荒れ吹雪いた氷の種族たちの脅威が、魔王と呼ばれた女首領が討たれたことによって、ついに去った。
そんな冬の明けたような世界を、ルサは一人で渡り歩いた。
ある時、大きな森の中に入った。
その森は、南北を街と街に挟まれた場所にあった。
戦後復興の勢いに乗る人間たちが、森を貫く河を利用して運河を作り、それを中心に森を開発して二つの街を繋げていこうという計画を立てていた。
すでに多くの人夫たちが雇われ、森に開発の資材を運びこんでいた。
森を開発すると言うことは、その地に住まう者達を追い出すことでもある。
人間たちは、氷の種族との戦争を制した勢いがあり、また他種族との抗争を辞さない闘争心を培っていた。
数が少なく、氷の種族ほどには個々の戦闘能力が高くない「森に棲む者」達は怯え、不本意ではあるが、血が流される前にその地を譲るという意見に傾いていた。
だがルサは、人間たちの横暴に怒り、弱腰の意見に対し憤激した。
戦うのであれば、私は力を貸そう。
森と川辺に住む者達の前で、ルサは大きく胸を張って言った。
宣言通り、ルサは「森に棲む者たち」を先導して人間と戦うことになるのだが、それはまた別の話。
引き続き、キキさんのアルバイト第二話第一章「家政婦の弟子」をお楽しみください。