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第一話 第四章 「キキさんの実力」


01.


 砦跡の参謀本部は、耐砲撃性を高めるために外壁が二重になっており、細い回廊が全体を囲っている。そのため窓が存在せず、外の光を取り入れることが出来ない。

 故に、会議室内もそうだったのだが、建物の要所要所に灯りが灯されている。


 照明として使われているのは炎ではなく、ヒカリムシと呼ばれる存在である。


 真っ暗闇の回廊でクークラが使っていたランタンも、このヒカリムシを利用したものだった。

 ヒカリムシは、ムシと名付けられているが昆虫類ではなく、生態のよくわからない「光る存在」である。地方によって名前が違い、精霊などと呼ぶ地域もある。

 燐を含んだ石や土を好む事が知られており、それを餌にしてガラス瓶などに封じ込めて照明として使われる。


 キキさんたちが面接を行っていた中央会議室の隅に、壁で区切られた小部屋がある。

 そこは軍議の際に控室として使われていたスペースで、二階へ続く階段はその中に作られていた。


 会議室から移動する際、クークラがその先頭に立った。

 手に持つランタンに封入されたヒカリムシはクークラ自身が森で捕まえてきたもので、この砦跡の照明は自分が担当していると、誇らしげにクークラは言った。


 クークラの持つヒカリ揺らめくランタンに導かれ、ハク、キキさんの順に二階へ上がる。

 その後ろ。ランタンが照らす範囲のギリギリ外側を、キキさんのカバンがエッチラオッチラという感じで歩きながら着いてきていた。


 二階は薄暗かった。

 ガラス瓶の据えつけられた灯台が一定の間隔で並べられているのだが、それらに封じられたヒカリムシは既に弱っているようで、照明としては最低限の役目しか果たしていない。照明担当のクークラが、少し恥ずかしそうに「ここは雪が溶けたらヒカリムシを入れ替える予定」と説明した。

 二階は外側を廊下がぐるりと囲み、部屋は全て階の中央に並んでいる。会議室や資料室、実務室が集中していた一階とは違い、二階は全てが士官や将校の私室だったのだという。


 三人は、階段から一番近くにあった角部屋に入った。


 そこもヒカリは灯っていなかったが、わずかに光が漏れている物があった。闇を見通す目を持つ者ならば、それが灯台だと見て取れただろう。廊下に並べられていたものよりも少しだけ立派で、木で作られた半球形のカバーが被せられていた。

 暗闇の中、ハクは慣れた足取りで灯台に近づき、そのカバーを外した。すると隙間から漏れ出ていた光が一気に広がり、部屋の中を照らしだした。

 ヒカリムシの照明は光量を調整することが出来ない。

 そのため、消灯の際には光を通さないドーム状の覆いを被せたり、明るすぎる場合は透かし彫りの入ったカバーで光を抑えるのが普通なのである。


 ヒカリムシの灯りに照らし出されたその部屋は、非常に質素な作りだった。

 壁は混凝土の打ちっ放し。置いてあるのは一人用のベッドと木製の机、ロッカー、そして灯台のほかには最低限の調度類のみ。


 光が灯ったので、クークラはドアを閉めようと入口の方を向いた。

 すると、まるで駆け込むようにカバンが部屋の中に入ってきた。それまでキキさんのカバンの存在に気づいていなかったクークラは一瞬ギョッとしたが、ユーモラスな動きに好奇心を刺激され、そのカバンを手に取った。クークラの腕の中で少しの間カバンはジタバタとしたが、すぐに諦めたようにおとなしくなった。


 その動きに、クークラは得も言われぬ可愛らしさを覚えた。

 森に居る、リスや小鳥たちのような?

 クークラは自問する。

 なんだろう。

 自分にとって、このカバンはそんな小動物たち以上に愛らしく感じられる。

 思わず、ギュッと強く抱きしめた。

 一度おとなしくなったカバンは、今度は苦しいと言いたげにまた暴れだした。


 クークラがそんなことをしている間、ハクはキキさんとロッカーの前に立ち、掃除用具の説明をしようとしていた。

 しかしハクに対して、キキさんは「まずは自分のやり方を見てもらってもよいでしょうか」と丁寧な言葉で提案する。ハクはそれを了承するが、その様子を見てクークラは、やっぱり主導権はキキさんに握られているな、と、苦笑いを漏らした。




02.


「灯台の覆いをお借りしてもいいでしょうか?」

「いいですけど……暗くして掃除をするんですか?」

「いえ、光は灯しますが、別の光源があると少々やりにくいのです。見ていていただければ理由はわかると思います」

「そうですか……では……」

 ハクは灯台に近づいて、カバーを取り付けた。

 再び暗くなった部屋の中で、キキさんはクークラに向かって言った。

「クークラさん。すみませんが、そのカバンをこちらに」

 クークラはキキさんに駆け寄ってカバンを差し出す。カバンはクークラの手を離れるときに少しだけ抵抗したが、キキさんの気配を察すると、今度はむしろ積極的にクークラから離れてキキさんの手に渡って行った。そのカバンの中から、灯台と同じような光が漏れ出ているのに、クークラは気づいた。


 キキさんはカバンを床に置いて、その口を開ける。

 するとそこから光が溢れだした。


 明るさに目がくらみ、顔を背けたクークラが再び前を向いた時。

 キキさんの周りを、四つの光の珠がグルグルと飛び回っていた。部屋の中はそれによって照らしだされ、光源の動きに合わせて影が踊りまわる。


 その中心にいるキキさんからは四つの影が投影されていた。


 クークラはカバンが床の上に置かれているのに気づき、掃除の邪魔にならないようにと手にとった。さっきみたいにジタバタと動き出すことを予想したが、しかしカバンは全く力なく、ただの無生物になっていた。


 キキさんを取り巻く四つの光源は飛び回り続ける。

 灯台の影、ベッドの影、机の影。ハクの影、カバンを抱えたクークラの影。部屋の中の全ての影が光源に合わせて動いていたが、やがてキキさんの影だけがそれらと同調しなくなっていった。

 キキさんの影は勝手に動き始め、呆気にとられて見ているハクとクークラの目の前で、ついにキキさんの身体から切り離された。そしてスクリーンとなっていた床や壁からも開放され、ゆっくりと起き上がるかのように実体化した。

 その手には、いつの間にか箒やモップなどの掃除用具が握られている。


 クークラは呆然としながらそれを見ていた。


 隣りにいたハクも驚いてはいたが、それはクークラの純粋な驚きとは少し違うものだった。

「シャドウサーバント……」

 ハクの口から思わず言葉が漏れた。

 ハクはこの魔術を見たことがあった。

 まだ母ミティシェーリが生きていて。戦争のまっただ中にあった時代。氷の種族でも高位の魔道士が使用していたのだ。

 自分と同じ能力を持つ「影」を作り出すこの魔法は、戦闘において強大な力を発揮したと聞いている。


 光の中心にいるキキさんは、揺らめくように動いている影達を手振りで操り始めていた。その姿は、まるで楽団の指揮を取るコンダクターのようで、キキさんの一挙手一投足に反応して影達は掃除を始めた。

 別々の道具を持った影達の完全な連携のもとで掃除は進められていき、本体のキキさんはその指揮をしながら終わった箇所を検分し、仕上げをする。


 ほこりっぽかった部屋の中は、またたく間に、塵一つ、拭き残しの一箇所もない状態に仕上がっていた。




03.


 掃除を終えると、キキさんはクークラに近づいた。


 キキさんの魔術に目を丸くしていたクークラだが、カバンを手にしていたことを思い出し、キキさんに渡す。

 受け取ったキキさんがカバンの口を開けると、四つの光球が吸い込まれた。同時に、部屋の中には闇が満ち、そして四つの影も闇に飲まれて消えた。

 灯台の近くに立っていたハクが、消灯用のカバーを外す。

 再び光が満ちた室内で、クークラがキキさんに話しかけた。

「あの……?」

「なんでしょう、クークラさん」

「カバン……死んじゃったの?」

 キキさんは少しキョトンとしてカバンを顔の高さまで持ち上げた。それを見て、やっとクークラの質問の意味を理解したように口を開いた。

「ああ。これは魔術で自動的に動くようにしていただけでしたので、むしろ元の状態に戻ったのですよ」

「そうなんだ……」

 キキさんの言葉を聞いて頷いたものの、自分の手の中で動いていたカバンの感触が失われた事をクークラは寂しく思った。


 二人のやり取りを見ていたハクは、再び昔のことを思い出した。


 これもまだ戦時中の頃。

 氷の種族の中に魔術「アニメート」を使うものがいた。

 それは、無生物を生物のように動かす魔術だった。

 ヴァーディマという名のその使い手は、鎧や剣といった無機物を手駒として使い、戦闘に役立てていた。


 やがてヴァーディマは 、その術を生物の死骸にも応用できるということを思いつく。

 死骸はただの無機物以上に術を施しやすかったらしく、彼女は大量の敵軍兵士の死骸を我が物として操り、人手不足だった氷の種族の中にあって大きな戦果を上げた。


 ヴァーディマは、ミティシェーリよりもわずかに長く生きた。


 ミティシェーリの死によって気力を失ったヴァーディマはあっさり捕えられ、下の大地の人々の深い怨みを一身に受け、ミティシェーリが討たれた後の数日間に渡り、氷の種族の中でも最も惨たらしい刑に処され、果てた。

 下の大地の兵士たちにその遺骸を見せつけられた時の衝撃は、ハクにとっては未だに癒えぬ心の傷となっている。


 それにしても、シャドウサーバントもアニメートも、習得には深く広い魔術の知識と技術が必要なはずだ。

 そんな術を使っていたキキさんは今、クークラの更なる質問に対して、モップや箒にこの術を使って、自動的に掃除をさせることも出来る、などと答えていた。


 まさかあんな高度な魔術を、日々の生活に役立てようとする存在がいるとは、ハクには思いもよらなかった。確かにあれだけの実力があるならば、この砦跡の管理も通いで行うことが出来るだろう。

 だが、そんな人材がなんで家政婦のアルバイト募集なんかに応募してきたのやら。

 混乱するハクの思いをよそに、キキさんはクークラの質問から開放されると、ハクの側に来て言った。

「申し訳ありません。差し出がましいことをしてしまったかもしれません」




04.


「そうですか?」

「はい。今の掃除法は自分にしか出来ないものです。いつ辞めるかどうかも解らないアルバイトである以上、あまり特殊なやり方で仕事をするべきではないと考えます。いいえ、もちろん我がリーダーと、ご紹介下さったマスターの名誉にかけて中途半端に仕事を投げ出すつもりはありませんが、それでも掃除はもう少し普通のやり方ですべきかと思いました」

 なぜキキさんがそのように考えたのか、ハクは理解しかねた。そもそも掃除をし始めた段階ではそうは思っていなかったのだろうし、このやり方を目の当たりにした自分には、住み込みを強制することが出来なくなるとも計算していたのでは?


 しかし、キキさんの目線がクークラに向けられたことで、ハクも納得がいった。


 確かに誰にでも出来る方法でなくては、手本にはならない。

 ハクは感謝を込めて、キキさんに頭を下げた。

「お手数をかけますが、お願いします」

「はい。ただ……」

「?」

「普通の方法だと、通いで仕事をするには、確かにこの砦跡は少し広すぎると考えます。さりとて、わたくしとしましては自分の館の維持管理が最優先する問題であることに違いはありません」

「はい……では……」

「そこでシフトを、週に三日をこちらに泊まり込む形での仕事に充て、続く二日間を公休としていただければ、と思うのですが」

「なるほど。では残りの二日は……そうですね、通いでの出勤を前提とした予備日として考えてもいいですか?」

「そうしていただければありがたいです」

「では、その方向でもう一度、条件面について詰めさせて下さい」

「はい。一度、会議室に戻りましょうか」


 二人はクークラに、後はまた仕事の話をしてくると言って、部屋を出て行った。そのやり取りを見て、クークラは一人、呟いた。


「……やっぱり、主導権はキキさんが握ってるんじゃん……」

 まぁいいか。

 下で盗み聞きをしていた内容と合わせて考えてみても、キキさんがハクに譲ってくれたようだし、その人となりには自分としても好印象を持った。

 手の中には、キキさんが忘れていったカバンがある。契約書にサインするあたりを見計らって、これを渡しに行こう。

 長い付き合いになるかもしれないし、どうせならカバンやモップを動かす術なんかを教えてもらえればいいな。


 しばらくしてから、クークラはヒカリムシの灯台にカバーを被せ、部屋を出て行った。

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