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蛇足の話:お見合い編 05 「邪法」

ゲーエルーさんの過去話の続きになります。

氷の種族と人間たちの戦争の中期から終戦まで。

01.敗走


 カニエーツでは、オレはなんとか姉御を護り抜いた。

 しかし、その後のオレたちは敗走の連続だった。


 王族たちが中心になって討伐軍を組織し、奴らの軍事力は日を追うごとに高まった。

 戦後には統治の象徴扱いで政治の実権を失った王族たちだが、当時はまだ実質的な権力を持っていたんだ。

 更には国教会……いや、今でこそ国教会だが、当時は「勇者後援会」だったか。奴らの持つ組織力と情報網も大きかった。オレたちがなにか作戦を立てても、だいたい奴らに察せられて、上を行かれた。


 人間たちの軍を抑えきれず、北の地から離れるように東へ、南へと逃げながら、オレたちは少しづつ数を減らしていった。


 そんな撤退戦の途中。

 幼馴染の一人、ムッシーナが戦死した。


 北の地に居た頃から恋仲だったヴァーディマは絶望して……その日以来、性格が一変した。


 元々は温厚で、姉御以上に熱心に下の大地の人間たちとの融和を目指していた彼女だが、積極的に戦場に出て、人間の兵を殺すようになった。


 そして。

 それまで禁じ手にしていた「死体へのアニメート」を使うようになった。


 ルサさんなら知っているとは思うが、どうやら死体にアニメートを掛けるのは難しいことではないらしい。

 戦場で、ヴァーディマは敵兵の死骸を大量に操り、攻撃させた。

 戦術的には非常に有効な術法だった。

 かつての味方の死体が立ち上がって剣を振るってくるんだ。いかに士気が高いとは言え、人間の軍隊にも動揺が走る。その分、オレたちも戦いやすくなる。


 アニメートを使うほどに、ヴァーディマは狂っていった。

 操る死骸の量はどんどん増えていき、時には腐った動物の死骸を後方の町にある傷痍軍人の療養所に突っ込ませて疫病を流行らせたり、最終的にはオレたち氷の種族の死骸まで操って攻撃の手駒に変えた。


 カニエーツの時に使っていれば……なんて言い出すヤツらも少なくなかったが、ヴァーディマの変貌はオレとしては複雑だったな。ヴァーディマはムッシーナを殺した人間の兵を探し、手当たり次第に殺していった。北の地に居た頃から彼女を知っているオレからすると、心ってのはこんなにも歪むことがあるのかと戦慄した。

 ヴァーディマが敵を討てたのかどうかはわからん。なにせ、ムッシーナを殺したのが誰なのかなんてもう知るすべもなかったからな。


 とにかく、あの術のお陰で、オレたちは一時的に盛り返した。

 なんせ、倒した敵軍の死体を兵として使い捨てることができる。手駒の少ないオレたちにとっては大きな戦力アップになる。


 だが。


 これのお陰で、あり得たかも知れない和解や降伏の道は、完全に閉ざされた。




02.アニメート


 姉御は、人間たちとの交流や話し合いは戦争が始まる頃には諦めていたが、敗走が続く中でいかにこの戦争を終わらせるかの道は考えていた。どこで、何をもって「手打ち」とするか。人間たちが鉾を収めるための条件は何か。

 相談されたこともある。

 自分の首を差し出せば、人間たちは許してくれるだろうか、と。


 だがヴァーディマが狂った後、姉御はこの種の話を一切しなくなった。

 ここに至って、完全に諦めたのだと思う。


 まあ、当たり前だわな。

 仲間を、身内を、戦友を。

 父を、息子を、兄を、弟を。

 殺された挙げ句に心を持たない屍兵として使われ、剣を交えさせたんだ。

 それは人間たちの憎悪を決定的に煽った。


 オレたちに残されたのは、憎悪の炎に燃やされて全滅する道のみになった。


 そんな中で、オレは常に姉御の側に付き従い、護衛官としての役目を果たしていた。ケンカ以外に能がないオレには、ただそれしか出来なかった。


 アニメートで操られた死体の軍勢に、人間たちは一時的には怯んだ。

 だが、それはやがて克服され、やつらは血の涙を流しながら動く屍の群れを撃破するようになった。


 その後はもう手がつけられなかった。

 人間たちの軍勢からは一切の容赦が消え去り、王都からの増援の他、各地から義勇軍が参加してその数が膨れ上がった。


 ……こういう話は、いつかクークラにもしなければならんな。


 あれは考え方が合理的で、その点が悪いとは全く思わないし、そもそもオレは魔術に関しては全く何も分かっていないので、アニメートの使用それ自体に口を出すつもりもない。

 しかし、あれを死体に施すことが「邪法」と言われたのは、経験上、よく分かる。


 世の中には、合理的に見えても決してやってはいけないということもある。

 それは、あの戦争を生き延びた身として、やっぱりクークラには伝えておかなければな。


 すまない、話がそれた。


 ともかく、ヴァーディマのアニメートをきっかけに、人間たちの軍はその数を大きく膨らませた。

 権力者達の様々な思惑もあっただろうし、統率も取れなくなりそうなものだったが、しかしそこに勇者という存在があった。

 やつを旗頭に、勇者後援会がその組織力を発揮して人間たちの群れを一個にまとめ上げていた。

 

 巨大な軍勢が、一丸となってオレたちに襲いかかってきたんだ。


 アニメートの戦術的な勝利など押しつぶされて、再びオレたちは敗走を重ねる。

 血を流しながら。逃げに逃げて。

 下の大地の南東にある迷いの森に逃げ込み、そこにあった旧い砦を占拠した。


 後に魔王砦と呼ばれるようになる、オレたちの最後の地だ。




03.破滅への道


 森は、その名の通り入り組んで複雑で、大きな軍隊が動くには向いておらず、それだけでも一息つけたのをよく覚えている。

 たいそう昔には他国との国境線を護っていた重要な軍事拠点だったというのは後で知ったが、砦自体もかなり堅固で心強かった。


 すでに士気も何もない、数を減らしながらただただ必死で逃げ回り続けていたオレたちだ。それでも暫くの間、戦死者もほぼ出さずに立てこもることが出来たあたり、あれは本当に良い砦だった。


 あの砦で過ごした日々は忘れ得ない。

 カニエーツ戦後、死と隣り合わせだった中で、ほとんど唯一のゆっくりと眠ることが出来た場所だ。

 この頃には、姉御はもういかにしてプリームラ(ハク)を逃すかだけを考えていた。

 自分たちの全滅は仕方がない。

 だが、この子だけは。

 北の地で発生し、私が見つけ、私が育てたこの子だけはなんとか生き延びさせたい。

 その想いを、どうにかして人間側に伝えたいと思っていたようだった。

 

 姉御が嬢ちゃんに氷結晶の手ほどきをしたのもこの時期だ。

 基本的なことはそれ以前にも伝えていたようだが、具体的な作成法やコツなんかはあの砦で行った。


 とは言え、別に平穏な日々だったわけじゃない。

 城壁の外には敵兵がいっぱいで、常に見張りは必要だったし、森は木を切り払われて道が作られ、軍隊が動きやすいように開発されていった。逃げるオレたちを追う必要が無くなったから、時間をかけてじっくりと戦力を充実させて、ひともみに揉み潰す。


 軍隊が動き始めたら、それで終わり。その最後の一瞬の平穏だった。


 オレたちは、ここが最後の場所だとは分かっていた。

 所詮は援助のない籠城戦。言い換えればただの悪あがきだ。


 だが、それでもあの……静かとすら言える最後の日々は今でも懐かしく思い出す。


 オレたちも、全滅は覚悟の上で最後の反抗を決め、できるだけ多くの敵兵を道連れにしてやると身構えていた。ヴァーディマの意気込みたるや、それは凄まじかった。ただただ、かたきを討つこと、敵を殺すことしか考えていない。砦内に残されていた鎧や武器にアニメートを施す準備を着々と進めている姿は、もはやオレから見ても悪魔のように感じたな。


 だが。

 予想していたような大軍の動きは、結局なかった。


 単騎で乗り込んできた勇者が、姉御の首を落とした。


 そのカリスマ性を持って内部をまとめていた彼女を失ったあと、オレたちの決死の覚悟なんてあっさりと消え失せ、あとはもう三々五々、散り散りになって逃げ出すしかなかった。



 

 04.戦いの末


 とは言え、城壁の外は軍隊に囲まれている。

 人数的にもそうだが、何よりも精神的な大黒柱だった姉御を失ったオレたちに組織的な撤退戦などできるはずもない。生き残っていた仲間の殆どが捉えられ、殺された。


 特にヴァーディマはひどかった。

 姉御の死によって戦意を失い、落とされた姉御の首を抱きかかえて茫然自失になっていたあいつは、なだれ込んできた兵に捉えられて、数日に渡って苦しめられ、命を失った。


 もっともそんなヴァーディマの最後も、オレは後になって知った。嬢ちゃんは目にしていたようだが、それはつらい体験だったと思う。

 だがオレは砦内外の地獄を尻目に、一人で、自分の身だけを護って、なんとか包囲を切り払って脱出した。

 生き延びたのは他にもいるが、それはごく少数だった。


 その後、オレは身を隠しながら各地を放浪した。

 北の地にも逃げ帰ろうとしたが、同胞たちは頑としてオレや他の生き残りを受け入れなかった。わずかながら人間との交流がある鉱山地帯とのやり取りで情報を得たのだろうが、とにかくオレたちは災厄を呼ぶものとして追放された。


 それから100年だ。

 過去のことではあるが、オレはあの日々を昨日のように感じているし、今なお自責の念が強い。


 最大の後悔は、姉御を……愛した女を護りきれなかった事だ。


 ゲーエルーが一息ついたタイミングで、ルサが一言挟んだ。


「ゲーエルーさんは、勇者を恨んでいるのですか?」

「……恨みもある。だが、冷静に考える自分もいる。ヴァーディマがアニメートを使った時点で、オレたちも人間たちももうタガを外していた。人間の側に立つ勇者が、最も被害を少なく状況を収めるには、姉御の首を取るのが最善の策だったのは理解している」

 ゲーエルーの語り口は淡々としていて、激しい感情は感じさせない。

「捕らえようと思えば捕らえられたであろう。しかしヴァーディマの悲惨な死に様を知った後ならば、姉御の首を一刀で落としたのも、ヤツの慈悲だったのかもしれないとすら思う。嬢ちゃんへの対応を見る限り、ヤツは復讐に酔っているわけではなく、とにかくもっとも穏便な形で戦を終わらせる道を求め続けていたのだろう」

 ゲーエルーは一度言葉を切る。

「だがなぁ……」

 そして、目に熱い光が点った。

「だが、そう思ってもなお……ヤツはオレの目の前で姉御の首を刎ねた」

 歴戦の猛者であるルサですら、ゲーエルーが発する殺気に怖気を感じた。

「それについては、理解できるが、理解するつもりはない。ただオレはやつを許せないし、姉御を護りきれなかった自分自身を許していない」


 ルサはゲーエルーの長い独白を聞き終え、ため息を付いた。

「ゲーエルーさん、あなたは自分で過去に執着していると言いました。その上で今なお、剣の腕を磨いていると。……あなたは、100年前から今に至るまで……」

 ルサは言葉を続ける。

「魔王砦の最終決戦でミティシェーリを護りきり、ともに逃げ出す方法を探っているのですね」

 ルサの質問に、ゲーエルーは肩をすくめた。

「過去は変えられない。それは分かっている。だが、ルサさん。あなたの言う通りだ」

 ゲーエルーの声に、普段の明るさが戻った。

「オレ自身も考えがまとまっていなかったから長々と話してしまったが、さっきの質問の答えがそれだ。姉御はオレにとって、そういう存在なんだ」

次回


キキさんのアルバイト蛇足の話:お見合い編 06 「館のやり方」


2023年8月24日投稿予定。

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