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蛇足の話:お見合い編 04 「過去」

ゲーエルーさんの過去話になります。

なんというか、氷の種族の中でもヤンキー気質な集団が下の大地に降りてきた……というような感じ。



01.ゲーエルーの心


 意を決したルサの告白に、場にはしばし沈黙が降りた。


 ドアの外では、キキさんとモコが、お互いの心音が大きくなっているのを意識した。

(キキ先輩、なにドキドキしてるんですかぁ……)

(お互い様でしょう。ルサ先輩、まさかこんな切り込み方をしてくるなんて)


 沈黙を破ったのはゲーエルーだった。


「……正直な話、一回りも年の離れた(二人の年の差は120歳くらい……人間の時間感覚に直すと12歳くらい)女性から好かれることがあるとは思ってもいなかった」

 頭をかきながら、ゲーエルーは続ける。

「まあ、今まで下の大地を逃げ回りながらの生活で、どこかに腰を据えて暮らしたこともなかったから、女性との出会いもなかったが……」

 その言葉に対し、ルサはきっぱりと言った。

「それは、私の想いとはあまり関係がありません。重ねてすみません、否定でも構いません。ただ、答えだけはお聞きしたいです」


(先輩……突っ走り過ぎでは……)

(ルサ先輩っぽいとは言えますけどぉ……ハラハラしますねぇ……)


 切り込んでくるルサに対し、ゲーエルーは言葉を選びながら訥々と答えた。

「正直に言って、自分は今まで人間たちに追われ、故郷に帰る事もできず、腰も据えずに各地を点々としながらただ過去への後悔を抱えて……それでも剣の腕を高めたいとだけ思って、流れるままに行きてきた」

 ルサは黙って聞いている。

 自分の告白に対し、ゲーエルーが、真摯に受け答えてくれていると理解したから。

「オレは、その生き方を変えられるとは思っていない。少なくとも、他人の人生を受け入れるような覚悟など、想像すらしたことがなかった」

「時代は変わりました。あなたを戦争犯罪者として追ってきた国教会は、すでにその力を失っています。それでも、過去に囚われますか?」

 ルサの問を受け、ゲーエルーが言葉に詰まる。

「それに……」

 ルサは、覚悟を持って問いを重ねた。

「あなたが今も護っているものこそ、あなたを過去に執着させているのではないですか?」


(ルサ先輩……ゲーエルーさんが護るもの……ミティシェーリの話題にはまだ触れないほうが……)

(……そうは言いきれませんよぉキキ先輩。愛を勝ち取るためには、いずれ超えなければいけない話です。ならば最初から織り込んだほうが……)


 ゲーエルーは、一つ大きく呼吸をしてから、静かに答えた。


「確かに、姉御……ミティシェーリはもうずっと前に死んだ。オレの過去への後悔は、彼女を護りきれなかった事に集約する」

 ゲーエルーの言葉を、ルサ(と外野二人)は静かに聞いていた。

「普通に考えて、過去に囚われるのは良いことではないのだろう。だが。オレはそれを忘れることはない。姉御を護りきれなかったこと。オレは死ぬまで自分を許すことはないだろう」

 

 しばしの沈黙。


 ルサがゲーエルーに聞く。


「ミティシェーリは、ゲーエルーさんにとってどのような存在だったのでしょうか?」

「そうだな、オレにとって姉御は……一言では語れないと思うが……」

「聞かせてください。私は、あなたの口からそれを聞きたい」

「そうだな……。まずはどこから話したものか。……やはり最初からだな……」




02.ゲーエルーの過去


 オレと姉御は、100年に一度も無いような大吹雪の一部に魂が宿った存在として、ほとんど同じ時期に発生した。いや、姉御のほうがほんの少し先に顕現したが、歳はさほどかわらん。

 北の地では幼馴染として育った。

 仲が良かったのは他にも二人、歴史にも名前が残っているアニメート使いの女術師ヴァーディマと、もう一人、ムッシーナという男が居た。

 ムッシーナは国教会の「戦史書」に名前が出なかったからあまり知られていないかも知れない。オレも戦史書では大した扱いではなかったがな。

 ムッシーナは戦士としては平凡だったが、策を練ったり、補給を考えたり、ともかく参謀方として優秀な男だった。


 ヴァーディマとムッシーナは幼い頃から好きあっていて……まぁ、オレと姉御もそれに近い関係にあった。

 しかし姉御は北の地に居た頃から人気があった。

 華やかで、明るくて。

 だから、オレが独り占めするわけにも行かず……ぶっちゃけた話をすると、二人きりでイチャイチャできるヴァーディマとムッシーナを羨ましく思ったこともある。

 

 オレは姉御のようなカリスマ性など無く、ヴァーディマのような特殊な術を使えるわけでもなければ、ムッシーナのように頭がいいわけでもなかった。

 ただ、とにかく喧嘩だけはバカみたいに強かったから、いつも姉御のそばに付いて、その護衛役を買って出ていた。

 姉御にも重宝されたし、その役をこなすのは幼い時分のオレの誇りでもあった。


 長じて姉御が氷結晶を作り始めると、その人気は鰻登りに高まった。

 

 氷結晶目当てに、あるいは姉御目当てに氷の種族の若いのが集まって、いくつものグループが結成された。


 姉御の護衛役の重要性は、日を追うごとに大きくなっていった。なんせ姉御にアピールしようとバカをやったり、思い余ってかっさらっていこうとするヤツまで出る始末だ。今思えば、みんな若かったな。

 もっとも姉御を中心にオレたちが集まることに、当時の大人たちはいい顔をしなかった。

 何故ならばオレたちは社会の中でも真面目な方ではなく、むしろイキがっている奴らが多かったからだ。


 グループごとに分かれて、事あるごとに喧嘩したり、周りに迷惑をかけたり……良識派の大人たちが顔をしかめるような、社会からちょっとはみ出しかけた、そんな集まりだったんだ。

 そしてその中心に姉御がいたわけだ。


 そんな集団だったから、逆に当時の大人たちへの反感も強かった。

 オレも、取り繕ったすまし顔で、正論の説教をしてくるような大人たちは嫌いだったし、反抗もした。

 今思えば、そういう人たちはまだオレたちのことを考えてくれていたんだろうな。普通は関わらず、無視する。目に余る実害が出るようになれば権力なり暴力なりを使って制圧する。それが普通だ。

 この年になると、それがわかる。

 

 しかし、オレたちは若かった。

 大人たちの忠告に耳を貸す気なんてサラサラなかった。

 むしろ、大人たちがやれと言ったことはやらず、やるなと言ったことをやった。

 



03.氷結晶


 そんななかで、氷結晶を身に付けていると、下の大地の熱気でもオレたちの核が溶けないことが発見された。

 これは姉御の気を引こうとしたバカが、軽々しく命をかけて確かめてきたことだったんだがな。


 それを知った大人たちは、オレたちに氷結晶を持つことを禁じた。

 下の大地に行くことを禁じたんだ。


 その後の結果が結果だけに、先を見越した正しい意見だったのだろう。しかし高圧的に出られ、オレたちは憤った。

 下の大地への興味はもちろんあった。オレたちの中でも比較的真面目な連中には、下の大地へ行ってこちらにはない文物を持ち帰って大人たちをギャフンと言わせてやろうと思っていたのもいる。

 しかし、下の大地へと降り立った大多数は、反発心から氷結晶を胸に下げただけの連中だった。


 姉御を含めたオレたちのグループは、その中でも先陣を切って北の大地を降った。


 最初は、下の大地との人間たちともそれなりに友好に接していた。

 先日、あのBARでも飲んだ「望楼」なんかも、この頃によく飲んでいた。


 思えば、あの頃が一番楽しかったな。

 今でも、時間を巻き戻せないものかと、本気で思うことがある。


 自分の肉をかきむしりたくなる衝動にかられながらだが。


 まあ、それはともかく。

 オレたちの後からも、いくつものグループが北の大地からゾロゾロと降りてきた。さっきも言った通り、社会からはぐれた血の気の多い集団も少なからずあった。

 振り返ると、最初の時点でそいつらをきっちりとシメて、大人しくさせておけば良かったんだ。

 オレたちのグループは降りてきた中でも最大の規模だったし、何より 氷結晶の作成は姉御にしか出来ない。そのあたりで上下関係をしっかりさせて、下の大地の人間たちと揉めないことを掟としておくべきだった。


 だが。

 当時のオレたちは、何よりも自由を重んじた。

 外から命令されるのを絶対悪と思い込み、そのくせ他者を踏みにじることに関しては鈍感だった。 


 北の地ですら跳ね返りの爪弾き者だったが、それでもまだ同胞としての共通認識があった。なんというか、やらかしても、それでもいわゆる「落とし所」と言うやつはなんとなく分かっていた。

 しかし下の大地ではそれすらない。


 言い訳になるかも知れないが、姉御はその問題を認識していたし、もっとちゃんと連絡を密に取り合い計画立てて人間たちとの交流を図ろうとしていた。だがそういう危惧は、姉御を長と仰ぐオレたちのグループですら希薄で、姉御の考えともあまり真剣に向き合わなかった。


 当然、事態は悪い方向へ進んだ。


 別のグループが人間たちと対立し、それが飛び火する形でオレたちも人間に襲われた。




04.戦争への道


 すれ違いや誤解も重なって、結局、オレたちと下の大地の人間たちは、抜き差しならないところまで行った。


 さっきも言ったが、文化や歴史を共有していれば、その共通理解から「落とし所」を探ることもできる。

 だが、それまでお互いほとんど見たことも無いような相手だ。もっている常識からして違う。もっと深く交流していたら……単なる異種族ではなく、隣人として、友人としての関係を築けていたら話は違っただろうが、そうなるには時間も意識もまるで足りなかった。


 話し合いで防げたはずの小競り合いも、あっという間に血の流れる惨事になる。それがいたるところで同時多発的に起きていた。


 人間たちも死んだが、オレたちも仲間が殺され、復讐に酔った。


 そして戦争が始まった。


 戦争とはいっても、最初はこちらのグループがそれぞれに起こした喧嘩の延長だったし、人間たちの方もその土地土地の自警団が対応するようなレベルだった。

 

 そういう散発的な戦闘では、オレたちは負け知らずだった。

 なんせ一人ひとりの戦闘力が違う。オレたちが操る冷気は、人間たちをたやすく凍死させる。こちらでは兵士ですら無いチンピラでも、向こうからしたら昔話に謳われる氷の悪魔だ。


 はっきり言おう。

 オレたちはこの時点では調子に乗っていた。人間たちを殺すことを楽しんですら居た。嬢ちゃん……いや、ハクなら当時の空気を覚えているかも知れない。ミティシェーリにくっついてきただけの子供からは、狂っているようにも見えただろう。

 姉御は人間たちとの相互理解に努めたいと思っていたが、ある時点からそれを諦めた。

 もう、戻れないと覚悟を決めたんだ。


 そんな調子で、オレたちは「自由」を謳歌した。


 だが、時間が立つに連れて人間たちは団結し、組織的に動くようになった。

 そうなると奴らは強い。数が圧倒的に多いし、連携も上手い。そもそもここは彼らの土地だ。気候も、地形も、補給も、全ては彼らのものだ。

 逆にオレたちは、誰かの指示に従うことすら嫌がるような有様だ。


 色々と上手く行かなくなって、グループごとに別れていたオレたちも各個撃破を恐れ、自由という建前すら保てなくなって、ついに集合し始めた。


 その流れで、カニエーツで人間たちの軍隊と初めての全面衝突をした。


 カニエーツは勇者が頭角を表した最初の戦場だ。ハナからやつは姉御を狙ってきた。どんな戦略眼を持っていたのか知らんが、やつはオレたちが何でまとまりを保っているのか正確に見抜いていたんだな。

 結果は知っての通り。

 集合したとは言え命令系統すら定かではない、個人個人の戦闘力に頼んだだけのオレたちを、人間たちは犠牲を出しながらも着実に削ってきた。

 士気も高かった。

 ただ大人たちへの反抗を「自由」などという言葉を盾にして降りてきたオレたちと違って、向こうは侵略者を排除するという明確な目的とモチベーションがある。

 戦線なんてものはすぐに破れて、オレたちは姉御を護りながら敗走した。


 認めたくはないが、この時点で姉御の首を差し出していたら、あるいはオレたちは早々にバラバラになって、落ちるところまで墜ちる前に北の地へと逃げ戻っていたかもしれん。カニエーツはまだ北の地に近いし……何よりも……。


 ヴァーディマが狂う前だったからな。


次回


キキさんのアルバイト蛇足の話:お見合い編 05 「邪法」




2023年8月17日投稿予定。


お盆なので、少し早めに投稿するかも知れません(出来たらいいな……)

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