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蛇足の話:お見合い編 01 「お見合い(計画)」

飲み会をしていた(?)前章から引き続き、次はお見合いをする話です。


書き溜めた量に不安があるので、しばらくは週一回の更新にしようと思います。

ある程度先が見えてきたら、また週二回の更新に戻す予定です。

01.飲み会の次の日


 ゲーエルーが勇者と対戦した時点より、三日ほど時を遡る。


 BARブレイブハートでの飲み会が行われた次の日の朝。

 雲ひとつ無い晴天で、初春の空気はピンとして冷たい。


 館の中庭。

 その中央ではゲーエルーが愛用の剣を振っていた。

 動き自体は基本の型なのだが、その動きは力強くも正確無比。剣の心得がないものが見ても、その素振り一つで彼の実力の確かさを感じられるだろう。

 ハクがその近くで見守り、クークラも間近で見学している。

 ハクは心配そうな顔をして。

 棒術の心得を持つクークラは真剣な表情で、彼を見守っていた。

 そして。

 そこから少し離れた所に置かれたベンチには、キキさん、ルサ、そしてモコが座ってゲーエルーの鍛錬を眺めていた。


「凄いな……」

 と、ベンチの中央で足を組んでいたルサが思わずつぶやく。 

 それにキキさんも応じる。

「魔王砦跡でゲーエルーさんの鍛錬を見たことはありましたが、今日のはちょっと気の入り方が違いますね……」

 モコも見入りながらため息をついた。

「一緒に旅をしていて、実力者だとは思っていましたけどぉ。なんなんですかこの人……」

「昨日の飲み会でマスターと出会ったことが刺激になっているのかもしれませんね」

 キキさんの考察に、ルサが答えた。

「わだかまり無く話していたように見えたが、やはり戦場で出会った間柄なのだろうし、色々と思う所もあるのかもしれないな」

「……まぁ、昔話に花を咲かせたのであれば、それは良い再会だったのかもしれませんけどぉ」

 会話に割り込むように、モコがボソっと言って、キキさんの顔をジト目で見た。

「キキ先輩、結局、ルサ先輩とゲーエルーさんの仲はぜんぜん進まなかったんですね?」




02.飲み会反省会


 モコの批判がましい言葉に対し、キキさんは目線をそらし、小声で反論した。

「だ……だって仕方がないじゃないですか。今回はゲーエルーさんたちとマスターの引き合わせも兼ねて、と思っていましたし、まさかそちらの方があんなに盛り上がるとは想像もしていませんでしたし……」

 モコはため息を付いて肩をすくめた。その少し芝居がかった態度に、キキさんはムっとした表情をする。

「キキ先輩の気持ちもわからないわけではないですけどぉ。やっぱりここはルサ先輩とゲーエルーさんの事に集中するべきだったんじゃないですかぁ? まあ、キキ先輩は人付き合いが苦手な方ですから、そんな二重の意味をもたせる飲み会の幹事なんて、少し荷が重かったんじゃ?」

 挑発的に言うモコに対して、今度はルサが割って入る。

「モコ、まあそう言うな。キキにはキキの事情がある。それに、昨日の飲み会は良い場だった。ゲーエルーさんの笑顔を見れただけでも私は満足だったよ」

 モコはそれには反論せず、三人は再びゲーエルーの方を見た。

 彼の鍛錬は続いており、その迫力は衰えることがない。


 しばらくして、再びモコが口を開いた。

「飲み会では普通に話していたのでしょうが、しかしそのマスターってもともと宿敵のような関係っぽかったんでしょう? 刺激を受けた……というだけにしては、ちょっと鬼気迫るものがありますよねぇ? まるで、決闘でもするかのよう」

「……まさか……ねぇ?」

 キキさんが否定するが、その声は力強さが欠けていた。決闘という言葉を否定しきれない程に、ゲーエルーの鍛錬には熱が籠もっていた。

 三人とも否定も肯定できないまま、またしばらく無言の時が過ぎ。

 そして、モコが言った。

「とにかく、次の手を打ちましょう?」

「……何か考えがあるのですか?」

「えぇ、腹案が一つ」

 ルサは、ゲーエルーの鍛錬から目を離さずに後輩たちの会話を聞きながら、内心で「なんでこいつらはこんなに熱心なんだろう?」と不思議に思った。

 そんなルサの思いなど知る由もなく、モコが唇の端を少し上げて笑う。

「私も、長いこと人間社会の中を旅してきましたしぃ、その中で知った風習にもってこいのものがあります」

「それは、どんな?」

「人間たちが、お見合いと呼ぶ儀式です」




02.お見合い……とは?


「お見合い?」

「お見合い」

「なんか、聞いたことはあるな……」

「まぁ、私たち“人ならざる者”の文化には無いものですしぃ、実際に私もその儀式に立ち会ったことはありません」

「じゃあ、モコも詳しく知っているわけではないのですね?」

「一応、概要は把握していますよぉ。お見合いとはですねぇ……」

 モコが二人に対して、人間たちから聞いたり文献で読んだりしたお見合いの知識を説明する。


 お見合いとはですねぇ、簡単に言うとお互いに見知らぬ男女を、共通の知り合いである年配の者が仲介して引き合わせ、結婚を前提としたお付き合いに発展するかどうか様子を見る、という人間独自の儀式ですぅ。

 具体的には。

 まず仲介者がお見合い希望の男女数人の履歴書を預かります。そして人柄や家柄を勘案して適当と思える相手をピックアップします。

 ピックアップした男女の親に、仲介者は「こういう人がいる」と紹介し、その上で双方が顔合わせを望んだ場合にそれぞれの身内など関係者を個室に集めて歓談の後、仲介者と親族達が退席して、その男女を二人っきりにして経過を観察する……という感じのようです。当人たちは主に趣味のことなどを話し、また仲介者たちが席を外す際には「ではあとは若い人たちに任せて」と言い残すのがルールのようです。

 ルサ先輩とゲーエルーさんは見知らぬ仲ではないとは言え、双方に顔が利く私とキキ先輩が仲介するのにはなんの不自然さもありません。何よりも、カップルを成立させるための儀式です。人間の文化とは言え、これに乗らない手は無いです。


 妙に自信あり気なモコに、キキさんも頷いた。

「確かに、我々の目的達成のためにはこれ以上無いくらい合っている儀式ですね」

「でしょう? 確かに飲み会のような場で少しづつ仲を深めるのもいいですが、ルサ先輩もゲーエルーさんも、むしろこういうわかりやすいやり方の方が合っていると思いますよぉ」

「それにしても……」

 ふと、キキさんが腕組みをして言った。




04.次の方針


「寿命の短い人間たちが、あれだけ繁殖したのは、そういう風習にも支えられていたのですかね?」

「……そうですねぇ、それは多分、因果が逆だと思いますぅ」

「逆?」

「はい。人間は、寿命が短いからこそ繁殖力を高く保たねばならないんです。だから、風習があるから繁殖力が高いのではなく、繁殖力を高めるために必然的にお見合いのような風習が生まれるのだと」

「なるほど」

「それに、お見合いは別の土地に住む男女を引き合わせるので、血が濃くなるのを防いだり、異なる文化圏を交わらせたりと、良い所も色々とあるんですぅ。社会的動物である人間たちの生存の知恵なんだと思いますぅ」

「なるほどなぁ。……いや、他人事のように言ってしまって悪いけど、私はまだ色々と実感が持てていないんだが……しかし、お前たちが一生懸命に応援してくれているのはありがたいと思う。ともかく、その社会的動物である人間には私たち“人ならざる者”とは違った知恵も多い。それを取り入れるのも良いだろうな」

 それまで聞き手に徹していたルサが、モコの提案を受け入れ、次の作戦は「お見合い」に決まった。

 三人が話し合いをしている間にゲーエルーは鍛錬を終えて、ハクから受け取った水筒を口にしていた。


 その三日後。


 ゲーエルーが、腰を抜かして立つことも出来なかったハクを背負って朝帰りした事など騒動もあり、お互いの準備が落ち着くのを待って、十日ほど後にお見合いの場がセッティングされる事になった。




05.お見合いについての情報収集


 ルサとゲーエルーのお見合いを決定し、モコやキキさんが中心となって準備が始まった。

 とは言え、キキさんはお見合いという習慣自体を知らなかったし、モコもその場に立ち会ったことはない。

 準備は、まずはお見合いとはどのような儀式なのか、その情報収集から始めねばならなかった。


 キキさんとハク。モコとクークラの組に分かれて、森の周辺の街で聞き込みの調査を始めた。幸いにもキキさんがよく行く手芸用品店のおかみさんが世話好きで顔が広く、世話人……つまりはお見合いの仲介役を努めたこともある人物で、キキさんは布を購入しながら世間話を始めた。

 そこからはかなり具体的な「お見合い」の情報を得ることが出来た。


 基本的にはモコが得ていた情報から大きく外れることはなかったが、より鮮明になったこともある。


 まず、男女それぞれが持ち合う履歴書のようなものは「釣書」と言うらしい。お見合いを望む複数の男女が世話人にこれを預ける。

 お見合いの仲介を頼む人……その多くは当人たちの親……が来ると、世話人は当人たちの条件や家の釣り合いなどを考慮して、複数管理している釣書の中から相応しいと判断した異性をピックアップし渡す。

 依頼人はお見合いを希望するかしないかの意思を当人に確認し、お互いがお見合いを臨んだ場合にのみ顔合わせとなる。

 お見合いの実施が決定すると仲介人には幾ばくかの紹介料が支払われるのが普通だが、仲介はお金目的ではなく善意と使命感で行うもの……と、手芸用品店のおかみは力説した。

 お見合い自体には当人と双方の親たち、そして世話人が同席し、初顔合わせで双方が交際の継続を望めば結婚を前提としたお付き合いがスタート。

 気に入らない場合でも、相手に直接拒否を伝えるのではなく、仲介人を通してお断りの連絡を入れることができるようだ。

 最初のお見合いで成婚に達する例は少なく、何度かのお見合いを経て合う合わないの感覚を育て、やっとゴールインする事が多いともいう。


 モコは「民間の風習」と言っていたけど、これは思っていたよりもシステマチックな儀式ですね……と、キキさんは思った。


 おかみさんは、お見合いのメリットや世話人の重要性、人間社会の成り立ちなども言い立てていたが、それは戦後以降若い人たちの結婚感が変化して、相手を自分で見つける「恋愛結婚」を望むようになったことや、田舎から都会へ行く人が多いためにお見合い自体が成立しにくくなり、世話人として築いた人脈に陰りが出てきた事などへの裏返しでもあるようだった。

 

 キキさんと一緒に来ていたハクに、おかみは「お嬢さんもまだ未婚かい? キキさんにはよく糸や布を買ってもらっているし、よければ相手を探してあげるよ」と食指を伸ばし始め、挙げ句に「あ、キキさんもまだ独身かい?」と聞いてきたあたりで、キキさんも流石に長居しすぎたと話を切り上げて退散した。


 キキさんが贔屓にしてるだけあって良い人ではあるのだが、どうも世話人としてのプライドや自己実現欲求が強すぎるようだ。「お見合い」とは、自分たちが想像していた以上に社会に浸透しているシステムなのだろうとキキさんは判断した。




06.お見合いについての計画立案


 館に帰り、キキさんとは違う場所で活動していたモコたちと、集めた「お見合い」に関する情報を持ち寄って検討した。

 その結果、今回のルサとゲーエルーのパターンでは一般的なお見合い……つまりは見知らぬ男女が仲介人の紹介を通して相性をチェックしたのちに結婚を前提とした付き合いに発展する……という形式には当てはめにくいと判断した。

 ただし、そもそもお見合いは完全に決められた手順というものはなく、仲介者によってもやり方の違いがあるようだった。


 ならば、「お見合い」の形に近づけてルサとゲーエルーの仲を取り持つ……のではなく、二人の仲を近づけさせるために「お見合い」の形式をアジャストしよう。


 方向性を決めたキキさんたちは、持ち寄った情報を元にどんどんとお見合いの計画を立てていく。


 本来ならば、複数の男女のプロフィールを一括管理するための「釣書」も、今回はお互いの紹介状という機能を中心にして、ルサに関してはアピールポイントを盛ろう。


 普通のお見合いは当事者の家ではなく、個室のある料理店や旅館などの待合室を使って行われるが、今回はこの館で。

 ただ、円卓の間はやや広すぎる上に日常的に使っているので却下。

 普段はほとんど出入りがない客間を使用して非日常感を演出し、ルサの一方的なホームである感じを緩和して中立性を高める。……とは言え、真の目的は「ルサの恋心を成就させる」だし、館である以上ルサの緊張感は減るだろう。


 式次第はキキさんとモコで用意。振る舞われる料理と参加者の衣装などはキキさんが担当。部屋のセッティングや演出などはモコが行う。ハクとクークラはゲーエルーの付き人役に専念。ルサには当然キキさんとモコが付く。


 なので司会進行は……。


 クークラの「アニメート」で状況判断まで可能になった少女人形に行ってもらうことにする。


 計画や役割分担が決まってからは、それぞれが決まった仕事をこなしていった。

 キキさんもモコも、ハクもクークラも。

 資材や食材の調達や服の仕立て直しや、ゲーエルーやルサへのお見合い実施に関する伝達と意思確認、そして釣書作成の依頼。

 出来上がってきた釣書の校正、推敲。

 会場の設営に飾り付け。外に見える景観まで整え、付き人控室なども整える。


 お見合い当日の前夜まで、館の中は慌ただしい空気の中で過ぎていった。




07.お見合い前夜


 夜。窓の外に丸く大きな月が見える。

 その月明かりに照らされながらルサは立っていた。着ているものはパンツスーツ。キキさんが縫製を終えたテーラードジャケットにストレートパンツを組み合わせ、チェスターコートを羽織っている。

「なるほど……飾り気は無いですがぁ、シックな感じがルサ先輩にあってますねぇ……黒に近い紺色も、金の髪と瞳の綺麗さを引き立てています。キキ先輩の服飾技術も随分と上達しましたねぇ」

「ええ。今回は室内でのイベントなのでコートはおまけ程度ですが、この組み合わせはルサ先輩に合うと前々から考えていたんですよ。逆にスカートはあまり似合わなさそうではあるのですが……」

「なあキキ。とりあえず試着はもう良いだろう? ……まあ、この服は良いな。生地も仕立ても上等だし、シンプルなデザインも私好みだ。ありがとう」

 ルサはコートをハンガーラックに掛け、着席した。

 館の客室の一つ。

 明日のお見合いでは控えの間として使用する予定の部屋で、テーブルなどを設営している。衣装部屋も兼ねており、ハンガーラックにはルサのコート以外にも、今回のために作った服が何着か掛けられていた。

 

 お見合い前夜。

 仕立てた衣服の試着とチェックを含めた最後の打ち合わせを、彼女たちは行っていた。

 慌ただしかった準備期間も終え、落ち着いた空気が彼女たちを包んでいる。


 そこに、やや騒々しい感じでドアを開けてハクが入ってきた。

「お疲れ様です。ゲーエルーさんに頼んでいた釣書、やっと提出してくれました。これからチェックと推敲に入ります」

「お疲れ様ハク。……ああ、ルサ先輩は、一応この釣書は見ないでくださいね。明日のお楽しみという事で……」

「わかってるよ。お見合いってのはそういうものなんだろう?」

「ええ。見様見真似で、しかも色々とアジャストしてしまいましたが、それでもお見合いはお見合いとして成立させたいと思っていますので」

「キキ……なんかお見合いそのものに、変に入れ込んでないか?」

「ええ、自分でもちょっと意外ですが……とは言え、私が話を聞いてきた世話人の人も、お見合いの仲介をすることに並々ならぬ熱意を持たれていましたし、意外と人を熱中させる何かが「お見合い」にはあるのかもしれません」

「わたしが聞いた話だとぉ、当人たち以上に周りの人間が意欲的になることがしばしばあるらしいですしねぇ。逆に当人同士は割と冷静なことが多いとか」

「……今回はそれに当てはまるのかもな。私とゲーエルーさんはいまいちよくわかっていない部分もあるし……さて、とりあえず今日はこれで部屋に戻るよ?」

「お疲れ様ですぅルサ先輩。明日はがんばってくださいねぇ」

「お疲れ様ですルサさん」

「今日はゆっくりお休みください先輩。……あのちょっと良いですか?」

 部屋を出ようとしていたルサに近づき、キキさんはそっと耳打ちした。

「先輩、明日はお互いのことをよく知るチャンスなのは確かです。しかし、ここで決定的な関係に発展しなくても、心配しないでください」

「……?」

「いよいよとなれば、“館でのやり方”で言うことを聞かせるという方法もありますから」

「(苦笑い)いやキキ。あれは外の人に押し付けるものではないだろう?」

「ええ。普通なら」

「……普通じゃないのか?」

「ゲーエルーさんは、ああいう頭の悪いやり方を、むしろ好むと思います。そしてルサ先輩なら確実に……」

 ここまで話して、キキさんは少しハクを意識して言葉を切った。

 そのハクは、小声で話されていた会話を聞き取れていないのか、反応を示さずゲーエルーの釣書に朱を入れ始めた。

「……ともかく、こちらにはまだ切ることができるカードがあるということです。なので、お見合いで焦ってボロを出さないよう」

「分かった。まあ何にせよ、仲を深めるために設定してくれた会合だ。それは大切にしたいと思うよ。……さて、それじゃ本当に戻る。おやすみ。ありがとうな」

 ルサが部屋を出て。

 キキさんとモコもそれぞれ自室に戻っていった。

 一人残ったハクが、校正した釣り書きを正式な用紙に清書し直しながら

「館のやり方ってなんなんだろう?」

 と、あくびをしながら首を傾げていた。


 こうして、お見合い前夜は更けていったのである。

次回「お見合い編 02 「お見合い(実施)」


更新は2023年7月20日(木)を予定しています。

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