蛇足の話:飲み会編 09 「対峙」
飲み会が終わり、次のステージへ。
バチバチと火花を散らす二人です。
01.カニエーツ
氷の種族の故郷「北の地」の近くには、小規模ながら鉱山がある。産出量は多くないが歴史は古く、他所ではあまり見られない希少金属の鉱脈もあり、小規模ながら幾つかの鉱山町が興っていた。
そんな、北の鉱山地帯への出入り口がカニエーツの街だった。
街の西は人の侵入を拒む「最果ての森」に閉ざされ、東南から伸びてくる主要な街道の端に位置するどん詰まりような立地で、当然ながら人口が多いわけではない。しかし時代による盛衰も無い、古くからある田舎町だ。
先年にクーデターが起こり、国は今なお内戦状態にあるが、その余波すらほとんど届かず、住民たちは国の先行きに不安を覚えながらものんびりと暮らしている。
カニエーツとはそんな街だった。
にも関わらず。
その名前は有名だ。この国に住んでいて、カニエーツの名前を聞いたことのない者は居ないだろう。
その理由は、過去の戦争の歴史にある。
百年前(氷の種族達の時間感覚を人間のそれに直しても十年近く前)。
北の地から降りてきた氷の種族たちは、下の大地の人間たちと軋轢を起こして戦争となった。
初期は小競り合いが散発的に行われていた程度だったが、幾つかのグループに分かれていた氷の種族たちが集結し、また人間側も中央の軍隊を大々的に遠征させて、初めて全面的にぶつかりあった決戦の場。
それがカニエーツだった。
歴史的な古戦場。
だが、カニエーツの名前を広めたのはそれだけではない。
後に魔王ミティシェーリを討つことになる「勇者」が、その名を歴史に刻んだのがこの「カニエーツの戦い」だったのだ。
街の名前を広めたのは、直接的には「国教会」と「戦史書」である。
戦時中には勇者を人間たちの旗頭として祀り上げてバックアップした「勇者後援会」。
その組織は、戦後には勇者を信仰対象にして「国教会」となり、バイブルである「戦史書」を編んだが、そこではこのカニエーツの戦いを重要な神話として載せていた。
そして。
カニエーツにはその古戦場跡を記念した広い公園がある。
中でも氷の種族たちが本陣を張り、少年だった勇者が切り込んで魔王ミティシェーリをあわやという所まで追い込んだ地点には大きな石碑が置かれていた。
現在。
まだ雪が残る初春の早朝。
薄暗く、人気のないその石碑の前に。
ゲーエルーは剣を携えて立っている。
02.説得
「嬢ちゃん」
ゲーエルーは呟くように呼びかけた。
彼の背後には、息の上がったハクが居た。
最果ての森の館からここまで、歩きではかなりの距離がある。
まだ暗いうちに館を出たゲーエルーを、ハクはこっそりとつけてきた。だが、バレバレだったようだ。
「ちょっと待って……」
と、ハクは深呼吸をして息を整える。
北の地にも近いこの土地の冷たい空気は、心地よくハクの肺を満たした。
「ゲーエルーさん……」
「見るのはいい。だが邪魔だけはしないでくれ」
ハクの言葉を遮り、ゲーエルーはピシャリと言った。
以前のハクならば、それだけで気圧されて黙ってしまっただろう。だが、彼女はゲーエルーの視線を受けとめて反論した。
「母はもう居ません。戦争はずっと前に終わりました。戦争は私たちから様々な物を奪いました。私は、あなたにこれ以上あの忌むべき出来事に拘泥してほしくありません」
キっと、ゲーエルーを睨む。
「あなたが戦争の恨みを引きずる事を、母は悲しむはずです。仇討ちを望むような人ではありません。それはゲーエルーさんが一番よく知っているはずなのに……!」
ハクの言葉には真剣さと、かつては持ち得なかった迫力があった。
だが、ゲーエルーは薄く笑って首を振る。
「今、オレがここに居るのは、戦争の恨みつらみを晴らすためでも無ければ、ましてや仇討ちのためでも無い。むしろ、それらとはもっとも遠いところにある想いだ」
怪訝な顔をするハク。
ゲーエルーは独白のように続ける。
「姐御のことは常に頭にあるが、この果し合いにはそれすら関係がない」
「……だったら、なぜ勇者様と……」
「オレはな、嬢ちゃん。生まれ落ちてからこの方、ただ剣を振るってきた。剣……とは言っても、最初は木の枝だった。だが、枝を使った戦いのごっこ遊びで、オレに敵うやつはいなかった。やがて枝は棒になり、姐御に群がるアホどもを追い払った。やがて木刀は剣になって、戦場で血を吸わせた」
「……」
「今。オレの剣の腕は絶頂にある。それがどれほどのものなのか。ただ一人、剣でオレに敗北を味あわせ、全てを賭けて護り通したかったものを奪ったあの男で、それを試したい」
「……そんなの……命をかけてまで……」
「城ちゃんにわかってほしいとは言わん。だがやめる気など無いし、命も賭けずに試せるものではない」
「母は……」
「姐御は止めんよ」
ゲーエルーは確信を持ってそう言った。
「確かに、これが仇討ちだと言うのであれば、姐御はあの世からでも戻ってきて、オレのケツを蹴っ飛ばしてやめさせるだろう。それは嬢ちゃんの言うとおりだ」
ゲーエルーは笑う。それは、ハクですら初めて見るような、邪気のない笑顔だった。
「だが、これは仇討じゃない」
一転して、ゲーエルーの表情が引き締まる。
「だから。姐御は止めん」
03.ハクの想い
「果し合いを止めるために、姐御の名前を出したのだとしたら、それは失敗だ嬢ちゃん。オレと姐御は生まれた時からの幼馴染で、その付き合いは嬢ちゃんとの母娘の関係よりもずっと長く、しかも戦場に共に立った程には深い。それに、嬢ちゃんが知らない子供の頃の姐御の記憶もある。姐御に関しては、オレは娘の嬢ちゃん以上によく知っている。だから、あの人は今のオレの心境を理解し、この果し合いを止めることはないと確信できる。当たり前の事としてな」
「……でも……」
ゲーエルーの答えを聞いてしばらく沈黙したハクが、絞り出すような声で言った。
「私はあなたに死んでほしくない……」
こぼれ落ちた、最初の一言。
その後は、本流のように言葉が溢れた。
「私はあなたに……ゲーエルーさんに死んでほしくない。護る以外の剣を振ってほしくない。母の友人として。母を護ってくれた人として。母が愛した人として。あなたは私にとっては叔父……いいえ、父のような存在なんです」
いつの間にか、ハクは泣いていた。
「私は、あなたに死んでほしくないんです」
ハクの心からの叫びに、ゲーエルーは苦笑いのような表情を見せた。
「最初からそう言えば良かったんだ、嬢ちゃん。姐御の名前など出さずに」
「だって……」
「嬢ちゃんの思いはしかと受け止めた」
言いながら、ゲーエルーはハクに近づき、手にしていた長剣を手渡した。
驚きながら、ハクはそれを受け止める。
その剣は、戦時中に敵から鹵獲したものだった。どの段階でぶんどったのかハクは知らないが、よほど気に入ったのか他の誰にも触らせなかった事を幼心に憶えている。
殆どの戦場で、ゲーエルーはこの剣を振るって戦った。
戦後も常に肌身離さず、国教会からの追手を撃退した戦闘も、殆どはこの剣で行われたはずだ。
ハクが持つにはその鉄の塊は重く、彼女は両手で柄を逆さに握り、切っ先を地面につけて保持した。
さらに一歩、ゲーエルーがハクに近づいた。
ハクは、剣は返さないという意思を示すように、身体をひねって剣をかばう。
だが、ゲーエルーの手は剣ではなく、ハクの頭に向かって伸びてきた。
何事かと、ハクは身を固くしたが、ゲーエルーの手のひらは、ただ優しくハクの頭をなでた。
04.剣
ゲーエルーは言った。
「嬢ちゃんの想いは受け取った」
「……じゃあ……決闘はやm」
「いいや止めん。だが安心しろ。オレも死ぬつもりはない」
ニヤリと、ゲーエルーが笑う。
「何より、嬢ちゃんを悲しませたらそれこそ姐御が化けて出る。……さて、そいつを持って、ちょっと下がっていてくれ。大事な相棒だ。後で返してもらうぞ」
ゲーエルーが軽口を言う……だがその顔には緊張の色が広がっていた。
彼の背後から異常な圧力を感じて、ハクは石碑の方を見た。
そこには男が一人、剣を手に立っていた。
まるで熊のような体格。
だが、今、その男が発している雰囲気は、熊のそれではない。悪魔か……あるいは神か。少なくとも人、いや生物に出せる剣気ではなかった。
ハクは本能的な恐怖を感じて、ゲーエルーの剣を持ったまま、慌ててその場を離れた。
そして、公園内の道路脇にある巨木の後ろに隠れるようにして、対峙する二人を見る。
ゲーエルーもまた、勇者に劣らない気を発していた。
と、彼の周りに冷気がうずまき始めた。
その足元の地面が白く凍りつき始め、溶けかかっていた残雪が氷へと変化する。
全身を取り巻く風が急激に冷やされて白く色づき、それはすぐに彼の右手へと集中し、ゲーエルーの右手からは青白い氷塊が生成されていった。
氷の刃。
次の瞬間にゲーエルーの手にあったのは、並みの鎧ならば安々と切り裂く、美しくも鋭い冷酷無残な凶刃だった。
氷の種族としての能力を全開にして作り上げるアイスソード。
戦時中ですら数えるほどしか使ったことのない、ゲーエルーの奥の手の一つ。
刃を手に、ゲーエルーが一歩だけ踏み出す。
それに応えるように、勇者が僅かに構えを変える。
まだ、二人の距離は遠い。剣が届く間合いではない。
だが、ハクの意思と関係なく。
戦いは既に始まっていた。
次回 蛇足の話:飲み会編 10「決闘」
更新は2023年7月6日(木)を予定しています。




