蛇足の話:飲み会編 05 「飲み会」
飲み会の会場である「BAR ブレイブハート」へ。
基本的にロマサガのシステムに影響を受けている本作。
「地図の魔術」はロマサガ1の移動が発想の元になっている……はず……。結構まえのことなので色々と忘れているのですが……。
それはともかく、やっと飲み会が始まる……いや、会場に付いただけの話で終わってしまいました。
次回はひたすら酒を飲みます。
01.地図の魔術
日が暮れて、冷たい空気に包まれた、早春の森。
キキさんが、地図を手にして歩く。
雪上に残る彼女の足跡を踏むように、ルサ、ハク、そしてゲーエルーが着いていく。
キキさんが持っているのは、最果ての森とカニエーツの街の戦史公園が重なるように描かれた、本来の地形としてはありえない地図だが、それを頼りに彼女は歩く。
すると、針葉樹林に居たはずのキキさん達は、いつの間にか戦史公園の林の中に「迷い込んで」いた。
地図の魔術。
歩く道筋を間違えるととんでもない所に出てしまう危険な術ではあるが、キキさんはそれを完全に使いこなしていた。
カニエーツは最果ての森に隣接する街だが、それでも館から歩くとなるとかなりの距離になる。キキさんお得意の魔術で、一行はあっという間にカニエーツの街に移動していた。
ちなみに、キキさんはアルバイト時代、迷いの森にある砦跡までこの術を利用して出勤していた。
砦跡を出て普通に旅をしてきたハクたちは、色々と道草をしたとは言え最果ての森に着くまで一年ほどかかっている。キキさんが通いでアルバイトを続けられた理由の一つがこの「地図の魔術」の存在だった。
さて。
キキさん達がやって来たカニエーツは、片田舎の小さな街に過ぎないが、その歴史は古い。また古戦場としてその名はかなり有名である。
かつて、ここカニエーツで氷の種族と人間たちの全面戦争があった。
その時の戦いで人間たちの中に一人、異常な強さを誇る少年が居た。彼は氷の種族の有力な戦士を何人も斬り捨て、彼らの精神的支柱であった魔王ミティシェーリに迫った。
氷の種族達は何とかミティシェーリを護り切るも、戦線は崩壊し、この戦以後は人間たちの軍隊に追われ南西の方向へと敗走していく事になる。
人間たちに勝利をもたらした少年は「勇者」と呼ばれ、以後、氷の種族との戦争において重要な役割を果たすことになった。
そんな勇者が初めて歴史にその名を刻んだ古戦場跡が、キキさんたちが「迷い込む」先に選んだカニエーツの戦史公園だった。
管理されたカラマツの林を抜けると、そこはだだっ広い石畳の広場になっており、中心には大きな石碑が立っていた。
石碑には「勇者降臨の地」と記され、その由来が刻まれている。
「懐かしいな」
と、その石碑を見て、ゲーエルーが言った。
そんな彼をルサが見上げる。
ゲーエルーはその視線に気づいているのか居ないのか、独り言のように呟いた。
「昔、ここで勇者と剣を撃ち交わした」
「……お母さんを護って?」
ハクが聞く。まだ気温が低く、言葉とともに吐き出された息は白い。
「ああ。あの頃はこんな整備なんてされていない荒れ地で、岩がゴロゴロしていた。この石碑も、多分そのあたりに転がっていた岩を立てて文字を彫ったものだろうな」
ゲーエルーの声に、悔いや恨みのようなネガティブな響きはない無い。
ただ、昔を懐かしがっている感じだけだった。
02.ブレイブハートのマスターに関して
「そのブレイブハートってBARのマスターも、このここで剣を振るっていたのかもしれないな」
ゲーエルーが、先頭を行くキキさんに声を掛けた。
「ええ。おそらくそうでしょうね」
キキさんが答える。
「マスターの出身がどこかは知りませんが、あえてカニエーツに店を構えたあたり、この土地に少なからず思い入れがあるはずです。戦争に深く関わったのは確かでしょうから、この古戦場で初陣を飾ったとか、そういう事も十分に考えられます」
今回の飲み会は、ルサとゲーエルーの仲を近づけるための企画。
しかしルサが身構えてしまっても困るので、キキさんとハクは目的を言わずに二人を飲み会に誘った。
名目は、単なる歓迎会として誤魔化している。
ただし、ブレイブハートがどのような店であるか、特にマスターがどのような人物であるかに関してはしっかりと説明した。
その必要があった。
マスターは、過去の戦争で戦った兵士だ。
それを知らせ、氷の種族として二人が気にするかどうかを確認しなければならなかったのである。
キキさんは、マスターの事を以下のように説明した。
ブレイブハートのマスターは、クマのようなゴツい見かけをした中年の人間男性。ただし、精霊に取り憑かれたか、あるいは何かの呪いをかけられたかで、年を取らない。理由を聞くのは社会通念上の「失礼」にあたるので確かめてはいないけれど、ともかく自分が知り合ってから100年近く経つが、その見た目は変わっていない。
ただし、氷の種族に対する恨みなどは感じられない。
なぜそう言い切れるかと言うと、彼はそもそも自分がハクと知り合うきっかけを作ってくれた人物で、国教会の要請に応じて、魔王砦の家政婦として自分を推薦してくれた相手なのだ。もしも氷の種族に害意を持っているならばそのような事はしないはず。
普段の言葉からも氷の種族に対する戦時中の恨みなどが出てくる事はなく、むしろ好敵手を懐かしむような感じがある。ハクに対しても同情的で、そういえば、ハクが砦跡に封じられた直後に、なにかちょっとしたものを渡したと言っていたような……。
砦跡で家政婦を応募しているのを知っていた事といい、国教会に口をきけたりするあたり、あるいはかなり高い地位に居た人なのかもしれない。ただし戦後の国教会の事はあまり信頼していないようだった。
バーのマスターとしては非常に優れている。
酒に関しては真摯で、博識。酒に関する哲学を持っている。
見た目とは少しギャップがあるが、雰囲気は知的で落ち着いていて、話をしていて安心できるタイプである。
褒め過ぎか……とキキさんは思ったが、しかしマスターが人格者なのは本当で、キキさんがブレイブハートを気に入ったのはお酒が美味しいのはもちろんだが、マスターの雰囲気が良く、話していて楽しいからという面が大きい。
彼の過去や、今の立場に関して謎はある。
が、氷の種族の例にもれず酒好きなハクやゲーエルーには、過去のしがらみや、あるいはルサとゲーエルーの事が無くとも薦めたい店だったのである。
03.ゲーエルーとハク
キキさんからマスターの話を聞いて、ハクはむしろ一度会ってみたいと答えた。
何を渡されたのかはよく覚えていないけれど、キキさんを推薦してもらったお礼はしたい。
そして……と、ハクは言う。
何よりも、お酒が美味しい店であるならば、是非とも行ってみたい、と。
キキさんは苦笑しながら思う。
(まあ、昔のハクは自信を失っており自罰的で、こんなに素直に欲望を口にすることは無かったから、多少の図々しさも精神的にはむしろいい兆候でしょうね)
まだ見ぬ酒に目を輝かせているハクを見て、キキさんは彼女の成長と精神の開放に思いを馳せた。かつては笑っていてもどこか影のある感じだったが、今みせているこの無邪気な笑顔の方こそが本来のハクなのだろう。
もっとも、クークラあたりが見たら「あんまり酔っ払わないようにね」と釘を差していただろうけれど。
ゲーエルーも、ハクのあけっぴろげな言葉を聞いて笑った。
「オレも行く。護衛だから対象が行くのであれば着いていくしかないが、それ以上にオレもそのマスターとは話をしてみたい」
ゲーエルーはニヤリと笑う。
「もしかしたら、過去に剣を交わした相手かもしれん。向こうにわだかまりが無いのであれば、むしろその頃の話などしてみたいな」
ゲーエルーの言葉を聞いて、キキさんは少しドキっとした。
というのも、以前に彼女が犯した失態を思い出したからだ。
実のところ、キキさんはマスターから「ゲーエルーと交戦した事がある」と話に聞いている。
しかし、これはキキさんが、思わずゲーエルーの名前を出してしまった流れからの会話だった。
ゲーエルーが砦跡に顔を出していたというのは、国教会には絶対に知られてはならないトップシークレット。それを国教会と繋がりのあるマスターについ話してしまったのは、キキさんの大失態なのだ。
マスターが、苦笑しながらも国教会には口をつぐんでいてくれたため大事には至らなかったが、キキさんは今だにこの時の事を気にしている。
それはともかく、二人ともマスターがかつて戦場で見えた相手である事を気にはしていない。
その事を確認して、飲み会の開催は決定した。
04.ブレイブハートへ
公園の門から出ると、そこは閑静な住宅街で、長引いた仕事の帰りと思われる壮年の男性や、仲睦まじそうな年配の夫婦などが道を歩いていた。
キキさんは思い出す。
昔、目減りした資産をアルバイトで賄おうと考え、仕事先の紹介を求めてブレイブハートに向かったのも、こんな早春の夜だった。
あれからもう30年以上(キキさんの時間感覚を人間のそれに直すと3年くらい)経つ。
(わたくしはあれからアルバイトを始め、ハクやクークラ、そしてゲーエルーさんと知り合い、クーデターが起こってバイトを辞めて……)
色々なことがあった。
今、飲みに行くのも、かつてのように一人ではない。時の流れが自分を取り巻く環境をゆっくりと、しかし大きく変えていった。
かつてと変わらない街並みに見えるが、カニエーツも本当は様々と変化しているのだろう。
キキさんは、どのような酒があるのかと聞いてくるハクと会話しながら、案内役として先頭に立って歩いた。
やがて周りの住宅とは少しだけ雰囲気の違う建物が見えた。
そこは古い作りの酒場だった。 石造りの目立たない建物で、街の風景によく調和している。戸口の上に掛けられた、営業中を示す小さな金属プレートの看板には「ブレイブハート」という文字と、酒樽の意匠が透かし彫りにされていた。
キキさんは、ランプで薄くライトアップされているドアを開けた。
「いらっしゃい」
マスターはいつもの落ち着いた口調でキキさんを迎えた。
今日は客が居ないようで、店内は静かだった。
次回 蛇足の話:飲み会編 06「BAR・ブレイブハート」
更新は2023年6月22日(木)を予定しています。




