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蛇足の話:飲み会編 04 「居残り組」

飲み会をパスした、未成年クークラと付き合いの悪い後輩モコ

モコはクークラ(体はディエヴァチカ)の主治医でもあります。

それ故に、クークラはモコに懐き、保護者のハクに対するものとは別の信頼感を持っています。

割と仲の良い二人なのです。


01.絡み合う影


 夜。

 モコの私室に、女性二人の影があった。

 一人は部屋の主であるモコ。美しい赤毛が、薄闇の中で炎のように揺れている。

 もう一人はクークラ。

 ベッドの上で上半身の衣服を脱ぎ去り、モコに身を任せているクークラだった。


 部屋の奥は壁一面がレンガ製のペチカとなっており、火入れ口では薪が赤黒い熾となってパチパチとかすかな音を立てていた。ペチカからせり出しているストーブの上には薬缶が置かれ、口から白い湯気をくゆらせている。外は凍てつく雪国の夜だが、レンガには十分な熱が蓄えられており、少し動けば汗ばむ程に部屋は暖められていた。


「あ……モコ先生……」

 クークラが、ため息をつくようにモコの名前を呼ぶ。

「もう少しぃ……我慢ですよクークラ」

 モコが、妙に艶めかしい声でそれに答えた。


 熾の赤いゆらめきと、ヒカリムシの灯台の灯りでぼんやりと浮かび上がった二人の影は、しばしの間絡み合う。

 クークラの首筋を、脇を、そして小振りなその胸の膨らみを……モコの白く長い指がなぞる。


 ……しばらくして、その行為が終わり。触れ合っていた二人の影が離れた。

 

 そして、モコが言った。

「はい。今日の触診終わりです。服を着てもいいですよぉ」

「ありがとうございます。自分では問題は無いように思いますが……」

「えぇ。心臓も、呼吸も、脈拍も。全て正常ですねぇ。腫れもしこりも無し。健康そのものです」

 パジャマの上着を着ながら、クークラはモコに聞く。

「やっぱり、診断って毎日やらなければならないんですね? ご迷惑では?」

 問いかけるクークラに対して、カルテ代わりのノートに色々と数値を書き込みながらモコは答えた。

「普通の人ならば、多くても数ヶ月に一回でいいでしょうねぇ。ただ貴女が宿っている身体は、人間の中でも特別に弱かったディエヴァチカのものなので、やはり出来るだけ頻繁に診ないと不安があるんですよぉ。それにクークラさん、貴女は非常に特殊な生態をしていますからぁ。日々記録を残すのは、貴女がどのような生き物で、人間の身体に宿ってどのような動きをするのか、データを取る意味もあるんですよぉ」

 モコは、クークラを研究対象として診ている事を隠さない。

 クークラもそれを嫌がっているわけではなく、割と当たり前のように受け入れていた。




02.居残り組


「さてとぉ……」

 カルテへの記入を終えたモコが立ち上がり、ストーブに乗せられていた薬缶を取ってきた。

 ベッドサイドテーブルに用意されていた湯呑にお茶を注ぎ、クークラと共に飲む。

 美味しいものではないが、よく身体が温まり滋養強壮の効果もある、モコが調合した薬草茶である。


 モコの部屋は、ペチカと採光窓以外の部分の壁は本棚と薬棚で埋め尽くされ、作業机や調合のための道具が並べられている。生活のスペースと言うより薬局の作業室のような雰囲気で、かなり雑然としていた。

 もっとも、ここは消耗品のみが置かれているだけ。

 モコが管理しているもう一つの部屋……館の最奥にある薬品庫には、更に大量の薬物や素材、大掛かりな機材などが並べられている。そこはキキさんですら整理の出来ない館の中の魔窟で、それに比べれば、ここはまだ普通に人が日常を過ごせる部屋ではあった。


 湯呑を両手で持ち、苦い……と、内心で思いながらお茶を飲んでいたクークラがふと呟いた。

「それにしても、モコ先生は飲み会に行かなくてもよかったんですか?」

「……えぇまぁ……」

 クークラの質問に、モコが少し歯切れ悪く答える。

「私、あんまりお酒は飲めないという事にしていますからねぇ。それに、今回の飲み会はルサ先輩とゲーエルーさんの仲を深める役にはあまり立たないと思いますしぃ」

「あー……モコ先生もそう考えてますか……」


 クークラが苦笑いしながら肩をすくめた。

 クークラは、ハクからも、また主治医であるモコからも飲酒を許可されていないので当たり前のように居残りなのだが、モコもそれに付き合って館に残ると、キキさんに言った。

 モコの飲み会への参加率は昔から低かったこともあり、キキさんもモコの飲み会不参加をあっさりと了承して、ルサとゲーエルーを誘いに行ってしまった。


「会合自体には意義はあるんですけどねぇ。人間たちも、私達“人ならざる者”も、基本的に一人で生きているわけではない以上、多少の面倒臭さを感じたとしても、他人との交わりは続けるべきなのでぇ」

「はい」

「ただ、今回に関しては私が観測しなければならないと思えるほど、重要なイベントにはなり得なさそうなんですよねぇ」

 言いながら、モコは首を振る。

 クークラも直感的にそう感じているが、それでもモコに質問を重ねてみた。

「でも、ハクはお酒をきっかけにキキさんとの仲を深めたと言っていたよ……言っていましたけど?」

「クークラはお酒を飲んだことが無いでしょうからわかりにくいかも知れませんが、状況によりますよぉ?」

 そしてモコは言葉を連ねた。




03.酒の飲み方


 お酒の席を共にして仲が深まる事ももちろんあるんですよ。キキ先輩とハクちゃんはまさにその幸せな一例ですし。

 初めて会う集団と胸襟を開いて共感を得るとか、あるいは既に仲の良い友人や仲間、恋人や夫婦がより仲を深めるとか、色々とあるんです。

 前者の飲み方なんか、ルサ先輩は……ああ、ゲーエルーさんも、かなり得意そうですが。


 でも、お酒で絆を深めるってのは、諸刃の刃でもありまして。


 酔っ払いすぎて、普段は出さないようなネガティブな面……まあ、相手にグチグチ絡んでみたり、訳わからない理由で泣き出したり、怒り出したり……そんなこんなで逆に縁を壊してしまう事も多いんですね。

 そういう事を考え合わせると、今の状況のルサ先輩とゲーエルーさんでは、あまり期待できないんですよ。

「え? もしかして、ゲーエルーさんとルサ姐が仲が悪くなるような事も……?」

「いいえ。それは多分無いですが、でもあの二人だとローリスク・ノーリターンだと思いますぅ」

「ノーリターン?」

「えぇ」


 モコは更に言葉を重ねる。


 ルサ先輩は、あれでお酒の飲み方をよく分かっているんです。

 お酒は好きだし、内輪での飲み会なら本当に酔っ払うまで飲むこともありますけど、でも外面を気にしなければいけない場では崩れるような酔い方は絶対にしません。ちゃんと状況を判断して弁えられる人なんです。

 仮に、断りきれない相手に酒を強要されても、隙を見てこっそりノンアルに切り替えたり、飲んでいるふりをしたりなんて小技も心得ています。まあ、今になるとあの人に無理に飲ませられる人なんてのも、もう居なくなりましたが。

 簡単に言いますと。

 好きな相手の前で、度を越すほど飲むはずがないんですルサ先輩が。この状況で飲み会に行った所で、かぶった猫の毛皮を脱ぐなんてありえません。


 ルサは話を続ける。


 ゲーエルーさんもです。

 旅を続けていた間に、私も何度かゲーエルーさんやハクとも飲みましたが、あの人はそもそも多少飲んだ所で崩れません。アルコールに強いんです。多少陽気になる程度でしょうね。

 それはそれで、他人との距離を近づけやすくはするでしょう。ゲーエルーさんは不思議な親しみやすさがありますし、居酒屋とかで飲んでいた時も、見知らぬ酔客から話しかけられて仲良くなったりはしていました。しかし、ゲーエルーさんから距離を詰めていく事は無かったし、今回もそれは同じでしょうね。

 酔った勢いでルサ先輩……というより、年下の女性との仲を近づけようなんて考える人だとは思えません。




04.二人の心配


 クークラは、モコの話を聞いて頷いた。

 飲み会の雰囲気や、その良し悪し……というのはよくわからないが、しかし確かにあの二人が、お互いの前で度を越して飲む所は想像できない。特にルサなど、酔っ払っての失態を恐れ、より慎重になる可能性が高いだろう。

 なるほど、ローリスク・ノーリターンとは言い得て妙なのかも知れない。

 納得した顔のクークラを見て、モコはため息をついた。

「まあ、席を同じくして飲み食いをするから、それなりにお話はするでしょうし、その分、距離も近づくでしょうけどねぇ」

「うーん。……でもそれだと、ここで会食をしても同じですね……」

「今回の場を設定したキキ先輩が、そもそも他人と仲良くするのが苦手な人だったんです。だから、飲み会の効用を分かっているようで分かっていない」

「それはそれで意外ですけどね。ボクとハク、砦跡では最初から良くしてもらいましたから」

「逆に、私としてはそれこそ意外ですよぉ。外にアルバイトに行くのもそうですが、そもそもこの館に他人を招いて、しかも拠点として使うよう提案するような人ではなかったんですぅ」

 言いながら、モコは苦笑いをした。

「リーダーが居なくなって私達もここを出てから、キキ先輩かなり長い間を独りで暮らしていたのでしょうし、あれで意外と人恋しくなっていたのかもしれませんねぇ」


 心配しているような、それでいてホッとした感じのモコの口調に、クークラは思う。

 掴みどころのない性格のモコだが、やはり仲間たちとの絆は強いのだろう。

 ルサの事もよく分かっているし、キキさんを心配している心根が見え隠れしていた。


「まあ、キキさんもそんなに飲みすぎて変な絡み方をする人ではないでしょうし……」

「いいえ、あれでキキ先輩、煽られたら意地になって飲みすぎてしまう人ですよぉ?」

「えぇ……」

 クークラは、キキさんが二日酔いで寝込んでいる所を想像した。

 が、それは全くキキさんのキャラにあっておらず、リアリティの無いものになってしまう。

「……まさかぁ……嘘ですよね?」

「まぁ、今回は幹事役ですし、そうそう変な飲み方はしないでしょうけどねぇ」

 モコが否定も肯定もしないため、キキさんに関しては冗談であると、クークラは判断する。


 そして、最大の懸念を口にした。


「まあ、やっぱり今回なんと言っても心配なのは……」

 続く言葉が、モコと重なった。


「「ハク(ちゃん)の飲みすぎですよね(ぇ)……」

初めに、モコとクークラの絡みを示唆する「記述とりっく」(← を書いてガッカリさせ、ラスト、それが忘れられた頃に、モコがクークラをベッドに引っ張り込んで服を脱がせてあいながらキスをし、そして……と、実は二人は本当にそういう仲であった……という構成に強い誘惑を覚えたけれど、流石に自重。

安易な百合はいけないと思います!!


それはともかく。

次回 蛇足の話:飲み会編 05「飲み会」


更新は2023年6月18日(日)を予定しています。

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