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蛇足の話:飲み会編 02 「裏会議」

キキさんとモコが、ハクとクークラを交えての作戦会議。

とりあえずは今後の方向性の確認をとります。



01.クークラ


 夜。

 足音を忍ばせながらクークラは廊下を歩いていた。

 広い館の中でもかなり奥にまで来ている。

 普段あまり人が立ち入らない場所のためヒカリムシの灯台も数は少なく、壁や床を断片的に照らし出すのみ。闇を切り裂くことの出来ない弱々しい光は、逆に闇の深さを際立たせている。

 足元に注意しながら歩いていたクークラがふと顔を上げると、先にある部屋から灯りが漏れているのに気がついた。

 目的の場所は、おそらくあそこだ。いたずらっぽく、ニヤリと笑う。


 つい先程の事をクークラは思い出していた。


 食事を終えた後、ハクがキキさんやモコに呼ばれて部屋を出て行った。何気ない顔で送り出したクークラだが、しかし何となく怪しげな雰囲気を感じ取っていた。

 大人の女性が三人も集まって何をするつもりなのか……。

 好奇心が異常に強いクークラだ。当然のように、こっそりと後をつけたのである。

 息を整え気配を隠し、そっと扉に耳をつけようと近づいた。

 その時。

 ギィ……と、わずかに軋む音を立てて、分厚い木の扉がゆっくりと開かれた。


 出てきたのはキキさんだった。

 目があった。


 砦跡に住んでいた頃、クークラがしばしば盗み聞きをしていたのは、アルバイトに来ていたキキさんには知られている。クークラは少し引きつった笑顔を貼り付けながら、なんて言って誤魔化そうか、いやむしろ誤魔化しは逆効果だから開き直ろうか、などと瞬間的に様々な考えを巡らせた。

 だが、キキさんは特に怒ること無く、むしろ笑顔をみせた。

「丁度良かった。今、呼びに行こうと思っていたんですよ」

「へ?」

「ちょっと相談したい事があったので」

「え……ええ?」

 予想外の展開に、内心で慌てるクークラ。

 キキさんはそんな彼女の手を引いて、出てきた部屋へと戻っていった。



02.裏会議


 そこは「読書室」だった。

 キキさん達のパーティが冒険者時代に集めた本や書類を収納した部屋で、作り付けの重厚な本棚に囲まれている。本棚には様々な書籍がびっしりと並べられていた。


 中央には読書用の机が置かれている。それは「一人で使うには広いが四人で囲めば一杯になる程度」の大きさで、既にハクとモコが着席していた。机の真ん中にはジュースの入った水差しに人数分のコップ、そしておやつが盛られた小皿が四枚置かれていた。


 準備がされているあたり、やはり何か目的があっての集まりなのだろう、とクークラは思った。

 長方形の机のそれぞれ一辺づつに椅子が置かれており、先に来ていたモコとハクが向かい合って座っている。キキさんがクークラに椅子を進めた。

 何を相談されるのか分からず、少し混乱しながらクークラは着席する。

 キキさんはクークラの向かいの席に座り、自然な動きでコップとおやつ皿を全員に振り分けた。

「あの……キキさん……? ハクにモコ先生も……? 何をしていたの……?」

 全体の空気から、何となくこっそりとした集まりであることを察したクークラは、小声で聞く。しかし、キキさんが唇に人差し指を当てて、そっとモコの方に目線をやった。

 それが合図になって、それまで腕組みをしながら座っていたモコが立ち上がる。

「(こほん)……えぇでは、これより、第一回“最果ての森の館・裏会議”を執り行いますぅ」

 キキさんとハクが、小さく拍手をした。何が何やらわからないままに、クークラもそれに倣う。

「キキ先輩。裏会議の趣旨説明をお願いしますぅ」

 モコが座り、キキさんが立つ。

「では手短に。……今回、ルサ先輩とゲーエルーさんの今後の間柄をいかにすべきか、それをテーマに各人の意思確認と今後の方向性を決めるべく集まって頂きました。お手数ですがしばらくの間よろしくお願いします」

 やたらと硬い口調で言って、キキさんが一礼する。

 モコもまた、真面目な顔でそれに返礼した。同じくハクもお辞儀を返しているのだが、こちらはまだピンと来ていない顔だ。十分に説明を受けていないのか、あるいはこの妙な空気に順応できていないのだろう。

 クークラ自身も頭を下げつつ、横目で周囲を伺いながら、そんな事を考えていた。

「またクークラさんにおかれては、まだ未成年であることも考慮して、保護者のハクさんに参加の許可を取ってからの招集となりました……さて」

 と、いきなりキキさんの口調が崩れた。

「いきなりでごめんなさいね。ただ、どうしてもハクとクークラには聞いておいてほしかったから」

 それまでの重々しい雰囲気はどこへやら。椅子に腰掛け、キキさんが普段と変わらない感じで話し始めた。




03.確認事項


「まず前提としてぇ……」

 モコもまたいつもの雰囲気に戻っていた。

「ウチの一番上の先輩が、ゲーエルーさんに一目惚れをしているのは……二人とも気づいていますよねぇ?」

 小首を傾げながら、ハクとクークラを見る。

 二人は、コクリと軽く頷いた。

「単刀直入に言いますが……」

 キキさんが発言する。

「わたくし達は、ルサ先輩のために仲を取り持ってあげたいと思っています」

「ゲーエルーさんはちょっと年上ですけどぉ、それでもルサ先輩の将来を託してもいい男性だと、その程度には信頼していますからねぇ」

 モコが再び腕を組んで言った。意識的にか、それとも無意識的にしているのかは分からないが、彼女の豊満な胸が強調されるポーズではある。

「で、それに関して、あなた達の意向を確認したかったのです」

「……つまり、ゲーエルーさんとルサ姐が付き合うことに、ボク達が反対ではないか……って事?」

 やっと事態を飲み込めてきたクークラが聞く。

「ええ。今の時点では結婚に至るかどうかはまだ先の話ですが、しかし何らかの理由で反対されるのであれば、わたくし達もその上で方針を決めていこうと思いますし」

「うーん。……ボクはゲーエルーさんは好きだし……」

 無邪気なクークラの言葉に大人三人の視線が集まる。だが、それに気づかずクークラは続けた。

「ルサ姐とは会ってからまだ何日も経っていないけど、でも色々と面倒を見てもらったから。ボクが好きな人同士が好き合うのは良いなと思うよ……思います」

 クークラの意見を聞いて、キキさんとルサは軽く目線を合わせた。そして「ハクは……?」と問いかける。

「私も、特に反対はありません。ルサさんとお付き合いさせてもらうことでゲーエルーさんが幸せになるのであれば、むしろ積極的に賛成します」

 落ち着いた声で、ハクは答えた。

 それを聞いて、キキさんがホッと胸をなでおろした。

「反対されると思っていたんですか? キキさん」

「ああ……いえ……」

「キキ先輩は、ハクちゃんがゲーエルーさんの事を好きだったらどうしようかと思っていたんですよぉ。……この場合の好きは、もちろん男女の愛情としての好きという意味で」

 モコがキキさんを指差しながら言う。

 キキさんは、目を逸しながらブツブツと呟いた。

「……そういう可能性だって無いわけじゃないじゃないですか……」

「ハハ……まあ確かにゲーエルーさんの事は信頼して頼りにしていますけど、私のは男女のそれではないです。……家族愛……みたいな感じでしょうか」

 少し呆れるように、ハクは笑いながら言った。




04.心の在り処


 コホン……と、一つ咳払いをして、キキさんは必要以上に真面目な顔をしてハクに問いかけた。

「では、方針としてはルサ先輩を応援する……という方向で確定として。もう一つ、ゲーエルーさんに関してハクに聞きたいことがあります」

「はい。私に答えられることなら」

「ゲーエルーさんの恋愛遍歴とかって、わかります……?」

 それって、結構プライベートな話なんじゃ……と、キキさんの言葉にクークラは少し引いたが、ハクは真面目な顔で考え始めた。

「ええと、多分ゲーエルーさんは北の地に居たときから母……ミティシェーリ一筋だったんじゃないかと思います。もちろん護衛対象としてではなく、異性として」

「やっぱり、そうですよねぇ……」

 モコがため息をついた。

 ハクは続ける。

「それと、これは私が勝手に考えている事ですが……」

 ハクは、それまで誰にも語ったことのない……語る機会のなかった二人の関係に関して話し始めた。


 ゲーエルーさんが母を好きだったのはもちろん、母もゲーエルーさんを好きだったんだと思います。

 それでその。

 これは二人に聞いたわけではない、自分が勝手に思っていることですが。……二人は男女の仲だったんじゃないかと。

 いえ、母が存命中は私も子供でしたからそういうのはよく分かっていませんでしたし、砦跡に幽閉された時も、流石にこんな事ゲーエルーさんに確認なんて出来ませんからね。

 ただ、二人が男女の仲だったとしても、母には取り巻きが多く存在していましたし、そういう事を公表してはいませんでした。何より下の大地に来て戦争になってからはそんな事をしている余裕はなかったと思います。

 でも、今になって思うんです。

 もし戦争から生き延びて、北の地に帰ることがあったら、その時には誰にもはばからずに一緒になるつもりも合ったんじゃないかな? って。ただの私の妄想かもしれないけど……。

 そして。

「そして……?」

 三人がハクの話に引き込まれる。

 ハクはそれを受け止めて、言った。

「ゲーエルーさんの心には、おそらく、今なお母が居ると思います」




05.今、生きている者たち


 ハクの言葉を聞いて、モコが言った。

「まあ、ハクちゃんの考えは間違っているとは思わないですぅ」

 キキさんもうなずく。

「ミティシェーリ……というより、姐御の話をする時のゲーエルーさんの雰囲気からして、それはあるでしょうね」

 でもぉ……とモコがやけに真面目な顔になって話を続けた。

「愛という感情を研究する者としてこれは言いたいのですが、亡くなった方にこだわりすぎるのは、愛の在り方としてあまり自然とはいえませんねぇ……」

 腕を組んだまま、モコは語る。


 そもそも愛とは、人間を始めとした「生き物」にとって繁殖や社会の構築に繋がる重要な、とても強い感情です。

 愛は本能的なものなのです。

 もちろん個体によって強弱はあります。しかし死別であっさり愛を忘れる程度の本能では、種族として繁殖力や社会性が確保出来ないのだと思います。

 が、しかし番う相手を失っているのにそれに執着するという事は、逆に繁殖に繋がらなくなります。

 そう考えると、死者にこだわって新たな相手に目を向けなくなるという事は本来的な意味で種の損失を招きます。これは、やはり強い感情であるがゆえの、本能の暴走と言わざるを得ません。

 もちろん、ゲーエルーさんやミティシェーリを含めた我々「人ならざる者」は、男女の交わりで子供を作るわけではないので話が難しくなりますが、しかし我々の持つ感情や、それを宿す肉体は、生物のそれを模したと思われる部分が多々あり……。


と、(話が長くなりそうだ)と見たキキさんが、モコの講釈に横槍を入れた。

「モコ、つまるところ。貴女にとっても、ゲーエルーさんは亡きミティシェーリの事を想うより、生きているルサ先輩と付き合った方が自然だと言う事ですね?」

「……えぇ、まぁ。色々と考えては居るんですけど、簡単に言うとそういう事になりますぅ」

「ならば、やはり今はどのようにしてゲーエルーさんの目をルサ先輩に向けるか。それが重要なんでしょうね」

「でもですよぉ? ルサ先輩の“症状”は、はっきり言って私達も見たことが無いくらい重いですからねぇ。ルサ先輩の本来の性格って、欲しいものは力づくでも取りに行くタイプなんですけど、今回は奥手になりすぎていてあの人の積極性に期待できないんですよねぇ……。それはキキ先輩も、それこそ私以上に解っているでしょうけどぉ」

「そうなんですよね。その上、ゲーエルーさんの心は異性に向いているわけではないようですし、正直、わたくしもどうして良いのか……」

「私達の間でモノの取り合いをする訳ではないから、ルサ先輩のいつものやり口も使えませんしねぇ……」

 キキさんとモコが、揃ってため息をついた。

「今の所手詰まりですが、幸い、時間だけは十分にあります。まずは少しづつでもお互いを知り合う事が必要でしょうね。その進捗によって打つ手を変えていくしか……」

「……キキ先輩にしては行きあたりばったりですねぇ……」

「……わたくしも、男女の仲を取り持った経験はないし……わたくし自身、恋愛経験が豊富なわけでもないですしね……」

「まぁ……男っ気のないパーティだったのは確かでしたねぇ」


 パーティでモノの取り合いになった時に、ルサがどのようなやり方をしていたのか。

 ハクがそれを聞く前に、キキさんとモコはただため息をついたのだった。


次回

蛇足の話:飲み会編 03「キキさんの計画」

更新は2023年6月11日の日曜日を予定しています。

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