蛇足の話:飲み会編 01「観光計画と今後の方針」
連載を再開させて頂きます。
近いうちに、イラスト系ジェネレーションAIで挿絵などつくれたらなぁと思っています。
1.ルサの一目惚れ
ハクとクークラ、そしてゲーエルーが、キキさんたちの館に来て数日が過ぎた。
更にキキさんの後輩の一人であるモコまで着いてきていて、それまでキキさんとルサの二人きりだった館はにわかに活気づいた。
館に集ったメンバーの中で、ハク一行と、キキさん、モコは既に親しい。だが、昨年「山河の義勇軍」から退いて帰ってきたルサは、ハクたち一行とは初対面だった。
そして、初めて出会ったゲーエルーに、ルサは一目惚れをした。
初顔合わせの時にそれと気がついたキキさんとモコは、ここ数日それなりに注意しながらルサを観察していた。
本来は凛々しく果断な性格のルサが、ゲーエルーの前だと借りてきた猫のように大人しくなる。
ゲーエルーに話しかけようとしながらもためらい、いざ会話が始まってもモジモジしながら目線を外し、結局、あまり話も弾まずに終わってしまう。長い付き合いのキキさんたちでも、こんなしおらしいルサは見たことがない。
どうもルサ先輩は本気らしい。
二人がそう確信を得るに足る、ルサの姿だった。
とある日の午後。
暖かな日差しが差し込む円卓の間で、キキさんとモコが話をしていた。
モコが、赤く長い髪を指でいじりながら、憂いを帯びた(ように見える)表情で呟く。
「ルサ先輩って、以前から朗らかで清々しいナイスミドルが好みだって言ってましたし、確かにゲールーさんはそんな感じですけどぉ。……それにしてもあんな乙女みたいなルサ先輩、見たことありませんねぇ」
モコの言葉にキキさんも同意した。
「長い付き合いになりますが、わたくしも初めて見ますね、あんな猫をかぶったルサ先輩。……いや、本人としてはそんなつもりもないのでしょうが、嫌われたくないという気持ちが強すぎて、自分を出せていないみたいです」
黒にも灰色にも見えるストレートヘアーと、同じ色の体毛に包まれた長く尖った耳を揺らしながら、キキさんは答えた。
スカートの奥からわずかにのぞくボルゾイ犬のような尻尾が、心なし垂れ下がっている。
「私の見立てではぁ、ゲーエルーさんはむしろ普段のルサ先輩みたいな方がタイプだと思いますけどねぇ。あの人も脳筋……いや、竹を割ったような性格の人ですしぃ」
モコも、キキさんやルサと同じく「人ならざる者」だが、彼女は人間を始めとした生物が抱く「愛」という感情に興味を持ち、その探求を研究テーマに掲げている。いわば恋愛の専門家だ。ゲーエルーの好みに関しても、恐らく正しいのだろう。
「……表現はともかく、言いたいことはわかりますよ」
キキさんから見ても、ゲーエルーは湿っぽい事を敬遠し、単純で理解しやすい事を好む。カラっとした性格をしていた。
そして。
ルサは本来、裏表のない分かりやすい性格と、果断な決断力をもった女性だ。奥手になるよりも素で居たほうが好かれるだろうとはキキさんも思っている。
「でも、ルサ先輩も何かきっかけがないと、猫を被り続けたままになるでしょうね」
キキさんはため息を付いた。
ルサとはよくケンカもしたが、しかしまだ幼かった頃から色々と世話になった相手だ。後輩として何とかしてあげたい、キキさんはそう想っている。
同様の想いはモコも持っているらしい。
モコは何を考えているのかわからない所があるが、人間関係の構築は上手い。基本的に人見知りのキキさんよりも、こういう事では頼りになる。
モコは神秘的な美貌に儚げな(ように見える)微笑みを浮かべながら言った。
「まぁ別に今すぐに仲を発展させなきゃって訳でもありませんしぃ。ゲーエルーさんやハクちゃんたちもしばらくは屋敷に滞在するみたいですからぁ、ちょっと様子を見てみましょうキキ先輩」
そう呟くモコの外面は、先輩の恋心を応援しようとする美女にしか見えない。
だが、キキさんにはわかる。モコの瞳の裏には、ルサを慮る気持ちと同等以上の好奇心や探究心が見え隠れしていた。
(おかしな事をしでかさなければいいのですが……)
恋愛沙汰に詳しい後輩を頼りにしつつも、キキさんはわずかに不安を感じていた。
02.キキさんの考え
ゲーエルーは豪放磊落な性格で、かつ人懐っこい。
だがキキさんが見る限り、彼は異性とは近すぎず遠すぎずの適切な距離を保ち、歳を経た男性の落ち着きや常識を持っていて、礼儀というものをしっかりとわきまえている。
アルバイト時代の最後の最後、一度だけ抱き着かれた事をキキさんは思い出したが、あれはクーデターが起こっての興奮状態だったことを考慮して、大目に見る事にしている。
共に旅をしていたモコの話によると、彼も氷の種族らしく酒を好むが、飲んでも崩れるようなことはなかったと言う。酒に強い体質だったのも確かだが、節度を守った飲み方だったそうだ。
紳士としての態度が身についている、とキキさんは好意的に彼を評価している。
ルサとは一回り近い年の差(約120歳の差……人間の年齢に直すとだいたい12歳くらいゲーエルーが年上)はある。だがそれでもルサの将来を任せられる男性であると、キキさんは思っていた。
だからこそ、先輩のためにも仲を取り持ってあげたい。
そのきっかけをどう作ろうか、と、キキさんは考えていた。
ハク一行の目的として、長らく幽閉されていたハクとクークラに世界を見回る旅をさせる事。
そしてその先導と護衛をゲーエルーが務めるという方針は変わらない。
ただ、下の大地もかなり広い。
ハクが幽閉されていた魔王砦跡地は、「ラブニーナ平地(下の大地)」の地図上では南東の端に近い場所に位置していた。辺境と言ってもよく、そこを拠点にしても全体を見て回るのは難しい。
「せっかく北西の端にある最果ての森まで来たのだから、しばらくはここの館を拠点にして北部地方を巡るといい」
とは、キキさんからの提案だった。
丁度、今は旅に慣れたモコとルサが館に居る。
医者にして薬師でもあるモコは、冒険者時代から薬の原材料を求めて単独で旅をする事が多かったし、ルサも山河の義勇軍リーダーとして辺境を駆け回った経験がある。
旅行に関してのアドバイザーとしては理想的な人材が揃っている、というのが表向きの理由。
その裏で、館に滞在することでルサとゲーエルーが触れ合える時間が増える、とキキさんは考えたのだった。
そしてその間に、何か二人の仲が進展するようなきっかけを作らなければ、と。
03.モコの挑発
その日、館に居る全員が「円卓の間」に集まっていた。
ルサ、モコ、ハク、クークラ、ゲーエルー。
キキさん以外の全員が円卓を囲んで観光計画を練っていた。キキさんのみが離れた場所にあるソファに座り、輪から少し距離を置いている。
円卓では、ルサとモコが「北の鉱山町の風景は必見だ」「ちょっと遠いですけどぉ、ミールヌイのダイヤモンド鉱山跡は必見ですぅ。名物のボルシチも外せませんよぉ」などと意見を出し合っている。メモを片手に聞きながら、彼女たちのアドバイスに頷いたり質問したりしているのがハクとクークラ。そして彼女たちのやり取りを鷹揚に見守っているゲーエルーが居た。
(それにしても)
と、内心でキキさんは思った。
アドバイザーの二人は、自身の旅の経験や情報を駆使して様々な助言をしているが、その意図には多少違いがある。
モコは自分が行きたい場所を旅程に盛り込もうとしているようだった。
クークラが憑依している少女「ディエヴァチカ」の身体を診るため、旅行への同行を申し入れているためであろう。抜け目がない。
対して。
ルサはハクたちからの相談に客観的な立場から答えてあげていた。彼女は熱心にハクたちの面倒を見ているが、これにはゲーエルーの存在はあまり関係なく、基本的に面倒見のいい姉御肌な性格ゆえからのものだ。
ただ、やはりまだルサ先輩はぎこちない、とキキさんは見た。
円卓でルサが座っているのは、ハクとクークラを間に挟んでゲーエルーの反対側。
ゲーエルーの隣に座っているのはモコである。
ルサもゲーエルーとの距離を詰めたいと思ってはいるのだろうが、まだ照れが勝ってその積極性を持てていないようだ。
ふと、モコがキキさんにいたずらっぽい視線を送った。
何か仕掛けるつもりである事を示唆する、彼女からの合図だった。
何をするつもりかは知らないが、ルサとゲーエルーの距離を近づけるきっかけを作る気なのだろう……と、キキさんは判断し、無言で軽く頷く。
キキ先輩、許可はとりましたよぉ……と、モコはアイコンタクトで返してきた。
そして微妙にゲーエルーに身を寄せた。
「ハクちゃんたちはともかくぅ。ゲーエルーさんはぁ……どこか行きたい所は無いのですぅ?」
妙に甘ったるさを感じさせる声で、上目つかいにゲーエルーを見上げながらモコは言った。儚げな雰囲気の美人なだけに、異様な艶っぽさがある。
そして彼女はその視線を軽くルサに向けた。
その目つきは挑発的ですらあった。
と。
それまでクークラと話していたルサが、軽く固まっていた。表情が強ばっている。怒りではなく、驚きと緊張……もしかしたら無意識的な恐怖感すらあったのかもしれない。
キキさんですら見たことのない、不安そうな表情だった。
それまで普通に話していたルサが黙ってしまい、クークラがキョトンとして彼女を見上げる。
モコが、ルサから視線を外してキキさんを見た。
(ルサ先輩にいつもの余裕がありません。……思っていた以上に重症ですぅ)
彼女の目は、そう語っていた。
04.ゲーエルーの希望
一瞬、全員が押し黙ってしまい、円卓の間は少しおかしな雰囲気に包まれる。
その空気を壊したのは、ゲーエルーの声だった。
「オレ自身が行きたいと思うところはないなぁ……」
女性たちが感じている空気をまるで読み取っていないのか、それとも分かった上で無視して話しているのか。キキさんには理解がつきかねたが、ゲーエルーはいつも通りの声でモコに答えた。
「オレ自身は護衛と先導に徹するつもりなんだよモコ先生。嬢ちゃんやクークラが、調べたり、人に相談したりして、自分で行きたい所を自分で決める……それが重要だと思っている。危険な場所にでも行こうとしない限りは、旅の行く先に関して口出しをするつもりは無い」
予想以上に真面目だったゲーエルーの答えに、モコは毒気を抜かれたようにコクコクと頷いた。ルサは、何となくホッとした表情になって、再びハクやクークラと話し始める。
空気が元に戻って。
また少し騒がしい雰囲気になった中で。
「ただなぁ……」
と、ポツリとゲーエルーが呟いた。
「ただ……? なんでしょう?」
ハクが聞き返す。
「これは、単に個人的に思っているだけで、実現するかどうかも全くわからないが……」
ゲーエルーにしては珍しく、少し悩むように話し始めた。
「オレは、嬢ちゃんを北の地(氷の種族の故郷)に行かせてみたいとは思っていた」
その発言に、全員がゲーエルーを見た。意外な場所だったのだ。
「オレ自身は、もうあの地には立ち入ることは出来ない。だが嬢ちゃんは子供の頃に姐御に連れられて来ただけだ。一度くらい、里帰りをしてもいいんじゃないかと思う」
「……それは……」
「いや、北の地の連中がそれを受け入れるかどうかなんてわからない。……むしろ拒絶されるだろうと思っている。あいつら……いやオレたち氷の種族は仲間意識が強い分、それ以外の相手に対してはかなり排他的だからな。……だがそれでも……ここ、最果ての森は北の地に近い。だからまぁ少し感傷的になって、そんな事を考えた。それだけだ」
寂しげに笑ったゲーエルーに、ルサが少し緊張しながら言った。
「そ……それなら。最北の街ムルマンスクを観光しながら動向を調査するのは? あそこは、ごく僅かですが北の地との交流があると聞きます」
「……そうだな。それも良いかも知れない。まあ、どちらにせよ嬢ちゃんが決めることだし、北の地うんぬん自体がそもそもただの思いつきだ。すまんな、水を差してしまった」
ゲーエルーは笑顔で答えた。それを見たルサが、少し照れたように俯く。
そんな先輩の姿を、キキさんとモコは信じられないものを見るような目で見つめていた。
ルサ先輩が……はにかんでいる……?
キキさんは内心で「先輩……。あなた、欲しい物があったらガツガツ獲りに行くタイプだったでしょうに」と思った。
やはりこれは何とかしてあげなければ。
とりあえず、今はもうすでに昼も近い。
キキさんは昼食を作ると断ってから、円卓の間から退出した。
廊下を歩きながらキキさんは考えていた。
今、円卓の間で行っている観光計画は、いわば「表会議」。
……今晩にでも「裏会議」を開きましょうか。
モコは強制参加。……ハクはともかく、さてクークラをどうするか……。
キッチンへと続く石造りの館の廊下。
ヒカリムシの燭台と採光窓から入る光によって、無言で歩くキキさんの影が壁に映し出されゆらめいていた。
次回
蛇足の話:飲み会編 02「裏会議」
更新は2023-06-08の予定です。




