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その後の話 その3 「旅の途中、ディエバチカとの別れ」

旅の途中。

病床の少女「ディエバチカ」と仲良くなったクークラ。

モコの教えのもと、自らの死を受け入れるディエバチカでしたがクークラは納得できず、アニメートによる復活を持ちかけます。

04.


「ディエヴァチカ。さっきのは創り話じゃなくて、本当にあった事なんだ……証拠は、そうだな」

 言って、クークラはニッカーボッカーズの右裾をたくし上げた。膝の球体関節が顕わになる。

「ボクの身体は人形というのも本当……」

「……じゃあ、アニメートの術や、スヴェシの復活も……」

「本当にあった。キキさんは、あれは生きているのではなく、死ぬことを許されない不幸な存在になっただけだって言っていたけど。でも、スヴェシは確かに自我をもって復活した」

 考えこむように黙ったディエヴァチカに、クークラは言い募る。

「ボクは、モコ先生の言うことはあまり理解できない。人は死んだら大いなる魂に取り込まれるのは確かで、でも、そこに取り込まれた魂に自我はないんだ。個人としては、それはやっぱり消滅だと思うし、死ということなんだと思う」


 クークラの話を聞いて、ディエヴァチカは両手で自分の肩を抱くようにして顔を伏せた。

「ボクは、今はキキさん以上のアニメート使いになった。キキさんがスヴェシに行ったことは、ボクでも十分にやることができる」

 そして、クークラは囁いた。


「君は……どうしたい?」


 ディエヴァチカは、起こしていた身体をベッドに横たえ、顔を両手で覆った。

 細く、青白い手だった。


 しばらくそのまま、静かな時間が過ぎた。


「……私は……」

 ディエヴァチカは言った。

「私は、まだもっと色々な物語を考えたい。それを形にして、誰かに読んでもらいたい」

 右手の指と指の隙間から、彼女は天井を見た。

「例え身体が動かなくても、心のなかの旅を続けて、そこで見たものを表現し続けたい」

「それが、ディエヴァチカの意思?」

「うん」

「モコに話してきてもいい?」

「……うん。お願い」


 クークラは室を出た。

 ハクとゲーエルーを宿泊する部屋へと案内していたモコに、クークラはディエヴァチカとの会話を伝えた。


 ディエバチカは、不自然な状態であっても、自我を保ち続けたいという希望を持っている。ディエヴァチカがアニメートの術でこの世に留まりたいと言っている以上、例え彼女の先生であっても、その邪魔をする権利はないはずです。


 真剣に、言葉を選びながら話すクークラに対し、モコは儚げに微笑みながら言った。


 確かに、私にその権利はありません。

 自由にやってみなさい。


 モコの言葉を聞いて、クークラは部屋から出て行った。

 同じ部屋に居たハクとゲーエルーに、モコは言った。


 あなた方のお子さんは辛い思いをすることになると思います。ですが、年若いアニメート使いとしては、いい経験になるでしょう。


 ゲーエルーが、いや、オレの子ではないと否定した。姪とか甥のようなものだ。

 そして、何が起こるのかわからないが、乗り越えられる辛さであるならば、なんであれそれはいい体験になるんだろうな、とも言った。


 モコが、儚げな笑顔を見せて「さて、私はご両親と話をしてきます」と二人に告げた


 ハクが何を話すのか聞く。

 モコはため息をついて答えた。


 クークラは、アニメートを使用する意向をご両親に伝えるでしょうから。

 お二人が変な期待を持つ前に、ディエヴァチカの死の運命は決して変わらないものであることを確認しておかなければなりません。


 モコは儚げな微笑を浮かべた。

「娘が生き続けられるかもしれないという無駄な希望は、ご両親の精神の傷を深めてしまいますからね」




05.


 数日後、ディエヴァチカの容体が急変した。

 両親やモコはもちろん、クークラを筆頭にハクたちも病床に同室した。


「死が……近づいてくるのが分かる……」

 ディエヴァチカは苦しそうに喘いだ。

「モコ先生……」

「近くに居ますよ」

「最後に診てくれてありがとうございました。先生の薬のおかげで、身体が随分と楽になりました」

 モコに礼を言った後、ディエヴァチカは両親の名前を呼び、涙を流して「ありがとう」と言った。


 今の自分は死んでしまうし、クークラが言う方法を試してもどうなるかは分からない。

 だから、今のうちに言っておきたい。月並みな言葉だけど、二人の子供として生まれて、本当に良かった。

 ありがとう。

 そして、ごめんなさい。

 

 ディエヴァチカの手を握って泣く母親と、その肩を抱いて涙を流す父親と。

 

 その後ろで、クークラは目をつむり、大気に満ちる魂に感覚を集中させた。

 ディエヴァチカの魂は、今にも身体から離れそうになっている。

 その瞬間を逃さず、彼女の魂を認識し、操作してその身体に戻すため、クークラの集中力は極限まで研ぎ澄まされた。


 そして。

 その時が訪れた。


 少女の魂が大気に抜け出る。クークラはその瞬間を捉えた。

 しかし、手応えは弱く、儚い。

 クークラが、大気に抜けだしたディエヴァチカの魂を認識した瞬間。自我や記憶といった表層の部分は大いなる魂の中に溶け出し、混ざっていってしまった。


 大河に一滴の血が流れこんだ時。それを分離することは不可能である。血は大河に混ざり、流れ、やがて大きな海の僅かな一滴となる。


 クークラは、それでもその不可能に必死になって挑戦した。

 大気に満ちる魂の中に霧散した、少女の自我の残滓を身体に戻そうと足掻いた。

 それは瞬間的で、絶望的な苦闘だった。


 だが結局、術は中途半端に終わり、ディエヴァチカは大気に満ちる大いなる魂の一滴となって、その自我は永遠に失われた。


 クークラはがっくりと肩を落とす。

 そして、両親に言った。

「失敗……しました」

 母親は、モコ先生の言った通りでした、とつぶやいた。父親は、それが娘の運命だったのです、と諦念の表情を浮かべた。

 そして、二人はディエヴァチカの身体を抱いて、号泣した。


 クークラは、泣くことが出来ない人形の身体であることを悲しく思った。

 僅かな期間だったけれど、彼女とは心を寄せ合った友となった。

 別れがこんなにも悲しいのに。

 それを表現する方法がない。

 悲しみを洗い流すことが出来ない。


 モコは、呆然と立ち尽くすクークラに囁いた。

「泣きたいですか?」

 クークラは、モコの顔を見て、頷いた。モコはそんなクークラの肩を優しく抱いた。

「しかし、さて少しだけ困ったことになりましたね」

 モコは言った。

「ディエヴァチカは亡くなりました。それは動かない事実ですが、アニメートの術が中途半端にかかってしまったため、その身体だけはまだ死んでいません……いや、ただ臓器が動いているだけですし、それもしばらくしたら止まり、完全な死を迎えるでしょうけれど」

 母親がディエヴァチカの胸に手を当てた。確かにその心臓は動いていた。


「一つの選択肢があります」

 モコは部屋の全員に向けて話しだした。

「この身体のみを再び活かす方法はあります」


 両親が、モコにすがるようにしてその方法を聞いた。

「身体が生きているうちに、別の人格に乗り移ってもらうのです。ただし、これはただ身体が死なないだけで、重ねて言いますがディエヴァチカが亡くなった事に変わりはありません。ディエヴァチカと同じ身体を持つ、別の人になるだけです」

 モコの説明を聞いたハクは、ぎょっとした表情を浮かべた。

 この人は何を言い出すのだろう。警戒するように、クークラを背後から抱き寄せる。

 そんな動きを意に介さず、モコはディエバチカの両親に向かって言う。

「また、仮にこの身体が動くようになったとしても、私は医者としてソレをあなた方の側に置くことを禁じます。なぜならば、身体が動いていれば、やはり娘が生き返ったと勘違いしてしまうでしょう。その歪みは、皆を不幸にするだけですから」

 モコは幻惑するような表情を見せて、両親に尋ねた。

「それでも、あなた達は彼女に……身体だけでも生きていて欲しいですか?」

 両親は少しだけ考えたが、顔を見合わせて声を合わせた。

「生きていて、欲しい」

 両親の答えを聞いたモコは、ため息をついて残念そうに言った。

「……その考えは、愚かしい」

 しかし、彼女は言葉を連ねる。

「でも、それは私が生涯をかけて究明しようとしている“愛”という感情に深く通じる心の動きでもあります。……さて、クークラさん」

 振り返ってクークラを見たモコに対し、ハクは警戒心を顔に出して、我が子をその背中に隠した。

 だが、モコはまるでハクが居ないものであるかのように、クークラに問いかけた。

「どうしますか? ディエヴァチカの身体。私は出会った時に言いました。彼女と会って、身体だけでも救うかどうか考えて欲しいと。そして、人を助けようとするのは、必ずしも善い事とは限らず、相応の覚悟がなければ、関係する人たちを不幸にすると」




06.


 その日の深夜。

 一行は出立した。


 動いているディエバチカの身体を見せるのは酷だから、というモコの提案に従った。


 ……

 …………


 あの時。

 モコの問いかけに、クークラは応えた。

 自分を守るように立つハクの背中をクークラは押しのけ、ディエヴァチカの両親の前に出て最後の確認をした。


 自分がディエヴァチカの身体に乗り移ります。しかしボクは旅人であり、この地に留まることはありません。モコ先生の言葉に従えば、二度とここを訪れることもない。それでもいいですか?


 両親は頷いた。


 身体だけでも。ディエヴァチカには、身体だけでも様々な土地を見させてあげたい。

 泣きながら、母親が言った。


 クークラが乗り移り、再び動き出したディエヴァチカの身体に、両親は取りすがって泣いた。それを見て、クークラはモコの話が正しいと考えた。

 もしもあまり長く居ると、ディエヴァチカの両親は娘の生死の境目がわからなくなり、別れの哀しみを克服するどころか、一歩も前に進めなくなってしまっただろう。

 それは、大きな不幸となって周囲を巻き込んでいくかもしれない。 


「やっぱり、彼女は死んでしまった。ボクはこの身体に乗り移って、それがよくわかりました」

 両親に、クークラは自分はディエヴァチカではないとハッキリと告げ、ただこの身体で色々な土地を訪れる事を約束した。

「もう、二度と会うことはありません。ただボクはボク、クークラの名前で絵葉書を書きます。新しい土地に入る度に、必ず。そして、この身体が老いて本当に死ぬまで、他に乗り移る事も自分に禁じます」


 ……

 …………


 ハクとクークラにとっては初めての経験となる夜の旅路。


 森は昼とは違った表情を見せる。

 光も、空気も、ざわめく樹々の音も、昼のそれとは全く違う。

 

 足下に注意しながら、おっかなびっくり歩きつつハクは言った。

「それにしてもクークラ……出来ればこういう重要なことは私にも相談して決めてほしい」

 弱々しい少女の身体となったクークラが答える。

「ゴメン、ハク。でも、時間もなかったし。こういう展開になるとは思わなかったんだ。それに、ディエヴァチカと違ってボクは死ぬわけではないから」

「ハクさんの心配はもっともです。でもまぁ……それはともかく。新しい身体はどうです? 肉体に乗り移るのは初めて?」

「はい、モコ先生。なんか、不思議な感じ……暑いとか寒いとかって、こういうことだったんだって思う。力も弱いし、すぐに息が切れる……涙を流したのも初めてだった。それに、お父さんお母さんには言わなかったけど、ディエヴァチカが生前に考えていたことが思い出せる……」

「記憶は魂だけではなく、脳をはじめとした身体にも宿りますからねぇ。あなたの体質も含めて、医者としてはなかなか興味深い」

「あ、それと、さっきからお腹がクルクルする? なんだろう、この感覚」

「……空腹じゃないかな?」

「なぁ先生さんよ、なんであんたまで一緒に来たんだ?」

 つい昨日まで三人だった一行は、モコを加えて今は四人になっていた。さらに、アニメートをかけて自律させている少女人形もついてきているので、傍から見れば五人に見えるだろう。

「わたしも流れの産婦人科医。もともとが旅の途中でしたし、ディエヴァチカが死んでしまってはあそこに残る意味も理由もありませんから。それにクークラは生きた身体に慣れていないでしょう? 医者は必要ですよ。何より……」

 モコは笑いながら言った。

「実は私、最果ての森に実家があるんで。そもそも久しぶりに里帰りする途中だったんですよ。それにキキ先p……クークラさんにアニメートを教えたというキキ……さんとやらには言いたいこともありますしね。目的があったとはいえ、事もあろうに死体にアニメートを掛けるなんて。厳重に注意しなければなりません!」

 一人で憤激しているモコに、クークラは思った。

 ディエヴァチカの家に案内してもらった時、確かにキキさんの所に行く途中だったとは話した。

 しかし、その館が最果ての森にあるって言ってたっけ?

「何にしても、旅は道連れ、世は情け……ですよ。最果ての森はまだまだ遠いですが、楽しく行きましょう、楽しく、ね」

 赤い月が照らし出した山道に、どこか儚げなモコの笑い声が響いた。


 見た目はなよなよしい感じだけど、この人って意外と図々しいよな……。新たな旅の仲間を得た三人は、それぞれそんな事を考えていた。




次回更新は2019/08/23の予定です。

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