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第三話 第三章(後編) 「仲直りはその日のうちに(後)」

やや長くなってしまったため、この章は前後編に分けています。


オトナのやり方で仲直りをしたキキさんとハク。一晩を共にし、メイドと雇い主の関係を超えて、友人としても付き合うようになりました。


キキさんにせよハクにせよ、今回は普段はあまり見せない部分をさらけ出す話になります。

04.


 ……

 …………


 しばらく時間が立ち。

 テーブルの上には、三本の空いた酒瓶が転がっていた。

 最後の一本も、瓶の半ばまで減っている。


「聞いてくださいよ!」

 普段よりも声量が大きくなっているハクの声が響く。

「スヴェシ……様ったら酷いんです!」

「ハク……あの人は貴女にとって敵よ。様なんて付けなくてもいいの。そうね……」

 キキさんもやや顔を赤らめて、グラスを片手にニヤリと笑った。

「スヴェっさんとでも呼んでおけばいいんじゃない?」

「……す……スヴェっさん……あ……あはははは」

 ハクはひとしきり笑ったあと、表情を改めて、キキさんから目線を外した。


 そして俯きながら、毎年の奉神礼で行われていることを訥々と語り始めた。


 スヴェシが来るたびに盗み聞きをしているため、全て知っているキキさんだったが、黙ってハクの言葉を聞く。

 語るハクの眼にはだんだんと涙が溜まり始め、やがてこぼれ落ちた。アルコールのためか、あるいは感情が昂ぶっているせいか、冷気をコントロールできておらず、それらは氷となって床に音を立てて転がった。


 私のことはいいんです。でも母を……母のことをあんなに悪く言うのは……。人間たちにとって母は災厄の元凶だったというのはわかります。でも母は……。

 下に降りて、しばらくして。

 人間たちと摩擦があって。

 その時に、交流の規定を作ろうって、母は言ってたんです。

 お互い仲良くやるためには、必要なことだって。

 でも、他に降りてきていたグループと情報のやり取りが出来ずに。

 なんのことかわからない理由で人間から襲われたこともあって。

 頑張ったんだけど、結局、失敗して。

 戦争になって。

 だけど、説教で言われるような、邪悪で、冷徹で、そんな人じゃなかったんです。

 私に……私にも、母を悪く言わせて。私に……母が……邪悪だって……言わせて。

 私のことを無能で無為だと言うのはいいんです。それはその通りだから……。でも母を……あんなに……。


「貴女のことを無為だのなんだのと言われるのも、わたしにとっては気持ちのいい話ではないわ」

「……」

「貴女は決して無為でも無能でもない。国教会の連中が、魔王の娘だと怖がって、無為であればいいと思っているだけよ」

 キキさんは、隣りに座るハクの頭に手を回して抱き寄せた。

 ハクの感情はついに決壊し、大声を上げて泣き始めてしまった。

「お母さん……お母さん。……お母さんに会いたい……。お母さんは悪くないもん。頑張ってたんだもん。……お母さん。……また、あの時みたいに撫でて欲しい……初めて氷結晶を作ったあの時みたいに……」

 しがみついていたハクの、感情の嵐がやや治まったあと、キキさんは言った。

「ミティシェーリはもういないわ。……撫でるのは、緊急の代理として、私でもいい?」

「撫でて……」

 抱き寄せたハクの頭を撫でる。力を込めて。


 キキさんの腕の中で、ハクはいつの間にか寝息を立てていた。


 キキさんの眼にも、少しだが光るものが湧き出していた。






05.


 ハクが眼を覚ますと、目の前にキキさんの顔があった。


「おはよう」

「あ……おはようございます……」

「大丈夫? 昨日はかなり飲んでいたはずなんだけど」

「……なんか、少しふらふらする感じ……喉が渇いた……」

「……そう……。ふらふらする……だけなんだ」

 言いながら、キキさんはジンジャーエールの入った小瓶をハクに差し出した。一息に飲むと、炭酸の喉ごしもあって、ちょっとスッとした。

 しかし、あのボストンバッグには何がどれだけ入っているのだろう、と、ハクは思った。

 昨晩は、グラスもあれから取り出していたが……。


 ハクが飲み終わるのを待って、貴女に伝えたい事があった、とキキさんは言った。

「クークラが、アニメートの術に成功したの」

「え? キキさん、あの術は難しいから、使えるようになるのはまだ先だろうって……」

「そう思っていたんだけど……」


 キキさんは説明を始める。


 どうもあの子の生態は、付喪神やアニメートの術と似通ったシステムになっているみたい。

 とは言え、モノに宿る付喪神は複雑な意識を持った存在ではない。

 クークラのような、明確な意志を持っていて、何にでも乗り移れて、魔術まで使える付喪神なんて聞いたことがない。

 アニメートに至っては仮初の命を与えるだけの術。自然現象である付喪神よりもさらに単純なもの。


 クークラは、仮にこれらに似ていたとしても次元そのものが別なんだけど。


 でも、レベルはともかく生態としては似ているため、アニメートの術に関して感覚を掴むのが早かったみたい。

 このまま術への興味を持ち続けて、実践を重ねていけば、術者としてわたしよりも遥かに上をいくことになるんじゃないかと思う。


 それを聞いて、ハクは少しだけ顔をしかめた。


「凄い……とは思うんですけど……」

「なに?」

「昔。母の仲間にアニメートを使う人が居て」

「氷の種族の女術師、ヴァーディマね。有名よ」

「あの人、最初は優しかったんですけど、戦争が進むに連れてどんどん怖くなって。……人格が壊れていって。それも、アニメートを使って下の大地の兵士の死体を操るようになってから、どんどん酷くなって」


「クークラがそうなるんじゃないか、と?」

「……はい」

「まず言っておくけど、ヴァーディマが荒んでいったのはアニメートを使えたからというわけではないわ。いろいろな史書を見るに……国教会の戦史書以外にも、歴史を書いた本はいっぱいあるのよ。国教会が秘匿しちゃってるのも多いけど」


 話が逸れた、と、首を振ってキキさんは続けた。


 ヴァーディマの精神が壊れていったのは、大切な仲間たちを失ったから。復讐心が芽生え、アニメートはそれを晴らすために活用しただけ。


 これはまだクークラには秘密だけど。

 実は、アニメートはただの無機物よりも、生命を宿していた物質……つまり死体にかける方が簡単。おそらく死体には生命の回路のようなものが残っているためなのだけど。


 でも当然、それは倫理に反する禁術なの。ヴァーディマは、全てを知った上で死体にアニメートをかけた。そして悲劇が生まれた。


 ヴァーディマの最後は、悲惨だった。

 貴女はよく知っているでしょう?


 ミティシェーリが討たれ、気力を失ったヴァーディマは囚われた。

 下の大地の人間たちは、仲間の死体を操り戦争の手駒として使ったヴァーディマを憎み、囚えた氷の種族の中でも最も残酷な刑に処した。


 でも、それも……想像して。

 人間たちの軍団が、戦死したかつての仲間たちの生ける屍と戦わざるを得なかった状況を。仲間が、兄弟が、親が、あるいは子が。腐った身体を動かしながら、襲いかかってくる……それらを切り払わなければいけなかった人間たちの気持ちを。


 ヴァーディマは、その恨みを一身に負った。

 そんな彼女を見ていた貴女だから、クークラが心配なのはよくわかる。

 恨みと恨みの応酬を生むのではないかと、心配なのでしょう(……ぅ……)。


「……大丈夫なんでしょうか?」

「それは貴女次第」

「私?」

「ヴァーディマが道を踏み外したのは、アニメートが直接の原因じゃない。術は手段でしかなかった。悲劇の根本にあったのは復讐心よ」

「復讐……」

「復讐心に限らないけど、子供が悪い道に進みそうになった時、それを引き戻すのは大人の役目。そしてあの子に関して最も責任があるのは……」

「保護者である……私」

「ここにいる限りは大丈夫だと思うけどね。でも気をつけなさい。あの子がもしもグレたら……」

「はい」

「まず。何にでも乗り移れて、強大な力を発揮することができる。裏の瓦礫を片付けたのなんて序の口よ。もっと大きな力を、クークラは発揮できるでしょう。さらに、尋常じゃないアニメートとの親和性」

「ヴァーディマさんみたいなことも出来るように?」


「ヴァーディマと同等の事なら、わたしでも出来る」

「……え……?」


「わたしやヴァーディマ以上のアニメート使い……死者と無生物の軍隊を編成し得る魔術を操り、身体はどんな強靭な物でも思いのままに乗り移る。身体が破壊されそうになっても周囲にある別のものに宿り直せば、本体は無事」

 キキさんは少し楽しそうに言った。

「かつて……若い肉体への憑依を繰り返して擬似的な不死を得ていたダークリッチが存在したのだけれど……それを鼻で嗤うような体質ね。それに加えて、強烈な能力を持つネクロマンサー。両方の力を持つ存在になり得るの。単騎で人間全体と喧嘩出来るかもね」

「そ……そんなのって……」

 ハクが不安そうな表情になるのを見て、キキさんはぺろっと舌を出した。

「ごめんなさい、ちょっと脅かしすぎたかも。気負う必要はないわ。あの子は素直に育っているし、それは貴女のおかげでもある。これからも、あの子を愛してあげなさい。ちゃんと愛されている存在は、そんな変なものにはならないから」

「勇者様はなんでそんな子を……?」

「ここならば安全だと思ったのでしょうね、きっと。それにしてもわからないのは、なんでそんな存在を隠し持っていたのかよ。いろいろな書物を見たけど、あの子のような存在は確認できなかった。勇者が国教会に命じれば、それに関する記録を全て極秘に処分することも出来たのかもしれないけど……」

「……クークラは……もしかして母を……討つための?」

「そうかもしれない。でも、隠していたからには、勇者もそのために使う気はなかったんでしょう。実際、彼には自力で実行しちゃう能力があったわけだし。どちらにしても、情報がない以上、答えの出ない話よ」

「そうですね。私にとって、クークラは子供です。これからも素直で元気のいい娘でいてくれるよう、保護者として努力します」

「多分、普通にしていればいいわ。そう多分、それだけで」

「はい」

「(……ぅグ……)悪いけど、わたしはこれで帰ります。今日はまだ公休日だから」

「私は、クークラに会って、アニメートの術が成功したことを褒めてあげます」

「それがいいでしょう。喜ぶから。あの子、まず貴女に見せたいと思っているのよ」

「キキさんも、一緒に……」

「そうしたいのはやまやまなんだけど、外せない用事があるの」

「残念」

「……でも、こうして貴女と話せてよかった」

「私もです」

「……また、友人として来てもいいかしら?」

「当然ですよ。……その……できれば……」

「そうね、お酒も持って来ましょう。わたしから以外に、貴女がお酒を入手する手段はないからね」

「ありがとうございます!」

 ハクは、最高の笑顔を見せた。

 キキさんは、それを心から可愛らしく思った。


 キキさんが最果ての森の館に帰り着いた時、陽はまだ中点に達していなかった。

 午前の木漏れ日が差し込む中。

 蔦が絡む館の石造りの門をくぐると、キキさんはまず。


 トイレに直行した。


「な……なんであの娘……あんなに強いのよ……」

 ハクの前では、究極まで高めた意地と気力で常態を保っていたが、一人になるともう、そうは行かなかった。

 便座に手をかけて、一頻り吐くものを吐いて。台所に駆け込んで目一杯水を飲み。這々の体でキキさんは自室に転がり込んだ。

 嫌な汗がにじみだしてくるのがわかる。

 倒れるようにベッドに横たわり、布団の中で上着を脱ぎ、蹴り出した。服はアルコールの匂いが染み付き、抱きしめていたハクの汗と涙で汚れていたが、洗濯どころか畳むことも出来ない。

 公休は今日いっぱい。

 館の整備をするのは、もはや不可能だ。明日までに体調を回復させなければ。

 寝るしかない。

 抱き枕にしがみつく。


 二日酔いで、仕事を休む。


 キキさんの美学としては、あってはならぬこと。想像すらしてはいけない程の失態だ。

 とにかく眠る。眠って汗をかく。酒精を身体から追い出す。

 明日の朝……起きられるだろうか? 初めてのアニメートの披露……見たかったなぁ……。


 不安と落胆を抱き、涙ぐみながら。

 キキさんは泥のような睡眠に落ち込んでいった。

次回更新は、2019年6月28日を予定しています。よろしくお願いします。

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