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第三話 第一章 「ある夏の日」

キキさんがアルバイトを始めてそれなりの年月が経ちました。


最初はただの勤務先と思っていたものが、ハクの支えとして仕え、クークラに魔術や棒術を教える事を通して、家族に準ずる愛情を彼女たちに捧げるようになります。


そんな夏のある日。


クークラと棒術の訓練として打ち合ったり、魔術アニメートを使用するための講義をするなど、キキさんにとってはいつもの一日。


その夜、クークラは、キキさんに教わった話をヒントにしてアニメートをかけるアイテムを選定して行くのですが……。



01.


 キキさんが砦跡に来て、スヴェシと顔を合わせた回数を数えるに、両手の指では足りなくなってきた。

 決して短くない年月だが、長い時を生きる彼女たちの時間感覚は人間とは違うとだけ記しておく。


 ハクが管理義務を持つ「砦跡」とは、狭い意味では住居としている参謀本部のみを指すが、本来は迷いの森の中にあるクレーター状の土地全体を意味する。そのため、キキさんの仕事も冬の間は主に参謀本部屋内の管理に終止するが、雪が溶けた後は敷地全体を見ることになる。

 クレーター内部には、崩れた尖塔や壊された城壁、未だに残る城門跡のアーチ、戦後に作られたハクの工房、あるいはそれら建物を結ぶ道、そしてその隙間に作られている小さな畑などがあった。


 季節は夏。


 陽が登り切っていない早朝。

 参謀本部の裏庭に作られた運動場も、まだ清々しい涼しさに包まれていた。


 運動場が作られたのは、元は石造りの物見塔が建てられていた場所だった。倒された塔の瓦礫を取り除き、十分な広さを持つ楕円形のトラックとして整地したのである。

 キキさん一人の力では困難な仕事だったが、クークラが大きな土塊の人形に憑依し、重い瓦礫を取り除いてくれたお陰で完成した。


 運動場の脇に置かれたベンチに、クークラお気に入りの少女の人形が座っていた。

 身体に力はなく、眼には光がない。

 魂を持たない、ただの人形だった。

 

 その虚ろな視線の先、トラックの中央辺りに、二つの人影があった。どちらも背丈よりも長い棒を手にしている。

 対峙した二人は、一礼をした後、棒を打ち合わせ始めた。


 それは、あらかじめ互いの動きを確認して行われている、演舞だった。


 人影の片方……キキさんは、黒っぽい半袖のシャツに動きやすいズボンを履いている。尻の上あたりに開けられた穴からボルゾイ犬の尻尾が出され、長いポニーテールと共に動きに合わせて跳ねていた。


 もう一つの影は、様々な古い鎧をアンバランスに組み合せたもの。

 クークラだった。

 瓦礫の中から掘り出した壊れた鎧を組み合わせて身体にしていた。


 二人の演舞は、動きに全く迷いがない。

 キキさんは冒険者だった頃から棒を使い、幾つもの修羅場を乗り越え、今でも鍛錬を欠かしていない。その経験に培われた動きだ。

 そんなキキさんを見て、自分にも教えてほしいとクークラが言い出したのが数年前。

 それがそもそもこの運動場を整備したきっかけでもあった。


 棒を打ち合い、躱し、走り、飛び退り、飛び込み、最後は互いの喉元に棒の先端を付きつけて演舞は終わる。

 クークラは数年でその動きをモノにしてしまった。キキさんはそのセンスに舌を巻いたものだ。


 二人は距離を離して立ち、礼をして再び構えた。


 今度は演舞ではない。本気の打ち合いである。

 見る者が見れば、二人の間の空気が張り詰めて行くのが分かっただろう。

 しかし、勝負は一瞬でついた。

 裂帛の気合を込めて、鋭い動きで突きを放ったクークラの攻撃を、キキさんは棒でいなしながら躱し、一連の動作で鎧の脚をすくう。

 仰向けに転倒したクークラは身を起こそうとしたが、キキさんはその隙を与えず、蹴爪と鱗を持った足でクークラの肩を踏みつけ、棒で額を抑えられた。


 その形のままで、一瞬、時が流れる。


「参った」

 クークラは、状況を覆すのは不可能と判断し、負けを認めた。




02.


「……まだ勝てないのか……残念だ……」

 鍛錬を終え、礼をした後。

 野太い感じの声でそう言いながら、クークラはベンチに座った。

 次の瞬間、鎧から精気が消え、手脚がガシャリと音を立てて力なくたれ下がる。


 その直後、隣に座っている人形の両目に光が宿った。


「まだまだ鍛錬が足りないかなぁ」

 少女人形は、まるで目を覚ましたかのように顔を上げてため息をついた。

「冒険者時代から練習と実践を重ねた技でございます。そうそう追い抜かれるわけにはまいりません」

 キキさんは涼し気な表情で答えたが、実のところ少しだけヒヤヒヤしていた。

 それほどに、クークラの突きは鋭い。


 だが、弟子に簡単に遅れをとる訳にはいかない。キキさんは負けず嫌いなのである。


 それにしても。

 泊まり込みシフトで、朝仕事を始める前の時間を活用するために始めた棒術の鍛錬だが、クークラの動きは日を追うごとに鋭くなっていく。

 キキさんは思う。

 フェイントなどの駆け引きをしてこないので、今年の内はまだ負ける気はしない。来年もまぁ大丈夫だろう、多分。

 しかし、順調に腕を上げていけば、再来年あたりにはもう抑えきれなくなるのではないだろうか。


 戦闘におけるカンが異常に良いのだ。


 勇者に託されたとハクは言うが、クークラは生まれも存在自体も謎なんだよな……と、キキさんは改めて思った。


 どんなものにも乗り移れるという特性……それも、巨大な瓦礫を難なく片付けるような泥人形を事も無げに動かすなど、どう考えてもおよそ普通の魔導生物ではないし、それは潜在的な戦闘能力の高さと関係があるに違いない。

 時代からして、氷の種属との戦争のために生み出されたと考えても、決して不自然ではないのだ。

 国教会によって無為の存在となされているハクに、勇者がこの子を預けたのは、きっと正解だったのだろうと、キキさんは思った。

 砦跡に居る限り、クークラの戦闘能力が日の目を見ることはない。生態や能力ゆえの不幸を招くことも皆無だ。


 陽が少し高くなった。

 これからまた一日の仕事が始まる。棒術の鍛錬は、あくまで仕事前の休憩時間を活用したものである。

「さて、では今日はカビの予防をいたしましょうか。これからジメジメした季節に入っていきますので」

「あー……あれかぁ。薬品臭いし手間がかかるから、ボクあれ苦手なんだよなぁ……」

 ボヤくクークラの眼を、キキさんは無言で覗き込んだ。

「いえ、もちろんボク、一生懸命お手伝いしますよ?」

 クークラは眼を逸らしながら言った。そして、言葉を繋いだ。

「あ、そうだ。終わったら、またちょっと聞きたいことがあるんです。魔術に関して……」

「分かりました。では今日は、出来るだけ早く終わらせることにいたしましょう」

「お願いします。……それにしても、ハク。今日も工房に篭っちゃっているけど、大丈夫かなぁ」

「今は仕事に集中したい時期なのでございましょう。先の訪問時に、スヴェシ様が“氷結晶を創る技術が目に見えるほど上がっている”と、何やら嬉しそうに仰っておりましたし」

「スヴェシの言うことなんて……国教会はハクの氷結晶を高く売れれば何でもいいんだよ。ゲーエルーさんもそう言ってた」

「そうかもしれません。しかし、ハク様にとって氷結晶を創るのは、国教会とは関係なしに、楽しい事なのでございましょう」

「それもわかるけど……」

「ハク様のお身体は自分も心配しております。あまりにのめり込みすぎるようであれば、わたくしの方からもご忠告を申し上げさせていただきます」

「うん……いや、はい。お願いします。……でも、キキさんがいてくれて本当に良かった」

「そう言われるのは嬉しゅうございますね」

「ハクに意見もしてくれるし、魔術も……。もし居なかったら……ハクが篭っている間、ボク、ずっと話す相手も無くなっちゃうしね」

「左様でございますね」

 生意気なこともよく言うが、しかしハクが仕事に没頭すると「子供」であるクークラは寂しいのであろう。

 自分が来るまでは二人っきりで過ごしていたのだ、と、キキさんは二人の関係の深さを感じた。


 思えば。

 初めは、ただのアルバイト先としか思っていなかった砦跡。

 それがいつの間にやら、随分と肩入れするようになったものだ。

「家族……かぁ……」

 キキさんにとっての家族は、マスターと仲間たちしか居ない。それも今は失われている。館に一人で居た頃を思い出す。

「……まぁ、アルバイトを始めて良かったかな」

「……? なにか言った?」

 先を歩いていたクークラが振り返った。キキさんは微笑みながら言葉を返す。

「いえ、ただの独り言でございます。さて、今日は忙しくなりますよ」




03.


 クークラに仕事を手伝ってもらい、それで浮いた時間を使ってキキさんが魔術の勉強を見る。その関係が始まってから、これもまた随分と時がたった。


 クークラの魔術への興味は本物で、飲み込みも覚えも悪く無い。だがアニメートはかなり高度な術であり、まだ行使できるまでには至っていない。

 とは言え、クークラは本能的に「大気に満ちる魂」の動きを感じ取っている。感覚さえ掴めば、使えるようになるまでは早いのではないかとキキさんは考えていた。


 術の勉強を見るための専用の部屋も、ハクを含めた三人で設営した。

 持ち込んだ書籍を置く書棚、向い合って座るための机。筆記用具。実習に使うための様々な物品、素材。それらを加工するための刃物や工具。比較的広く取った施術スペース。

 スヴェシが来る時にはただの書見部屋のように設定し直すのだが、逆にそのお陰で、毎年クークラの成長に沿った形にカスタマイズできている。


 今は実践に主眼を置き、施術スペースを充実させている。そこは円形に注連縄を張って聖別し、中央に木の祭壇を置いて、大気に満ちる魂が濃くなるように設計していた。


 一日の仕事を終え、作業日誌を書いてから、キキさんは魔術部屋へ来た。


 先に入っていたクークラは、キキさんが入室すると形式張って椅子から立ち上がり、礼をした。キキさんは軽く手をあげてそれを受ける。

「ありがとうございます。今日は大気に満ちる魂と、素材の相性に関して聞きたいんですけど」

 クークラの希望を聞いて、キキさんは懐かしさを感じた。

 自分がまだ未熟で、皆の役に立とうと思って勉強を始めた魔術がなかなか身につかず焦っていた頃。

 同じことをマスターに聞いたのを思い出したのである。


「大気に満ちる魂と、それを宿らせる物の素材に関して、確かに相性はございます。もっとも極端な例は水晶ですね。純粋な水晶の結晶に宿ると、大きな魂は眠ったような状態に陥ります。おっと、それはなぜかと聞くのは無しですよ。わたくしも分かりませんし、それに関しての研究論文も読んだことはございません」

「じゃあ、練習として選ぶべき素材というのもあるの?」

「あるにはあります。とは言え、素材による宿りやすさの違いよりも、大きな要素が存在しております」

「それは?」

「思い入れでございます。人の思い入れを強く受けた素材……いえ、思い入れを強く受けたモノほど、魂が篭もりやすくなります。自然に生まれる付喪神というものが、おしなべて古くから使われている器物であるのは、それだけ思い入れを受けた物品であるためだと考えられています」

「思い入れ……」

「アニメートに関しましては、術者の思い入れの強い物ほど術をかけやすいという傾向がございます。わたくしの場合は、使い慣れた掃除道具に対して術を掛けるのが得意であるということにもなります」

「じゃぁボクも、何か思い入れのある道具を使えば」

「そうですね、最初にアニメートを成功させるには良い方法だと思います。また、前にも申し上げましたが、まず一回成功させることを覚えれば、その後に別の器物に応用するのは簡単かもしれません」

「あ、それ。ハクは、逆上がりみたいなもの? って言ってたけど」

「言い得て妙かと。……別の例えとしては、棒術の演舞のようなものでしょうか。動きを身体で覚えてしまえば、後は簡単に、かつ洗練されていくと言う意味では」

「うーんじゃぁ、何かボクにとって大切なもので試してみよう。……なんにしようか……」

「あまり気負いませんよう。学び始めてまだ数年でございます。出来なくて当然。焦ってもいいことはありませんので」

「分かりました。とりあえず、今日は自分でいろいろと試してみようと思います」

「ではわたくしは部屋に戻りますので、わからないことがありましたら」

「はい。その時にはまた聞きにいきます。ありがとうございました」




04.


 宿泊時に使う自室に戻って、キキさんは初めてアニメートを成功させた時のことを思い出していた。

 

 あれはまだ自分が少女と呼ばれる年代だった頃の事。


 初めて施術に成功したアイテムはデッキブラシ。

 元はマスターからもらった武器としての棒で、冒険中に折ってしまってブラシに仕立て直したものだった。

 あの時は、マスターからも褒められ、笑顔で頭を撫でてもらった。


 その喜びは、今も心の中の大切な場所に仕舞ってある。


 もう一つ思い出した。

 アニメートを使えるようになってから、少し経った時のこと。

 その愛用のブラシを動かし、円卓の間を掃除させていた。そして自分は帳簿を付けていたのだが、眼を離していると焦げた匂いがした。

 ブラシは部屋を掃除しろという命令のもと、火の入ったペチカの中までブラシをかけていたのである。


 初めてアニメートを成功させたブラシは、それで失われた。


 あの時、マスターはどうしてくれたのだっけ。

 とにかく、火には気をつけるように、それを注意され怒られたのは覚えている。

 しかしその後。

 そうだ。

 先輩のルサが、キキさんの失敗を笑った。マスターはそれを嗜めて、何故失敗したのか、一緒に考えてくれたのだった。少し気は早いが、クークラが失敗した時のフォローも考えておこう。


 今思うと、ルサはルサで負けず嫌いの自分を叱咤しようとしたのだと理解できる。憤りで、大切なブラシを失ったショックを忘れられたんだった。

 ルサを始めとした四人の仲間たちとは、同じマスターを慕い、共に冒険をし、時には大きな喧嘩もした。

 仲直りに骨を折ったことも思い出した。

 あの子たちとはマスターが旅立ってから会っていない。

 今頃、一体どこをうろついているのやら。

 キキさんは、懐かしい顔を、一つ一つ頭に思い浮かべていた。


 ふと、キキさんは思った。


 私はハクやクークラにとって、私の中でのマスターや仲間たちのような存在に……家族のような存在になりたいのだろうか。

 それは自分でもよくわからない。

 ただ、かつての仲間たちに感じていたような愛おしさはある。

 いつか来るであろうクークラがアニメートを成功させる時。

 私はハクと共に、それを褒めてあげたい。そしてハクの次にでいいから、頭を撫でてあげたい。

 キキさんはそう思った。


 一方その頃。


 クークラは、自分の部屋の行李の中に大切にしまってあった一つの人形を手に取っていた。

 初めて自分が乗り移ったモノ。

 ハクが手ずから作ってくれた最初の人形。

 決していい出来とは言えない。

 丁寧に作ってはあるが、所詮は素人の手によるもので、可愛いと言える造形ではないし、古びてもいる。

 それでも。

 これは自分にとっての宝物だ。

 思い入れはある。初めてアニメートで動かすとするならば、これほどふさわしい物は無いかもしれない。


 魔術部屋に戻り、クークラは今まで何度も失敗した術式を、再び行い始めた。

次回更新は2019-06-14の予定になります。

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