◇ 番外編 往きて還りしルサの物語 そのニ 「森に棲むもの達」 ◇
キキさんの先輩であるルサの物語です。
人間たちが侵略してくる直前の森に行き着いたルサ。人間体の横暴に怒りを覚えたルサは、その地に棲むモノたちを率いて、徹底的な反抗を仕掛けます。
戦力的には不利ながら、土地や地形を活かした戦術で、ついには人間たちを追い返しますが……。
第二話 森の仲間達
戦うのであれば、手を貸そう。
私は冒険者である。それも凄腕の……だ。
古き竜を狩った経験もある。邪悪なダークリッチを水晶に封印したこともある。
戦い方を教える事が、私には出来る。
みなを率いて敵を退けることが、私には出来る。
ルサは「森に棲む者」達の前で言った。
「戦うのであれば、この私が手を貸そう」
その言葉を聞いた森の年配者達は彼女を敬遠し、危険思想を持ち込む者として排除しようとした。
しかし若い者たちは彼女に与した。
ルサは言った。
この度の人間達の暴挙は、彼らに対する氷の種族の侵略よりも更に非道のものである。
我々が反抗しなくては、付け上がった人間たちは他の森で、山で、河で、同じことをするだろう。この森の反抗は、ただ一つの森を救うのみにあらず。後に迫り来るであろう人間たちの災禍を跳ね除ける模範になるのだ。
実際、ルサはそこまで先のことを考えて演説していたわけではなく、ただ戦意を引き上げるために大風呂敷を広げた面もある。だが森に棲む若者達は、彼女の演説に心酔した。
ルサは物事を深く考えるのは苦手だが、その場の雰囲気を盛り上げるのは天才的に得意だった。
結果、年配の者達の大部分は森の奥に逃げ住み、若者たちは川辺に集った。
後々までルサと共に戦い、やがて袂を分かつことになる、部下にして腹心の友ともなる若者達、ベレギーニャ、レーシイ、ボジャノーイ、マーフカは、この時点で見出した。
「森に棲む者たち」の抗戦の動きは人間たちにも伝わった。
運河を整備するために森の辺縁に集まった人夫達の多くは、かつて氷の種族と戦った経験を持つ元兵士でもある。
「森に棲む者たち」など何するものぞ、と、彼らは激した。正義はむしろ自分たちにあるとも信じていた。
人数に劣るルサ達は、地の利を徹底的に活用したゲリラ戦略を採った。
水を使い、木々を使い。
そして自身の能力を使い、軍隊化した人夫たちを苦しめた。
ルサも最前線に出て戦った。劣勢の戦線でも、彼女が援護に来れば、森に棲む者達は士気を上げ、人間たちを押し返した。
四人の有力な後輩達をその背中で引っ張っていたかつての冒険者時代そのままに、ルサは森に棲む者達を強力に統率した。
しかし、人間たちの敢闘精神は高く、軍隊としての能力も決して低くはない。
森に棲む者達も、そして森や河自体も無傷では済まなかった。
単純に守っているだけではいつか競り負けてしまうのは目に見えている。そこでルサ達は新たな戦略を立てた。
人間達が、運河を作るために持ち込んだ資材を奪い、足りない分は森の木々を切ってまでして、河を堰き止めたのだ。
その戦略を立てたのは、ルサの参謀となったベレギーニャ。
河と森を守るべき護岸の精霊でもあるベレギーニャがあえて打ち立てたこの捨て身の戦略は、森へのダメージも甚大で、地形は変わり、多くの木々を失った。
作戦への反対意見も強かったが、しかし敵に与える影響も大きかった。
森の南北にある二つの街。
軍隊化した人夫達の雇い主でありながら、それまで戦火に晒される事のなかった街の人々を、森に棲む者達は巻き込んだのである。
河の下流の街では、生活の基盤でもあった水を失い、厭戦の気分が満ちた。
それが極限まで高まった後、ベレギーニャは堰を切った。
鉄砲水に襲われた下流の街は、壊滅的なダメージを受けた。
ルサがちょっと引くほど効果的で合理的、そして無慈悲なベレギーニャの策だった。
ついでルサ達は上流の街にも宣戦布告をした。
実際、これは現実的ではない。
ルサ達が人夫たちに抗し得たのは、地の利を活用したためである。街に攻め込むような戦力などなかった。
しかし、前線を知らない街の人間に、それは分からない。
下流の街が壊滅の憂き目を見たことにより、彼らの恐怖心は劇的に揺さぶられ、上流の町の政治的指導者たちは、ついには森の開発を諦め、これよりは神域として近づかずカミとして祀るので許してくれと願い出た。
怒り狂ったのは、森に住む者達と激戦を繰り広げていた人夫たちだった。
前線に居る自分たちの頭越しに結ばれた停戦協定を、彼らは許さなかった。結果として「そんなもの」は無視し、人夫達は最後の攻勢を森に仕掛けた。
後に開発するという本来の目的を捨てて、森を焦土と化さんとして火を放ったのである。
ルサたちは辛うじてこれを防いだ。森は全焼は免れたが、しかし少なからず延焼の憂き目にあった。
神域と定めた地を炎に晒したとして、上流の街の人間たちは傭兵を雇い人夫たちを襲撃。人夫たちは人夫たちでこれを恨んで街を襲った。
最終的に上流の街も力を失い、そして暴徒化した人夫たちも散り散りとなって戦争は終結した。
その後、延焼した森をゆっくりと回復させていく生活をルサたちは送る。
ルサは、共に戦った若者たちの反対を無視して、森の奥に逃げた年配の者達に頼み込む形で、森の回復の事業に参加してもらった。
年配の者たちも、若者に頭を下げて、植林の業を伝えた。
その間に、人間の開発の手に晒されるようになっていった各地の森や山の住民たちが、見事に侵略をはねのけたルサたちの業績を知り、助けを求めに来るようになるのだが。
それはまた別の話。
次回の更新は2019/06/07、「キキさんのアルバイト 第三話 第一章:ある夏の日」の予定になります。