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第ニ話 エンディング 「氷結晶」

第二話のエンディングであって、話はまだまだ続きます。


キキさんに、創りかけの氷結晶を見せるハク。母親との思い出であり、心の支えにもなっている氷結晶の創造ですが、自信を失ったハクはそれすら自虐の対象にしてしまいます。しかし、氷結晶の美しさをキキさんは褒め、その仕事の素晴らしさと、それにともなう自尊心を取り戻すべきと激励。

国教会によって凍っていたハクの心が、このときから少しづつ解け始めます。


 ハクが氷結晶を創る工房は、砦跡の敷地内にある。作業場が建設されたのはハクが幽閉された後の時代であり、その三角屋根の木造建築は比較的新しい。


 中は、外観からは全く想像できない空間になっていた。

 部屋中の壁、床、天井が全て溶ける気配のない氷に覆われており、室温は限りなく低い。

「寒くないですか?」

 というハクの質問に対し、キキさんは羽織ったコートを掻き合わせ、

「ちょっとだけ……」

 と答えた。ちなみに、キキさんはかなり負けず嫌いな性格である。

 クークラは、人形の身体に入っている以上は寒さを感じないのだが、じっとしていると関節が凍ってしまうらしく、常に足踏みをしていた。


 氷結晶を見せることをあれだけ渋っていたハクだったが、腹をくくった後はむしろ積極的にキキさんとクークラを作業場へと案内した。

 そんな彼女が、中央にある氷の作業台を指差す。

 そこには、おそらく創りかけなのだろう、立体的な雪の結晶を思わせる幾何学模様に透かし彫りにされた、小さな氷結晶が置いてあった。


 近づいて。

 それを見て。


 キキさんは思わず心を奪われた。


 美しい。


「あ……触らないでくださいね。作りかけの氷結晶は冷気管理の仕上げをしていないので、さすがにキキさんでも、触れてしまうとただでは済まないと思います」

 注意されて初めて、手を伸ばしかけていたことに気づく。

 気を取り直し、改めて氷結晶を見つめた。

 さすがにもう「魅了」されることは無かったが、氷結晶の美しさに違いはない。

「凄い……ですね……」

「母が創っていたものとは大分違いますけど……」

 ハクは言いながら、首にかけている氷結晶を指でなでた。

 それは目の前にある創りかけの氷結晶に比べると随分と素朴な出来だった。


 ゲーエルーが言っていた。美術的な仕上げでは、姉御ミティシェーリでは逆立ちしても嬢ちゃんに敵わない、と。

「これ、母が最初の頃に創った氷結晶なんです。貰ってからもう随分たつのに、効力はまったく衰えません。見た目は素朴ですけど」

 ハクは胸元を飾る氷結晶を見ながら、懐かしむように言った。

「母も、本当はもっと細工にこだわった氷結晶を創りたいと言っていました。戦争が終わって、またゆっくり出来るようになったら、一緒に作ろうって……」

 語尾が、わずかに揺らいだ。見ると、ハクの眼には涙が溜まっていた。

 キキさんはハクの手を取った。


「素晴らしいですわ。ハク様は、正しくお母様の遺志をついでいらっしゃいます」

 言葉に真意を込めて、キキさんはハクを賞賛した。

 ハクは目をこすり、涙を隠しながら笑う。

「ありがとうございます……まぁ国教会に課された義務の一つなんですけど……」

「いいえ!」

 眼を伏せたハクに対して、キキさんは珍しく感情的に言い募る。

「申し上げますが、ハク様はもう少し自信を持つべきかと思います」

「は……はい?」

「クークラさんの手本となるためにも、ご自分に誇りを感じ、大人としての自信を持つべきかと」

「……でも……」

「もちろん、自尊心とはタダで手に入るものではございません。納得できる仕事をなし、それを評価される事で生まれるモノだと考えております」

「それは……やっぱり私では……。母たちの墓標でもある砦跡の整備だって半端で……」


「そんなことはございません!」


 砦跡に来て以来、最も大きな声をキキさんは出した。ハクもクークラも眼を丸くして彼女を見た。

「わたくしも、機織りや服飾のような物づくりに関わる趣味を持っていますから、わかります。これは、押し付けられた義務感だけで出来るものとは思えません」

 腕を振るって氷結晶を示す。

「国教会は、魔王の技と言うかもしれません。しかし、そんなもの放っておきなさいませ。課せられた義務だなどと自虐する必要はございません!」


 一息ついて、キキさんはいつもの調子に戻った。


「これは、お母様の遺志を引継いだ……いいえ、ハク様ご自身の、素晴らしい仕事です。少なくともわたくしは、今までの人生でこれほど美しい物を見た事はございません」


 キキさんの迫力に圧されていたハクだが、少しの沈黙の末、本当に嬉しそうに笑った。

「……ありがとうございます」


 外に出ると、まだ冬が終わりきっていない季節だというのに、随分と暖かく感じた。

 これがハクの故郷である北の地との気候の差なのだろう。


 ふと、視線を感じた。


 スヴェシがきた時の敵意とは真逆の意志が、ハクを取り巻いているようだ。

 大気に満ちる魂を感じ取る能力は、ハクにはない。

 教えてあげようか、と、キキさんが思った時、クークラが言った。

「なんか、嬉しそうな気配があるよ……なんとなく感じるんだ」

 ハクは、気のせいじゃないの? と、笑った。

 

 その笑顔を見て、春を呼ぶ雪割草のようだとキキさんは思った。

次いで「◇ 番外編 往きて還りしルサの物語 そのニ 「森に棲む者たち」 ◇」をお楽しみください。


キキさんの先輩「ルサ」が、旅の末に行き着いた、人間たちが侵略してくる直前の森。そこに棲んでいるモノたちを率いて、ルサが反乱を起こします。

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