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第ニ話 第四章 「聖務」

「魔王の娘」ハクを管理下に置く国教会から、ハクがちゃんとやっているかを確認に来る主教「スヴェシ」。

しかし、彼の仕事はただの点検調査だけではなく、ハクが絶対に反逆しないよう、その心を折りつづけるための説教も……。


01.


 晩餐の場で、ハクはホストの、スヴェシはゲストの席に座り、キキさんは給仕として控えた。


 スヴェシは四十そこそこの人間の男性で、地域における宗教的トップである「主教」と呼ばれる地位にある。この若さでその座にあるのはかなり異例なことで、それだけでスヴェシの優秀さは推し量ることが出来る。


 スヴェシの担当する主教区はレビリンリェス地区と言い、ちょうどこの砦跡がある「迷いの森」を包括している。

 レビリンリェスの主教は、戦後代々「魔王の娘」を祀り鎮めることを任の一つとしてきた。


 ハクと向い合って座るスヴェシを、キキさんは見るともなしに観察している。


 やや浅黒い肌。精悍で険しい顔つきをしており、髪は丁寧に撫で付けられて一点の隙もない。黒くゆったりとした僧服は飾り気が無く質素。しかしよく手入れがされていて清潔感がある。部屋に入った時にキキさんが預かった修道帽も、素朴だが年季の入ったものだった。

 テーブルマナーも完璧で、ただ左手がやや不自由なのか、しばしばフォークを握り損なうことがあった。


 静かな食事だった。


 スヴェシは無駄なことはあまりしゃべらなかったし、ハクは緊張のため話すどころではない。キキさんも口をきく立場になかった。

 そんな空気の中で、スヴェシは予定を話した。

 砦跡に一泊した後、まずは「一の聖務」である「砦改め」をし、昼食の後に「ニの聖務」である「奉神礼と説教」を行う。その後、晩餐をしてから「氷結晶拝領」を受け、その夜のうちに帰途につく。


「奉神礼と説教」と聞いた時、ハクが見ていてわかるほどに気落ちした表情を見せた。


 晩餐を終え、キキさんはスヴェシを客間へと案内した。

 訪問が突然だったため特別な用意をしていたわけではないが、しかしキキさんの管理に手抜かりはない。迎賓の準備は常になされている。

 キキさんがスヴェシを部屋へと導いて、脱いだ僧服などを受け取る。その時に、スヴェシが話しかけてきた。

「見事なものです。貴女の仕事なのでしょうが、今までこれほど完全な晩餐を受けたことはなかった。この時期には本来使わないはずのこの部屋の支度も、ハクに出来ることではない」

「恐れいります」

「私が、常よりも大分早く訪問した意図はわかりますか?」

 言われて、やっと気づいた。

「……わたくしの仕事を検分するため」

「私が見たところ、合格です。それも、想像を遥かに超えた水準で。神品(聖職者)として、見習うべきとすら感じています」

「……」

「ハクは、私自身も含まれますが、敵の多い身の上です。貴女には、彼女の数少ない味方として、これからも支えていってあげてほしい。それは、ハクの命を取らなかった勇者様の優しさに通じる道でもあると考えます」

「……かしこまりました……。一つお聞きしてもよろしいですか?」

「私に分かることであれば」

「ハク様を活かした勇者……様とは、どのような存在だったのでしょう?」

「私が生まれる前に、既に姿をお隠しになった人物です。書物を通してしか、私にも分かりません。しかし……」

「……」

「世に出回る書物にはほとんど書かれていない俗説ですが、勇者様はお酒が好きで、様々な産地の酒を舌に乗せるだけで利き分けたとも言い伝えられています。戦時中には、戦友たちに酒場を経営したいとしばしば話されていたとか。国教会で祀り上げられている姿よりもずっと人間的な所がおありだったようです」

 会話はそれで終わり、キキさんは部屋を退出した。


 クークラは嫌っていたが、スヴェシは一廉の人物のようだ、とキキさんは見た。だが、本人も言っていたように、ハクの幽閉を「聖務」として行う立場の人間である。


 なかなかに厄介なものだ、と、キキさんは思った。




02.


「砦改め」とは参謀本部内の点検である。勇者に命じられた「砦跡の管理」を、ハクがちゃんとやっているかどうか確かめるための調査。それを儀式として行うものだった。

 以前は数日をかけて徹底的にやっていたそうだが、二代前の主教が簡略化してしまい、それがそのままの形で続いていると言う。今では、半日で砦跡を見て回るだけになっている。


 ハクの先導のもと、スヴェシが砦跡の全ての部屋を検分し、部屋ごとに許可不許可を判断する。不許可があった場合ハクにはペナルティが課され、何がしかの責務をこなさなければならなくなる。責務の内容はその年によって違うと、キキさんはハクから聞いている。

 スヴェシの目は鋭く、どんな小さな乱れも見逃さないよう監視していたが、不許可を言い渡される部屋はついに一つもなかった。従者として付いていたキキさんも、終わった時にはさすがに胸をなでおろした。

「不許可が一つもなかったのは、七十年(キキさんやハクにとっては七年程度の感覚)以上の記録の中でも初めてのことですね」

 スヴェシは、点検が終わった後、ハクに言った。

「自分の力でそう出来るよう、精進しなさい」

「……はい」

「では昼食の後、ニの聖務、奉神礼と説教を行います」

 その言葉を聞き、ハクは少し首をすくめた。表情には怯えの色が濃い。


 昼食を終えて、ハクとスヴェシは会議室へと入った。誰も入ってはならぬと厳命されたので、キキさんは夕食の準備を終えると、私室としてあてがわれている二階の一室で待つことにした。


 ハクの表情は気になったが、まさか殺されるわけでもあるまい。これが終わればスヴェシも帰るのだから、精神的なフォローはその後にするしか無い。

 そんな事を考えていると、部屋のドアがノックされた。

「どうぞ」

「……失礼します」

 スヴェシと顔を合わせないよう、砦改めの時には外に出していたクークラだった。珍しく沈んだ表情で部屋へと入ってきた。

「クークラさん……。ハク様が心配ですか?」

「うん……。ねえキキさん、ちょっと付いて来てもらっていい?」

「なんでしょう?」

「来てもらえれば分かる……分かります」

 クークラについて、キキさんは砦跡二階の一番奥の部屋へと入った。ここも普段は使われていないが、今は砦改めのためにヒカリムシの灯台が灯されており、中は明るい。


 部屋に入る前、クークラに「中では絶対に物音をたてず、喋らないよう誓って欲しい」と言われた。

 頷くと、何故なのか聞く前にクークラがドアを開けた。




03.


 クークラは足音を忍ばせて部屋の奥へと進んだ。

 キキさんが付いて行くと、クークラは壁に取り付けられていた小さな金属製の蓋を開けて、耳を寄せた。ゼスチャーで、キキさんにも同じようにすることを促す。


 それは伝声管だった。


 参謀本部内部に、会議室を中心に伝声管が張り巡らされているのはキキさんも知っていた。しかし、全ては戦後に埋められてしまい、使えなくなっていたはずだ。

 クークラがヘビかなにかに取り憑き、その体で秘密裏に使えるよう整備したのか。勝手に憑依体を換えるのは危険も伴うためハクに禁じられているはずだが、クークラならばその程度のことはやりそうだ。

 キキさんはクークラに近づき、一つの伝声管に二人で耳を当てた。


 聞こえてくるのは、スヴェシの説教と、それを復唱するハクの声。


 国教会の教義教説と、その意味の解説を交互に行い、復唱と同意をハクに求める、そんな形式で行われている説教だった。

 音を立ててはこちらの気配が伝わってしまう。キキさんとクークラは、しばし黙って聞き入った。


 スヴェシの声は、まずハクの母ミティシェーリの「悪行」を述べ立てていた。その全てをハクは復唱する。


 下の大地において、死と破壊の風雪を巻き起こしたミティシェーリはまさに悪の権化であり、神はその存在を許さず、勇者を降し給うた。


 スヴェシはハクに、母は邪悪であると声に出して確認させて、説教は続く。


 邪悪の娘もまた悪であり、しかし何の能力も持たない、無能にして無為なる存在であった。邪悪なれども無為であるが故に、勇者は慈悲を賜い、命を助けた。


 勇者を崇めよ。勇者を崇めよ。


 聖歌を歌い上げるにも似たスヴェシの説教に、ハクが自分が無為無能である事を認め、そして勇者を称える声が続く。


 スヴェシはその後も延々と、国教会の聖書でもある「戦史書」において史実とされる事柄を交え、あるいはハクが砦跡に幽閉されてからの行為行動を挙げて、ミティシェーリの邪悪とハクの無為を言い立て、微に入り細を穿ち、神の御使である勇者を称え従うべしと謳いあげた。


 ハクは挙げられる全ての事を、復唱し、了解する。それによって自分の邪悪さと無為無能である事を心に刻み込んでいくかのようだった。


「奉神礼と説教」を聞きながら、キキさんは冷静に考えた。


 ハクは魔王ミティシェーリの娘である。

 普段のハクの姿を見ているとつい忘れそうになるが、その存在は下の大地の人間たちにとって、確かに大きな悪と言える。

 氷の種族たちが残した傷跡は、それほどに大きい。


 人間たちも。

 魔王や勇者に関する事柄を一手に管理する国教会も。

 ハクに鬼胎を抱き、今なお畏れているのだ。


 ではどうするのか。

 殺滅は許されない。それを勇者が禁じた事は、戦史書にも記載されている。国教会において勇者の行いは絶対的に肯定されなければならない。


 結果として。

 まず国教会は、ハクを砦跡へと幽閉し、生き残った氷の種族たちから隔絶した。


 ……隔絶それ自体は失敗しているようだが……。


 それでも、ハクを新しい旗頭として立たせず、自分たちの管理下に置く事には成功した。

 だが、それだけではまだ不安を拭い去るには足りない。

 ハクが心の底から国教会に従い、絶対に逆らわないようにしなければならなかった。


 その方法として選ばれたのが、この「奉神礼と説教」なのだろう。もともと気の強いタイプではなかったハクが、長じて更に自信を失い、文字通りの無為な存在となるように。

 時の最果てに至るまで、ただ無力な存在として在り続けるために。

 国教会は現在も「宗教的努力」を続けているのだ。

 ハクの心を、折り続けているのだ。


 その意義はわからないではない、と、キキさんは思った。


 だが。


「……やり方が気に入らないな……」

 思わず、呟いた。

 一瞬、向こうに声が漏れたかと思ったが、ちょうどスヴェシの朗々とした説教の最中だったため届かなかったようだ。


 ふと、キキさんはクークラが震えていることに気づいた。

 人形に取り憑いている限り、クークラが涙を流すことはない。

 だが、泣いているのは分かった。


 キキさんは、伝声管の蓋をそっと閉めて、クークラを抱き寄せた。


 声は出せない、音も立てられない。クークラはキキさんにしがみついて、流れない涙を流していた。




04.


 部屋へ送ると、クークラはただ黙ってそこに篭ってしまった。


 スヴェシとハクが聖務を終え、会議室を出た頃には既に夜になっており、重い雰囲気のまま晩餐が行われた。


 その後、ハクは手提げの金属の箱を持って来て、スヴェシの前に置いた。

「氷結晶受領」の儀。

 人間の身体にダメージを与えるほどの冷気を箱は内部から放出しており、見ていられずにキキさんは断熱効果のあるハンカチを出して、持ち手をくるもうとした。

 が、それをスヴェシが止めた。

「氷結晶受領」は国教会にとっても自分に取っても大切な聖務であり、これは直接手で持つのが宗教的な義務である、と、言ってハンカチをキキさんに返した。

 スヴェシは、氷結晶の収められた箱を左手に持ち、砦を後にした。キキさんはそれを見て、スヴェシの左手がやや不自由だった理由を知った。毎回、凍傷になりかけているのだろう。

 それでも氷結晶を手放さない意志力に、キキさんは素直に感心した。


 スヴェシが帰った後、ハクのテンションはいつになく高かった。


 一仕事終えた! と、ハクは言った。

 それが強がりであることは、盗み聞きをしていたキキさんとクークラにはよく分かった。おそらくは、周りに心配させまいとする気遣いと強がり。また放っておけばどん底に落ちていくであろう精神との兼ね合いを取っているのだ。


 この時のハクはクークラに対して、いかにも保護者ぶった態度を取った。クークラもそれによく従い、ハクを立てていた。


 旅に出たいな。

 ふと、ハクが言った。


 もう、この砦跡から逃げ出して。

 クークラに、世界を見せてあげたい。


「ハク様……」「ハク……」

「ああいや、冗談ですよ? ここから出ることが出来ないのなんて、よく分かってます」

「でも……」

 クークラはハクに甘えるように抱きつく。

「ボクも外の世界を見てみたい。いつか……もしもハクがここから開放されることがあったら、連れて行って?」

「ええ。……いつか……。きっと……」

 遠くを見るような目で、ハクはクークラに応えた。


 そして、思い出したように口調を変えて、クークラに言った。

「そうだクークラ。考えていたのだけど、あなたキキさんの仕事を手伝いなさい」

「え?」

「そして、キキさんの仕事を減らして、浮いた時間で魔術を学びなさい」


 いささか唐突ではあったが、キキさんはなるほどと思った。


 それならばキキさんも気兼ねなく魔術を教える時間を取れるし、もともとのハクの願いでもあった、社会人の仕事ぶりをクークラに見せるという事にもなる。

 術を学べるとあって、クークラの目も輝いていた。


 以前「考えていることがある」と言っていたが、これか。


「事後承諾になってしまいますが、それで良いでしょうか、キキさん?」

「わたくしに言うことはありません。良い考えだと思います。……いや、しかし」

「しかし?」

「本来、募集要項になかった仕事ではございます。お引き受けする代わりに、一つだけ、ワガママを聞いていただければと思います」

「え? ……それはどんな……」

「ハク様のお創りになる氷結晶を見せて頂きたく存じます」

「それは……」

 氷結晶の創造は、例え誰であっても見せることは禁じられているのです、と、ハクは申し訳無さそうに答えた。

 それを予測していたキキさんは、ちらりとクークラを見る。

 クークラもその意味をすばやく感じ取り、ウルウルした視線をハクに送った。無言のうちに、術を学びたい、だから見せてあげてほしい、という意味を込めている。

 ハクは、苦笑いをしながら一歩後ずさった。

「先にご訪問下さったゲーエルー氏も、ハク様が創った氷結晶をご覧になられたと」

「あ……あれはあのオジさんが強引に……!」

「ハク様」

「は……はい」

「ハク様は従順でいらっしゃいます。それはハク様の良い点でもありますが、しかし国教会は御自身を幽閉している、いわば敵対者でもあります。どうでしょう。多少は逆らってみるのも、悪いことではないと思いますよ」


 キキさんの言葉に、ハクは表情を変えた。

 ずっと、ずっと。

 ハクに刷り込まれていた国教会に従わなければいけないという感情に、極わずかだが亀裂が入った。


「……そうですね」

 ハクは、珍しくいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「別にバレる訳でもないし。……せっかくだから……。私の仕事……。むしろ、見て……もらいます」

次いで、「◇ 閑話休題その4 ◇ スヴェシに関して」をお楽しみください。

悪役のスヴェシですが、その心の奥にはかなり意外な好みと動機が……。

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