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第ニ話 第三章「大気に満ちる魂」

疲労困憊のハクを見舞うキキさん。

その際に、魔術「アニメート」について書かれた書物をクークラへと渡します。そして、アニメートとも関わる概念「大気に満ちる魂」とは何か、それを彼女たちに伝えます。


01.


 氷結晶の作成で疲労困憊してしまったハクを寝かせつけて、看病の体制を整え、後をクークラに任せて帰るだけになった時。

 超過勤務の二日分を公休で振り替えるようにと、ハクは言った。

 キキさんが「そういう部分はきっちりしておきたい」という性格なのを理解し、応対してくれたのだろう。


 キキさんは、ハクのそういう所を好ましく思った。

 しかし。

 寝込むハクを置いて帰ることを、なんとなく後ろめたく感じてもいた。


 本来の公休は二日。さらに二日増やして四日間の休み。

 自分の館の掃除や管理作業は、一日で終わってしまった。

 他に特別やっておきたいことも無い。そのため残りの三日間は完全にフリーになった。

 それならばと、キキさんは趣味の機織りをするために織り機に向かってみたが、どうも調子が出ない。


 集中できない。

 やはりハクとクークラのことが気になるのである。


 クークラは、氷結晶を作った後に疲労困憊状態に陥るハクを、今まで一人でちゃんと看病してきた。

 だから心配するほどのことはない。なにより、自分は所詮アルバイトのハウスキーパーに過ぎない。業務外のことまで背負い込む必要はない。


 そもそも仕事と休暇はきちんと分ける。それが自分の性格であり、やり方だ。


 そうは思うのだが、感情はまた別である。どうしても二人が気になった。


 キキさんは、モヤモヤとした割り切れない気持ちのまま過ごすのが、実は人一倍苦手である。

 自分の「やり方」に従えば、普通にあと三日間休めばいい。しかしそれだと心の引っ掛かりが取れない。


 休みを返上して職場に行くのは、キキさんの仕事の美学に外れる。でもそうすれば、恐らくこのモヤモヤは晴れるだろう。

「だったら、ウダウダしていないで、やることを決めるべきよね」

 オフの素の口調でひとりごち、明日、出勤することに決めた。


 超勤は、もうサービス残業と割り切ろう。


 そうとなれば、明日の用意だ。

 キキさんは機織りをやめ、仕事の準備に取り掛かった。

 床を掃除するための、アニメートで動かす専用の丸い木板とそれに取りつけるモップ糸を幾つか。自分が使うための箒やはたきなどの掃除用具。何かと使うことの多い小さなナイフ。自分用のヒカリムシのランタン。それらを用意して、詰められるものはカバンに詰めて。


 それから。

 キキさんは、館の中の書庫に向かった。


 そこには、リーダーや仲間たちと共に集めた膨大な書籍が保管されている。

 クークラと約束した、魔術に関する書籍を探す。アニメートに興味があったようなので、それに関連する事柄が書かれた本を、時間をかけて選別していった。


 付喪神に関する研究論文。「大気に満ちる魂」に関しての基礎的研究書の選集。キキさんが手ずから書いたアニメートに関するメモや覚書の寄せ集めを読みやすく編集し製本したもの。死者と魂と生物と無生物の関係を記した書籍。戦時中にアニメートを使い「下の大地」の軍勢を苦しめた氷の種族の術師「ヴァーディマ」について書かれた本。

 どれも簡単な書ではないが、そもそも初心者向けの魔術書など存在しない。クークラがこれらを読み、理解するまでにどれだけの期間がかかるかは分からないけれど、努力するにも指針が必要だ。これらの書は、きっとクークラを導いてくれるだろう。


 初めてアニメートを使いこなした時のこと。リーダーが褒めて、頭を撫でてくれたこと。魔術の本質を理解せず失敗した時のこと。キキさんはそんな思い出を頭に浮かべながら、深夜に至るまで本の検索と選別を進めていった。





 02.


 寝不足。

 しかし通常の出勤時刻に遅れること無く、キキさんは砦跡に入った。

 ハクの寝ている部屋をノックすると、驚いた声を出してクークラがドアを開けた。

「え? キキさん?」

「おはようございます」

「お……おはようございます。……? あれ? 今日は休みじゃ……?」

「流石に、ハク様が寝込んでいるのを放っておくわけにも行きませんので」

「あ……はい。ありがとうございます」


 ハクは、ベッドに臥せっていたが、眼は覚ましていた。

 キキさんが部屋にはいると、びっくりしたように上体を起こそうとする。

「ああ、そのまま寝ていてください、ハク様」

「え? あ、じゃぁ……」

 ハクは言われるままに、また臥せた。

「お休みを頂いておりましたが、心配でしたので出てきました。ご迷惑ではないですよね?」

「ええ、ありがたいです。私は寝ているだけなので、クークラにも休むように言ったのだけど、あの子も強情で」

「ボクは別に強情じゃないよ。ハクを放っておいてもどうせ気になるんだから、ここに居るだけ」

 クークラの、いかにも「心外だ」と言わんばかりの口調に、ハクは微笑んだ。

「今日は掃除をする必要はないと思いますので、わたくしも看病の力添えに回りますわ。……それとクークラさん」

「はい?」

「先日、お約束したアニメートに関する書籍を持ってまいりました」

「え? ホント!?」

 クークラが嬉しそうに声をあげる。

「こちらになります」


 キキさんが、肩にかけていたボストンバッグから何冊もの書籍を取り出し、ベッドサイドテーブルに並べた。


 クークラが一冊を手に取り、パラパラとめくってみるが、段々と意気消沈していくのが解った。

「字は読めるけど……。内容は……何がなんだかよくわからない……」

「パッと見で理解されたら、それこそわたくし、腰を抜かしますわ」

「そういうものなの?」

「クークラさんが、今日持ってきた書物をすべて読んで理解されるまで、どれだけの期間がかかるか見当もつきません」

「そっか……」

 クークラは少し残念そうに応えた。

「キキさん」

 ハクが、ベッドの中から呼びかけた。

「なんでございましょう?」

「もしも時間が許せば、その書物の内容をクークラに解説してあげることは可能ですか?」

「それは。……無理というわけではございません」

「では、どうでしょう。もしも仕事の時間を短縮することができたら、その時間をクークラの勉強に当ててくださいませんか?」

「おっしゃることはわかりますが、わたくし、残業はしない主義で……」


 実のところ、キキさんは既にクークラに魔術を教える気にはなっている。

 融通が効かない自分の性格と兼ね合いのとれるような解決策をキキさんは考えたが、それを遮るようにハクが言葉を連ねた。

「ええ。それは伺っています。……私に、ちょっとした考えがあるのです」

「というと……?」

「もう少し、考えをまとめてから。その時に改めてお願いします」

「はい」

「ねぇキキさん……」

「何でしょうクークラさん」

「この本のタイトルにある、『大気に満ちる魂』ってなに?」

「そうですね。それは付喪神という現象や、ひいてはアニメートという術を理解するのに非常に重要な概念なのですが……。ちょうどいい折ですし、アニメートという術の基本的な考え方だけでも、お伝えいたしましょうか」

「うん!」

 キキさんの言葉に、クークラは手に持った魔術書を胸に押し当て、目を輝かせた。




03.


 ハクは今度こそ上体を起こし、クークラはハクのベッドの端に座る。

 キキさんは、小さなベッドサイドテーブルとセットの椅子に腰を下ろして、二人に向き合った。


「……大気には、魂が満ちています」


 と、頭の中で伝えることをまとめながら、キキさんは話し始めた。


 大気に満ちる魂……あるいは単に大いなる魂とも呼ばれますが、それは無数の小さな魂が同化して出来たものになります。


 生き物は、身体と魂から成り立っています。

 それが死を迎えると、宿っていた小さな魂は身体を離れ、大気をたゆたいます。そしてその小さな魂は分解され、大気に満ちている大きな魂に、練りこまれるように同化していきます。

 中でも、記憶や性格といったような自我を司る部分は、死んだ瞬間、つまり身体から小さな魂が離れた瞬間から大いなる魂に取り込まれて行くようです。

 もっと単純な、怒りや恨みといった強い感情はまた別ですが……。

 

 大雑把に言うと、大気に満ちる魂は、様々な個体の魂の集合体です。

 そして、無数の小さな魂は分解されて取り込まれるため、個々の自我を持ちません。


 そうですね、例えて言うならば混ざった絵の具のようなものです。赤や青など本来は自分たちの色を持っていた物が、全て混ざって個々の色を失ってしまった絵の具のような。

 もっとも、大きな魂にはムラがあります。濃淡もあります。

 大きな魂の密度が濃厚な地帯もあれば、薄い土地もあるし、小さな魂も均一に交じり合うわけではありません。


 実のところ、大気に満ちる魂が具体的にどのようなものか、それは未だしっかりと解明されているわけではないのですが、それはともかく。大気には、そのような大いなる魂が満ちているのです。


 この大気に満ちる大きな魂は、ただ小さな魂を吸収するばかりではありません。


 時に……。いえ、世界中全てを俯瞰することが出来れば頻繁に。大気に満ちる魂はその一部を物質に分け与えています。あるいは、物質が魂を引き寄せています。


 それが、年経た器物に宿れば付喪神となります。

 あるいは、「北の地」の風雪と混じり合えば……。


「氷の種族になる?」

 クークラが、首を傾げながらキキさんの言葉を継いだ。

「そうです。ハク様たちの一族は、そのようにして形を成したものです。わたくしも……」

「キキさんも?」

「わたくしも生まれた時のことは覚えておりませんので、これは自分のリーダーたちとの推測になるのですが、悲しみの中で死んだ子供たちの魂が、強い負の感情のため大きな魂と完全には混ざりあえずにたゆたった末、鶏や狼、ボルゾイ犬、吸血鬼の牙、捨てられた衣服などの物質と集合し、わたくしが生まれたのではないかと」

「そうやって一部を分け与え続けて、大気に満ちる魂は無くならないのですか?」

 ハクが不思議そうに聞いた。

「大いなる魂の全てを観測することに成功した者がいないので、その増減を知ることはできません。ただし、大きな魂の総量は、常に増えているのではないかと考えられています」

「それはなぜ?」

「人間を含めた動物の存在があるからです。彼らは魂を分け与えられて生まれてくるのではありません。自ら魂を持って生まれてくるからです」

「それらの魂も、死んだら大きな魂に吸収される……?」

「ええ。ですから推論として、大気に満ちる魂の総量は常に増え続けているのではないかと」

「キキさん。悲しみの中で死んだ子供の魂は、大きな魂とは混ざらないの?」

「激しい感情や、強い意志をもった魂は、他とは混ざりにくいようです。ただし、同じ感情を共有した小さな魂同士は、大きな魂の中で引かれ合い、独自に混じっていくようです。だから大きな魂は、決して均一の状態ではないのです」


「じゃあ、強い意志を持って死んだ人の魂が、混ざる前に何か別のものに宿ったら、それは生まれ変わりのようなことになるの?」

「分かりません。なぜならば、それほど強い意志を残した魂を、わたくしは見たことがありませんから」


「つまりアニメートというのは……」

 クークラが呟く。それに対して、キキさんは安易に答えを与えず、考えるよう促した。

「クークラさんならば、もうお察しではないのですか?」

 少しの間考えて、クークラの思考は答えに行き着く。

「……大気に満ちる魂の一部を、無理やり物品に宿らせる術……」

「ご名答でございます。もっとも、無理に憑依させるので、しばらくすると魂は離れ、元の無生物に戻ってしまうのですが」





04.


 そこまで話した時、ふとキキさんとクークラが辺りを見回した。

「?……どうしました?」

 二人の動きに、ハクが首を傾げる。

「スヴェシが来た……」

 クークラが呟いた。同時にキキさんも、

「大気に満ちる魂が敵意を持っています」

 と、言った。


「以前から感じていたのですが。この砦の周りの大きな魂の中には、多少異質なモノが混じっています。普段はそれほど感じられないのですが、砦跡に近づく者に反応して、それを観察している気配があります」

 普通、大気に満ちる魂の一部がそのような「感情」を持つことはありえないのだが、しかし初めて砦跡に来た時にも、自分が監視されているような気配を察したことがある。キキさんにとっても、大いなる魂がそのように動く理由は謎で、異質なモノとしか表現できない。


「理屈はわからないけど、スヴェシのヤツが来るときはいつもこんな、イヤな感じがするんだ」

 クークラは、スヴェシという人物に対する不快感を隠していなかった。

 それにしても、クークラは自分と同じモノを感じ取っているのだろうか? と、キキさんは思った。本能的に大気に満ちる魂の動きを感じているのであれば、それはアニメートという術との相性が非常に良いと言えるのだが。

「それが本当なら、今年は早かったですね」

 ハクはまだ少しふらつきながらベッドから降りた。

「クークラ、あなたは自分の部屋に居なさい。あの方の前でそのような態度を見せては問題になります。キキさんは、以前話していた通り、応接室を賓客対応にしておいて下さい。すみません、本当は次のシフトの時にゆっくりやってもらおうと思っていたのですが……」


「いえ、ちょうど今日、出勤していたのは幸いでした。早速仕事に取り掛かります。ハク様は?」

「私はスヴェシ様をお迎えして、まずは会議室へ入ります。報告義務のある事柄を、書類提出と同時に行いますので、少し時間がかかります。その間に、応接室の準備をお願いします」

 ハクが指示を出し終わったのと同時に、鉄の扉をノックする音が砦内に響き渡った。


 そこから、事態は慌ただしく動いた。


 ハクが国教会の主教スヴェシを迎えに行き、共に会議室に入るのを見届けると、キキさんは応接室の準備を始めた。

 応接室を賓客対応にするとは、ソファーを片付け、ディナー用のテーブルと椅子を用意し、かつ正式な形の饗応の準備をするということである。

 報告業務には時間がかかるとハクは言っていたが、準備は全速力で行わなければなるまい。

 キキさんは、砦跡に来て二回目となるシャドウサーバントの術を使い、作業を終わらせた。


 国教会からの査察が春に行われるとは聞いていたが、まだ冬も明けきっていない時期だ。ハクも油断していたのだろう、準備が整っていない。予定の立っていないバタバタした仕事は、キキさんの望むところではない。

 寝不足のせいで眠くなっても来た。

 今年は仕方がないが、来年は例え時期を外してきても対応できるようにしておかなければ。


 晩餐として出すための料理を用意しながら、キキさんはそう心に誓った。

次回更新は2019/05/31日になります。

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