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第二章第二話「魔王の護衛官」

本来ならば来客などありえないはずの砦跡に響いたノックの音。

やってきたのは、ハクの母「ミティシェーリ」の護衛をしていた男性ゲーエルーでした。

キキさんが応対をし、ハクの子供の頃の話や、氷の種族の戦争の話などを聞きます。






01.


 砦跡。参謀本部の一階。

 かつて執務室として使用されていた一部屋は、今は応接室に改装されている。

 とは言え、魔王の娘ハクが幽閉されている場所に来客などあるはずもなく、キキさんが来てからまだ一度も使われていなかった部屋だ。


 その内部に、今、豪快な笑い声が響いていた。


 ソファに座っているのは、人間ならば四十代程に見える男性。身に着けていた灰色のフードローブはキキさんの手でハンガーラックに掛けられ、今はタンクトップに薄いズボンというラフな格好をしている。

 衣服は旅塵に塗れ、青く透き通るような髪も雑に切り揃えられてボサボサ。しかし長身で厚みのある身体にムダの無いしなやかな筋肉の肉体美を誇り、そのラフさはむしろ男性的な魅力を高めていた。

 ソファの後ろには使い込まれた長剣が立てかけられており、その物腰や立ち居振る舞いからかなりの使い手であるとキキさんは見て取った。


 胸には、ハクと同じ氷の塊のような核が露出しており、氷結晶を繋いだ細いワイヤーの首飾りをしている。


 これまで使う機会のなかった応接室ではあるが、キキさんの仕事に隙は無い。いつ客が来ても良いように整えられている。

 来客用に用意された黒ゴマ入りの乾パンとジャム、食料庫から持って来たチーズとサラダの軽食を、手早く作って差し出すと、客の男性は目を丸くし、そして笑った。

「いや、驚いた。ここで、まさかこんな歓待を受ける日が来るとは思っていなかった」

「さようでございますか」

「今までの嬢ちゃんのもてなしといえば、部屋は散らかっている上に料理は下手……まぁ心を込めてはくれたが、それ以外はひどいものだったからなぁ」

 言葉は荒いが、口調に不満げな響きはない。むしろハクへの親愛の情が感じられる。

「ハク様は、そのような仕事に関する教育を授かる機会に恵まれませんでしたから」

「うむ。あの娘に関しては小さい時から見てきたわけだし、それは解っている。だが覚悟の上で来てみればどうだ、部屋は整って塵ひとつ無い。待たされもせずに出された食事は美味い。しかも応対してくれるのは別嬪さんときた。……こりゃぁ、もっと頻繁に顔を見せに来ねばならんなぁ」

「そうして頂ければ、ハク様もきっとお喜びになりますわ」

「まぁ別嬪さん、座れ座れ。嬢ちゃんが氷結晶創りに篭っているのでは仕方がない。ちょっと話し相手になってくれ」

 では失礼致します、と、応えて、キキさんはゲーエルーの向かいのソファに腰掛けた。

「夜魔のキキと申します。先年より、砦跡のハウスキーパーとして使って頂いております」

「氷の種族のゲーエルーだ。ミティシェーリの姐御の護衛役を自認していた」


 ゲーエルーの名は、国教会の聖書である『戦史書』にも見ることが出来る。魔王砦の最後の戦にて勇者が魔王を討つ直前、その威光に怯えてミティシェーリを見捨て逃亡した、卑怯で小心な近衛兵長として描かれていたはずだ。

 目の前に居るゲーエルーは豪放な感じで、国教会に造られたキャラクターとはイメージが随分と違うな、とキキさんは思った。


 互いの名乗りが終わった時、三つのグラスとジュースの入った水差しを盆に乗せ、クークラが戻って来た。

「お久しぶりです、ゲーエルーさん。ジュースを持って来たよ……来ました」




02.


「独り身だと誰かと話せる機会というのが嬉しくてね、別嬪さん」

「キキです。……ええ、わたくしとしてもハク様のお母様や子供の頃を知っている方の話を聞けるのは、貴重な機会だと思いますわ」

「ボクも、ゲーエルーさんの話は好きだよ。外のお話は本当に面白いもの」

「そうかい、そうかい。嬉しいねぇ。さて、じゃぁ……」


 ゲーエルーは、自分の来歴を話し始めた。


 嬢ちゃんの母ミティシェーリ……。敢えて姉御と呼ばせてもらうが、姉御が「北の地」で氷結晶を作り始めたのは、最初は趣味のようなものだった。冷気を操り圧縮していく事で、宝石のような塊に変えるんだ。出来上がる氷結晶が綺麗で、姉御はその作成が楽しくてたまらなかったらしい。

 冷気を操るなんてのはオレたち氷の種族にとって生まれつき当たり前に持っている能力だが、しかしそれを圧縮する感覚というか才能は姉御にしか……。おっと、姉御と嬢ちゃんにしか無かった。


 そして氷結晶には人を魅了する美しさがあり、特に若くて粋がっている奴らがその虜になった。


 オレはその頃からミティシェーリの姐御とよくつるんでいた遊び仲間の一人だった。

 若かったな。オレも姐御も。仲間たちも。

 そのうちに、氷結晶を持っていれば、暑い気候の「下の大地」にも降りられることが解った。その頃には既に、かなりの数の若者が氷結晶を手に入れていた。

 若かった俺達は、それ相応に好奇心が強かった。「下の大地」を見てみたい。最初はそれだけの事だった。

 それにせっかく得た力だ。使わねば損だと、皆が思った。

 氷結晶にのぼせ上がるようなヤツらはいくつかの勢力に分かれてて、まず最初に姐御が中心となっているグループ……つまりはオレ達が、下の大地に降りることにした。


 大人たちは反対したよ。そもそも氷結晶の流行に対してもいい顔をしていなかった。今ならその気持も解る。結果も結果だったから、余計にな。しかし当時のオレたちは、新しい流行を敵視する大人たちなど、解けて滴り落ちるのを待つだけの盛りが過ぎた雪の花だと嗤った。大人たちが行くなと言えば、むしろ積極的に出て行く、そんな空気だった。


 姐御は、陽気でノリが良くて、そのクセやたらと意志が強くて……そう、娘の嬢ちゃんとは正反対の性格だった。別嬪さんも、冷徹残忍な魔王としてのイメージをまさか信じているわけではあるまい。あれは国教会が自分たちを正当化するため広げたものだ。

 とにかく、姐御は陽気で美人で頭が良かった。氷結晶の作り手という事もあって本当に凄い人気だったし、その人気にちゃんと応えもした。カリスマだったんだ。


 オレはグループでも若い方だったが最古参で、しかもケンカが強かった。馬鹿みたいに強かった。頭は悪かったがな。

 姐御にのぼせ上がってバカをやる連中も少なくはなかったから、北の地に居た頃からオレはその護衛役を買って出ていた。結構、重宝されていたんだぜ。おかげで姉御の崇拝者たちからも羨まれる立場に居た。なんせ、常に“あの”ミティシェーリの側に付き従っているんだからな。


 しかし、娘の嬢ちゃんは可哀想だった。

 下の大地に降りたのは多くが姐御に惹かれて寄ってきた若い連中だ。といっても嬢ちゃんのような子供ではなかったし、とにかく嬢ちゃんには同じ年くらいの友人がぜんぜん居なかった。

 しかもその後、オレを含めて仲間たちが大きなバカをやらかして、下の大地の人間たちと戦争状態になった。

 皆が刺々しくなっていく中で、戦火に怯えながら幼少期を過ごす事になったんだ。嬢ちゃんが、引っ込み思案で無口で一人を好むのもそのせいだろう。見た目はそっくりだが、性格は姉御とは似ても似つかない。しかし、それも仕方のないことだろうと、オレは思う。




03.


 クークラがグラスに注いだジュースを一息に飲んで、ゲーエルーは続けた。


 姐御は嬢ちゃんと過ごす時間を取ることが、どんどん難しくなっていった。なんせ下に降りたら難しい問題がいっぱいだった。大人しくしろって言ったって、もともとが粋がっていた若いのばかり。問題を起こす奴はどうやったって起こす。その上、別のグループも下に降りてきていて、連絡すらままならないそいつらが起こした事件を、こっちのせいにされて攻められたりもした。


 挙げ句の果てが全面戦争だ。


 もちろん、下の大地の人間にしてみれば、氷の種族は災厄だったのかもしれない。しかしオレたちにとっても辛いものがあったんだぜ。


 姐御はそんなのをまとめるのに精一杯で、娘との交流が出来なかったんだ。

 あの人はそれを後悔していた。

 心底、後悔していた。

 オレも相談を受けたから、それは本当だ。


 だから、そういう意味では嬢ちゃんが氷結晶を作る能力を受け継いでいてくれてよかったよ。氷結晶作りの手ほどきであれば、姐御も嬢ちゃんとの時間を作ることができた。周りが納得しやすかったからな。


 嬢ちゃんは、今、氷結晶創りで工房に篭っていると聞いたが、邪魔してはいけないとオレは思う。

 あの娘の創った氷結晶は、オレも一度……うん「見せてもらった」ことがある。

 氷結晶としての質や能力は姐御のそれと同等。

 だが美術的な仕上げは姐御が逆立ちしても敵わないほど上を行っている。作成速度は姐御の方が数段上だったが、今は戦時中ではないから、それはそれで良いと思う。


 嬢ちゃんの氷結晶。あの仕上げの丁寧さは、氷結晶創りが心から好きでなければ無理だろう。


 オレは思うんだ、別嬪さん。

 あの娘は氷結晶に母への想いを込めているんじゃないかと。


 いや、そうでもなければ姐御が可哀想な気がしてな。

 ミティシェーリの姉御は、娘に恨まれても仕方がないと言っていた。その時の泣きそうな姐御の顔を思い出すと、やっぱり嬢ちゃんには母親のことを想ってやってほしいんだ。


 まぁオレは嬢ちゃんよりも、やっぱり姐御の方を近く感じるから、そういう考えになってしまうんだがな。


「そう言えば……」

 と、ゲーエルーは話題を少し変えた。湿っぽくなったのを嫌ったのかもしれない。

「別嬪さんは、どんな理由でここで働くことになったんだ?」

「キキでございます。……そうですね、自分は最果ての森に住んでいるのですが、近くの街にブレイブハートというバーがございまして、そこのマスターの口利きで縁を結んで頂きました」

「最果ての森とは、また遠い。近くの街ってのは、カニエーツかい?」

「その通りでございます」

「カニエーツのブレイブハートか……」

 キキさんの答えを聞いて、ゲーエルーは苦い顔をした。

「ゲーエルーさん? どうしたの?」

 不思議そうにクークラが聞く。

「ああ、クークラは知らんかもしれんが、あそこは戦争中期の激戦地でな。今でこそただの辺境だが、勝ち続けていたオレたち氷の種族が初めて負け戦を経験した土地で、そこからあの戦争は逆転されていったんだ。それに、ブレイブハートって……」

「? 勇者?」

「そうだ。あの街は勇者の出身地で、初めてヤツが頭角を表した戦いでもあったんだ」




04.


「ゲーエルーさんは、その時に勇者を見たの?」

「見たさ。いや、見たなんてもんじゃない。剣を交えた」

「ホントですか?」

 クークラはもちろん、これにはキキさんも驚いた。カニエーツの戦いは、国教会も重要視する歴史の一ページである。そこに参戦していたとは。

 戦史書で語られるゲーエルーは、魔王が討たれる寸前の数行のみ。いわゆる「チョイ役」である。

「勇者って、ハクのお母さんを殺した人でしょ? どんなだったの?」

 クークラの無邪気な、その割に言葉を選ばない問いかけに、ゲーエルーは答えた。

「国教会の神品(聖職者)どもは紅顔の美少年として言い伝えているが、あれも嘘だ。確かに年端の行かない少年だったが、その割には毛深くて筋肉質でオッサン臭い……なんというか、熊みたいな感じのヤツだった」

「強かったの?」

 何気ないクークラの質問を受け、ゲーエルーは身震いする。

「ゲーエルーさん?」

「……強かった。あれは……強かったとしか言いようが無い。カニエーツと、敗戦間際のこの砦で、ヤツとは二度、剣を撃ち合わせたが、オレの首が今でもくっついているのはオレが強かったからじゃない。運が良かったからだ」

 どう考えても勇者を憎んでいるだろうに、その強さは素直に認めるのか……と、キキさんは思った。勇者とは、やはり半端ではないモノを持っていたのだろう。


「カニエーツの負け戦の後も、オレはずっと姐御の護衛をした。最後には追いつめられて、他のグループの生き残った奴らと合流してここにあった砦を改修し、立て籠もった」

 ゲーエルーは、少しトーンを下げて、続けた。

「それも負けて、仲間たちは殆どが殺された。勇者が、砦に潜入して姐御を討った。それが全てだ。オレは……守りきれなかった」

 キキさんとクークラは無言で聞いていた。

「姐御を討たれたら、オレたちはもうまとまることが出来なかった。それでも、やっぱりオレは運だけは良かったんだな。なんとか包囲を切り払って脱出し、北の地に逃げ帰ろうとした。だが、大人たちは下の大地に降りたオレ達を受け入れなかった。災厄を北の地にまで及ぼすのを許さなかった」

「……だから、今でも逃亡を続けているんですね」

 キキさんの静かな問いかけに、ゲーエルーは肩をすくめる。

「ここを落ち延びたのは少数だが、皆、あれからずっと下の大地を逃げまわっている。国教会から指名手配されているし、専門の追手が放たれているから、なかなか気が抜けん」

 だがな、と、湿っぽくなった空気を再び振り払うように、ゲーエルーは笑った。

「国教会、あれは弱体化してきたな。下の大地の人間たちは、オレたちに比べて遥かに寿命が短い。あの戦争当時の記憶を持つ者ももうほとんど生存していない。オレを追い回すヤツらも、代替わりする度に質が落ちていく。それに……」

「それに?」

「嬢ちゃんが創っている氷結晶。その管理はすべて国教会がやっているが、あれは単に王族や政治屋どもに売りさばいているだけだ。税金と喜捨以外でも金をかき集めていやがる。奴らの金集めはそれだけでは無いが、一事が万事と言うやつだ。金と欲に塗れれば、組織なんて腐敗して自壊していく」

 なるほど。

 しかしそれは、ハクにとっては悪いことではないのかもしれないと、キキさんは思った。

 国教会が金を求めれば、高い値がつく氷結晶はその重要性を増す。

 氷結晶の需要が増えれば、それだけハクの発言力は上がるはずだ。


 しかし。

 国教会が、もし弱体化を続けたら。

 果たして、給料の支払いはどうなるだろう? 賃金は、ハクからではなく国教会からの払いになっているのだが。


 ゲーエルーは、一泊だけして去っていった。


 追われている身である。長居はできない。

 まして砦跡に出入りしていると国教会に知られれば、累はハクにまで及ぶ。

 彼は早朝、まだ昏い時間に出立していった。


 ゲーエルーと入れ替わるように、ハクが工房から出てきた。疲労困憊してフラフラの状態だった。

 キキさんが、ゲーエルー氏が来ていたと告げると、ハクは笑って言った。

 あのおじさん、母と仲が良かったし、基本的に悪い人ではないのだけれど、捕まったら話が長い。

 それに。

 人の名前を呼んでくれない。いつまでたっても嬢ちゃんって言う。

 キキさんは、苦笑いしながらそれに同意した。


 ハクを寝かせつけ、看護のための体制を整えてクークラにバトンタッチすると、これでやっとキキさんも帰るだけになった。


 主義に反して、二日間の残業をしてしまった。

 超勤手当は出るのかしら、と、キキさんは思った。


 金の問題というより性格として、そういう所はハッキリさせておかないと落ち着きが悪いキキさんなのである。

引き続き、閑話休題その三「クークラに関して」をお楽しみください。

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