記憶が飛ぶ一撃
人は頭部に強い衝撃を受けると、記憶が飛ぶと言われる。
『というわけで、今からあたしが全力であんたの顔面をぶん殴るけど、いいよね?殴られた記憶がホントに飛ぶかどうか、藤砂で試したいの』
『どこがいいんだ?、……俺が痛いだけじゃないか』
どこにでもありそうな公園。そこに小さい頃のとある男女がいた。
今、メチャクチャ強い女の子である山本灯は、その自分よりも遥かに強い藤砂空に、先制予告をした。
ドゴオオォォッ
灯の拳の一発は、大人の骨を軽々と粉砕する。公園の滑り台を階段に作り変えちゃうほどである。遊具は大切にしようね。
『あたしの拳じゃ力不足かもしれない』
『待て待て、……やる意味はなんだ?』
独特のテンポで話す藤砂は、穏健に灯を止めようとするが。強い奴を見ると、ぶっ倒したいのは男女などの性別を問わず、強い奴のサダメである。灯は藤砂の態度に業を煮やし、
『ムカつくのよ!』
凶器を超えた拳を振り回し、藤砂の顔面のみを狙う。灯の必死な攻撃を藤砂は、2つ3つ離れた力量の差で回避をし、距離をとる。
『ならば、……そう最初から言え』
男女の違いあれど、お互いに好敵手という思い合い。素手での格闘に酔っている。
藤砂は灯のこれしかないとされる、突きの連打を捌いて、間合いを詰め、彼女の服を掴んで押し倒す。ほぼ藤砂からの攻撃はなし、灯を捕えた。これだけの差がある。
『はぁ~、……もう止めろ』
溜め息をついて、灯が藤砂に勝つことはあり得ないと伝える。
『馬鹿』
それでも灯は、抵抗以上の反撃をかます。金的狙いの蹴り。
『容赦なし、……だな』
『避けんな!』
灯は藤砂をどかし、起き上がると同時に構えを作る。その一瞬で、間合いを外していた藤砂は踏み込む。
『あんたをぶっ倒すって決めたから!』
灯も退かず。両者、拳を突き出す。
どちらかがもらえば、カウンターとなって大ダメージとなるだろう。
拳の差とリーチの差、速度。諸々含めて、足し算すれば10以上の戦闘力の差がある。
バギイィィッ
藤砂の拳が灯の口を捉えて、二度目にして、正真正銘のダウンを奪った。ぶっ飛ばしてのダウン。
身体能力の差が明らかであったが、
『藤砂。あんた、強いわね』
『どうかな、……お前より強いだけかもしれない』
『言うわね。ったく……。はぁ~。好きになったよ、あんたの強いとこ』
いつかは越えてやる。そう灯は、強いまま立っている藤砂に思う。
まずは自分も立とうって感じに
『さーって、第4ラウンド行こうか?』
『今日は帰って、……寝ろ』
『いやいや、一発くらい。あんたの顔面にぶち込んであげないと、他の奴を襲いそうなの。こんだけ負けたくらい、忘れられる一発をぶつけないと』
大した向上心。そして、戦闘狂ぶり。
『まったく、……良い女に絡まれたもんだ』
戦う。
『忘れないと、……終わらないか』
その執念は買う。だが、挑んだところで疲弊している体は正直で、ダメージを込みにすれば、灯の動きはスローと化している。藤砂が彼女の拳を恐れる事無く、掴むのは造作もないことだった。もう一発、藤砂の拳が来る。そんな灯の嫌な予感……
ギュッ
藤砂は、灯を抱いて
チュッ
唇にキスをするのであった。
ボーーンッ
って感じの、爆発が。灯の心からした気がした。3度目のダウンは力抜けての事。藤砂が離してあげて、間合いを外すと、灯の頬が赤くなっていた。
『な、何すんの!?あんた!殺し合いの最中に……』
怒る。当然。して、返す。
『それくらいされるほど、……今のお前は弱っている』
『!っ』
『動揺してるとこ、……含め』
『五月蝿い五月蝿い!ビックリしただけ!』
戦う気力が奪われてしまった。
『忘れろ、……俺も忘れるから』
『こ、こ、この。ぐぅ~、あたしの記憶飛ばしやがって……』
記憶が飛んでしまう一撃を、もらってしまう灯であった。
◇ ◇
「ぎゃはははははは!」
「あははははは!」
そんな昔話。否、作り話に。メッチャクチャ、爆笑している男女がいた。
二人の笑ってしまうツボが良く似ているんだろう。
男の、広嶋健吾はこの作り話の登場人物にまず言った。
「誰だよ、こいつ等!?美化し過ぎだろ!!はははは。藤砂が、……そんなことするのかよ!あいつにそんな気持ちねぇーだろ。ははははは」
女の、沖ミムラも。お腹抱えて、
「あ、アカリン先輩が!!キスの1つでこんなデレるの!?あはははは。あんな戦闘狂がこんな、……こんな展開で惚れるの!?ぶふっ、面白過ぎ」
そんな作り話を、真面目に作ってみたのは、小学生の阿部のんという子である。
真剣に疑問を解消するお話を作ったのは、理由がある。
「だっておかしいじゃないですか」
「おかしいのは、お前の作り話だ!」
なんで爆笑されているのか、分かっていない、のんちゃん。
真剣に2人に言ってみる。
「灯さんがどーして、藤砂さんが好きなのか!のんちゃんには分かりません!!」
「超酷いこと言ってるんだけど、のんちゃん。あはははは」
ミムラにも分からない事である。
ただ、誰かを好きになることにあーだこーだと、理解されもしない理由を出すのは不可能だという事だ。
「幼馴染にして、喧嘩仲間で、それでいて好きというのは!こーいう展開が一度あったのだと、のんちゃんは推測しているんです!」
「そこはあれだ……。人の自由にしろよ!」
「ダメです!あんな、あんな…………血みどろな。ドロドロとは違う恋愛模様は、恋じゃないと思います!!のんちゃん、反対です!」
「うーん。確かにその」
ミムラは広嶋を少し見ながらのこと
「アカリン先輩と藤砂さんが、彼女と彼氏ってのは。認めたくないよねぇ」
「暇な時には二人ですぐ、殴り合いを始めるのに!買い物とか、お住まいとか、自由にやりすぎじゃないですか!のんちゃん、そんなのでカップルできるの、おかしいですよって!」
「でも、一番上手くいっているカップルっていう……」
何故、あれが成立するのかが分からない。
ミムラはのんちゃんに同調してあげる。分かってくれないだろう、その人。
「は?」
広嶋はよく分からない顔で、2人を見るのであった。そして、3人を見ている強烈な敵意もある。
「お前等、……俺と俺の灯で遊んでんじゃねぇよ」
そんな3人の話を聞いていた藤砂はとりあえず、3人まとめて懲らしめるのであった。
もうのんちゃんに、こーいう話は一切しないことを決めた。