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Noelさん(@Nol29597635)にマリナ・ヴァレンタインのイラスト描いていただきました!
本当に、感謝です!
絵は、本編に関係ないですよ!
腕を下げ脱力した立ち姿で秋は、睨み合うように向かい合っている二人を観察しだす。
視線はまず秋が蹴り飛ばした女性の方を向く。長ドスと言われる長脇差を振るっていた女子高生らしき見た目の彼女は、殺気と怒気を放ちながらも無闇に斬りかかって来ず、同じようにこちらの様子を見てきている。多少は感情を抑え、理性的な判断をすることが出来るらしい。もしくは、もう一人の命令でそうしてるだけか。
視線をゆっくりと、バレないように注意して動かす。着物を纏う女性は眉一つ動かさず、微笑みを顔に張り付けている。
〈もしそうなら、先にこっちを潰した方が良いだろうな。邪魔は確実に入るだろうが、それはどうにかなる、てか出来る。だが、実力が分からねぇんだよな。パッと見は弱そうだが、魔導師だと外見では強さは計れないし、何をしてくるのかも分からん。………仕方ない、か〉
スッと視線を足元に落とす。
そのまま、秋は黒刀を構えることなく、俯いた状態で動かなくなった。さっきまでの覇気も嘘のように感じられないその姿は、立ったまま眠っているように見えてしまう。それほどに、彼の身体は隙だらけであった。
たった一度、急所を斬るだけ。
それで、殺せる。殺せるはずなのに、二人は一向に動こうとしない。
「九里っ!」
長ドスを構えている理世が、自分の意思で動かせないのを無理矢理に動かすように首を動かして、自分を縛る者の名前を叫ぶ。だが、九里はジッと秋を見つめ微笑んだままでいる。
「九里っ!」
「え、あ、なに、理世ちゃん?」
二度目はやや驚いた表情で反応した。
「コレ、解いて!アイツ、斬るから!」
「え、えぇ、分かったわ、今解くわね。でも、気を付け………って、もう最後まで聞きなさいよ」
九里が指を鳴らした途端、理世が弾けるように秋の方へ直進する。
刀を両手に持って腰まで引き、秋の数歩手前で踏み込んで心臓にめがけて突きを撃つ。型もなにもない適当で力任せな突きだが、その速度は人の域を遥かに越えている。
常人であれば確実に死を与えるだろう刺突だが、秋は防御すらしないで棒立ちでいる。
恐怖で身が竦んでいるわけでもなく、迎え撃とうと戦意を抱いて立っている訳でもない。
おかしい、と感じるほどに、静かに佇む。
「―――ッ!」
何かに気付き手を止めようとしたが、僅かに遅かった。いや、遅すぎた。
一瞬。
秋の身体を貫こうとした刀が、側面から根元を綺麗に斬られた。反応する事すら許さない、不可視の一刀で斬られた。
その斬り口は、ヒビ一つない滑らかな鏡面のようで、鉄をいともたやすく切断されたのは一目で理解するに十分なモノだった。
文字通りの一刀両断。
一拍置いて動きを止めた理世が唖然としていると、ソッとその首筋に黒刀の刃が当てられる。
「カウンター狙いで、待ってたから攻撃をしてくれてよかったよ。これで一人、戦闘ふ―――ッ!」
「まだでしょっ!」
秋の一瞬の油断を突いた、認識への干渉による延髄蹴りの不意討ち。しかし、秋は少し面食らっただけで、左手で足首を掴み防いでいた。そのまま、短く息を吐くと常人離れした膂力を発揮し理世の身体を放り投げる。が、猫のように空中で反転し綺麗に着地された。
「まったく、武器が駄目になったら、次は素手とか……いつの時代かな?」
「あれ、知らないの?最近の女子高生は、武闘派何だよ?」
「うわぁ、嘘だろ………」
勿論、嘘である。嘘であるが、現在それを確かめる術を持ち合わせてないため、普通に驚いてしまっていた。
某戦闘民族並の動きをする女子高生、の想像しかけたのを振り払い、秋はまだ名の知らぬ少女へとにこやかに話し掛けてみる。
「しかし、君があの認識干渉の異能力者だったとは思わなかったよ」
秋が指すのは、『赤桜』回収依頼をしてきた認識出来ない女。さらに、彼女が異能力者であるとも言った。
異能力者。通常の人間では出来ない、科学では合理的に説明の出来ない超自然的な能力を使う者。超能力にも近しいが、その性質や性能は遥か上をいく。また、異能は超能力を昇華させたモノ。超能力を昇華させたい力へ事象・概念化させる。それは、ある意味、神の力へ触れる行為であるため、ほぼ不可能であり成功しても死に掛けてしまう危険な儀式であった。
だが、さして興味がないのかまったく関係ない事を言う。
「ま、こっちだと侮られるわけだし?あぁする方が、気味悪がられたり、怖がられたりするから便利なんだよねー」
「でも今のご時世、そのレベルに無傷で超能力を昇華させていて、使いこなしているのは珍しいよ。ただでさえ、超能力に開花するだけでも、地獄だと言われているのに」
「へー、そうなんだー。チョー、どうでも良いけどねっ!」
話三割で聞き流し理世は飛び蹴りを放つが、またも簡単に足首を掴まれる。しかし、その姿が急にぐにゃりと歪み変化し、元に戻る。
秋が掴んでいたのは、刀身を無くした長脇差の柄。
「なっ!?」
「おりゃぁっ!!」
背後から掛け声と共に、またも延髄を狙ったハイキックが飛んできた。
少し反応が遅れた秋が視線を向ける。
一回目と違い蹴りを放つ右足には、魔力光である青色で書かれた短い術式を纏っている。
状況からして、自身の肉体的スペックを上昇させる身体強化と肉体の強度を上昇させる硬化の魔術を付与しているのだろう。しかし、術式の短さからして、短時間しか持たないようだ。それでも、その威力は命を奪うとまで無くとも、秋の気を失わせるには十分であった。
反射的に黒刀で斬り伏せようとしたが、すぐに思い止まりその場から飛び退いた。瞬間、理世の足が秋の頭部があった場所を通り抜ける。
若干の冷や汗を額から流しつつ、軽口で言う。
「ふぅ………。危ない、危ない」
「………アンタ、舐めてんの?今、私の蹴り足をソレで斬れば、避けなくてもよかったっしょ。なのに、何でしなかったっ!」
どうやら、秋の行動が彼女の琴線に触れたようだ。怒りを表すように魔力が激しく蠢き、表情は眉間に皺を寄せ、額には青筋を浮かべて激昂しているように見える。美人の部類に入る彼女がするそれは、かなり強烈であった。
秋は、少しすまなそうに、だけど、譲りはしないという意思を持ち答える。
「生憎と、怪異や物を斬るために必要であれば剣を振るえど、人を斬り殺すために剣を振るうつもりはないよ。………大事な人との約束だから」
「―――ッ!!」
ブツリと何かが切れた。
怒りのようなモノに身を任せ、今までと違う風より速く、針のように鋭い後ろ蹴りを放つ。捨て身で放たれた一撃は、何もしなければ流石に秋は無傷ではすまない。
そう、何もしなければ。
謝罪とほんの僅かな無謀への敬意を示し、過去の自分の片鱗を見せてあげよう。
たった一秒も満たない間に、理世の首が飛んだ。
「うはぉえっ!?」
もはや言葉にすらならない悲鳴を上げ、理世は慌てて首に触れる。両手と首に感じるのは、繋がっているという事実。
当たり前だろう。それは、秋の殺気に当てられたせいで視た幻覚なのだから。
ホッと胸を撫で下ろすが、すぐに今の現象が秋からのモノであるのを理解する。
ほんの少し、薄皮ですらない一部であるのを。
何事も無かったかのように穏やかに微笑む秋を睨み付けて呟く。
「これが、死神………」
理世が悔しそうな表情で拳を強く握りしめているが、その瞳からはすでに戦意は消え失せていた。たった一度で敵わないと分からせるには、十分な殺気だった。そして、これだけ力の差を見せれば普通であれ、失神するか逃げるかする。
しかし、それでも、秋の前からは逃げも隠れもしないつもりのようだ。それは、きっと後ろに控える彼女の身内であろう女性を守るため。
秋は、それには至極感心をし、思う。
彼女は、まだ大丈夫だろう、と。
数分と錯覚するほど濃い数秒間を二人が沈黙し向かい合っていると、パチパチと手を叩く音が響いた。
音の出所の方を見れば、九里が微笑をしながら拍手している。ただ、そこに何一つ感情が乗せられていない。
理世は訳がわからないといった表情で名を呟く。
「九里………」
「フフ、さすが死神様、容赦のない方ですね。ですが、何故本来の姿を出したのに、殺さないのですか?敵は全て、殺すですよね?だって、ずっとそうして生きていたのでしょう?死よりも恐ろしく、人という存在を尽く否定する。それが、貴方という存在ですよ」
「え、九里?なにいって…」
九里の言葉を信じられないと言いたげに声を漏らし、ふらふらと後退りをしている。
秋も同じような声音で、恐る恐る聞く。
「何を……言ってるんだい?彼女は、君の身内じゃないのか?」
「はて、死神様こそ何を言っているのですか?」
彼女は、不思議そうに首を傾げていた。
「貴方様はそんな事など気にせず、無慈悲に人の命を奪い、その血肉を喰らってきたではないですか。何を今さら、良識のある人のような事を言うのでしょう?最も、人からかけ離れた存在である貴方が。どうして、そんな善人のような戯れ言を言うことが出来るのでし。人の役にたつ行いをすることが出来るのでしょう。ねぇ、食人の死神様?」
彼女の狂信的な言葉。
秋は察する。彼女が、過去の自分に狂わされたのだと。
「そう、か」
秋は、目を閉じた。
ゆっくりと、まるで、瞑想するように。そして、静かに思い出す。
それは忘れるべきでない、今もなお償い続けている彼の業、過ち、罪。
終わりのない贖罪すべきモノ。
それは、過去の己が行ってきた、人を殺し、肉を喰う行為。
生きるためでなく、腹を満たすだけの行為。
人を捨て、ただ渇望し、欲望に、本能に従う獣。
人を冒涜し穢す悪鬼。
人の道を外れ、もう戻れないほど深く真っ暗な闇の中まで堕ちていた。
渇きを潤すために、ひたすらに戦場で剣を振るい続ける。
いつしか、人でもなく、神でも、悪魔でも、どれらでもない中途半端な怪物となった。
もう、誰も、彼を
でも、怪物と成り果てた彼を、それでも………
それでも、彼女は手を差し伸ばして、人の道に連れてきてくれた。
彼女のようには、出来ないかもしれない。でも、少しでも、正しい道へ導けるのなら………。
目を開いた秋が、口を開く。
「確かに、俺はそんな善人の正しさを、諭せるような大それた人物じゃない。でも、だからって、俺を人に戻してくれた彼女を、否定するような事はしたくない」
噛み締めるように、今一度、覚悟を決めるよう、言葉を溢す。
「だから、人は斬らないし、善人のような真似事で君のような人に正しさを諭そう。人を助け続けよう。自分を、最低な過去を棚に上げてでも、良い人で在り続けよう。これが、今の俺だ。初めて人らしく足掻いた結果だ」
そう言った後に、恥ずかしそうに頭をかく。
「まぁでも、説教とか苦手だし、先に手が出ちゃうからね。こんなことすら言える立場ですら無いのだけど………」
秋が苦笑いを浮かべると、九里が引き攣った顔で言ってくる。
「………何ですか、それは?貴方は、人よりも尊きお方のはずです。そんな在り方など、生き方など、到底認められる訳がないでしょう」
「認められる、認めないは関係ないよ。自分の人生は自分で決める事だからね。見ず知らずの他人の言葉なんて、関係ないね」
ニッコリと有無を言わせない笑みを浮かべ即答する。
「なら、これから私は何を支えにすれば?今までの生きてこれたのは、貴方のような在り方を、強さを目標にしていたからでっ!」
それを聞いた九里は、頭を左右に振り、苦しそうに呻く。その姿は、信じたくないと駄々をこねる子供のようだ。
そんな彼女へ秋は優しい声音で言って近付く。
「だったら、探してみればいい」
「え………」
目を丸くして固まった九里へ、秋は一歩ずつ近付いていす。
「人は誰しも間違え、迷う生き物だ。君が俺という存在を崇め敬っていたのは、別に否定しないし間違いでもないだろう。人の感情は、他人に左右されるモノではないのだからね。だけど、何処かで無くしてしまったり、迷ってしまったのなら、違う答えを探し見つけて見ればいい」
また、一歩。
「だけど、すぐにどうにかなるわけでもないから、頭を悩ませて考えればいい。君にあっている最善の答えを。人なのだから、苦悩し必死に足掻いて、考えに考え抜いて…」
一歩。
「それから、変えればいい。人としての新しい支えを、その生き方を探してみるといいよ」
九里の目の前まで立ち止まり言い終える。
「それが、私に出来ると?」
「出来るから人なんだよ」
秋は、真っ直ぐ見つめ返し即答する。
「そう、ですか。………えぇ、分かりました。探してみましょう。我が愛しきお方からの有難きお言葉ですから」
彼女は、微笑を浮かべて言ってきた。
若干、言葉と頬に熱を帯びていたが、絶対に触れないでおこう。
そう目を逸らしながら秋が、付け足すように言う。
「まぁ、これは受け売りなんだけどね…って、あれ?聞いてないよ………」
「フフ、フフフ!」
「と、とりあえず、あの娘、理世だったっけ?をどうにかしに行こうか。えっと………」
「九里です、死神様」
「うん、久里さん。あのまま、放心されてても、どうにもならないからね。あと、死神様は止めて、秋で良いよ」
「はい、仰せのままに。秋様」
〈う、うーん??コレ、悪い方に転がっただけだよね?〉
恭しく頭を垂れる九里に、秋は何とも言えない微妙な表情でそう思いつつ、後ろを振り返った時に気付いた。
後方にいた項垂れる理世の後ろに、顔を黒い布で隠した執事姿のナニかが立っていることに。
人の気配がしないその執事は理世の肩に片手を置き、耳元で何かを囁いている。もう片方の手には、見覚えのある日本刀を持っていた。
先日、依頼で盗ってきた妖刀『赤桜』だ。
「―――っ待て!何をし…」
その言葉が続くことはなかった。
突然、秋は自分の背に九里を庇い、 黒刀を片手に持ち峰に添えるように右手を当てた構えをすると同時に、黒刀を伝って秋の身体に衝撃が走る。部屋に、金属と金属がぶつかり合う鈍く甲高い音が鳴り響く。
予想以上にある威力の斬撃に歯を喰いしばりながら耐えつつ、鮮血を塗ったのかと思うほどの刀身の日本刀と鍔迫り合いをしている。
その使い手は何処か虚ろな瞳の理世。
理世の僅かに肩越しから見える執事姿のナニかは、それを見ながら隠そうともしないで、愉快であるように笑っていた。
何とか拮抗を保ちながら、極めて平静にして聞く。
「………お前、何をした?」
「ククッ、何をしたも、私はただ囁いただけですよ?『あの男のせいで、九里はあぁなったのだ』と、ね?まぁ、少しばかり暗示と洗脳の魔術を掛けましたが」
「なん、だって?」
無意識に目元が鋭くなっていく。
それを見て執事はさらに、愉快そうに笑い声を上げた。
「いやぁ、奥様、いや、九里ぃ!貴女様の一言で理世の脆く壊れやすい精神が崩れていたので、大変簡単に操ることが出来ましたよ!いやはや、死んで良いなんて、酷いですねぇ」
「私はそんな事は……」
ハッと思い出す。確かに、そう捉えて仕方ない言葉を口にしていた。
「ただでさえ、貴女もこの娘もお互いの血の繋がりを重視していました、少し崩れるだけで壊れる儚い繋がりですが。たった一つの狂信がそれを一瞬で壊しました。後は、簡単でしたね」
―――貴女は捨てられた。
そういう囁いただけで、洗脳を刷り込ませるのは簡単だった。
色々と不安定な年齢であったのもそうだが、彼女と九里の境遇からすればその言葉の重みが想像以上だ。若い理世の心を粉々にすることなど、造作もなかった。
平静など程遠い、焦燥し動揺した姿で呟くように言う。
「違うの理世ちゃん。死んでも良いなんてつもりで、言った訳じゃないのよ………」
「ククッ、もう届きませんよ。洗脳している上に妖刀の狂気に呑み込まれてますからねぇ」
「あぁ、そんな」
ショックを受けふらりと立ち眩みを起こしたようになった九里を、秋が警戒しつつ支えた。
九里と理世は、姉妹である。姉の九里は理世が嫌いなわけでも、苦手というわけでもなかった。どちらかと言えば、自分の命より大事な人である。好き嫌いの範疇で収まるような感情ではない。まぁ、それは理世も同じことが言えるのだが、置いておく。
さて、それほど大事な家族であった者に、死んでも良いと言われればどうなるか?
その結果がこれだった。
「ククッ、愉快、愉快です!この為だけに、お前達を手にいれ育てて、場を整えたのだからねぇ。さてさて、次のお楽しみに移ろうか」
そう言って執事服のナニかが指を鳴らした。
その瞬間、まったく動かなかった理世が『赤桜』の鮮血のごとき刀身を妖しく光らせて襲いかかってくる。
やはり、型も何もない無茶苦茶で力任せな剣だが、その振るう速度は尋常でなく速い。
秋はそれを受け流さずに、両手に持った黒刀で防いでいる。九里を庇いながらのため、
刀身がぶつかり合う度に、鋭い金属音が鳴り響く。
〈ウグッ………!最初に受けたときも思ったが、異常なほどに重いなっ!妖刀……の能力じゃないだろうし、何かしらの補助か?〉
剣擊の重さに苦悶の表情をしつつ思考を回して、理世の身体を観察する。しかし、魔術関連にそれほど詳しくはない秋では、いまいち分からない。
後ろの九里へ聞こうにも、攻撃が激しく隙を作るタイミングがなかなか生み出せない。
〈チッ、こんな時にマリナが居ればなぁ!無い者ねだりなんて、したところで意味はないけどなっ!〉
心の中でヤケクソになりながら理世の剛剣の乱舞を、ひたすらに防ぎ続ける。
日本刀とはいえ妖刀では、刀身同士をぶつけ合ったところで簡単に刃こぼれなんぞそれこそ折れるなんて事は早々起きるはずないが、それでもそんな事を思ってしまうほどの鈍い低音が打ち合う度に響く。
「ククッ、さて、それでは私は、高みの見物でもしていましょうか」
「あ、待てっ!」
執事服のナニかは霞のように消えていく。
慌てて秋が止めようとそこへ向かおうとするが、理世によって妨害される。ナニかはそれを笑いながらこの場を去っていった。
捕まえることが出来ないとなれば、即座に意識を戦闘へと切り替えて黒刀を中断に構える。
今の自分が意識を散漫にしていては勝てない相手であるからだ。
秋の雰囲気の変化に気付いたのか、操られている理世はゆっくりと距離をとり始める。それにより、生まれた少しの時間をどう対処するかの思考に使う。
「といえ、どうしようかね。このままじゃ、じり貧は確かだし、かといって無茶したところで彼女の洗脳を解けるわけでもないでしょうし………」
「なら、他の人と合流したらどうでしょうか?見たところ、一緒に来た女性は魔導師のようですし」
「まぁ、それが一番妥当でしょう。どう考えても、俺では気絶させて動きを止めるぐらいが関の山ですね」
九里の案に、他に良案のない秋は同意を示す。
事実、秋は自分が言った通り気絶させる程度ならば難なく出来るだろうが、掛けられている洗脳を解く知識など皆無に等しい。まして、魔術によるのであれば、自分よりマリナに任せた方が安全で完璧に処理できる。
そう結論が出れば後は、早い。
「それじゃまずは、この部屋を出て合流と行きましょうか」
「分かりました、秋様。ですが、理世ちゃんをまずはここから動けないようにしませんと」
「えぇ、そうですね。ですが、そこは大丈夫っと、危ないですねっ!」
突然に向かってきた理世の振り下ろされた刀を、秋は横に回転して刃を滑らすように受け流す。そして、振り抜いた状態で硬直した理世の横腹に、意識を刈り取るつもりで回し蹴りを打ち込む。
簡単に吹き飛んだ理世は、数少ない家具であった木製のベッドを粉砕しながら壁へ叩きつけられる。
木屑と埃が宙を舞わして、沈黙。
「やった、かな?」
「あの、秋様。それは、フラグですよ?」
「うん、それは言わないで。というか、何でそんな事知ってるのかな?」
「理世ちゃんから教えて貰いました。定番、らしいですね」
「いや、そんな定番早々無いけどね………」
何故か胸を張って自慢げな後ろの九里に、秋はいやいやと手を振りながら言うついでに九里を部屋の出入口の近くまで離れさせる。
無論、そのやり取りの間にも警戒を緩めず、視界の端でベッドを見ていた。すると、倒れたまま理世は片腕で、ゆっくりと糸に吊り上げられるように腕を持ち上げ、真上へ斬り上げていく。その通り抜けた空間には、真っ赤な剣閃が生成されていき、頭上へと達した時には実体を持つ一本の一閃がそこに在った。
糸よりは少し太いぐらいの一閃。
そこだけ塗りつぶしたような異質すぎるソレは、一切動かず留まっている。
「―――葬れ、『黒い彼岸花』ッ!」
それを見た秋は、無意識に黒刀の異能を発動させる。
あの赤い剣閃から、身体と本能が身の危険を感じ取ったからだ。それも軽傷ではなく、防がなければ重傷となるレベルのである。
発動したと同時に、赤い剣閃が動き出す。ただ直線的に、だが目で追えない速度で向かってきた。
秋は腰を沈め身体をねじり、片手に持つ黒刀を後ろ手に構える。そして、間合いへ完全に入った瞬間に、秋は黒刀を不可視の速度で薙ぎ払う。
禍々しい黒の光を放つ黒刀の一閃。
赤い剣閃は多少の抵抗があったが、すぐに糸のようにプツンと斬れる。しかし、秋の身体を突如として激痛が襲った。
身体中の骨が軋み、脇腹辺りの内臓の一部が破裂し口からは血反吐を吐き出す。そして、意識が飛びそうなほどの痛みが、全身を襲っている。
秋の表情が苦痛に歪むが、倒れることも意識を失うこともなくどうにか踏ん張り堪え、今の攻撃について考察を行う。
〈まぁ、この傷から見て、あの剣閃が影響している確率が高いだろう。さてと、では何故ダメージを受けている?身体の方には、あらかじめ硬化の魔術を掛けているから生半可な攻撃では傷付かない。と言うことは、防御を無視する系統か?だが、俺の『黒葬』の能力だったら、生命力を元にした魔力を持っていたあの攻撃だったら大丈夫、って………あー、すっかり忘れてた。そもそもコイツらは無効化出来ねぇし、あれって『赤桜』の能力じゃねぇかよ〉
回収依頼の際に秋は『赤桜』関係の余すことなく調べられた情報を受け取っていた。そこに、能力の事もしっかりと記載されており、秋はちゃんと閲覧していたのである。あと、妖刀含め聖剣、魔剣は近しい能力でしか相殺出来ず、また何であれ無効化することが出来ない。
それを忘れていた秋は、穴があったらすぐさま入りたい気分だった。
いや、千にも近い情報をから一つを見ただけですぐに思い出すわけがあるはずないので、大して気にする必要などないのだが秋自身はそうでもなかったらしい。今も、羞恥で五体投地したいのを頭の角に追いやり、記憶から『赤桜』の能力を引き出す。
―――『復讐者の血閃』
肉体的に負い蓄積された損傷の総量を剣筋になぞるよう生成された真っ赤な血色の剣閃が、与えた者へ触れる事で否応なしに受けた損傷を全て同じ場所へ返す。そのため、妖刀使用者の肉体からは損傷は無かった事にされる。つまりは、自分の怪我を相手に返還する。
そして、それは相手の肉体強度など関係なく貫通させ、ダメージを与え通すことが出来る。また、剣閃を防いでしまっても防いだ者へ、同様にダメージを与える。
勿論、弱点として死に至る損傷や蓄積量が少ない場合は使用不可、射程が短い、とあるが、それでも十分すぎる最強クラスの反撃系の力である。
「この能力が使えるって事は、意識は保ったままか………チッ、面倒な」
秋は吐き出すように呟き脈動するように妖しく赤く光る『赤桜』を睨み付けながらも、全身に魔力を循環させ損傷箇所を確認する。
〈全身、特に背中の打ち身あり。それと、やはり俺が蹴った辺りが重傷か。こりゃ、早めに治療しないと死ぬんじゃないか?〉
自分の身体が危険であるのを、かなり楽観的に捉える。
何故なら、この程度の怪我なら、昔はよく負っており、毎回どうにかなっていた。確かに痛いには違いないが、その事があり良くも悪くも秋の精神と肉体は麻痺していたのだ。
とはいえ、これ異常酷くはしたくないので、慎重に動くことにした。
ちなみに、離れていた九里は心配で駆けつけたいのを必死に堪え、その場を動かなかった。少しでも近付けば巻き込まれることを察したのだろう。
そう部屋の出入口側は僅かに『赤桜』の能力射程外であり、また秋の対応可能範囲。九里は、どうすることも出来ないもどかしさを味わいながら、静かに二人を見守っていた。
「ま、無傷だよなー。はぁ………」
秋が憂鬱そうなため息を漏らし、肩を落とす。
その視線の先には、変わらず洗脳された状態を表す虚ろな目をした理世が、衣服が少し汚れただけの無傷のままで立ち上がっていた。だが、一気に大量の魔力を消費した脱力感で、力が上手く入らずフラフラと足元がおぼつかない。
その隙を見逃さず秋が動く。
「今のうちに………」
「わっ!?」
黒刀を自分の影の中へ投げるようにしまい一瞬で距離を詰めた秋が、驚く九里を横に抱き上げて、その後ろの扉を蹴り破り廊下に出る。
「さて久里さん。これは、どっちに逃げた方がいいかな?」
「あ、へ、えっと、右に行ってください。一階に向かう階段がありますので」
「分かったよ」
短く返事をして、右側へ走っていく。
いわゆるお姫様抱っこをされた事に混乱していた久里だが、すぐに我に返り走っているのにほぼ揺れを感じないことに疑問を持ちつつ、それとは関係ないことを聞く。
「あの、秋様?何故、逃げているのでしょうか?まず先に、理世ちゃんの捕縛をするのではなかったのでしょうか?」
すると、秋は苦笑いを浮かべて答える。
「まぁ、そのつもりだったのだけど、どうやらそれが難しそうでね。一応考えていたプランBというのを実行しているんだよ」
「プランB………こうして、逃げて出口を探す二人に合流することでしょうか?」
「うん、そうだよ。って、追いかけてきたね」
「そうみたいですね」
数メートル後方を見ると、理世が走って追いかけてきていた。すぐに追いつくほどの速さでもないが、一人抱えた状態なのでそのうち追いつく速度である。
九里が秋を見る。
「どうしましょうか?」
「他の方法を持ち合わせてないし、とりあえず逃げるしかないなぁ」
身体への不可を考慮しつつ、少しだけ脚に力を込めスピードを上げる。これで少しは追い付かれるのを、先伸ばしにはなっただろう。
ひたすら真っ直ぐ長い廊下を走りながら、秋は出口を探しているだろう二人を探すのだった。