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便利屋『魔喰』の怪日々録  作者: 葉劉ジン
第1章 便利屋『魔喰』
6/15

 何事もなく無事出てきた秋は、この日も事務所の仮眠室で眠りについた。三階の共同生活スペースに全員の私室はあるが、精神的疲労で行く気に為ならなかったのだ。

 翌朝、六時頃に目を覚ました秋は三階に向かう。『魔喰』従業員寮と可愛らしい文字で書かれ装飾もされた木札の掛けられた扉を開けると、茶色のエプロン姿の悠人が朝食の準備を鼻歌を歌いながらしていた。


「おはよう、悠人」

「あ、おはようッス、秋さん!」


 秋の挨拶に、鼻歌を止め振り返って返事する。何故か、悠人の後ろに激しく動く尻尾が見えるのは気のせいだろうか。

 悠人はチラッと見えた手元から察するに、サンドイッチを作っているようだ。暇な秋が手伝おうとすると、その前に申し訳なさそうに悠人が言ってきた。


「あの、帰って来てすぐですいませんが、マリナさんを起こしてきて下さいッス」

「うん、分かったよ」


 秋が頷くと、「ありがとッス」と言って視線を手元に戻し、また鼻歌を歌い始めた。

 秋はその様子に笑みを溢しつつ、すぐにマリナの部屋の前に移動してドアをノックする。が、数回やっても反応はない。

 仕方ないのでドアを開け中へ入っていく。女性の部屋に許可なく入るのは駄目な気もするが、長い付き合いのせいか気にしていなかった。


「やっぱり、まだ寝てたか」


 ベッドを見て呟く。

 英国風のレトロな書斎のような部屋に置かれた違和感しかないシンプルデザインのベッドの上で、丸まるようにマリナが気持ち良さそうに眠っていた。

 静かにすれば、規則正しい寝息が聞こえてくる。


「寝る姿もよく似てるなぁ」


 とても懐かしそうな声で、嬉しそうに笑う。

 だが、そろそろ起こさないと思った秋は、ベッドの縁に座り、マリナの頭を優しく撫でる。

 すると、マリナがゆっくりと目を開いた。


「ん、ん………。あれ?シュウ、何でここに居るの?」


 目を擦りつつ身体を転がし秋の方を見る。


「おはよう、マリナ。悠人に、起こしてきてって言われたんだよ」

「ん。そう………分かったわ」


 まだボゥとしたいるのか、うつらうつらとしながら呟くように言う。その様子に笑みを浮かべつつ秋は、もう一度優しく頭を撫でて部屋を出ていった。

 部屋を出てすぐの広間では、悠人が朝食を食卓に並べていた。

 悠人が、部屋から出てきた秋に気付き聞いてくる。


「あ、マリナさん、起きたッスか?」

「うん。もう少ししたら、出てくるよ」

「分かったッス」


 秋が微笑みながら答えて、左側の席につく。

 ダイニングテーブルの上には、玉子サンドとポテトサラダ、焼きベーコン、コーンスープが三人分用意されて置いてあった。美味しそうな香りが漂ってきて、腹が鳴りそうになる。

 ちなみに、これら全ては悠人の手作りである。


「じゃ、先に食べるッスか」

「そうだね」


 少し遅れて自分の前に座った悠人の言葉に、秋は頷いて同意する。

 二人が手を合わして食事を始めようとした時、


「おはよう、二人とも」


 ちょうど、タートルネックのニットと紺のフレアスカートに寝間着から着替えたマリナが自分の部屋から出てきた。まだ、眠いらしく欠伸をしている。


「おはようッス、マリナさん!」

「おはよう」


 二人とも笑顔で挨拶を返す。秋は二度目だったが、その辺はわりとどうでも良く気にしていなかった。

 マリナは、迷いもなく悠人の隣へ当然のように座ると、秋が手を合わせる。

 悠人とマリナも同じように手を合わす。


「「「いただきます」」」


 一緒に食前の挨拶をして食べ始める。

 和気あいあいと楽しそうに談笑しながら食事するのは、やはり温かく良いものだろう。そんな事を秋は、サンドイッチを頬張りつつ思った。

 それから、三十分ほど経って三人は朝食を食べ終えた。悠人は食器洗い、他二名は各々がしたいことをしている。

 秋がダイニングテーブルで食後のデザートのある有名店のプリンを味わっていると、


「シュウ、何かあった?」


 ソファでまったりテレビを観るマリナが唐突に聞いてきたので、秋は驚いてしまった。その言葉は、付き合いの長さ故の直感から出たのだろう。

 二人の間に、一瞬の沈黙が落ちる。

 点けたままのテレビから、今日は1日晴れでしょう、という女性の声が届く。

 秘密裏に受けた依頼の事を気付かれた内心の動揺したを押し隠しつつ、極めて平静を装い答える。


()()、何にもないよ」


 自分で言って、後悔した。

 これでは、何かあったと言っているようなモノではないか、と。

 焦る秋だったが、マリナは「あっそ」と興味がなさそうな感じで言い放ち、視線をつまらなそうに観ていたテレビへ戻していた。

 ホッと胸を撫で下ろしプリンの最後の一口を食べ終えると、タイミングよく悠人がキッチンから戻ってきた。

 エプロンを片付けていた悠人は首を傾げる。


「あの、どうかしたッスか?」

「ん、何でもないよ。それより、そろそろ事務所に行こうか」

「は、はいっす」


 秋が深めた笑みでそう言うと、悠人は疑問を持ちつつ頷く。同じようにマリナへ事務所に行く事を伝えれば、「ハイハーイ」と軽い適当な返事をしてソファから立った。

 それには苦笑いしつつ、手元にあるプリンの空をゴミ箱へと投げ捨てた。


 ***


 営業時間十分前に三人とも事務所に来たが、特段する事などありはしないので各々自由にしていた。と、言っても秋は、パソコンに届くメールやファックスなどからの依頼チェックという仕事をしていたが。

 営業時間を迎えると、二通のメールがきた。


「二人とも、依頼がきたよ」


 パソコン画面から視線を上げた秋は、紅茶を飲む悠人とマリナに声を掛ける。

 反応した悠人が、聞いてくる。


「何件ッスか?」

「うん、二件だね。一つはベビーシッターの依頼で、もう一つは怪異関連の依頼だよ」

「あら、今日はそれだけ?なら、楽に済みそうだし、嬉しいわね」


 秋の言葉に少し喜色の含んだ声で、マリナが反応してくる。

 その理由は、あの怒濤の雪かき地獄の依頼だ。

 本当に思い出したくないほどの大変な出来事だった、と三人とも思っていた。

 あれに比べれば、この程度は朝飯前であろう。

 秋と悠人は、苦笑いをしつつも同意する。

 それから少し待ってみたが、これ以上は依頼のメール等はこなかった。なので、ベビーシッターを悠人、怪異依頼を秋とマリナが向かうことにした。ちなみに、悠人は秋たちについていけなくて凄まじい顔で残念がっていた。

 そして、今は秋とマリナが依頼人の場所へ向かっているところだった。


「フフッ!あー、ユウトの顔は面白かったわ!」


 隣を歩いているマリナは、先程からその時を思い出しては笑い声を上げていた。

 何とも珍しいが笑いすぎなので秋は諫めている。だが、やはり堪えることが出来ないらしく笑ってしまっていた。

 相当、マリナのツボにハマったようだ。

 秋は、もう諦めて放っておく事にして、今回の依頼を手元の書類で再確認する。


「天候昼夜関係なく町内に現れる肉の塊のような小さな小人っぽい生き物。見た目に似合わない身軽さで捕獲できず、かといってそのまま放置すれば住民が怖がってしまい大変なので助けてほしい………か」


 書類の文字をゆっくりと指でなぞる。

 依頼人は、ここ燐苑市布留間(ふるま)一丁目の自治会長だ。齢三十で頭の毛が全員行方不明の哀しき男だが、若々しく趣味が筋トレと武術修練という筋骨隆々逞しく元気な方なのだ。


「あの人、人間かどうか怪しかったけど、こうして困って依頼してくるなら少し見解を変えとかないと。しかし、肉の塊のような小人って何なんだろう?ゴブリンやオークとは、違うしなぁ」


 添付されてきた写真をながめて言う。

 除雪で出来た雪山の前に小児のようではあるが、手はあるけれど指はなく一頭身の姿の少し達磨に近い生き物がいる。ただ、顔と身体が皺だらけで区別できなかった。

 秋は、過去の記憶から餓鬼のような見た目のゴブリンと豚顔で巨体のオークの姿を思い出すが、どちらの方にも似ていない。


「うん、分からないなら仕方ないね。時間を貰って調べることにしますか」

「あ、シュウ。もうすぐで、目的の自治会館に着くわよ」

「………マリナは、本当にオンオフが凄いなぁ」


 秋が呆れと尊敬が混じった視線を隣のマリナへ向けてボソリと呟いた。

 そのマリナは、さっきまで楽しそうに笑ってたのが嘘のように、表情を消して仕事モードの顔になっている。


「あら、どうかしたの?」

「うんん、何でもない。ちょっと、マリナが凄いなぁ、と思っただけですよ」

「それは何でもないと言わないわよ、シュウ。あと、何が凄いのか、教えてくれるかしら?」


 少し表情を戻して怒気の籠った声と完璧な作り笑いで言ってくる。気のせいか、背後に金色の夜叉がいるように視える。

 どうにか笑顔を保ちつつ、数歩後ろに下がる。

 その分、マリナは近付いてくる。


「なんで貴方は逃げるのかしら?別に、悪い意味がある訳じゃないのでしょう?それとも、そういう意味があったのかしら」

「いや、違うよ?つい身体が勝手に………」


 そう言いながら、頬がやや引き攣った秋はさらに数歩下がる。


「………」


 マリナが、ニッコリと聖母のような慈愛の笑みを浮かべ、右手をスッと挙げる。その手のひらに、鮮やかな澄んだ空のような青い魔力が小さく収縮されていく。

 秋は身の危険を察知し逃走を図ろうとしたら、


「お!お前ら、やっと来たか!待ってたぞ!」


 快活明瞭な男の声が響いた。

 二人とも今からしようとした行為を中断して、その声がした方へ視線を向ける。そこには、太陽光を反射して輝くスキンヘッドの身長二メートルの筋肉の化け物が立っていた。真冬だと言うのにタンクトップに短パンという出で立ちだ。

 この筋肉でピチピチの服装をして二人を迎えにきたのが依頼人の自治会長、天童伸二郎(てんどうしんじろう)だ。

 ただ、視覚へのインパクトが強烈すぎて、仕事で何度も会っている筈の秋とマリナは反射的に警戒してしまった。


「おいおい、どうしたお前ら?そんな殺気立っちまって、カルシウムが足りねぇんじゃねぇのか?毎日牛乳を飲め、たくさん牛乳をな!」


 しかし、そんな事には気付かずにガハハと豪快に笑いながら言ってくる。なかなかに陽気で豪胆な性格である。

 それで、毒気が抜けた秋とマリナは、警戒を解いて天童に挨拶をする。


「こんにちは、天童さん。メールの依頼を受けて来ましたよ」

「ご機嫌よう、テンドウ」

「おう、二人とも元気だったか!」

「まぁ、それなりに、ですね」

「えぇ」


 天童の言葉に、二人とも微妙な顔で答える。あの怒濤の雪かきがなければ、笑顔で答えただろう。

 それにも気付かない鈍感な天童は、また豪快に笑い声を上げて秋の肩を叩く。かなり強かったのか、秋が前に倒れそうになっていた。

 秋は、踏ん張りを効かせつつ天童に聞く。


「そ、それで、依頼の事なんですけどっ!」

「あぁ、そうだったな!とりあえず、中で話をしようか!」


 そう言って天童が先を歩いていく。


「イテテ………。本当、天童はどんな膂力してんだよ?やっぱり、人間じゃないだろ………」

「ッフフ!シュウでも、人並みの痛覚はあるのね」

「いや、あれは人が出して良いパワーじゃない」


 地味にダメージを受け肩を押さえつつ素を出している秋とその仕草に吹き出しそうなのを堪えようとして堪えられてないマリナが、その後をゆっくりと追っていく。

 さほど時間は掛からずに自治会館へは着いていた。かなり近くまで来ていてはいたらしい。

 三人は長屋門をくぐり通り抜けて、武家屋敷のような古風な建物の中へ入る。内部には人気がなく、廊下の軋む音以外してこない。

 無言のまま進んでいき、ある和室で秋とマリナ、天童は向かい合って座っていた。


「では、さっそく本題に入らして貰おう」


 雰囲気を変え、気圧されそうな威圧感を放つ。

 伊達に何十年も人をまとめてきただけの事はあるだろう。

 だが、秋はその威圧をモノともせずに口を開く。


「その前に、一つ。あの肉の塊の正体は分かりましたか」

「あぁ、書庫から見つけた江戸時代の絵巻に似た姿の妖怪が載っていた。名をぬっぺっぽうやぬっぺふほふ、と呼ぶらしい」

「ぬっぺっぽう………。あの天童さん、もしかしなくとも、のっぺらぼうと関係ありますか?」

「あるぞ。まぁ、これを見てみろ」


 天童がずっと横に置いてあった数個の巻物を、秋とマリナの前に持ってくる。

 秋とマリナはそれを手に取り、縛る紐をほどいて巻物を開く。写真で見たモノと同じような姿が書かれており、その横に変体仮名で書かれる説明があった。

 そこには、死肉が化けた生まれた妖怪や人に化けたり、死人の油を吸う、などと書かれている。また、少し新しい物には『のっぺらぼう』の原典という事も載っていた。


「………、これを見た限り、この絵図の妖怪と同じモノだと思いますね」

「えぇ、そうね。十中八九、そのぬっぺ何とかじゃないかしら」

「………ふむ。お前らもそう思うなら、そうなのだろうな」


 二人の言葉を聞いて天童は、納得した表情で頷いた。それだけ信用しているのだろう。

 読み終えた二人が、巻物を天童へ返却していると、


「会長、奴が現れましたっ!」

 

 慌てた様子の男が、部屋に駆け込んできた。走ってきたらしくそれだけ言うと、返答を待ちつつ荒い呼吸を整えている。


「そうか、分かった。すぐに行こう」


 天童がすぐに答えて、立ち上がる。

 まだ座っている秋が、笑顔で見つめ言ってくる。


「天童さん。ここからは、俺たちの出番ですね」

「あぁ、そうだ。準備は………必要ないな、お前らは」

「フフ、良く分かってるわね」


 マリナが不敵に笑う。天童もニヤリと笑い返す。


「それなりに付き合いがあるからな。それでは、行くか」

「えぇ、時代外れな妖怪捕物帖とでもいきましょうか」


 と、言ってはいたが、やはり現実は上手くいかないものである。

 市街地では、変わった鬼ごっこが繰り広げられていた。屋根を忍者のように駆け追う秋と跳び跳ねながら逃げ回るぬっぺっぽう。二人とも捉えることすら難しいほど速い。

 と、ぬっぺっぽうが瓦に足を引っ掛けコケた。

 チャンスと思った秋は足に力を込め屋根の瓦を吹き飛ばし、ぬっぺっぽうへ肉薄、


「―――ハッ!」


 そして、短い掛け声と共に放たれた右手。しかし、ヒュと風を切り空気を掴むだけ。依頼対象のぬっぺっぽうが、転がるように避けたためだ。

 そのまま屋根から飛び下りて逃げようとする肉塊(ぬっぺっぽう)だが、


「オラァァァ!」


 待ち構えていた天童が立ち塞がり、捕らえようとする。だが、見た目に反して恐ろしい身軽さで、ぬっぺっぽうは空中で反転し壁を蹴って逃げていく。

 またか、と思う秋と天童。

 捕まえられそうで、惜しいところで逃げられる。

 それが、かれこれ三時間以上続いていた。

 二人が同時に視線を前方へ向ければ、嘲笑うかのように跳ねるぬっぺっぽうがいる。コイツは逃げる度にこうして挑発をしてきていた。

 子供染みていたが、わりと二人に効いていた。

 二人の額に青筋が浮かぶ。


「は、はは、はははは。………はは、こうなったら、殺す気でやってやりますよ」


 秋が引き攣った笑みをしながら、殺意増し増しの魔力を放つ。


「そうだなぁ、御門!」


 隣に立つ天童も、「お前をぶっ殺す!」というヤクザさんでも腰を抜かしそうなほどの恐い顔で、ボキボキと指の間接を鳴らす。

 二人とも全身から放つそれが、すでに捕縛してやる方のやる気でなく殺る気である。

 ちなみに、マリナは途中で飽き……疲れたので、近場のカフェで休んでいます。一応、人払いの結界を維持しているので、仕事はしている。


「逃が…さんっ!」


 二人の殺気にビビったぬっぺっぽうが、やや青い顔?で逃げ出した。だが、それに気付いた秋が地面を爆ぜさせ追う。

 さっきよりも速い視認すら許さない速度で、一瞬にしてぬっぺっぽうの目の前に現れて、


「遊びは終わりだ!」


 取り出した黒刀の峰の方を振り下ろす。

 迫る黒閃を、肉塊は地面を転がり死ぬ気で回避。さらに、秋の怒濤の追撃も紙一重で回避している。

 目がかなり良いようだ。目が何処なのかは分からないが。

 だが、段々と壁に追い詰められていき、


「ウォウラァァァァッ!!」


 天童の天を裂く雄叫びと共に、頑丈そうな檻が妖怪の真上から降ってきた。慌てて秋が飛び退くのと同時に、地面に着地するというよりは突き刺さる。

 その檻の中を見れば、ぬっぺっぽうがピッタリと納まっていた。必死の回避で疲弊していたので、身動ぎ一つしないでいる。


「ガハハ!やっと、捕まえたぞ。クソ妖怪!」

「天童さん、今言うのも変ですが口悪いですよ。もう少し丁寧にしましょうか」

「お前はキモいけどな」

「………言って良いことと悪いことも分からないようですね。教えて差し上げましょうか?」


 ニッコリと微笑む秋の目は、全く笑ってない。

 天童は、ビクッと肩を震わせ飛び退き、指を指して文句を言おうとする。


「だって、そうだろう!あと、絶対に、あの娘がキレやすいのお前の影響だろ…っうおぉう!?」


 だが、怒気を纏う秋の黒刀の一閃で遮られた。

 それも、峰ではなく刃の方である。さらに、妖怪捕縛劇よりさらに剣速が速く、急所を正確に狙ってきている。

 本気で殺す気満々である。


「ウオォォォォォッ!!」


 雄々しく叫びながら天童が土煙を上げ逃げる。

 その後ろから無言の秋が獲物を狙う獅子のように追いかける。

 二人による第二回鬼ごっこは夕暮れまで続いた。


 その頃、マリナは………。


「はい、お仕事終了っと」


 カフェでのティータイムを済ませ頃合いを見計らいここに戻って、秋と天童の置いていった檻の中のぬっぺっぽうを硝子のように透明な丸石に封印していた。途端に、丸石の中に微かに黒い模様が浮かぶ。

 この石は、パワーストーンと呼ばれる物。一般的に知られるのは、神秘的な力があって持っていることで何ならかの恩恵が受けられると思われている。だが、実際には、魔導師たちのこうした封印の依り代や魔力の代用などに多く使われる物であった。


「まったく、仕事ほったらかしてどこ行ってるのかしら?確かに、術式を含めて私の方が巧く出来るけど、檻に入れて丸投げはないわよ」


 手に持っている丸石に夕陽を反射させながらぶつぶつと文句を呟く。

 事実、見た目通りのマッチョな天童はもちろんだが、秋もこういった作業は何故か苦手であった。

 そのため、退治でなく捕縛系統の依頼では、秋よりマリナの方が苦労しているのだ。それに、こういう風に中途半端な状態は仕事はしっかりやる秋にしては良くあるため、本当に苦労していた。


「今度、姉さんに注意して貰おうかしらね。そうすれば、さすがの秋も治すでしょ」


 そんな事を言って、丸石に白い包帯のような物を巻き付けていく。特に効果はないが、そのままでしまうのが嫌だっただけだ。

 透明部を全て隠してから、懐にしまう。


「さてと、あの二人を探しに行きま……って、あら?二人とも戻ったきたわね」


 視線の先には、二人分の人影。遠目でも分かる見た目で、秋と天童だと分かった。

 ただし、かなりぐったりとしていて疲れているようだ。まぁ、かなり広い町内を十周以上もしていれば、いくら体力があろうと激しく運動していれば関係なくこうなるだろう。

 マリナは、呆れた表情で一言。


「バカなの?」


 秋は何も言えないので、目を逸らし黙りこんだ。隣にいた天童は、


「し、しぬ………」


 死にかけていた。正確に言うなら、酸欠を起こしていた。

 色々と反則的な秋に追われたのだから、()()肉体が人間離れしているだけの天童では仕方ないのかもしれない。


「なんで、死にかけてるのよ」

「ほ、本気で、追いかけすぎたかな?」


 ジト目のマリナに、秋は冷や汗を流し答える。

 そう言えばと思い出す。

 途中からいつもより自分のスペックを解放しまくってた気がする。と言うか、若干愉しんでいたかもしれない、と。

 ちょっと反省した。

 それよりも、だんだん天童の顔色がさらに悪くなる。


「ゲフッ」

「とりあえず、シュウ」

「うん、分かってるよ」


 秋が、自分より大きい天童を軽々と持ち上げて、自治会の方向に歩き出す。途中、青くなった天童の口からアレが出そうになったので、マリナに軽い治癒をしてもらいつつ急いで戻った。

 到着してすぐにマリナのお陰で多少楽になっているだろう天童を受け渡し、その後に天童の代わりの副自治会長と依頼料やその後の処理の話をして数分ほどして秋とマリナは事務所へ帰るのだった。

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