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喪服美少女は、それから数十分ほどで戻ってきた。その小さな腕に、資料らしき紙の束を持っている。十枚近くはあるだろうか。
「お待たせ…って、あらら?二人とも、どうしたの?」
二人の変な様子に、首を傾げる。
「別に何でもねぇよ」
「そうですね。何もありませんよ」
「そう?」
納得は出来なかったが、そこまで興味は無かったのでスルーしていた。
「それで、『赤桜』について何か見つかりましたか?」
本来の目的を達成するため話を戻して喪服美少女に聞いてみる。
すると、彼女はニコリと微笑んで、手に持っていた用紙を渡してきた。無言だが、これに書かれていると言うことだろう。
秋は受け取り書かれている内容を読む。
そこには『赤桜』の製作された年から今までの来歴、現在の所在についてが事細かく書かれていた。
「戦国時代から在るのか………」
一枚一枚丁寧に見落としがないように読みながら小さく呟いた。
「まぁ、戦国時代は、日本で一、二争うほど妖刀が生まれていた時代だもの。むしろ、普通じゃないかしら」
喪服美少女に聞こえていたらしく、秋へそう言ってくる。
そもそも妖刀とは、人間の強すぎる負の感情を浴び続け、さらに斬り殺した人間の血を吸収したことで生まれてしまう。
誰にも救われず狂うしかなかった人々によって生まれてしまった負の塊、それが妖刀である。
そして、数多の欲望渦巻く戦国の世は、最も多くの妖刀を誕生させる。
その一つ、『赤桜』は、とある平侍の持つ自慢の家宝の刀であった。
珍しい少し赤みを帯びた刀身で、美しくも恐ろしい斬れ味を持つ業物。
その刀は、良くも悪くも目立ってしまった。
ある日、彼の家族は皆殺しにされたのだ。
『赤桜』の話を聞き手に入れたくなってしまった一人の強欲な大名によって。
彼はその時、壊れた。
愛する家族を奪われ、壊れた。
ただ激しく憎悪し、
狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って………
血塗れになって復讐を遂げ、死に絶えた。
そして、妖刀『赤桜』が生まれる。
その刀身は、今や鮮血を塗ったかと思うほど赤くなっていた。
「壮絶だね………」
「あら、貴方も同じようなモノだったと思うよ。彼女が戻ってこなければ、同じような運命辿ってたと思う」
「そうですか?」
「えぇ」
首を傾げた秋に、喪服美少女は微笑をしながら頷く。その後ろでの人狼の男もこくこくと首を縦に振っていた。
それには流石にショックを受け、顔には出さないが逃げるように手元の資料に視線を戻した。
今、秋が読んでいる所は、現在の所在だ。
「へぇ、今は暴力団の若頭の手にあるんですね。………うん。なら、全然大丈夫そうだ。クルウェさん、この情報ありがとうございました。料金の方は後で払いますね」
「あら、もう行くの?あと、お金は別に良いわ。あの人も、礼は良いお互い様だ、だって」
「あの人は、いつもそうですね」
「まぁ、秋とは友人だからでしょう。本当なら、法外な料金を請求してるよ」
フフッ、と楽しそうに笑い答えてくる。
「あの、ちなみにその値段は………?」
秋は、料金について少しばかり気になったので、喪服美少女、クルウェに聞いてみる。
手招きされ耳打ちで言われた金額に、とりあえずは唖然として言葉が出なかったそうだ。
そのあと、何千回目かの宣戦布告を白髪人狼男にされつつ、廃ビルを後にした。
***
外は雪は止んでいたが、路上に真っ白な雪の絨毯が敷かれていた。
冷気が服の隙間から入らないよう身を小さくしながら、スマホを開き時間をみる。
〈十一時前かぁ………。少し急げば十一時半には着くかな〉
そう考えながら早足で雪道を歩く。
廃ビルへ向かうとき同様にさ迷うように元の道を進んでいて、ふとあることに気が付いた。
〈ん?さっきから、人の気配が無いな〉
驚くほど辺りが静かなのだ。
人々が寝静まっているとはいえ、異常な静寂。
それに近くには国道があり、少ないけども車が走っているはず。なのに、駆動音すらしてこない。
秋は、周囲の気配を少し探れば、この原因がすぐに分かった。
〈この感じは、怪異だな。まさか、気付かないうちに巻き込まれるとは、ね。はぁ………。勘が、鈍ったかなぁ〉
そう思うと、ガクッと肩を落とす。
どうやら、秋はいつの間にやら怪異に巻き込まれてしまったようだ。だと言うのに、怖がるわけではなく、自分の不甲斐なさに嘆いている。
そのせいで、後ろから近付く存在に気付くのが、少し遅れてしまった。
テケ。
テケ。
背後から奇妙な音とナニかを引き摺る音が聴こえてくる。
秋はスッと目を細め、地面に右手をつく。
テケ。
テケ。
ゆっくりと、だが確実に近付いてくる。
秋の手をついた地面にピンボールぐらいの黒点ができ、それが徐々に広がっていく。
テケ。
音がすぐ側まで来ている。
直径二十センチ程度の小さな穴のような黒点になると、呑み込まれるように手を中へ入れていく。
テケ。
真後ろまで来た。
秋は、勢いよく手を黒点から引き抜き、そのまま後ろへ薙いだ。
鋭い風を斬る音が響く。
「………避けたか」
空振った黒刀を片手のまま中段に構え、ソッと立ち上がる。
その少し先には、可愛らしい笑みを浮かべる下半身のない女がいた。
「あの姿………テケテケか」
殺気と身体から溢れる濃い深海のような青色のオーラ、魔力を放出して牽制しながらボソリと呟く。
怪異、テケテケ。
冬の北海道室蘭の踏み切りで列車に撥ねられ、上半身と下半身とに切断されて苦しみながら死んだ女子高生の亡霊。
この話を聞いた人の所に3日以内に現れる。逃げても、時速100-150キロの高速で追いかけてくるので、追い払う呪文を言えないと恐ろしい目にあうと言われる。また、顔は童顔で可愛らしい笑顔を浮かべ追いかけてくるため、その恐ろしさをさらに助長する。
知名度の高い怪異の一つ。
〈だとすれば、何故俺の前にいる?本来なら、関係ある怪談を聴いた人間の元に現れるはずだが、………どういうことだ?〉
訝しげな表情をする。
出現の原因がなんなのか思考をしようとするが、それを邪魔しようとテケテケが動く。
器用に腕を使い、秋に向かって真っ直ぐに飛んでくる。
「まったく、堪え性のない方ですねっ!」
秋は思考を止め、黒刀で突きを放つ。
後手とはいえ、それを覆すほどの神速の突き。
だが、テケテケは身体を捻ると、刀の峰に腕を当てて上空に跳ねて回避する。まるで、曲芸師のようだ。
秋は少し驚きつつも素早く引き戻し斬り上げれば、頭上で腕をしならせ振り下ろすテケテケの左腕を根元から斬り飛ばした。さらに、その胴体に強烈な回し蹴りも打ち込む。
鈍い音がその上半身から響き、吹き飛んでいく。
秋は蹴りの勢いを利用し後方へ跳ねるように移動して、テケテケを見る。
「はぁ………。腕が再生するとか、反則ですよ」
面倒そうなため息をつく。
斬ったはずのテケテケの腕が、元通りになっている。原理は不明だが、驚くべき再生速度だ。この様子だと、折ったはずの骨も元通りだろう。
秋は黒刀を構えずに、様子を見る。
しかし、予想外の反撃を受けたせいか、警戒しているのか向かってこない。その顔も、今や醜く歪んでいる。
〈さて、退魔の術式を使って斬るか?いや、あの速度だと、邪魔されるな。なら、使いたくないが黒刀の力で殺るか〉
突然、仁王立ちの秋の身体から漆黒のオーラが奔流する。
晴天のような蒼色である魔力と違う、全てを吸い込み塗り潰す黒色。綺麗でもあり、怖くもある。
今までと違う圧倒的な雰囲気を感じ、テケテケも身体を強張らせる。
秋は黒刀を立て、その刀身に触れる。
すると、身体に纏う漆黒のオーラが刀身に吸い込まれていき、刀身から禍々しい黒い光を放ち出した。
「葬れ、『黒の彼岸花』」
『黒の彼岸花』、黒刀の持つ特殊能力。
斬りつけた対象から生命力を奪う。その傷痕の大きさによって、その量は変化する。
対象が死者であれば、即死させられる。また、生き霊のようなものでも、本体とを繋ぐ霊糸から奪うことが出来る。
「さて、再開といこうか」
不敵な笑みを浮かべ、黒刀を片手で上段に構える。
怪異は、動こうとしない。否、動けない。
秋から放たれる黒色のオーラに、本来感じることのない恐怖を感じてしまっているからだ。
そこから逃げようにも、戦おうにも、震える身体がその場に固定されたように動かない。
つまらない、そう言ってるようなため息をつく。
「はぁ………。来ないなら、こっちから行こう」
その瞬間、秋の姿が目の前に現れた。
捉えられない速すぎる動きに、怪異は全く反応する事が出来ない。
「用がまだ残っているんだ。邪魔しないでくれ」
冷めきった声で言い、黒刀を振り下ろす。
怪異は何も出来ず、消滅した。
***
「はぁ………」
街灯に照らされた街道を歩く秋が、もう何度目かのため息をつく。
それには、理由がある。
実は怪異を祓った後、その怪異の創った空間から出られなかったのだ。すぐに出口を探しにこうどうしたが、これまたこの空間が無駄に広くさんざん歩き回る羽目になった。
肉体的疲労はそこまでなかったが、精神的疲労が凄かった。
「はぁ………」
また、ため息が溢れた。
せめてもの救いは、空間内の時間と外の時間の流れが違ったことだろう。もし同じだったら、今頃は昼過ぎぐらいだった。
〈目的地はすぐそこだけど、もう帰りたいなぁ。全てを投げ捨てて、眠りたいよ………〉
肩を落として、そんな事を思いつつ歩く。
只今、気落ちする秋が向かっている所は『赤桜』の持ち主がいるらしい、とある暴力団の事務所。
徒歩ですぐに行ける距離だったので、今日中に回収作業を終わらせようと思ったのだ。
穏便に済むなら最良、まぁ、済まなくても力ずくでどうにかなるので大丈夫だろう。
そう考えながら秋は、目的のビル前に到着する。
そこは人通り少ない場所にあった。また、中に人が居ないのか、窓からは明かり一つ見えてこない。
「それじゃ、潜入しますか」
秋は音もなく静かに中へ入る。
鍵がかかっていたが、便利屋の技術の高速鍵開けで難なくクリアした。
そんな技術、どんな依頼で使うのだろうか?
内部は警備員すら居ないようで、人の気配はしない。
予め資料によって得ていた建物の間取り図を思い出しながら、暗がりを進んでいく。
十分しない内に、『赤桜』が保管されている若頭の部屋へと着いた。ここでも、高速鍵開けを使用して室内に侵入する。
中を見渡せば、すぐに『赤桜』は見つかった。
「あれかな………」
壁に掛けられた一本の日本刀に近付く。
それは、部屋に似つかわしくない禍々しい異様な雰囲気を放っていた。
ソッと手に取り、刃を抜く。
鮮血のような赤色の刀身、『赤桜』だ。
「―――ッ!」
秋の顔が歪む。
刀身を露にした瞬間、頭の中に激しい憎悪と殺意が流れ込んできたのだ。
家族を殺された平侍の黒い負の感情。
妖刀を扱う者が、必ず味わうことになる精神的苦痛。
「やっぱり、キツいな、これは」
苦しそうな、悲しげな声で呟いた。
辛そうな表情のまま秋は刀を鞘に納め、脇に持ち部屋を静かに出ていくと、
「見つけてくれましたか」
廊下には依頼をしてきた女性が立っていた。
相変わらず、認識する事が出来ない。
「これで、何をする気だ」
表情を険しくさせ、殺気を放つ。
女性は愉しそうに笑い答える。
「何か、貴方に関係ありますか?」
「………チッ」
秋は苦々しい表情で舌打ちして、手に持っていた『赤桜』を投げて渡す。
女性はそれを片手で受け取った。
「では、確かに。依頼料は後々振り込みますね」
「分かったから、俺の視界から消えろ」
「おー、恐い恐い!」
言葉とは裏腹に愉快そうな声音で言い、闇の中へ溶けるようにいなくなった。
秋は居なくなったのを確認し、殺気を抑える。…
「フゥ………。柄にもなくキレてしまったな」
息を吐き、呟く。
妖刀はあまり好きではない。だが、それ以上に秋は妖刀を悪意ある行為に使われる事を良しとしない。
何故なら、妖刀は何かしらの悲劇によって生まれているから。
これ以上、妖刀で悲しき事を起こして欲しくないのだ。妖刀を扱っているからこその想いだった。
〈………警戒は、しといた方が良いだろうね〉
あの女性の目的の分からない故に、そう考える。
もし、悪事に使うのだったら………
〈俺がこの手で殺るしかない……か〉
拳を強く握りしめ、窓から見える空を見る。
月を隠す重々しい黒い曇天が覆っていた。