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主人公たちの住む場所の名前出ました。
なお、フィクションなので、実在しません。
薄く目を開いて白い天井を見つめ固まっている。
仮眠室で眠っていた秋が目を覚ましていた。寝起きは低血圧なのか、身体を起こさずに仰向けになったままで、ただボゥとして微動だにしない。
だが、数十分ほどもすると、秋の意識が微睡みから完全に覚醒していた。
そこからの行動は速い。まずは時間を確認をするために、デニムのポケットからスマホを取り出し画面を開く。
青く光る画面には、十九時二十二分とデジタルで表示されていた。どうやら、数十分の仮眠のつもりが、約十三時間も熟睡してしまったようだ。
秋は慌てて起き上がろうとするが、そこで壁に貼り付けられたA四のコピー用紙が目に入った。
それに書いてある内容を見る。
『シュウヘ
今日はゆっくり休みなさい。便利屋の依頼は私と悠人の二人でやるわ。心配でしょうが、安心しなさい。出来ない依頼は受けないことにしているからね!
まぁ、とりあえず、シュウはいつも頑張ってるもの。今日ぐらいは休みなさいよね。じゃないと、姉さんに報告します。
マリナ・ヴァレンタインより』
と、明朝体の印字で書かれていた。
それを読み終えた秋は、立ち上がらずベッドに座ったままで頭をかく。
「休め、ね。………そうしたいのは、やまやまなんだけど、これが残ってるからなぁ」
そう言って、スマホが入っていた方の逆側のポケットから一枚の用紙を取り出す。それは眠る前に会った女性の依頼書である。
読まずにすぐしまっていたため、少し雑な四つ折りされていたそれを開き中を見る。数秒にも満たない速度で速読した秋が、一気に煩わしそうな表情になっている。
「はぁ………。厄介な物を持ってきたなぁ」
眉間を指で強く押し、深く長い憂鬱げなため息をついた。
「まぁ、依頼なので絶対に達成しますが」
依頼書をまた四つ折りの状態に戻しポケットにしまい部屋から出てくる。運が良いのか悪いのか、マリナたちは居なかった。事務所の蛍光灯が全て消えていたので、すでに三階で夕食でも取ってるのだろう。
起こしてくれてもいいだろう、と秋は苦笑しながら思いつつ、ハンガーラックに掛かったトレンチコートを纏い事務所を後にする。だが、マリナと悠人の所へは向かわずに、下に行いって外へ出る。
外はすでに日が落ちて、暗い曇った空からは白の雪がヒラヒラと桜のように舞っていた。
〈もう少し、着込んだ方が良かったかな?雪も降ってるし、傘持ってくるべきだった〉
上着の上からでも感じられる冷気で少し身震いしながら思う。
傘を持たないで出てきていた秋は、取りに戻るのも少し面倒なために、そのままで街道を歩き始めた。
グレーのコートに雪の粉が付いては消え、雫となって流れ落ちていく。
傘も差さず雪降る中を歩く秋。
目立ちそうだったが、夜であり暗かったのと天候が悪く人通り少ないお陰で、注目をされることはなかった。
早足であてもなくさ歩くように、左へ右へと進んでいく。一時間ほどそうやって歩き続けて、秋はある場所で立ち止まっていた。
「やっぱり、裏の情報を集めるならここだよね………」
目の前の建物を眺めながら呟く。
秋の前にあるのは、ここ燐苑市では有名な廃ビルである。パッと見は変わった所のない普通のビルだが、何故か気味の悪い噂が多い。
女の啜り泣く声が聴こえてくる。
廊下全体を染める大量の血液。
窓からこちらを覗く不気味な女。
嗤いながら永遠と追いかけてくる血塗れ半身の男。
と、良く分からない話から廃墟では良くある話がとてつもなくある。そのため、ここはホラースポットとして有名だった。
だがしかし、それは全て表での話。
裏の世界では、魔境と呼ばれている。
ここには、その情報で国を揺るがしかねない情報屋や国相手に喧嘩する凄腕ハッカー等々、こんな所に居て良いレベルでない人物たちが暮らしていた。だが、それだけでは『魔境』なんて呼ばれはしないだろう。
そう呼ばれる由縁は、ここに来る裏の人間たちにあった出来事が原因である。
ヤの付く黒服曰く、泣きながら白衣の女がチェーンソー片手に襲ってきた。
とある大物政治家曰く、連れてきた部下が全員がたった一人に何もできず皆殺しにされた。
とあるテロリスト曰く、窓辺に佇む喪服を纏う女にまるで魔法のような力で半殺しにされた。
元秘密結社首領曰く、殺しては蘇りさらに強くなる化物が壊滅するまで追いかけてきた。
嘘か真か怪しすぎる話である。
そもそも、そんな奴等が何故、こんな片田舎に住んでいるかは誰も分からない。
ただ言えるのは、近付くつもりなら死ぬ気でいろ、という事だけだ。
秋は、深呼吸する。
「フゥ………。よし、行きましょうか」
そう呟いて、建物の中へ入っていく。
一階は、特別これといって変わった所のないロビーだった。
周りに目もくれずに、スタスタと奥の階段を上がる。二階、三階と上がっていると、四階手前にチンピラのような服装をした白髪の男が立っていた。
「よぉ、久しいなぁ」
軽薄な笑みを浮かべ、手を挙げている。
一瞬顔が嫌そうに歪んだが、すぐに笑顔で秋は返答する。
「まだ、生きてたんだね」
「テメェ………。まだ、あの時の事を根に持ってやがんな!」
「はて?何の事でしょうか?」
「あぁぁぁ!ぶっ殺してぇ!でも、勝てないから無理だぁ!」
とぼけている秋に、キレた男は頭をかきむしりながら狂ったように叫びだす。
秋はその様子を見て、黒い笑みを浮かべていた。
どうやら、二人は顔見知りのようだが、仲は良くないようだ。
「それで、君は何故ここに居るのかな?」
嗤う口を隠しながら男に問い掛ける。
すると、男はピタリと固まって動かなくなった。若干だが、震えてるような気もする。
「おーい。ちょっとー?」
「………」
「あはは、用無いなら、邪魔ですよ」
「グボァアラジャケッ!?」
声を掛けても無視されたため、イラッときた秋は近付いていき顔面をぶん殴った。
もちろん、笑顔で。
男は奇声を上げて真後ろに吹き飛んでいき、壁に頭から突っ込んだ。壁が脆かったのか突き刺さっている。
秋はスッキリした表情で額を拭く。
「さてと、早く行こ」
秋が五階に向かう階段を上ろうと、手すりに手を掛けたとき、
「あら?秋じゃないの。どうしたのよ?」
上の階から首を傾げる美小女が現れた。
半々で白と黒の長髪に、小柄で人形のように可愛らしく整った容姿。街中を歩けば、老若男女問わず見惚れるだろう。
ただ、何故かドレスのような喪服を着ていた。
秋は半目で見ながら言う。
「白々しいですね。俺が貴女に用があってきたのはお見通しでしょうに」
「あら、あらら。やっぱり、貴方には嘘はつけないわねぇ」
「いや、嘘をつくと言うか、貴女の言うこと全部が嘘臭いですからね?」
「あらら、失礼ね。これでも、一応本当の事は言ってるつもりよ。………多分」
最後で台無しだね。
そう言わないのは、優しさであった。
秋は、やや目が泳ぐ彼女に苦笑いしつつ、本題を切り出そうとしたその瞬間、
「―――チッ」
舌打ちして後方へ飛び退く。と同時に、コンクリートの塊が秋のいた場所に勢いよく飛んでいた。
秋はもう一度舌打ちして飛んできた方、男が壁に埋まる方を睨み付ける。
そこには、身長三メートルはあるかと思われる大きさで、全身を白い毛で覆われた狼の顔を持った怪物がいた。その姿は、ウェアウルフやライカンスロープなどと呼ばれる狼男であった。
数多くの伝承を持ち、今でも様々な形で語られている。
『良くもやってくれたなぁ!今度こそ、ぶっ殺す!』
獣のうなり声に近い、腹に響くような低い声で言ってくる。よく見れば、チンピラのような服装を着ているので、秋に殴られた男のようだ。
「道の邪魔だったのが、悪いんだよ?まぁ、邪魔じゃなくても殴ったけど」
『テメェ、聞こえてるからな!』
「あはは、わざとに決まってるでしょう!」
『コロス!』
叫ぶように言うや否や、床にヒビを刻み消えたかのような速度で秋の前に現れ、筋肉で膨張した巨腕を振り下ろす。
ブンッ、と低い風切り音を鳴ら迫っていくが、秋の身体に当たることはなかった。
「全く、何度やれば分かるんです?」
呆れたような声で、いつの間にか取り出していた黒刀の付着した血を払う。
その後ろに鉤爪のついた腕が落ちていた。
『ガァッ!クソが!何で、そんな速く剣を振れるんだよ!』
人狼となった男が、痛がりもせず腕が斬り落とされ肩から先のない状態で叫び出す。いちいち動くので、流れ出ている血が飛び散る。
秋は服に付く前に離れていた。
喪服の少女も同じく。
お陰で少し冷静になった彼が聞いてくる。
『………何で、お前ら離れてんの?』
「「血を浴びたくない」」
即答だった。真顔で即答だった。
「酷くね?俺、好きで腕斬り飛ばされて、血流してる訳じゃないんだけど。まぁね、俺がキレて喧嘩売ったのが悪いけどよ?そもそも、アイツが腕斬らなきゃ、こうなってないじゃん。ほら、殴るとか蹴るとかほかにも方法あったのに、何で斬る?それも即決だぜ?酷くない?何、俺に触れたくないの?そんなに獣臭いッスか。それはそれで、わりとくるものが………って、どうでもよくないか?今は腕斬られて、血を流してるせいでこうなったのはアイツが悪いんだろ、って事だろ?何で、こうなって………………」
何やら、元の姿に戻って斬れた腕をくっつけながら、ぶつぶつと膝を抱えて言っている。
「それで、聞きたい事なんだけど」
「あら、どんな事?」
二人とも無視していた。
とうとう泣き出していたが、無視した。
メンタル弱いなぁ、と思いながら無視した。
「それで、『赤桜』って知ってます?」
「んー、それって秋の持つ黒刀と同じ妖刀のことかなー?」
「あ、はい、そうです。ちょっと、それが必要なので何かしら情報持ってないかと思い聞きに来ました」
「あらら、そうなの。なら、ちょっと待っててねぇ」
そう言って去っていく。走っているのに、音がしないので不思議である。
秋は、その後ろを見送って、手に持つ黒刀をチラッと見た。
払ったとはいえ先程まで多少付いていた血は、刀に全て吸われて無くなっている。
妖刀の由縁の一つ、『吸血』によって。
秋は黒い刀身が妖しく光るのを見つめていた。
「はぁ………。妖刀なんて手に入れて、何がしたいんだか。これは良いモノではないのになぁ」
呆れたような声で、ため息をついている。
そんな秋を何とも言えない表情で白髪の男が見ていた。