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便利屋『魔喰』の怪日々録  作者: 葉劉ジン
第1章 便利屋『魔喰』
3/15

 翌日。

 予想通り、いや、予想以上に依頼があった。

 秋たちが朝目を覚まし事務所に来てみれば、早朝から送られてきたのだろう、ファックスに大量の雪かき依頼の書類。営業時間外というのを忘れていると思えるほどの量だった。

 さすがの量に、眠気も吹き飛び三人とも引いてしまった。

 急いで書類を整理していれば、


「こんなもん、自分か専門業者に頼みなさいよ!もう、これじゃ、秋が私の頼みを出来ないじゃないの………」


 とマリナは文句を言っていたが、秋と悠人は業者も想定外の積雪に戸惑っているのだろうと苦笑しつつ無理矢理に納得する。だから、依頼書の中に業者からの物が混ざっていたのは見なかったことにした。

 そして、面倒さげなマリナを引き連れ秋たちは雪かき依頼を始めていた。だが、昨日の倍以上あるので、それはもう大変だった。大変すぎて、基本的に力仕事をやりたがらないマリナが、自主的に手伝い始めたぐらいだ。

 手分けしてやること半日と約三時間。

 バレないようにちょっとだけズル(チート)を使って、何とか三十件以上もあった雪かきのみ依頼を夕暮れ前までには終らせていた。

 馴れないことをしたマリナはもちろんだが、悠人と秋でさえ久々の重労働で疲労困憊になって、事務所へ帰る時には何度寝落ちを仕掛けたか分からない。

 そんな危ない状態だったが無事戻れた三人の内、マリナと悠人はすぐに事務所の上の階、最上階の共同生活スペースへ移動してしまった。

 きっと、今頃は死んだように眠っているだろう。

 三人の内の最後である秋と言うと、一緒にそこへは行かず一人、事務所の方で書類作成等々の事務仕事を行っていた。

 明かりは自分の真上の蛍光灯だけ点けて、パソコンを操作している。時折、目が乾くのか手元に置く目薬を注したり、眠そうに欠伸をしている。

 日が落ちて夜になっても、キーボードを叩く音は止まらずに響く。

 カチカチ。

 カチカチ。

 何時間経っただろうか。

 秋が、事務椅子にもたれ掛かり気の抜けた声を出した。


「ふぅー、やっと終わったぁー」


 身体をおもいっきり伸ばせば、長時間同じ姿勢だったせいで身体から鈍い音がする。気にせず立ち上がりストレッチをしていると、さらに鈍い音を鳴らせる。

 秋は、二分ほどの軽いストレッチを終えて戸締まりを確認していく。

 自分以外、誰も居ない室内。

 黙々と鍵が閉まっているのかチェックしている。

 最後に事務所の大窓の確認をしていたが、急に動きが止まった。棒立ちのまま不動でいる。


「あら、気付かれちゃいました?」


 すると、背後から愉しそうにする中性的な声が、耳元で囁かれているように聴こえた。

 秋は振り向こうとせずに答える。


「まぁ、気配も消さずにいらっしゃれば分かりますよ。それで、何でしょうか?」

「用がなければ来ちゃ駄目なのかしら?」

「ここは、便利屋です。例え、営業時間外だとしても依頼があるなら良いでしょう。ですが、そうでないなら不法侵入者として警察に行ってもらいますが」


 秋は、少しばかり不機嫌そうな声で返す。

 背後にいるだろう声の主が、唐突に笑いだした。ただ、笑っているのにまるで室内で響かない。秋の耳には大声で笑っているのが聴こえるのに、室内にはまったくと言って良いほど反響しない。

 その違和感に、秋はさらに機嫌が悪くなる。今にも、スマホを取り出し警察を呼んでしまいそうだ。

 それに気付いた声の主は、笑うのを止め落ち着いた声で言ってくる。


「貴方に依頼よ。それも祓い屋としての」

「俺、一人への依頼ですか?」

「えぇ、詳細の書いた書類はテーブルの上にでも置いておくわ。それより、こっちに向いて話をしてくれないかしら?私が言うのもアレだけど、礼儀がないんじゃないの」


 後ろで微笑を浮かべ言っているだろう言葉に、秋は少しムッとする。

 不法侵入したお前が言うな、と思ったのだろう。

 同時に、確かに後ろを向いて話すのは失礼だ、とも思いつつ口を開く。


「では、俺の周りにあるこの()()のを退けて貰えませんか」


 そう言う秋の周りには、変な黒いモノが漂っていた。


「あらら?それも気付いてたの?でも、おかしいわね、これに気付けるのは同類ぐらいで………」


 そこで、声の主はハッとした。そして、秋の姿を凝視し始める。じっくりと、目に焼き付けるかのように。

 秋は急に嘗めるような視線を向けられ、背筋をゾクッとさせ肩を震わせた。不機嫌さがさらに増している。


「夜のような深い黒の髪、背中を向けていながら隙一つ見せないし。雰囲気とかは聞いてたのと少し違うけど、隠蔽が効かない眼。何よりも名前が秋、シュウ………まさか、貴方はあの『死神』なの?」


 驚きと期待を含んだ声で聞いてくる。もしそうであれば、これほど面白い情報はない、と考えていた。

 すると、その言葉を聞いた途端、秋の雰囲気が変わった。

 触れれば即座に斬るような殺気だった空気を纏っている。ピリピリとした緊張感が室内に漂う。


「え、嘘、本物?ってか、それは肯定の意なの?なら、物騒ねぇ」

「………関係ない。それより、早くこのモヤを退けろ」

「ハイハイ、分かりました。これで良いでしょ」


 投げやりにそう言われて、やっと秋が振り返る。

 振り返った秋の表情は眉一つ動かさない無表情。感情のない、何も映していない死んでいる瞳。いつもの笑みを浮かべた仏の姿は何処にもない。

 その立ち姿の静けさが、放つ殺気と相まって異常さを大いに出す。

 対して、秋の視界に入ったのは女性だった。否、性別以外分からなかった。

 容姿や服装を表現する事が出来ないのでない。

 そもそも彼女の認識を出来ないのだ。姿を知ろうとすればするほど、それがブレて歪み捉えられなくなる。むしろ、性別が分かっただけでも良い方だろう。

 疑うことなく秋は確信した。昨夜、マリナから聞いていた不思議な女性だろう、と。


 〈不思議な女性、ねぇ。話じゃ派手な服装をしていて顔を覚えられないだったか?。これ、顔どころか服装すら分からんぞ。この感じ、記憶操作というより認識させる情報に干渉できる力か?だとすれば、記憶に残らないのは仕方ないか。顔を覚えにくいモノに認識を弄れば良いだけだからな。………ん?いや、まて。予想通りなら、俺の目にはアイツが望んだ姿で認識をしているはずだ。だが、ブレて歪んで捉えられないだけで、そういった感じはしない。どういう事だ?俺に効きにくいという可能性もあるが………あぁそうか〉


 秋は心の中では納得した。


 〈あの黒いモヤは記憶操作の魔術の類いか。佐藤夕香の会った時、これで記憶を弄ったのか。で、俺にも同じ事をしようとしたが、見破られた。それで、今度は術で隠していたかっただろう本来の力、認識干渉の力を使っているわけかね〉


 今手元にある情報だけで、思考して考察する。

 だが、そうするだけで、何かするわけでもない。今は敵対しているわけでもないし、まして、子供のように答え合わせをしたいわけでもないため無言を貫く。

 女性も何も喋らずただ、こちらを見ている。認識をそう感じているだけかもしれないが。

 一瞬の奇妙な沈黙。

 それが我慢できなかったようで、すぐに目の前の女性が口を開く。


「ちょっと、貴方。何か話してよ」

「必要ない」

「何でよ、少しぐらいお話しましょうよ。じゃなきゃ、わざわざ振り返ってもらった意味がないじやない」

  「………話すような事があるのか」


 何でそんな面倒な事をしなければならない、といった嫌そうな顔をしつつ答える。

 女性は悩むような声を出しつつ言ってくる。


「んー、そうねぇ。例えば、この前の首なし霊について聞きたいことはない?」

「あれは、都市伝説を上手く利用して生み出したモノだろう」


 秋の返しに、感嘆の声を洩らした。


「よく分かったわね」

「少し調べたら、すぐに分かった」


 即答する。

 秋はマリナに頼まれ、少しばかり調べてあった。その時、簡単にヒットして、情報が出てきていた。

 ネット上で広まっていた都市伝説、『憎悪の首なし』という名前だった。内容は、簡潔に説明すると、裏切りで首を切られた女性が綺麗な女性の首を代わりにする、といった対して怖くない話だ。しかし、そういった都市伝説は、面白半分で数多の人に怖く歪に変えられてしまう。

 今回の首なし霊もその中で最も人の恐怖を得たために生まれた存在だった。


「んー、ちょっと広めすぎたかしら」


 少し後悔したような声で呟く。

 秋は無視して話す。


「だが、彼女を狙った意味が分からない」


 マリナが一番に疑問を持ったことだ。

 例え、都市伝説が実体化しても意思はないので、誰かしらが操りでもしない限り誰かを襲いはしない。大体、そういったモノが意思もなく自由気ままに人を襲っていたら、今頃あちこち大騒ぎだ。


「興味ある?」

「………強いていうなら、ない」

「でしょうね。多分、相方にでも調べてこいと言われたのかしら」


 秋は何も答えない。

 女性は愉しそうに笑う。


「フフフッ!まぁ、良いわ。さてと、面白い事を知ったし、今日は帰りましょうか。そうそう、依頼の件忘れないでね」


 目の前の女性は茶目っ気たっぷりな声で言ってくる。姿を認識出来ないので、変な感じだ。

 秋は言葉も発する事なく、返答として小さく頷いただけ。

 そんな愛想のない態度に女性は気を悪くする事なく、愉しそうに笑い事務所を出ていこうとして、


「あと一つ言い忘れてた。私の認識弄りは姿以外にも効くの。あ、時計見れば分かるわよー」


 最後にそう言って、手をヒラヒラ振りながら音もなく立ち去っていった。


「………?」


 秋は、意味が分からず首を傾げる。

 とりあえず、言われた通り時計を見た。


「は?」


 間抜けな声が口からでてしまった。

 視線の先、時計の針は六時半を指している。

 バッと勢いよく後ろを向けば日が昇ってきたいた。


「………どうなってる?」


 さっきまでは、空に月が浮かぶ深夜だったはず。

 状況に若干困惑するが、すぐに冷静になる。


「………仕事をしている時に、認識に干渉されたか」


 顎に手をあて呟いた。

 今思い返せば、外が暗い状態が長すぎた。だが、そちらに意識を向けていなかったため、気付くことがなかったのだ。まぁ、たった数時間で終わるはずのない事務仕事が夜の内に終わってしまった時点で気付くべきだが、疲労のせいもありそこまで意識が回らなかったのだろう。

 秋の言う通り、事務仕事中に外の様子と時計等々に干渉されている。過度に干渉していればすぐにでも気付いただろうが、バレないように巧妙にされて感知出来なかった。

 しかし、どのタイミングで干渉していたのか?


「初めから気配を消して潜んでたな。チッ、気配操作も上手いとはどこの忍だ」


 気配を完璧に消した状態から、違和感なく気配を出して近寄ってきた。ある種、化物である。

 もし相手が秋を暗殺するつもりなら、速攻で死んでいたかもしれない。


「………鈍ったな」


 苦虫を噛み潰したような表情で言いテーブルから置いていかれた依頼書を手に取るが、読まずにすぐにポケットへしまいこんだ。

 そして、大きく欠伸をして呟く。


「とりあえず、少し眠ろう」


 眠気がピークに達したらしい。

 三階で眠る二人が起きてくるまでに、あと三十分もないが眠らないよりは増しだ。

 秋は、事務所の片隅にある仮眠室へ移動して、部屋に置かれた白く清潔なベッドに倒れ込むようにして横になった。

 数秒もしない内に、秋から寝息が聞こえてくる。

 何とも早い寝入りだ。それだけ少しでも長く睡眠時間を確保したいのだろう。

 秋が寝始めて数十分後。

 予想通り、マリナと悠人が起きてきたが、仮眠室でぐっすり眠る秋を見ると、


「………マリナさん」

「分かってるわよ。今日は便利屋の仕事は二人でするわよ」

「ハイッス」


 起こさないよう二人は静かにそう話して、仮眠室から出ていった。

 いつも一人で何倍もの依頼をこなす秋を思っての行動だったが、その日は何故か依頼は一つも来なかったそうだ。


 ***


 操作していたスマホを、スーツの内ポケットに投げるようにしまう。


「うん。これで、私の頼んだ仕事を優先してできるかな」


 ヒールがコンクリートを叩く音が響く。

 どうやら、どこかの地下駐車場のようだ。辺りには、疎らだが車が停まっている。

 カツン、カツン。

 乾いた高い音が響いている。


「フフ、彼なら簡単にこなせるでしょうね」


 愉しそうに笑う。

 その姿はスーツを着ていると思いきや、急に真っ黒な和装に変わる。と、思えばすぐにセーラー服へとなっている。

 摩訶不思議な異様すぎる光景が永遠と続く。


「でも、力は完全にバレたかもなぁ」


 深く長くため息をつく。


「まぁ、仕方ないか」


 だが、すぐに立ち直ったようで、愉しそうな声音で一人呟く。その瞳は、虚ろ。何処も見ていない人形の瞳。

 そして、地下駐車場の電気が突然消え、その姿が闇の中へ消えていった。

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