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便利屋『魔喰』の怪日々録  作者: 葉劉ジン
第1章 便利屋『魔喰』
2/15

書き直し版

 暗い。

 何も聴こえない、何も見えない、閉ざされた完璧な闇。

 気が狂いそうな程の漆黒。

 そこで少女の声が響く。


 ―――私は此所に居るよ


 彼女は、今にも泣きそうな声で叫ぶ。

 誰かに見つけて欲しい、私を見て欲しいという願いを込めて。

 私を()()()と願い叫ぶ。


 ―――お願い、誰か私を見てよ


 だけど、その叫びは届かない。

 先の見えない黒い闇が彼女の声を呑み込んでいく。

 嗚咽を漏らし泣き出してしまう。

 だが、それでも誰も来てくれない。


 ―――あぁ


 いつの間にか彼女は、泣かなくなっていた。

 涙が枯れ果てたからではない、泣き疲れたからでもない。

 彼女の声は、全てを呑み込む奈落のよう。

 温かさ、優しさ、夢、希望、光失い絶望した声。


 ―――あぁ


 消えてしまいそうな小さく掠れた声。


 ―――誰も見てくれないなら


 静かな孤独の闇で、確かに響く。


 ―――無くしてしまおう


 闇の中で何かが答えるように揺れ動いた。


 ***


「二人とも今日はありがとねぇ」


 優しい表情の老婆が、秋と悠人へ感謝の言葉を言っている。

 今日の二人は、この女性から家の周りと屋根の雪かき、便利屋としての依頼を受けて隣の地区まで来ていた。

 実は、この後も雪かきの依頼が数十件ほどきている。

 理由は、昨日の深夜、天気予報を無視して降ってきた雪のせいだろう。そのせいで、今日はどこも大変で大騒ぎしている。

 この雪は、今までの降雪量を軽く越えており、百年ぶりの大雪とまで言われている。

 秋と悠人は、老婆の感謝と依頼料をありがたく受けとり、次の目的地へ向かうため仕事用のワゴン車に乗り込んだ。運転席に秋、助手席には悠人が座っている。

 手を振る老婆へ二人は手を振り返して走り出した。

 窓を閉めシートベルトをしっかりと取り付け座り直した悠人が微笑みながら言う。


「優しいおばあちゃんでしたッスね!」

「うん、そうだったね。お茶とかお菓子を出してくれて、凄く優しい方だった」


 優しい笑みを溢して答える秋。

 頭の中では、先ほどの老婆を思い出すと、自然と笑みがまた溢れた。

 赤の他人なのに、一時とはいえ家族のように優しくされる。心と精神が腐ってないでも限り、誰でも嬉しいだろう。

 そのお陰?で、長居してしまっていたが。


「それにしても、マリナさんは何でついてこなかったんスかね?事務所に居ても暇だと思うんスけど」

「あぁ、それはね。あっちの方で少しやることが出来たからだよ」

「やることッスか?」

「そうそう」


 悠人は、首を傾げる。

 確かに祓い屋としてではマリナは超一流だが、それも秋が相棒として居ないと依頼人と揉めて話にならないはず。

 便利屋としては、論外。そもそも、手伝おうとすらしない。

 そんなマリナが、残って何かするような事があっただろうか?

 頭を必死に絞って考える悠人を横目で見た秋は、笑いそうになるのを堪えるのだった。

 運転するこの車が、スリップして下水道に落ちかけるまで。


 さてその頃、マリナは………

 昨日の依頼人である佐藤夕香の自宅へやって来ている。

 首なし霊の件で少々気になったことがあったからだ。あの時、依頼人佐藤夕香を迎えに来るような動きは本来、どんな霊だろうがすることはない。そんなことをするのは、ホラー映画の霊ぐらいだ。

 それでおかしいと思い、マリナは急遽来ることにしたのだ。

 と、少し振り返っていると、目的の家が見えてきた。先に電話していたので、外で厚着をした佐藤夕香が待ったいる。


「あ、早かったですね」

「まぁ、私は基本的に暇だからね」

「良いでしょうか?」

「良いのよ。ほら、そんな事より早く中へ入れなさい」


 疑問を持つ夕香に適当な答えつつ中へ入れるように言っている。

 そう言われ彼女は慌ててドアを開けてマリナを招き入れた。

 前回は、来る途中で依頼を解決し、倒れた彼女は秋が運んで行ったためマリナがここへ来るのは初めてである。

 ………であるはずなのだが、まるで何度か来ているような感じで案内もなく歩いていき、夕香の私室まで来ていた。後から、追いかけてきた夕香が驚いた顔でマリナを見ている。


「あの、もしかして一度うちに来ましたか?」

「いえ全く。でも、こういうのは感覚で出来るわよ」


 いえ普通は出来ませんよ。

 少し引き攣った笑みをする夕香が、心の中で思った。

 不思議そうな顔をしてマリナが、夕香を見ている。自分のしていることがちょっと変わっていることには気付いていないようだ。

 夕香は深く深呼吸して動揺していた心を落ち着かせ、マリナをクッションの上に座らせてお茶を取りにキッチンへ向かった。

 冷蔵庫から取り出したペットボトルに入った麦茶を、コップに注ぎながら呟く。


「美人さんだけど、ちょっと変わってるなぁ」


 ちょっとではなく、相当変わってます。

 聞いたら腰を抜かすか、現実逃避したくなるような秘密を持ってます。

 夕香が二人分のコップをお盆に乗せ部屋に戻ってくると、


「あのー、何でベットの上にいるんでしょう」


 何故かマリナがベットの上で横になっていた。

 マリナの切れ長の目が鋭くなる。


「何か文句あるの?」

「イエマッタクアリマセン」


 理不尽に睨まれた夕香は、目を逸らしカタコトで返答した。

 気のせいか、うっすらと目頭に涙が貯まっている気がする。いや、気のせいでなかった涙目だった。

 それに気付かないマリナは、寒いから早く中に入れ、と傍若無人な態度。夕香は、「自分の家なのに、自分の部屋なのに!」と心の中で叫びながらちゃぶ台に麦茶の入れたコップを置いた。

 マリナは、起き上がり麦茶を一口含み話し出す。


「それで、あのあと何か変わったことはあったかしら?」

「変わったことですか?」

「そうよ」


 笑み一つしない無表情で夕香を見ている。だが、雰囲気は昨日と同じようなモノだ。

 夕香は若干驚いたが、すぐに記憶を思い返す。

 なに、昨日の事だ。さほど時間を掛けずに思い出した。


「そう、ですね。これといった事はなかったですけど」

「けど?小さな事でも良いから、早く教えなさい」

「は、はい!えっと………あ、女性に会いました!」


 姿勢を正し敬礼をしてきそうな勢いで言ってくる。

 それを聞いたマリナは、眉間に皺を寄せつつ続きを促した。

 夕香が言うには、その女性と出会ったのは自宅へ連れて来てもらって秋が帰っていった後の事らしい。

 夕香はリビングで、秋から詳しい説明を半ば現実逃避しながら一つ一つ噛み砕いていた。心の何処かでは、首なし幽霊が幻覚か何かだったのでは、と思っていたため、秋の実演込みの説明を見るまでは現実と理解していなかったのだ。

 はたから見ればボゥーとしているように見える夕香が半分程度やっと理解し始めてきた時、玄関のチャイムが鳴るのが聴こえた。

 頭にハテナマークを浮かべる。今日は来客や配達のようなモノはなかったはず。

 そう思いながら夕香が、早足で玄関の扉を開く。

 そこには、不思議な女性が居た。

 雰囲気は平凡普通なのに見つめると見惚れてしまい、纏う衣服が黒い鯉と竜が描かれた着物を着ていて立ち振舞いが洗練されているようで所々乱雑。そして、何故だかその人の顔を覚えられなかったそうだ。じっと見つめても、記憶に残らない。

 突然の来訪者に驚いていると、その女性は夕香を見るなり、「………へぇ、まだ残ってたの」と、よく分からない事を呟き何も言わず立ち去っていった。

 気になって夕香は呼び止めようとしたが、その時にはもう視界から姿がなくなっていたそうだ。

 それを聴いたマリナは、何か納得した表情をしていた。


「そう分かったわ」

「何がです?」

「別に貴女には関係ないわよ」

「はぁ………、そうですか?」


 何とも言えないモヤモヤが残りつつ、夕香は疑問系で言った。

 その後、二つほど質問してマリナはもう用が済んだと言って脇目も振らず夕香宅を出て、慌てた夕香に見送られスタスタと事務所へ帰っていった。

 事務所へ歩きながら考える。


 〈不思議な女性、ねぇ。私の違和感に多分関係あるわよね〉


 マリナの感じていた違和感。

 それは、夕香に取りついた生き霊の首なし霊の事だ。

 生き霊とは、そもそも()()()人間がその相手への嫉妬や憎しみといった負の感情が魂の半分を呑み込んだ時に、その部分を持った魂のみを幽体離脱させ対象を呪いの一種。そう生きた人間でしか生き霊へはなれない。

 だが、あの生き霊は実体を持つほどの強い負の感情を持った首と離れた霊だった。生き霊であるなら外傷ない呪いを行った人間の姿をしているはず。そうでなければ死霊、この世に残した未練を残した死んだ人間の魂であるはずだ。

 それに、生き霊は呪いだ。しかし、夕香は誰かに呪われるような事はしてないという。そんな人に限ってあるのだが、マリナもこの時はそう思った。

 彼女には、基本的に恨まれない魂の持ち主だったから。稀にいる生まれながらの良い人というやつだ。

 だとしたら、思い付くのはこう言ったことが出来そうな専門の呪術師が手を貸した場合。

 もしかして、と思い夕香の元へ話を聞きに行った。

 結果、怪しい人物が来ていた事が分かった。


「後で、秋に相談しましょう。何か分かるかもしれないし」


 そう呟いて、マリナは事務所へ向かう足を早めるのだった。


 さて、場面は戻って秋たちは………



 雪山に埋まった車を引っ張り出す方法を考えていた。

 依頼を全て高速で終わらせた秋と悠人は、依頼人たちに驚かれながら事務所へ向かっていた。何故そんなに急いでいたかというと、雪が降り始めたからだ。

 お陰で雪かきの依頼はまた増えるだろう。

 だが、そんな事は今は関係ない。

 ただでさえ何度か埋まりかけたり、スリップしたりと大変だったのだ。これで雪がさらに積もれば帰れなくなってしまう。

 なので、秋たちは急いでいたのだが、それが仇となりスピードが少し出ていたワゴン車は盛大にスリップして除雪車が作った雪山に突っ込んだ。

 辛うじて二人と車は無傷のようだが、車体を半分も雪に包まれていた。

 慌てて秋と悠人は車を引っ張る。

 しかし、埋まったワゴン車はびくともしない。

 さてどうしようかと考えているかのが、今の現状だった。


「秋さん、どうするッスか?このままじゃ、車は雪の下に、俺っちたちは凍死しちゃうッスよ」

「そうだなぁ。うん、人もいないし良いか」

「あ、何か良い案思い付いたッスか!」

「いや?普通に本気で引っ張るだけだよ?」


 一瞬ポカーンとした悠人だが、すぐにハッと思い出す。

 横にいる秋が、()()ではないことを。

 秋は、悠人のコロコロ変わる表情に笑みを溢しつつ、車に手を触れて目をつぶる。すると、秋の身体から黒いオーラのようなモノが奔流し出す。

 吸い込まれそうなほどの綺麗な漆黒。


「いつ見ても綺麗ッスよねぇ。秋さんのそれ」

「そうかな?」


 惚れ惚れとしている悠人の呟きに、秋が片目を開けて答える。

 悠人は、無言で激しくうなずく。

 予想以上の肯定の仕方に苦笑して秋は頬をかいていた。

 そうしてる間に黒い奔流が落ち着き、秋の身体を包むようになっている。


「よし。それじゃ、引っ張るから悠人は離れて」

「ハイ、分かったッス!」


 秋の言葉に即答してさっさと離れる。

 安全な所まで離れたのを確認すると、秋はナンバープレートを掴み腕に力を込めた。


「―――ッ!」


 その瞬間、車はズズズッとゆっくりと抜けていく。

 そして、数秒後には雪山から車が引き抜かれた。


「やったスね!」

「ふぅ、そうだね。じゃ、早く帰ろうか」

「ハイッス!」


 二人はワゴン車に乗り込み、暗くなってきた雪道を走っていく。

 道中で何度か埋まりかけたが、何とか回避して数時間後には事務所に着いていた。早く身体を暖めたい二人が、慌てた様子で事務所に早足で入って来る。

 中でココアを飲んでまったりしていたマリナは、帰って来た二人がびしょびしょなのに驚きと呆れたの混じった声で言ってくる。


「もう、二人とも身体拭いてから入ってきなさいよ」

「あ、気づかなかったッス。すいませんッス」

「あはは、ごめんごめん」


 そう言われ自分達が濡れていることに初めて気づいた。

 それもそうだろう、今の今まで雪の中で作業していたのだ。それに、一々拭いて作業をしていたら終わらない。

 帰るときに拭けたのでは?と思う。単純に忘れていただけだ。

 上着を干し、濡れていた服を着替えてきた二人は頭をタオルで拭きながら悠人はマリナの隣、秋はその前に座った。


「それで、今日はどうだった?」

「まぁ、収穫はあったわよ」


 秋の問いかけにマリナがすぐに答える。

 それを聞いた悠人がマリナに聞く。


「そう言えば、今日は何の用があったんスか?」


 すると、マリナは微笑んだ。艶のある妖艶な笑み。

 悠人は、思わずドキッとして顔を真っ赤にしてしまった。もう頭からは疑問が吹き飛んでしまっている。

 見ていた秋は他の誤魔化し方はなかったのかと思いながら、持ってきたココアを口に運んだ。


「ん、美味しいなぁ」


 口に広がる温かな甘味が疲れを癒してくれる、そんな気がした。頭の中でマリナから得た情報で考え事をしながら。

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