13
秋は少女の身体を奪っているのが、妖刀『赤桜』自身と言うことにはあまり驚かなかった。
なんせ、妖刀の狂気に耐えられず、呑み込まれて操られるのは、妖刀を扱おうとする者の全てが知る当たり前の事実。だから、秋が驚いてしまったのはそこではない。
操られた者、それが人ではない、神秘の怪物である悪魔だったからだ。
どうしたって、悪魔は絶望の狂気に精神が染まっているため、妖刀の殺意の狂気には絶対に呑み込まれることはない。たとえ、本来の人であった姿に戻っていおうとも、すでに霊格は変容しているために呑み込まれないのは変わらないはず。
では、どういうことなのか?
しかし、考える時間など相手が与えてくれるわけもない。秋がハッと気付けば、速く鋭い突きがすぐ目の前まで迫っていた。
秋はあまりの速さに息を呑みながら、身体を仰け反らせると同時に黒刀を斬り上げる。
不可視の一刀。極限まで殺意を消し、相手の意識の隙を縫い認識が難しくさせ、神速で斬る秋が得意とする暗殺剣技。
だが、それは難なく避けられて、大振りで空を斬ってしまった。
「チッ!」
秋は大きく舌打ちする。端から意識が二つ混在しているせいで意識の隙が分かり難いため当たるとは思ってない、舌打ちをした理由は、相手が憎い仇の一人であることで無意識に力を入れてしまい大振りになってしまったこと。
そして、生まれてしまった一瞬の隙。
逃しはしないと、『赤桜』が息つく間もなく攻撃に転じてきた。その細く小さな子供の身体の何処 から出てくるのか不明な笑い声をあげながら、必殺の威力を持った高速の突きを連続で放ってくる。秋はそれを紙一重で防ぎ受け流してはいるが、反撃することすら出来ない。
秋が苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをすれば、『赤桜』は乗っ取った少女の身体でニタァと三日月を描く。
喜悦。秋の苦しむ姿を見て、『赤桜』は喜び悦に浸っている。
自分こそが強者だと、最強なのだと、悦んでいた。
「………ハ、ハハハハッ!アハハハハハッ!」
その姿を見た途端、秋は心底楽しそうに、馬鹿を嗤うかのように大声で笑い出した。身を捩らせて、愉快で仕方なさそうに嗤い続ける。
世界を知らない愚かな、井の中の蛙を。
純粋な力が真の強さだと、勘違いするモノを。
秋さん。嗤う。嗤い続ける。
すると、突然に腹に響くような爆発音がした。その出た所は、『赤桜』の真横。
そこは、大きく抉れて、溶けた雪で湿った土が見えている。だが、どうでも良さそうに秋は、嗤い続けている。
『赤桜』は狂ったように嗤う秋に、醜く顔を歪め地団駄を踏みたいの堪えながら問う。
―――何故、俺を嗤うのかを。
返ってきたのは、一言。
「ハァ、ハァ、馬鹿だから」
「――――――ッ!ケ、ケケケケッ!!それは、テメェの事、だろうがぁぁぁっ!」
ぶちギレた『赤桜』は地面を爆ぜさせて、一飛びで秋の目の前に現れると力任せに妖刀を振り下ろした。回避出来ないと思った秋はその一撃を受け止める。
ゴォォォォンッ!!
鐘が鳴るような音が、衝撃と共に響く。
秋が苦悶の表情で両の手を使い黒刀を支えるを見て、『赤桜』はまたもや悦びの笑みを浮かべる。
やはり、俺様の力は最強だ、と。
そんな事を知るはずのない秋はどうにかしてこの一撃を受け流そうとはしてみるが、『赤桜』が巧く秋の動きに合わせて力の掛ける場を変えるため受け流せない。
流石は、何百年、何千年と生きる妖刀。
何処に力を掛ければ、受け流せないのかを知っている。
秋は、ポタリと嫌な汗を額から流して思う。
〈―――っ!なんだ、この馬鹿力っ!?あの細腕に身体強化を掛けてもここまで出るかっ!いくらなんでもおかしいだろっ!こっちも強化してだぞっ!?〉
現在、秋は無詠唱での身体強化三重掛けした上で、どうにか拮抗状態にしている。一つで身体能力を二倍に底上げする魔術を三重で使っているのにだ。
ギリギリの拮抗状態を保つことしか………いや、それも今破綻した。
何故なら『赤桜』の力がさらに増したのだ。三重、約六倍の身体能力の秋が持つ『黒葬』の黒い刀身を、『赤桜』が少女の細い身体で無理矢理に押し込んでくる。
流石に、このままではやられると悟った秋は、半ばヤケクソで少女の身体を蹴りつける。
どういう理屈か分からないが、あの怪力だ。扱っている身体の強度も上がっているはずで、この程度の蹴りなど効かないだろう。なので、一瞬でも隙が出来れば程度のつもりだったが、秋にとって予想外のことが起きた。
「カハッ!?」
『赤桜』の身体が吹き飛んだのだ。
『赤桜』に乗っ取られた少女が飛んでいった方向にあった木にぶつかるのを眺めながら、秋はおもわず大きな隙が出来るほどに驚愕していた。
「は?身体の強度が見た目通りだと?んな、馬鹿な。だとしたら、あの怪力に、速度に、どうやって耐えてるんだよ………」
呆然としながらそう口から溢す。
異常、その言葉が当てはまるほどに、『赤桜』の操る少女の身体は異常だった。
圧倒するほどの暴力を振るうには、それに耐えうる身体がいる。
視認できない速度で移動するには、それに耐えうる身体がいる。
でなければ、暴力と速さに身体は壊されてしまう。
秋がその理由を知り得る知識で考え出そうとしていると、少女の声で『赤桜』が叫んだ。
「チッ、クソガァッ!あのクソ神、身体の強度だけ強化しなかったなぁ!いくら、瞬間回復力があろうが、こうも簡単にダメージ受けてたら意味ねぇんだよ!クソ、ふざけんじゃねぇぞぉぉぉっ!この俺様を誰だと思ってんだぁぁぁっ!」
「………そう言うことかよ」
―――まだ、利用しよう、ってか。
怒りを撒き散らしていた『赤桜』が、反射的に振り向いた。
視線の方向に立つのは、秋。
構えもとらずに、突っ立っているだけ。
だが、その身体からは黒い、漆黒よりもなお黒い、闇そのものが溢れ出ていた。月や星の輝きのない夜の闇、全てを無に帰す真の闇。
死、そのもの。
ふと『赤桜』が己の手を見れば、震えていた。
「俺様が、恐怖しているだと………?あり得ない、妖刀である俺様が人間如きに………」
いや、アイツはそもそも、人なのか?
『赤桜』は、震える手をそのままに、自然とそう思ってしまった。
それほどまでに、あの黒い気は恐ろしく、おぞましく、神々しい。今まで感じたこともない畏怖を感じていた。
そうだ。あれは、アレこそは………
「死神………」
死の執行者。
魂を刈り取る狩人。
秋は真横に黒刀を構え、唱える。
「葬れ。『黒の彼岸花』」
妖刀であり、死神の鎌。
あらゆる罪人の首を断ってきた、処刑人の刀。
血を浴び続け、黒く変色してしまった刀。
―――名を『黒葬』。
斬り裂く全てを黒に葬る。
秋が放つ漆黒の神のオーラ、神気が吸われるように『黒葬』の刀身へ入っていく。
「神気を、神の力を、吸いやがった………」
『赤桜』の取り付く少女の顔が、驚きに染まる。
その間にも、『黒葬』は秋の神気を吸い続けて、全てを吸い終えればその黒い刀身は禍々しい黒色の光を放っていた。
秋は無表情で言う。
「………さぁ、来い。テメェを叩き折ってやる」
「ケケッ………調子に乗るんじゃねぇぇぇっ!クソ雑魚が、俺様より格上に成るなぁぁぁっ!」
ヒステリックに叫びながら、『赤桜』は突進してくる。その速度は第三宇宙速度に達し、その衝撃波で地面が抉られるように吹き飛ぶ。
人の身では耐えきれない速度であり、この勢いのままぶつかられれば死は免れない。彼女自身、回復が間に合わず血を撒き散らしている。
回避は間に合わない。死ぬ気での防御をすれば、耐えられるかどうか。
コンマの思考時間の中で答えを出さなければいけない。
目の前に狂るったように叫ぶ『赤桜』が迫るのを眺めながら、
「シネェェェェェェッ!!」
「無にて終える。死刀・無終」
と、秋は囁くような声で言った。
しん、とした静寂。
「あ"………?」
彼女は、『赤桜』は、刀身の折れた妖刀を構えたまま、立ち止まっていた。
まるで、何もしていなかったかのよう。
その顔に張り付くのは、疑問。
何が起きたのか、何をされたのか、理解できていないといった表情。
秋がその横を通り抜けて言う。
「これが、死刀・無終。あらゆる攻撃を、威力を、無かったかのように返す技、カウンター。相手の必殺を受け流し、そのまま撃ち返す。ちなみに、さっきの攻撃はお前を折るために、刀身にしたから」
秋が行ったのは一撃必殺へのカウンター。ただし、相手へではなく妖刀の刀身に向けての反撃。
全ては妖刀を折るため。
普通では不可能だが、秋の妖刀『黒葬』の能力を最大限行使すれば可能だ。
『黒葬』の能力は、生命力を奪う、正確には対象の命そのものを喰らう。
それは妖刀だろうが関係ない。
何故なら、妖刀はその存在が生命ある者と変わらないからだ。
妖刀へ成るために、変化してしまっている。
意識なき物から、殺意と言う狂気の意識を持った生命に。
そのため、『黒葬』の能力で生命力を喰らって殺すことが出来る。が、何でも良いから傷を与えなければ、それをすることが出来ない。
その弱点を補うために、秋は相手の必殺を利用した。
妖刀は確かに頑丈だが、頑丈なだけで折れたりしない訳ではない。耐えられない一撃を受ければ、簡単にへし折れてしまう。まぁ、折れても勝手に修復されてしまうのが、妖刀たる由縁なのだが。
それでも、一瞬傷がつけば良い。
それで、全てが終わる。
「は、はは………。なん、だよ…それ」
話を聞いていた『赤桜』は、引き攣った苦笑いを浮かべて前のめりに倒れた。
手から滑り落ちた、折れた妖刀『赤桜』は静かに塵へとなって消えていく。それが妖刀の最後。
秋はそれを見ることなく倒れる少女に近付こうとしたが、突然に激しく咳き込んだ。
「ケホ、ケホッ………チッ。無理し過ぎたか」
口元を押さえていた左手には、ベッタリと鮮血がこびりついている。よく見ると、秋の身体は無傷とは言えない状態だ。
あちこちに深い斬り傷が刻まれており、流れ出る血で全身が真っ赤に染まっている。それから見て、致死量に達していてもおかしくはないだろう。また、咳き込んでいたことから、肺辺りにもダメージを負っているかもしれない。
本来では受け流しきれない威力を無理矢理にしてしまったからもあるだろうが、妖刀を折るために『黒葬』の能力を発動させてしまったために想定以上の負荷を身体に掛けてしまった。
秋は口元の血を雑に拭き取りつつ、自身の左側へゆっくりと視線を向けた。
「まぁ、こんだけの威力秘めた一撃を無理矢理に返したんだし、しゃねぇか………」
そこには、広範囲に更地と化した場所があった。
大地は抉れ、そこに有った木々は消し飛んで何も無くなっている。
全ては、秋が受け流して返した一撃のせい。
秋は乾ききった笑い声を上げ、
「とりあえず、後は任せた………」
「何、最後の最後で大仕事任せてるのよ!このバカっ!」
と、秋がそう呟いて倒れると、何処からともなくマリナと悠人、九里、理世が現れた。
どうやら、自力で脱出してきたようだ。
それはそうと、秋の言葉に怒鳴りながらもマリナは、瞬時に幾つもの治癒魔術を秋に掛ける。さらに、更地に隠蔽とその修復を始めていた。
もうこう言った場面には慣れているのだろう、特に驚きもしない。しかし、悠人と九里、理世は始めてみる次元の違う世界の光景に絶句していた。
だが、ずっとそのままにさせておく訳もなく、
「ほら、ユウト!呆けてないで、そこの子供とシュウを屋敷に連れていきなさい!そこの二人も、多少は魔術使えるでしょう!手伝いなさい!」
「「「ハ、ハイッ(ス)!!」」」
マリナの一声で我に戻った三人が、言われた通りの行動を取り始める。
身体強化を掛けて貰い悠人は、慎重に怪我をする秋を背負い、気絶する少女を脇に抱えて走り出す。九里と理世はマリナの手伝いを始める。
全員が屋敷へ集まったのは、それから二時間後の事だった。
***
屋敷のある一室。
予想通りいた蜘蛛の怪物を瞬殺し、便利屋従業員の三人と姉妹が集まっていた。連れてきた少女はベッドに寝かせている。
秋とマリナ、悠人は秋に向かい合うようにソファに座り、九里と理世は一人用の木製椅子に座っていた。
マリナの魔術である程度は回復した秋が、あははと軽く笑いながら口を開く。
「いやぁ、久しぶりに死ぬかと思ったよ。治癒ありがとう、マリナ」
「はぁ………。ホント、呆れるわよ。今度、無茶したら、姉さんに報告+仕置きだから」
「ヴゥ、報告だけはっ!分かった、分かってるからっ!………次こそは気を付けるよ」
マリナの言葉で秋は落ち込みながらも、聞こえない程度の声で呟いていた。だがしかし、マリナの一部限定地獄耳は聞き逃してはいない。
ニッコリと怒気を纏った微笑みを浮かべたマリナが、怪しげな魔術陣を展開しながら立ち上がる。
秋はソファにしがみついて、誰かに助けを求める。血を流しすぎたせいで、貧血状態のため逃げれないからだ。
助けを求める視線に、姉妹はササッとシンクロした動作で避けたが、悠人は応えてくれた。
「まぁまぁマリナさん、落ち着くッスよ。それで、秋さん。一緒にいた女の子は誰なんスか?」
横にいた悠人がマリナを宥めつつ、話を変えるため秋に聞く。マリナも気になってはいたようで、大人しく引き下がりソファに座り直した。
周りを見れば、九里と理世も気になっていたようで、前のめりになって見てくる。
秋は苦笑をしつつ、何ともなさそうに言った。
「あぁ、悪魔だよ」
「「「は?」」」
マリナ以外の三人が、理解が追い付かず首を傾げる。マリナは一人で、「やっぱりねぇ」と納得していた。
さらに、秋は続けて言う。
「ちなみに、黒幕の黒布執事さんだよ」
「「「はぁぁぁぁぁ!?」」」
三人の叫びが屋敷に響いた。
秋とマリナはその大声が聞こえないように両耳を押さえている。
咳き込むまで叫ばせ三人が息を整え始めたのを見計らい、穏やかに微笑みながら秋が話し出す。
「そこまで驚く必要はないよ。確かに、危なそうだけど、もうその時の記憶はないし、悪魔としての力も無くしてしまっている。そもそも、目が覚めることがないから、驚異と言えるモノは何一つないんだよ?」
「まぁ、そう言うことよ。まったく、話も聞かずに勝手に驚き慌てるなんて、ユウトも貴女達も馬鹿なのかしら?」
マリナはスッと睨むように目を細め、呆れたような口調で言い放つ。笑み一つなく、肘をつき脚を組んで座っている姿は、様になっており威圧感がある。
その視線の先には、すでに躾られてた姉妹と最初から召し使い状態の悠人がしょんぼりと肩を落としていた。
秋は久しぶりの仕事モードを出したマリナに苦笑いをしつつ、全員の意識を集めるために手を叩く。
「さて、突然やると皆が驚くだろうと思うので、今からやることをお知らせします。あ、絶対に驚かないでね?流石に五月蝿かったから」
そう言った秋は笑ってはいるが、若干怒っているような雰囲気を纏っている。
マリナ以外は姿勢を正しきちんと座り、無言で頷く。あの光景を見たお陰で、逆らう気はまったく起きていないよう。
その様子に秋は、自分でしたことだが何とも言えない表情をしながら口を開いた。
「彼女には一度死んで貰います」
それは初めから分かりきっていたこと。
悪魔になった以上、悪行を行わないよう滅する。
いかなる理由があろうとも、悪魔と言う存在である限りはそうしなければならない。
誰もが分かっていて、こちらの世界の常識でもある。
しかし、それは元々が人だと知らなかったから。
悪魔祓いの専門、対魔師を率いる教会組織や一部の権力者以外はほぼ知る事のない事実。
それを知ってしまったら、もうそんな事は思うことすら出来ない。
人を殺める、といった行為。
一般人の悠人は勿論だが、人としての一線をしっかりと守っていた九里と理世にも、重くのし掛かる。
そんな三人に秋がキョトンとした顔で言う。
「三人とも暗い顔してどうしたのかな?彼女は、ちゃんと生かすよ?」
「は、え?でも、殺すって……」
「そう、言いました……よ?」
「だって、そうするしかないって、秋さんが説明したッスけど…」
困惑した表情で悠人達は言ってくる。
誰であっても救えない、だから、悪魔という存在は殺すしかない。悪魔でいる限り、生かすことも出来ない。
そう思ったから悲しくなっていたのだが、秋的には意味が違ったようだ。
「あーそっか、伝わらなかったか。俺が言いたかったのは、一度死んで貰って、別の生き物に転生させるってことなんだけど………分からなかった?」
「「「分かるかっ!馬鹿っ!!」」」
理世、そして、基本的に丁寧な口調の九里や悠人ですらそのストレートな暴言を叫んだ。
目をパチクリして呆ける秋の前で、マリナはやれやれと肩を竦めて頭を振った。
それから数十分ほど、キレ気味に詳細な説明を要求された秋は、呆けたままに考えていたことを説明した。
とは言っても、説明自体には難しいことなど特にない。
単純明快。
少女の霊格の『悪魔』へ変容している部分を剥ぎ取り、その際に壊れる少女の残った霊格を弄って固定し別の生物に変えるだけ。
そもそも、世界に絶望した人が悪魔に成るのは、霊格、つまり魂の形が世界への憎悪で変容してしまうため。
人という形を成す霊格から人を呪う悪魔という存在へと。
だが、それは完全にではない。
人としての部分が数割、ほんの数パーセントだけ残っている。それ故に、悪魔の霊格は完璧ではなく不安定であり、あらゆる姿形へと変わることが出来る。
それは、悪魔としての利点であり、強みであり、また弱点でもある。
そこを利用し魔導師は悪魔を使い魔契約を行っている。
人と悪魔の割合へ自分の霊格を割り込ませ人の部分を強める。それにより、世界への復讐者ではなく、命令を忠実にこなす奴隷とする。
それを思い出した秋は、思った。
なら、これ利用して霊格から悪魔に成った部分だけ剥ぎ取って、別の生物に変えたら良くね?と。
「えー、要約すると…ね。使い魔契約を利用して何か別の生物に生まれ変わらせよう!と、いう訳だよ!」
「「無茶苦茶 (です)………!」」
単純だろ?と笑顔で説明した秋に、姉妹は呆れた表情でそう言っていた。双子らしく、いちいち動きがシンクロしている。
その後ろでは、頬を引き攣らせた悠人が呟く。
「あの、秋さん。それって、禁術………」
「ユウト、気にしないたら負けよ」
「そ、そうッスよね………」
「まぁ、私がやってみたかっただけなのだけど」
「えぇ、マジっスか………」
珍しく研究者として楽しそうな顔でサムズアップするマリナに、悠人は姉妹と同じように頭を押さえて呆れてしまった。
そんな三人を置いて、すでにマリナは動き出していた。
「よし、準備完了!それじゃ、手早く済ませて帰りましょうか」
「「え、いつの間にっ!?」」
「あはは、こうなったマリナさんは誰にも止められないッスよ………」
いつの間にかベッドの横へ移動していたマリナに驚く姉妹の横で、悠人が遠い目をし乾いた笑みをして呟いていた。
そんな間にもマリナは主軸となる魔術陣を起動させながら、さらに複数の魔術陣を一つずつ組み合わせていく。
歯車を一切の狂いを起こさないように丁寧かつ慎重に、それでいて自身が出せる最高速度で。
禁術と呼ばれる神の領域に手を出してしまった力、神秘の根源へと達した魔術の枠を越える力。
命の転生、転生魔法。
完成した魔法陣は、青ではなく金と白。
神々しくも美しい黄金と純白の輝きを纏っていた。
秋、悠人、九里、理世はそれに見とれていれば、マリナの詠唱が聴こえた。
透き通るような温かく優しい声音。
「廻れ、廻れ。
輪廻転生の炎よ。
死する生命を再び生ある生命へと帰す神の焔よ。
命終えしかの者に再び命の炎を、焔を、灯し輝かせろ。
かの者に終焉 ではなく、始まりを、新たな始まりを与えよ。
今一度、魂に眩い輝きを………」
マリナがそう言い終えると、室内が一瞬にして黄金と純白の魔力の輝く奔流に呑み込まれていく。
直視出来ない極光に、全員が反射的に目を庇う。
金と白。
ただそれだけが部屋を包む。
………どれほど経ったか分からない。
秋達が気付くと魔法陣が放つ極光は収まり、全員の集まっている部屋の景色が視界に映っていた。
横や周りを見れば、同じように周囲を見る他の人達がいる。
皆、怪我もなく、無事そうだと秋以 外がホッと胸を撫で下ろしかけた時、
「うぉうぅ!?」
秋の奇声?が響いた。
驚きと困惑した秋の声に、どうしたのかとマリナや悠人、九里、理世が視線を向ける。
そこには、白いモフモフとした毛玉のようなモノを持って、ソレとこちらを交互に見る秋がいた。
奇妙なナニかを持ったままどうしたら良いのか分からず、秋はオロオロと慌てているようだ。
悠人が側により、背中を撫でながら言う。
「えっと、秋さん落ち着くッス。とりあえず、何持ってるんスか?」
「うん、ごめん。分かんない………」
ぶわっと変な汗を流し首を横に振って答えた。
すると、後から側に来たマリナが何故か恥ずかしそうに頬を染めながらボソリとギリギリ聞こえそうな声で言ってきた。
「それ、ケサランパサランよ。妖怪なのか、精霊なのか、よく分からない未確認生物」
「いや、何でそんなモノがいんの?」
両手でケサランパサランだという毛玉をモフモフと触っていることで、少し落ち着いたらしい秋が首を傾げて問う。
「さ………ので…たのよ」
「………何だって?」
「だからっ!さっきの魔法で作ったのよっ!生まれ変わらせるなら、可愛らしいのにしようと思ったのよ!何、悪いっ!?」
「お、おぉう?落ち着け、マリナ?」
「そうッスよ、マリナサン!」
顔を真っ赤にして憤慨するマリナに、秋と悠人が驚きながら静めにいく。その様子を九里と理世は呆然と眺めていた。
どうにか、ケサランパサランを手に持たせてモフモフさせることで落ち着かせた秋が、現実逃避するマリナの代わりに言う。
「実はマリナって可愛いいモノ好きなんだよ。だけど、見た目がクール系だよね?そのせいで、周りからの印象を気にして、自制しちゃってるんだよ」
「そう、だったんスね。だけど、誰も気にしないと思うッスけどねぇ………」
「まぁ、長年そうしてきたから、今さら変えられないのもあるんだろうね。まぁ、悠人も君達も、見なかったことにしてあげて………」
秋は優しげに微笑み、三人にそう言い聞かせる。
悠人や九里は即答で了承の返事を返し頷き、性格が悪そうな理世は仲間を見るような暖かい目を向けながら頷いた。
約一名に疑問を持ちつつ、秋は現実逃避からマリナを引き戻す。ソッと近付き耳元で短く何か囁いたかと思ったら、少し頬を染めたマリナが跳び跳ねるように立ち上がった。
その勢いのまま秋に掴みかかるが、秋の怖いぐらい良い笑顔。それで気が削がれたのかすぐに冷静に戻り、ケサランパサランを秋にポイッと投げ渡してソファに不機嫌そうに座り直した。
悠人達三人は、内容が気になったが、恐いので聞きには行かない。
秋が向き直り、わざとらしく咳払いをしてケサランパサランを片手に言う。
「じゃ、改めて。えー、こちらが元悪魔のケサランパサラン、『マシロ』です」
「ちょっと、待ちなさい!名前は、『ブロン』よ!それ以外は譲らないわ!」
そう言ってきたのはマリナ。
その瞳には名付けだけは譲らんといった意思の炎が灯っている。いや、何でそこにやる気出してんだよと思うが、それを言ってやる者はいない。
だって、名付け親は誰だってしたいのだから。
「いやいや、ここは大福ぽいッスか、『ダイフク』ッスよ!」
「ハッ、安直ね。ここは雪みたいに白いから『ユキ』よ!」
「あらら、皆さんそんなのでは駄目ですよ。ここは普通に『タマ』にしましょう」
悠人を皮切りに、全員が一斉にケサランパサラン(面倒なので、ケサパサ)に名前を付けようとする。
誰一人譲ろうとなどはしないので、皆変な意地と闘志が湧いてしまい論争は激化する。
いやまぁ、結果的には秋の『マシロ』に落ち着いたが、その論争で何が起こったのかは想像にお任せしよう。
言えることは一つ。
まったくもって、無意味な戦いであった。
その後。
謎で無意味過ぎる論争、『ケサパサ名付け戦争』と、後々に面白半分で誰かが付けたソレを終えた秋達は、とりあえずだがこの摩訶不思議屋敷から出ることにした。
ただし、マリナによる魔術の裏技脱出ではなく、真面目に探索することによってだ。マリナと悠人だけの時とは違って人海戦術での探索であったため、差ほど時間は掛かっていない。
さっさと出口を見つけ門番らしき馬顔の鬼を瞬殺した秋達は正攻法?なのかどうかは怪しいが、すこし騒がしく屋敷から出てきた。
そして、全員が振り返って屋敷の方を見てみると、そこには何百年と経過して原型を留めていない屋敷跡があった。
先程まで居た場所とは、思えない荒廃した様子。
だが、きっとこれが本来の姿であり、今までのは偽り。魔導師の手によって一時的に生み出されたモノだったのだろう。
何故だか、そうすんなりと受け入れられた事に誰も疑問に持たなかった。
『マシロ』を頭に乗せていた秋以外。
マリナや悠人、九里、理世が立ち去っていく中、秋は一人立ち尽くしながら呟く。
「これって、お前がやったのか?」
その問いに、答えは返ってはこない。
ただ『マシロ』は秋の頭の上で一定のリズムで跳ねているだけ。
秋は『マシロ』の頭らしき所を優しく撫でると、マリナ達の後を追いかけに行った。
ここまで、読んで頂きありがとうございます!
評価、ブクマもありがとうございます!
これからも、「便利屋『魔喰』の怪異録」をどうぞ宜しくお願いします!