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便利屋『魔喰』の怪日々録  作者: 葉劉ジン
第1章 便利屋『魔喰』
12/15

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 ―――縮地術。


 大地そのものを縮めることで、目的の場所へ瞬時に移動する仙術の一つ。

 仙境に住まう不老不死と言われる者達、仙人の自然と一体となることで変質した魔力である仙気によって行使される秘術の一つである。

 ちなみに、秋が悠人達の目の前から立ち去るのに利用した術でもある。

 仙人が扱うその全てが最高位魔術と同レベルの仙術なのだが、秋はこの縮地術以外に仙術は使うことは出来ない。また、その効果も本来仙人が使うような行きたいところへ何処でも行けるという事もない。せいぜいが数十メートルを移動できる程度だ。

 けども、見ていた悠人達に行く方向を悟らせずに、この屋敷の一階から二階へ移動するには十分ではあった。


「さて、あの娘(九里)から聞いた話によれば、この部屋に出口があるらしい……が」


 部屋の中心で腕を組んでいる秋が呟く。

 壁や床には所々に異なる斬られたような斬り痕や何かがぶつかって出来た凹みと蜘蛛の巣状のひび割れ、ベッドの残骸が散らばっている。だが、いかにも何か起こった状態を見ても、秋は何も反応を示さない。

 不思議がることも、疑問や驚く事もない。

 何故なら、ここは秋とマリナが現れた一室だからだ。

 その斬り痕や凹みなどは洗脳された理世との戦闘で出来たのだから、特に何も思わないのも当たり前。また、やり過ぎたなどと後悔もしない。

 したところでまったく意味はないし、そう思うほどの良心は秋の中に持ち合わせていない。

 なので、興味なく一瞥をくれただけで、すぐにその視線をある一点へ戻した。

 そこを静かに睨むように見つめながら、理世から逃亡してる際に聞いた九里の話を思い出す。

 曰く、あの部屋には私達のために作った出入口があり、簡単に外に出ることが出来るようになっている、と。


「ったく……まさか、すぐ側に出口があったとは………。ハッ、灯台もと暗しとはこの事だな」


 自嘲気味な笑みを浮かべて、また呟いた。

 その視線は、小さなバルコニー………ではなく、そこへ行かせまいとしているアーチ型のガラス戸へと向けられている。それは、ピッタリと窓枠にはめ込まれており、どうやっても開閉は出来そうにない。

 何のためにあるのか不明であり、もはや、透明な壁だ。

 不自然極まりなく怪しいが、理世から逃亡してる際に聞かされた出口であるのは確かだろう。しかし、秋は一向に近付こうともせずに見ているだけであった。


「………やっぱ、トラップとか仕掛けられているように見えないな。チッ、どうにも誘われてるような気がして仕方ねぇ」


 舌打ちをして頭をかくと、面倒そうに顔を歪めた。

 そう、出口であるはずのガラスには、それらしき魔術陣以外は何かあるように見えなかったのだ。

 何処にも、魔術陣の偽装や接近、接触、起動、等で発動する罠型典礼魔術すら仕掛けられていない。簡単に知り得た情報がブラフかと怪しんでいたのが、馬鹿馬鹿しくなる。

 これも全て、勝算のある余裕ゆえになのか、それともこれ自体が誘うための罠なのか。

 どの道、出口をこれから探す気がない以上、先を進む以外方法はない。

 ………のだが、秋はまったくその気が起きないでいた。

 ただ、ずっと睨んでいる。


「はぁ………。絶対アイツだし、面倒な事この上ないんだよなぁ。あー行きたくねぇ」


 心から面倒で仕方ないといった、ため息をついて皺の寄った眉間をグリグリと押す。

 一瞬、戻ってマリナの機嫌を治し無理矢理出口でも作成して貰う考えは頭を過ったが、止めておいた。

 何故なら、


「機嫌を治す方が面倒だぁ」


 と、言うことであった。

 先程よりも面倒そうな表情で呟く。

 それほどまでにマリナの機嫌を治すという行為は、己の骨どころか肉を断つぐらいの苦労をする。

 そんな事をするのであれば、それより楽な面倒を選択する。


「はぁ………。行くとするか………」


 本日、何度目かのため息をついて、そのガラス戸の前へと近付く。それで気が付いたが、ガラスの内部をよく見れば、かなり純度の高い魔石が混ぜ込まれていた。

 魔術陣が描かれているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、魔術陣がなければ分からないほどの透明度であったために少し驚いてしまった。

 ここまで純度の高い事を表している物は、秋の人生では片手で足りる程度しかなかった。

 秋はこれを手に入れた事に感心しつつも呆れながら、ソッと右手をガラス戸に触れる。と同時に、炎が激しく燃え出すかのように紺色な魔力が、秋の身体から噴き出した。

 その勢いのまま魔石が混ぜられたガラス戸へ魔力を流し込む。

 すでに魔術陣を起動させるに十分な魔力は行き渡って陣は深く青い光を放っているが、それでも秋は止めずに魔力を流し続ける。

 秋はただ相手の思惑通りに動く気などなかった。


 ―――ピシッ。


 ガラス戸からヒビが入った音が聞こえた。

 音がした場所は、秋が思った通り魔術陣の模様が描かれた、魔石が多く混ぜ込まれた箇所。

 秋はそこで魔力を流すのを止め、魔術陣の発動を押さえつつ陣の術式を少しだけ書き換えようとする。

 内容は指定された魔術陣の中への移動ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが、術式自体は高難易度の部類であり、秋の技術では逆立ちしても完成させることすら出来ないモノ。しかし、それは本来の技術であれば。

 一瞬、それこそ、転移する瞬間に書き換えるのであれば、タイミングさえ気を付けてしまえば可能だ。

 秋はクククッと悪どい笑みを浮かべて口を開く。


「あんな野郎の手の上なんぞ、死んでもごめんだね。そろそろ、痛い目でも見るがいいわ………!(Satus)動し(-)(sursum)如何なる物(Nulla res)も妨げること(impediat)能わず(propitiari)星と(Coniungere) 星を(sidus et)繋ぎ(stella)我が望みし(Flumen ad)者の(margaritam)下へ(volui)と導く(inferior)これは(Haec)別た(Stella)れた(differt in)二人を(via quæ)繋ぐ(connectit) (duorum) の道(hominum) であ(esset cond)(imentum)


 本来は不慮の事故などで離れ離れになった相手を迎いに行くために使われる転移魔術を少しばかり弄った改変魔術。それを出口の魔術陣の上から塗り潰すように発動させれば、ガラス戸に編み込まれた魔術陣の上に複雑かつ難解な模様の魔術陣が青の軌跡を残しながら描かれていく。

 その真ん中で秋は不敵な笑みを浮かべながら、脈動する深い青の光に包まれていき………



 発光が落ち着いた時には、何処にも秋の姿は見当たらなかった。

 誰もいなくなり、恐ろしいほどの静寂な室内。

 変わった所があるとしたら、バルコニーへの道を塞いでいたガラス戸が砕け散り、部屋の中を冷たい風が吹き抜けている事ぐらいだった。


 ***


 そこは何処か分からない、辺りは生い茂る木々に囲まれた開けた場所。雪で真っ白に染まったその中心部に、元は大樹であっただろう切り株がポツンと存在していた。

 ただ大きいだけの他と変わらないように見えるが、断面の年輪がある場所に何かの魔術陣が刻まれている。

 人の手で彫ったにしては綺麗な模様で、機械にしては少し歪なソレの形。

 魔石が混ぜ込まれていたり、散りばめられている訳でもなく、まったく意味を持たない魔術陣。

 誰が何のためにそこに刻んだのか謎しかない。

 その側に、顔を黒い布で覆った白髪の祭服に身を包んだ人が立っていた。身体つきと祭服が男物であることから、男性であるのだろう。

 その男は後ろで手を組みながら、動かずに無意味な魔術陣を見つめているようだった。何時からそこに立っているのかも分からず、目的すら分からない。

 人のようで、ヒトでないような雰囲気の男は唐突に言った。


「面白くない」


 不機嫌で、その内の怒気を隠そうともしない声音。


「面白くない………面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない面白くない、面白くない」


 壊れたラジオのように、同じ事を同じ声音で何度も言っている。叫んでるわけでもないのに、その声はやけに響く。

 傍から見れば、近寄りたくない嫌な不気味さを感じる。

 男は直立不動のまま、顔だけを上に向けて言う。


「こんなモノでは、我が主を愉しませられないでないかっ!今度こそ、今度こそ今度こそっ!奴を巻き込んだ狂劇を見せるため、何十年ものの時を掛け仕込んだのにっ!わざわざ、あんな小娘共を手に入れるために内乱を起こし潰したと言うのに!またもや、奴自身に邪魔されるとはっ!あぁ…憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い、憎たらしい!殺す、殺してやる!」

「あっそ、お前が死ね」

「―――ッ!?」


 頭上から聞こえた感情のない声に、反応して後ろに飛び退く。その瞬間、先程まで男が立っていた場所に何かが勢いよく落下した。

 その衝撃で雪が派手に巻き上がる。


「チッ、やっぱり魔術は苦手だな。転移位置を間違えた。予想位置より二十メートル真上からのフリーフォール(自由落下)する羽目になるとは………」


 土煙ならぬ雪煙から服に掛かった雪を払いながら、そう呟く秋が現れた。その右手には辺りに白が多いせいで、漆黒の刀身が異様に目立っている妖刀『黒葬』。

 男は、殺気を放ちつつも襲いかかるなんてことはせずに、声だけは落ち着いた風で話しかけてきた。


「何故、そこの魔術陣ではなく、空から落ちてきのです。私の予想ではあの部屋の出口を利用して来るはずですが?」

「ハッ、そんなもの書き換えてやったに決まってるだろ?誰が、そこまでお前の思った通りになってやるかよ」

「………やはり、貴方は嫌いですよ。御門秋、いえ、『食人の死神』。あの時、貴方の女を殺した時もそう、あんな馬鹿な方法で蘇らせて……我が主がどれだけ怒り狂ったか分からないでしょう?」

「知らん。それと、お前はそんなに死にたいのか?」


 そう言った秋からおぞましい殺気が溢れだす。

 それには余裕ない表情で冷や汗をかきつつも男は言う。


「良いのですか?貴方は人を殺さない事を契約しているはずです。人である私を殺すことなど…」

「は?ただの人が何千年も生きられるか、馬鹿が。お前が()()なのは分かってるんだよ」


 秋は、黒刀を器用に片手で回転させつつ、やや怒りを含んだ口調で言った。

 すると、男は無言で俯いて動かなくなった。

 隙だらけの姿だが、その周囲には禍々しい魔力の渦が起きている。空気は淀み、白い雪は黒く染まっていき木々は枯れていく、渦巻く魔力が触れた物の生命を尽く奪う。

 常識を逸脱した、まさに悪魔の力。

 だがしかし、それを見ても秋は余裕の振る舞いを崩さず、欠伸をしてつまらなそうにしていた。

 生命を触れただけで奪う悪魔の力を、だからどうしたと言わんばかりの感情のない両目で見る。


「―――ッ、調子に乗るなぁぁぁぁぁっ!!」


 男は、悪魔は吠えた。

 プライドを、悪魔としてのプライドを、傷つけられた悪魔は力の限り吠えた。

 それは衝撃波を伴い、大地を覆う黒い雪を地面ごと吹き飛ばし、生命力を失った枯れた木々をへし折る。

 おおよそ人が立っていられないほどであるが、しかし、秋は気にも止めずに悠々と歩き出す。

 真っ直ぐ歩きながら、ため息をついて言った。


「はぁ………この程度か」


 憐れみなく、呆れもなく、何一つの感情も感じない平坦な声音であった。

 無意味であると、価値がないと、お前は路傍の石だと、そう言われているようだった。

 少なくとも、秋のその言葉を聞いた悪魔はそう感じてしまった。


「ヤ、止めろ。ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ―――私を否定するなぁぁぁっ!!」

「………久々にやるか」


 狂ったように叫びながら突撃してくる悪魔。

 秋は黒刀を上段に構えると、意識が朦朧として狂う悪魔を寸前まで引き付けてから魔力を流し下へと振り下ろす。

 しかし、悪魔の身体は何処にも傷はなく、また、秋の一撃が防がれた様子もない。だが、確かに秋の『黒葬』は真っ直ぐに身体を断ち斬っていた。

 不可思議な状況。それでも、秋はニヤリと笑った。

 すると、突然に悪魔は獣のような悲鳴を上げ出し、その身体がボロボロと崩れていく。

 己を偽り、創っていた()()()姿()がいとも簡単に壊れる。

 秋はその様子を手に持つ黒葬を肩でトントンとさせながら言う。


「これでも、一応は『剣の頂』に届いているからな。これぐらいは、造作もなんだよ」


 そして、秋の目の前に居たのは、痩せ細った黒髪の少女だった。服装はボロボロで汚い麻布一枚で、今にも折れそうな手足にはその身体に似合わない鎖のついた鉄の腕輪。また、目に見える皮膚には、殴られたり、鞭を打たれた跡がくっきりと残っていた。


「………そうか。それが、お前の本当の姿か」

「あ、あぁ………。なんデ、だレもタスけテくれナイの?ワタシはここニいるヨ。ダレカわたしヲミてよ………」


 彼女は、うわ言のように呟いている。

 見た目からして、奴隷だったのだろう。それも小さな赤子の時から。

 でなければ、こんな小さな、十にも満たない子供が悪魔へとなるわけがない。

 悪魔とは、人が絶望してしまった果ての姿なのだから。


「チッ、胸糞わりぃな。俺も、人も」


 さっきした自分の行為に苛立ち舌打ちをして、吐き出すように言った。

 悪魔とは、悪そのものである?

 それが人によって絶望に突き落とされた可哀想な人であっても?

 その殆どが何も知らない無知の子供だとしても?

 醜く、凶悪な姿で人に復讐をしているだけで、人の敵だと、悪だと決めつけて良いのか?


「そんな訳があってたまるかっ!」


 秋はそんな言葉を口に出してしまった。

 悪とはそれこそ、過ちを犯し忘れてしまっている人ではないか!

 彼らが、誰一人として助けを求めなかった訳がないだろう!

 だけど、その全てを自分は関係ないと無視した上に、死んでしまえば可哀想だとわざとらしく嘆く。そして、悪魔になれば、人の敵として憎み殺そうとする。

 それは余りにも、自分勝手過ぎるではないか。


「だから、俺は自分も人も好きになれない」


 目の前で絶望に染まり、人の道を外れた可哀想な少女を見つめる。

 神であろうと、救うことは出来ない憐れな魂を。


「レナ。君なら意味があろうとなかろうと、どちらにも救いの手を差し伸べるんだろうな。俺には無理だよ。英雄にも、神にもなれない、中途半端な者には」


 秋は悲しそうな表情でゆっくりと黒刀を持ち上げる。


「だから、せめて苦しまずに死なせてあげよう。俺を憎みたければ、永遠に憎んでいい。せめて、今度は幸せになれるようにしよう。神相手に()()()の戦争を起こしてでもな」


 そう言って秋は黒刀を振り下ろす。

 神速に達した、痛みを与えずに殺すための慈悲の剣技。

 首を正確に狙い定め、確実に断ち斬ろうとする。

 今の状態の少女では捉えることも、防ぐことも出来ない。

 出来ないはずだった。


「―――ッ!?」


 鳴るはずのない金属がぶつかる甲高い鉄の音が響いた。

 黒刀の一撃をギリギリで防ぐのは、真っ赤な刀身。

 真っ赤な、鮮血のような赤。

 ソレは、見覚えある妖刀であった。

 秋は瞬時に後ろに飛んで、黒刀を片手で構えながら言う。


「『赤桜』………。なんで、ここにある。今はマリナ達の側にあるはずだろう」


 すると、少女は手もつかずに立ち上がると、奇妙な笑い声を上げて答えた。


「ケケケケッ!そんなもん、この()()の主がすり替えたに決まってんだろぅがっ!!今頃、アッチにあんのは、ただの刀身が赤い日本刀だよぉ!残念だったなぁ!」


 口調がまったく違い、野蛮な男のような喋り方。

 秋は鋭い射るような目で睨みながら聞く。


「お前、誰だ………」

「誰って、そりゃないぜぇ?」


 少女に似つかわしくない下卑た笑みを浮かべて答えた。


「俺はなぁ………妖刀『赤桜』様、本人だよっ!!クソ雑魚野郎っ!」


 少女の身体を乗っ取った妖刀『赤桜』が高らかに笑い声を上げながら、そう言ったのだった。

ポイントが200に到達しました!

評価、ブクマをくれた方々、有り難うございます!読んでくれてる方も有り難うございます!

これからも、便利屋『魔喰』の怪異録、宜しくお願いいたします。

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