6.刹那的な考え方と人への向き合い方(3)
初めの記憶は、初めて、伝い歩きをした時の記憶だ。
世界は、滲んだような色合いで、声も人の顔もリアルなのだけれども、
それらは、皆、笑っている。
私が、一足進むごとに、彼らは、笑う。
私は、それが異様に不快だった。
……何故、彼らは、こんなに当たり前のことを、あんなに馬鹿みたいに手放しで褒めるのだろう。
馬鹿みたいな人たちだ。
……それが、私のずっと消えない、最初の記憶だ。
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幼児が行き成りそのようなことを考えるだろうか、私は、意識があった時から、作り笑いをしていたような記憶しかない。
忘れているのだろうか?
原因は、なんとなくわかっているような気がする。
……私の父親は、今、長い期間を経て、大分、家族を慮ることが出来てきたような気がするけれど、
それは、私が目にした時からそうではなかった。
初めから、そうであったならば、私は、こんなに歪まなかったのだろうか。
家族に不信感を抱かなかったのだろうか。
父親は、気が付いた時には、もう既に母を罵っていて、母を詰る父の言葉が幼い頃に消えたことなどない。他者を馬鹿にすることが口をついたように出るような父親だった。
胎教のように聞かされていたのだろうことは、想像に難くない。
暴言だけなら、まだ良かったのだと思う。
父親の本当に嫌な部分は、そこではなかった。
”二面性”だ。
非常に、優しい大らかな、優しい、情に溢れた、常に偉くあり、人格者でなければならないとする父と、
ある一定の段階で、他者や、母や子供たちを馬鹿にし続け詰り続ける父親。
それが、どこで切り替わるかは解らない。
それは、本当に恐怖だったと思う。
父は、優しいことを告げ、手放しで私をべた褒めしたその口で、その一瞬後には私を絶望の底へ叩き落すのだ。
私は、小学校に上がる頃には、すっかり二面性を持つ大人が大嫌いになっていた。
人には二面性が必ずあるものだと、そう考えていたことになる。ほんの小さな頃から。




