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短編集紛い

お気に入りの話。

作者: 緋坂 風行

前回の続きっちゃ続きなお話です。前回もそうでしたが、今回も新キャラクターの登場です

「……で。もう一度問いたい。キミはどうしてここに?」

「えっと……」

「だから、別に怯えなくとも良いってば。キミは別に犯罪をやらかした訳ではないのだから。私が今現在問題視しているのは、どうしてキャッチボールをやっていなかったキミがボールを受け取りに来たか、だよ。そこ以外に特別興味はないし、キミを罰する心算もない。もう少し柔らかく言うべきかね?」

 少年を前に、雨宮は至極単純な疑問を口にした。それを見ている竹内はやれやれと肩を竦めながら委縮しきっている少年にリンゴジュースを出す。

 事の発端は、近所でもお化け屋敷と有名な雨宮の家に、このご時世にしては何とも珍しい事に、野球ボールが入り込んだことが原因である。聞いた所この屋敷の裏手の方にある公園で少年たちがキャッチボールをしていたらしい。

 雨宮自身、この少年が屋敷の門の前に立ち、仔細を言うまでそれに気付いていなかった。何せこの屋敷は防音対策に関しては万全の備えを有しており、外で爆発があったとしても中にそれが聞こえる事は無いし、中で銃声が響いたとしても外に伝わる事は無いのだ。

 しかもそのボールが落ちた場所は敷地内ではあったものの、綺麗に手入れされた少々小さい日本庭園の池に落ちていた。洋館に日本庭園をつけるとは、この屋敷の設計者の頭を疑い所だが……残念ながら彼は、既に他界してしまっている。

 ともあれ、ボールを取るのは別に構わないのだが、雨宮はその優秀な頭脳から弾き出した答えに疑問を抱き、この少年を室内に招き入れたのだった。

 彼は竹内に招き入れられ、オズオズと扉を潜っていく。そして大量の書架とそこに収められた無数の本に顔を輝かせた。その表情の移り変わりは、竹内にも理解できる所だ。

 本好きにはたまらない空間だろう。古今東西様々な本を版違いで収めてある。しかも見えない所(図書館で言う処の閉架)にはまだまだ本が隠されている。少年は本が好きなのだろう。竹内にもその程度は分かった。

 書架の海の間。仕方なく設けられた応接スペース。そこで待っていた雨宮が開口一番に少年に聞いたのだ。

 ――キミはキャッチボールを行っていないはずだが、どうして取りに来たのだね、と。

 雨宮は基本的に見ただけで様々な事を理解する。一を聞いて十を知る。一を見ては百を指摘する。そう言った具合に。だからこそ僅かに理解できない事もあった。

 言い渋る少年を見て、雨宮は無感動に嗚呼と声を漏らす。

「なるほど。つまり少年。キミはこのお化け屋敷に入りたがらなかった腑抜け改め、ガキ大将共の身代わりとしてここに来させられたわけか。お疲れ様」

「どういう事です?」

 勝手に質問して、勝手に納得したらしい雨宮に、竹内は答えを求める。雨宮は俯いてしまった少年を一瞥しては興味無さそうに手を振った。

「少しは自分で考え給え。思考能力を放棄すると、認知症の原因になるぞ。嫌だよ、私。認知症になったキミに『雨宮さんやい……夕飯はまだかいのー?』『もう竹内君ったら。四日前に食べたばっかだろう?』とか言うのは」

 どこか淡々と竹内を揶揄う雨宮に、竹内が何もない空中を裏拳で叩く。流石にあまりにもそれは。

「いや、四日前だったら虐待では!?」

 だがその竹内に雨宮が淡々と言い返す。どこか小莫迦にしているような口調であった。

「バカめ。もしかしたら胃が小さくなっていて、一日二食でも問題ない身体かもしれないだろう? ばーか、ばーか」

「その問題があったか……!」

 コミカルな漫才が目の前で繰り広げられ、少年は呆然とする。それを見た雨宮が僅かに笑いながら――雨宮は普段から無表情で、その表情の変化も竹内にしか分からなかったのだが――少年に言う。

「まぁ、この程度のやり取りは日常茶飯事さぁ。気にしないでくれ給え。私は雨宮。こっちは竹内君。キミの名は?」

 少年は戸惑ったようにあちらこちらに視線を走らせてから、やがて答える。

「……平依(ひらい)

「ひらい。ふぅん……竹内君。キミ、中庭の池を見てきてよ。多分浮いてるから。私や彼では届かないからさ、取って来てくれると大分嬉しい」

 竹内をチラリと見上げた雨宮は、どこか好奇心に満ちた表情をしており、その顔が可愛らしいと思ってしまった竹内は、雨宮の指示に従うより他が無くなってしまった。

「あー、はいはい。平依君を泣かせることはするなよ……!」

 そうした負け惜しみのような台詞を言えば、雨宮は楽しそうに笑みを深めて言い返す。

「いいや。彼が泣く事は無いよ。少し楽しい事をするだけで」




 竹内が中庭から何とか野球ボールを取って来る。遠くにあるボールを取っておいで、と言われ従順に取って来る様子が犬みたいに思え。しかし同時に雨宮に犬扱いされるのは悪くないな、と思いながら応接スペースに戻ればそこではティーセットが端に置かれ、大きく広げられた白い画用紙に雨宮が下手な字を並べていた。

「――と言う訳さ。多分これならなぁんにも問題は無いと思うけど?」

「す、すごいです……!」

 そう得意げに笑った雨宮に、平依少年が尊敬の視線を向ける。何を話していたか、竹内は気になるが、画用紙を覗く前に雨宮が竹内に気付いてそれを丸め取った。

「もっともこれは一例だ。他にも知りたければまた違う日においで。キミならいつだって歓迎しよう。私は基本的に竹内君がお仕事を持って来てお外に出ていない限りは此処でこうして本を読んでいるから」

「はい、分かりました!」

 竹内が席を外していた、たった数分の間に、この人らは何を話していたのだろうか、流石に気になって竹内は雨宮に訊ねる。

「……何を話していたんですか?」

「ん? んー、塀の上から落ちたハンプティダンプティが、八十人と更に八十人の男を使っても元の場所に戻せなかったお話、かな」

「不思議の国のアリスです?」

「バカめ。”Alice’s Adventures in Wonderland”だ。ドジソンの奴が書いたナンセンス風刺の物語だな」

「知らんて。てか不思議の国のアリスじゃないですか」

「違うて。日本語で正確に訳するなら『不思議の土地を冒険するアリス』が正解だ。誰かが訳したヴァージョンで満足するな。あれほど面白いナンセンスな風刺は無いぞ」

「知らんて」

「知れ」

 そうして会話を切り上げた雨宮は竹内の手から野球ボールを奪い取る。

 そうしてそれを平依の手に握らせて笑った。それは平依にも分かる笑顔であった。

「ともあれアレだったら問題は無い。念の為この画用紙は私が燃やしておくよ。問題は無いよね?」

「ええ、何の問題もありません!」

 大きく頷く平依はそう言って笑った。




「……!?」

 竹内はとある日、新聞を見ていて驚愕した。雨宮の屋敷の近く。その辺りの小学校の生徒が大量に事故死したそうだ。車が操作ミスを起こし、そうしてそこに通り掛かっていた集団登校の列に突っ込んだという。

 二十三人中、六人が死亡。残りは無傷だったそうだ。その人数六人と言えば四分の一弱。それはもう凄惨な現場だっただろう。

 その無くなった児童は全員同学年――四年生だったそうだ。

 此処までなら別に何も驚く要素は無く、別に痛ましい事故だったと放置するのだが……竹内には先日であった少年の事が脳裏に浮かんでいた。

 彼は雨宮の外見年齢に近い外見、つまり十歳程度だと思った。十歳。大体小学四年生。

 いや、まさか。まさかそんな事がある訳がない。だが、ソレでも雨宮と言う不確定要素がある。竹内はいつもより早く家を出た。

「――そんな死亡事故があったそうです」

「ふぅん。不幸だねぇ」

 竹内はこの時点で疑惑を確信に変えた。紅茶の入ったカップをソーサーにおいて、竹内は言う。

「なぁ、アンタ、この前平依少年に何を教えたんです?」

「覆水盆に返らず。そうした至極当然の摂理を教授していただけだよ? いや、本当だって」

 雨宮がそうして念を押す時は大抵本当の話だ。だが、その「覆水盆に返らず」は……虐めを受けていた平依少年の恨み辛みを差していたら?

「どちらにせよこれが犯罪だったとしても、キミに立証する能力は無い。違うかね」

 <悪夢>は目を細めて笑った。

「お気に入りには手を入れなければ。そうで無いと詰まらないもの。キミだってそうだろう?」

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