覚悟
メルが倒れて二日が経った。メルの意識は未だ戻らない、集中治療室に入れられているのだからよっぽど容態が悪いのだろう。
メルの両親も駆けつけていてもうほとんど丸二日病院にいる、二人とも目の下にくまをつくって片時も目を離さずに壁の向こうの娘を見ている。
その様子を見ているのも心苦しくなってサンはその場を後にした。
「はあ……」
つい溜息が漏れた。メルが倒れたあの日、ナースコールを急いで押して看護師を呼んだ、すぐにメルは運ばれて集中治療室へと入れられた。
もうこのまま目が覚めないでメルは明日を迎えるのだろうか。明日でサンとメルの奇妙な関係も終わりを迎える。
「眠……い」
死神は体の構造は人間そのものである。ただ人間よりも倍くらい寿命が長く、不思議な力を使えるだけで、休養は必要である。
サンもかれこれ二日寝ていない。それでも自分が寝ている間に息を引き取ってしまったらと思うと眠るどころではなかった。
「戻るか」
集中治療室からは無機質な一定の機会音が聞こえてくる。この音はまだメルが生きているという証でもある。
メルの小さな体には無数の管が繋がれている、それはメルの生命線でもある。
サンはまだメルに生きていて欲しいと思う。
でも、それは無理な願い事で、必ず死は明日には訪れる。
サンはその場を立ち去り、外へと向かって行った。
サンが訪れたのは病院の裏庭だった。姿が見えていないとはいえ、人前であれを出すのは嫌だった。
普段は小さくなって収納している鎌を取り出す、それについている小さなボタンを押すと鎌は元の大きさに戻る。鈍い光を反射する鎌、あまり使っていないので新品同様である。
「これなら大丈夫か……」
鎌を元の大きさに戻して仕舞う、自然とため息が出た。
「大丈夫そうだな、サン」
どこかで聞いたことのある声が上空から聞こえてきた。サンの目の前に同じ様に黒いローブを身にまとった死神が舞い降りてきた。
しかし、他の死神とは違ったオーラを感じる。長年蓄積されてきたであろう死のオーラを纏った死神――
「ア、アーロン上官……」
「よう、久しぶりだな。前にあったのは……何時だったけか……まあいいや」
何でアーロンがここにいるのだろうか、前に手紙をくれたのはこの人だ、この人はためらいというものが無い。それは死神にとって良いことなのか悪いことなのかといえばいい事なのだろう。
クビにする時はするし、魂を狩るその鎌に迷いはない。
アーロンは漆黒の目をサンに向ける。この目は苦手だ、一筋の光さえもないようなこの暗い目はまるで自分がこの人に取り込まれてしまうのではないかと錯覚しそうになる。
「どうして、ここに……」
「ん?近くに仕事できてたから様子見に来た」
「そうですか」
「どうだ?魂は狩れそうか?」
「……多分」
「そうか」
アーロンはへらりと笑った。
「まあ、鎌もいい感じだし大丈夫だろう」
「はい」
「覚えているよな?この仕事が出来なかったらお前は首だぞ」
そう言ってアーロンは再び上空へと行ってしまった。嵐のような人だなとサンは思った。
集中治療室の前に戻ってくると何やら慌ただしく数人の医者や看護師が入っていくのが見えた。メルに何かあったのか、急いで見に行くと先程まで静かに短調に音を響かせていた機械音が今はメルのピンチを知らせているかのように不穏な音を響かせている。
メルの母親は心配そうに集中治療室の壁にすがりつく様にしてメルを見ている、そんなメルの母のかたをそっと優しく包み込むのがメルの父だった。
ああ、見たくなかったな、とサンは思った。
親より子供が先に死んでしまう、親にとってはこれ以上にないくらいの不幸だろう。
「メル……メル……!」
「大丈夫だ、メルは強い子だから……メルを信じよう」
そんな会話に耳を塞ぎたくなった。
だが、そんな甘い事を言っていては魂を狩ることはできないだろう。
メルの魂を狩れなければクビになる。クビになれば野良死神として行き場もなくなってしまう。
サンは心を鬼にして鎌を取り出した。