メルの両親
今日のメルは昨日とは違ってご機嫌だった。
にっこり笑顔で鼻歌を歌ったり、何だか妙にそわそわとしている。
「今日はやけにご機嫌だな」
「え、そうですか?」
心無しか声もいつもより弾んでいる。
「今日は両親との面会日なのです」
「へー……じゃあ、来たら俺は出かけるから楽しんでな」
「何でですか?用事でもあるんですか?」
「特にないけど、家族水いらずを邪魔しちゃ悪いだろ?」
「そんなことないです!ぜひ、私の両親を見てください。どうせそんなに長い時間はいませんから」
そう言ったメルの横顔は少し寂しそうだった。
この年頃の子どもならば両親と離れて暮らすのはとても寂しい事だろう。それを我慢しているのは心から偉いと思う。
十二歳とはいえまだまだ子供だ、甘えたい年頃だ。
軽やかなノックが二回聞こえてきた。その音にメルは反応して嬉しそうに「来た!」と言った。
「メル、来たわよ」
長い栗毛を後ろで一つに纏めた女性が入って来た。目元や雰囲気がメルに似ているなと思った。
「お母さん!」
「メル、体調はどう?」
「うん!大丈夫だよ」
「そうそう、美味しいりんごを持ってきたのよ、食べる?」
「うん」
メルの母は器用にリンゴをウサギりんごにしてメルに渡した。
「可愛いね。食べるのがもったいないよ」
「ふふ、そうね」
りんごを食べる音が病室に響く、その様子をメルの母は微笑みながら眺めている。
「ねえ、お父さんは?」
「今日は仕事で来られなかったの」
「……そっか」
「お父さんが言ってたわよ、早くメルの病気が良くなって昔みたいに公園に遊びに行きたいって。でももうメルもそんな年じゃあないわよね」
そう語る母親の顔をただ呆然とメルは見ていた。メルがその言葉を聞いて何を思ったのか、そしてどんな事を今考えているのかサンには分かるような気がした。
そしてややぎこちない笑顔でメルは「そうだね」と答えた。
「じゃあ、お母さんそろそろ帰るわね」
「もう帰っちゃうの?」
メルの母は少し困った様な表情になった。
「ごめんね、お夕飯の仕度もしなくちゃならないし、それに仕事があるの……」
「……それなら仕方ないよね、わがまま言ってごめんなさい」
「わがままなんかじゃないわ、本当にごめんね、メル」
メルの母は名残惜しそうに帰って行った。
たった十分程度の最後の面会だった。
テーブルの上には食べかけの少し茶色く変色してしまったウサギりんごが一つだけ置いてある。それはまるで今のメルのようだった。
そんなことをぼんやりと考えていると微かな嗚咽が聞こえてきた。
「う、ひっく……うう……」
「メル……」
サンは今、後悔している。
メルに寿命の話などしなければよかったと、正体を明かさなかったらよかったと。そうすれば、メルはこんなに泣かずに済んたかもしれない。
後悔先に立たずという言葉が頭に浮かぶ。
「メル、ごめ……」
メルの上体がぐらりと揺らぐ、そのままメルは床へと倒れた。
「メル!」
ついに恐れていた事が起きてしまった。
死へのカウントダウンが始まった。