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お菓子をたくさん

 「お菓子をたくさん食べたいです」


 そう言ってメルが指さしたのはテレビだった。映っている番組は情報番組のスイーツ特集で様々なお菓子が所狭しと並んでいる。

 甘い物があまり得意ではないサンは見ているだけで胸焼けしそうだった。


 「分かった、ちょっと待ってろ」

 「はーい!」


 笑顔で見送られたサンが行った先は病院の売店だった。

 死神の姿は死期の近い人間のみしか見ることができない、だからこの病院という場所は少々厄介である。

 小さな売店には少しのお菓子しか売っていなかった、その中の一つである板チョコを手に取り一応レジの所にお金を置いて病室へと戻って行った。


 「買ってきたぞ」

 「ありがとうございます!久しぶりのお菓子です、今まで禁止されてきましたから……でも、後少しで死ぬんだったら関係ないですよね」


 屈託なく笑ってメルが言った、どう返していいか分からずサンは「ああ、そうだな」としか言えなかった。

 銀紙をあけてつやつやとしたチョコレートを取り出してメルは口に頬張った。何とも幸せそうな顔だった。


 「おいしい……サンも食べますか?」

 「いや、俺はいいよ。甘い物好きじゃないから」

 「もったいないですねー、こんなに美味しいのに……買ってきたのってチョコだけですか?」

 「うん、そうだけど……」

 「……大変申し訳ないのですがどうしても食べたい物があるんですよ」

 「何?」


 メルは机の引き出しから一枚のチラシを取り出してサンに見せた。そのチラシには先ほどのテレビと同じ様に沢山のスイーツが載っている。

 そしてその中の一つのシンプルな苺のショートケーキを指差した。


 「ショートケーキが食べたいです……いいですか?」

 「いいよ、どこでもいいの?」

 「はい」

 「じゃあ、買ってくるよ」

 「いいんですか!」

 「行ってくるね」

 「お願いします」


 病室を出ると向こうの方から子供の甲高い声が聞こえてきた。どうやら追いかけっこしているようだ。

 その子達にはサンは見えていない様でサンの体をすり抜けてどこかに行ってしまった。

 きっとあんなに元気なのだからすぐ退院できるだろう。

 それを見ているとなんとも言えない気持ちになった。


 病院の外に出てみて近所にケーキ屋があるかどうか探してみたが見つからなかったので浮遊してその辺を探してみると一軒の小さなケーキ屋を見つけた。

 早速中に入ってみる、店内は甘い香りが漂っている。悪くはない匂いである。

 しかし、どうやって買おうか。ここは売店とは違って商品がショーケースの中に入っている。もちろんくぐり抜けて手掴みで取ってもいいのだがそれも何だか悪い気がする。

 仕方がない、奥の手を使う。

 サンは一度店の外へと出ていった。


 「み、見えてるのかな……」


 サンは今、窓に写る自分の姿を確認している。

 死神には一日に一回十分間のみ人に見える様になる力があるのだ、がこの力は予想以上に体力を使うのであまり皆使わない。


 「行くか……」


 店内に再び入ると「いらっしゃいませ」と若い女性の声がした。

 迷うことなくショーウインドウの方に行き、ショートケーキを指さして「これを下さい」と言った。


 「はい、一つでよろしいでしょうか?」

 「はい」


 手早くケーキを箱の中に入れて手渡される。


 「ありがとうございましたー」


 早めに戻ろうと浮遊して帰っている時に気づいた、今は姿は見えているのに迂闊なことをしてしまった。

 しばらくして力が解けると急に体が重くなった。


 「くっ……」


 重たい体を引きづりながら何とか病院へと辿りついた。


 「買ってきた」

 「ありがとうございます!早速いただきますね」


 そう言ったメルの手には早くもフォークが握られていた。余程楽しみだったのだろう。


 「いただきまーす!」


 メルはまず初めに生クリームに包まれている黄色いスポンジを口に入れた。

 口に入れて咀嚼した瞬間「美味しい!」と声を上げた。


 「それはよかった」


 こんなに喜んでもらえるのなら力を使った甲斐があるものだ。

 しかし、メルのフォークは半分を過ぎた頃から止まってしまった。眉を下げて悲しそうにケーキを眺めている。


 「どうした?」

 「……もう、お腹いっぱいです」

 「残していいぞ、無理に食べなくていい」

 「でも、せっかく買ってきてもらったのに……」

 「気にしなくていい」


 そう言えばメルはケーキを食べ始める前に板チョコを一枚食べている、それはお腹いっぱいにもなるだろう。

 なおも申し訳なさそうに俯いているメル、そんなに気にしなくてもいいと思うのだが。


 「分かった、俺が食べるよ」

 「え」

 「そうしたら勿体なくないだろう?」

 「でも、甘いもの苦手なんじゃあ……」

 「食べ物を捨てるのは作った人に申し訳ないしな」


 サンはそう言って残り少ないケーキを二口ほどで平らげた。そこまで甘くなく、しっとりとしたケーキは甘い物が苦手のサンでも美味しいと思えた。


 「美味しいな」

 「美味しかったですね」

 「満足できたか?」

 「はい!」


 満足そうに笑うメルはとても余命僅かの子供とは思えないほどに元気そうだった。

 だが、病気は刻一刻とメルの体を蝕み、寿命を縮めていく――











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