夜明け前の自転車練習
病室の窓をすり抜けてメルのいる病室へと入る。午前四時前、夜明け前にはまだ早く眠さが残っているサンであった。
「おはようございます、良い天気ですよ」
目がぱっちり覚めているメルの姿は欠伸による涙で霞んで見えない。
「おはよう、朝から元気だな……」
「さあ、早くお願いします」
「はいはい」
サンはメルの額に手のひらを当てた。呪文を小声で唱えると青白い光がメルの体を包んだ。
「な、何ですか、これ……」
「大丈夫だから、安心して」
メルは自分の体を物珍しそうに眺めていた。
「よし、終わりだ」
次第に青白い光は弱くなってゆき最後には跡形もなく消え去ってしまった。
「消えちゃった、あれ?体が軽い」
「今日一日は健康な体だからな」
「へー、すごい!」
「あんまり騒ぐと先生が来るぞ」
「おっと、そうですね」
「じゃあ、行くか」
メルを抱えて窓を再びすり抜ける、外はまだ夜明け前なので少し肌寒い。メルの体調は健康だとはいえ少し心配だ。
「寒くないか?大丈夫か?」
「平気です」
病院の敷地内をゆっくりと浮遊しながら移動する、メルは高い所は平気なのか平然として前を向いている。
「外に出るの、本当に久しぶりです」
「そうか」
「太陽もいいですけど夜明け前の月も綺麗ですね」
そう言ってメルは藍色の空に浮かぶ三日月を指さした。確かに幻想的で素敵だった。
「そうだな、とても綺麗だ。ところでメルはどこに行きたいんだ?」
「うーんと、私の家に連れてってください、案内するんで」
「わかった」
メルに指示されてたどり着いた場所は閑静な住宅街だった。そこの周りより比較的小さめの家がメルの家らしい。
久しぶりの我が家をメルは懐かしむようにうっすらと笑みを浮かべながら見ていた。
そしてふと、庭の方へと入っていった。メルの歩いた先にはピンク色のまだ新しい自転車が置いてあった。
「それ、メルの自転車か?」
尋ねると小さく頷いた。
「でも、乗れないんですよ。ゴロ付きしか乗ったことないから」
「練習するか?」
「え?」
「乗れるように練習しよう、朝までに」
「いいんですか?」
「いいとも、今日はメルの願い事全部叶えてやるから」
顔を輝かせて嬉しそうに頷いたメルは早速公園に行きたいと言った。
近所の公園には当たり前だが人一人いない、普段子供達で賑わっているだろう公園は今は寂しい雰囲気を醸し出している。
「さあ、練習しようか。でも、どうやったらいいんだ?」
「知らないで言ったんですか」
「面目ない……」
「まず、私のサドルを支えてください、だいぶバランスがとれたと思ったら離してください」
「わかった」
メルが自転車のサドルに跨り、それをサンが支える。怪我をさせないように気を付けないといけないなと思った。責任重大である。
「行きますよー」
「おー」
ゆっくりとメルがペダルを漕ぐ、フラフラとしながらもしっかりと前に進めている。
この調子だとすぐに乗れるようになりそうだ。
そっと、支えていた手を離す、そのままメルはこけることなく前に進んでいった。
「メル!上手じゃないか!」
「へ?」
「あ」
サンの声に反応したメルは余所見をしてバランスを崩してこけてしまった。
それを見たサンは慌ててメルの元へと駆け寄っていった。
「大丈夫か?」
「はい……」
「怪我ないか?」
幸い手に擦り傷ができただけで済んだ。
「どうする?もうやめとくか?」
「やります、多分、後もう少しでコツがつかめそうなんです」
「わかった、もう少し頑張るか」
何とか頑張ってメルには自転車に乗れるようになって欲しい。きっと乗れるようになったら大喜びするだろう。
そして、何回か転んだ末にやっとメルは乗れるようになった。
予想通りメルは大喜びをした。
「の、乗れました!」
「やったな、メル」
ハイタッチをして二人で喜びを分かちあった。
「自転車でどこか行きたいとこあるか?」
「その辺を乗り回したいです」
「……もっと言い方があるだろう?まあ、いいや。じゃあ、俺、上から見てるから好きなだけ乗っていいぞ」
「はーい」
メルはだいぶバランスも安定してきてスピードも早くなってきた。
時々危ない時はあったが、ある場所にたどり着くとメルは自転車を止めた。
その場所は小学校だった。